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04. 俺と女神と3人の生け贄

「さて、事情くらいは聞かせて貰おうかしら」


森の中に聳える神殿。その階段に腰掛けて優雅に足を組む女性は、けろりとした顔で俺に説明を求めた。

対する俺は、地面に正座。口を開こうにも、後方から聞こえる呻き声が気になってしょうがない。


「あ、食べちゃ駄目だからねー。そんなの食べたらお腹壊すわよー」


何とも呑気に声を掛ける女性の視線の先を追えば、ズタボロの風体で猿轡を噛まされ、更に即席の物干し竿のようなものに吊し上げられ―――大勢の獣に取り囲まれた、見るも無惨な男たちの姿があった。更に言えば目隠しもされているので、自分たちの状況がわからず殊更恐怖を煽っていることだろう。


突然現れて俺を追っていた奴らをまとめてシメ上げた彼女は、彼らの装備品を片っ端から取り上げてこの神殿まで引き摺ってきた。

そうして辿り着いたここには無数の動物たちが待ち構えており、その全てが森から現れた自分たちに注目しているのだから心臓に悪い。特に動けない追手たちは可哀想なほど震え上がっていた。

そんな彼らを森の木に巻き付いていた蔓で縛り上げ、道中拾って来た大きな木の枝や倒木を使って作り上げた物干し竿に並べて吊るし、最後に目隠しと猿轡をしてから彼女は言った。


「殺さない程度に遊んでいいわよ」


と。


肉食の獣ばかりを選んでけしかけているところがまた性格が悪い。舐められ噛まれ引っ張られサンドバッグにされ、獣臭い息とともに低く唸る不穏な声を間近で聞けば、大抵の奴は泣き叫ぶだろう。

ちなみに蛇も混ざっていて、竿の上部から男たちを縛っている蔓を伝って体を這い回り、耳元で鳴いたり舌をチロチロと出したりしている。恐怖演出の中では一番エグいのかも知れない。事実蛇にちょっかいをかけられている男が、一番ジタバタともがいている。もしかしたら蛇が苦手なのかも知れない。御愁傷様だ。


「…………」

「何も言わないのならこの森にあいつらを呼び込んだ連帯責任で、アンタもあの横に追加するけど?」

「俺の名前はイズウェル」


拷問を歓迎する趣味はないので即座に吐く。元々助けて貰ったようなものなのだから、恩だってある。


「ここから北の国、ユディンガから来た。元はそこで兵士をやってたんだが、先日配属を変えられて、国境警備の任に就いていた。……が、そこで上官に嫌われ嵌められて、罪人として追い出されてこの森に逃げ込んだんだ」


今でも思い出すと腹の立つ上官の顔。どうせ追い出されるなら5、60発殴れば良かったと正直思う。


「罪状はどんな?」

「殺人罪だ。部隊に一人、素行の悪い奴がいてな。そいつが職務中に殺され、何故か俺に容疑がかかった。そして結果が、これだ」


覆る気配のない容疑に、元々身寄りもなく愛国心もなかった俺は見切りをつけた。上官の息のかかった奴らがいる裁判など茶番以下だし、真面目に受ける義理もない。


そうして逃げた俺に差し向けられた追手が、今吊るされて動物たちに遊ばれているあの3人だった。


「ふーん北の(ユディンガ)ね……ギリギリ私の支配圏外だわ」

「……あの、貴女は?」

「ああ、そう言えば名乗ってなかったわね。私は女神イファリス。ここら一帯を支配している女神よ」


女神だと?いや、それなら先程まで嫌というほど見せつけられた圧倒的な力にも頷ける。

が、しかし。


「聞いたことのない名前だ。それにこの地は、永らく神の支配のない空白の地だった筈だが」

「それはそうよ。私がこの地に降り立ったのは今日だもの。よくもまぁそんな日に、こんな騒動を起こしてくれたものね」


未だに呻き声を上げ続ける男たちに視線を向けて、呆れたように女神イファリスは言う。


「それは、大変申し訳ない。この森が貴女の神域とは知らなかった。何かお詫びの品でも差し出せれば良いのだが、生憎……」


逃亡中の身では碌な荷物がない。女神に献上出来るようなものなど何もない。


俯いて考える俺を見下ろして、女神は何かに気が付いたように目を細めた。


「ねぇ、貴方首に何を下げているの?」


俺の胸元に彼女は視線を注ぐ。衣服に隠れて見えない筈だが、確かに俺は首飾りを身に付けていた。


「これは、母の形見で……いえ。正確に言うと、父の形見のメダルを、母が首飾りにしていつも身に付けていたものです」


少し年季の入った子供の拳ほどの大きさのメダルを、細身のチェーンを手繰って引き寄せる。取り出したそれを手のひらに乗せて見せれば、女神はふむふむと興味深気にじっと観察しだした。


「随分と大事にされてきたようね。何かの記念品かしら?」

「詳しい話は何も。ただ母は、父がいつもお守り代わりに持っていたものだからと」

「お守りねぇ」


しげしげと女神が眺めるメダルの中央には、6本足の獅子が彫られている。雄々しく立つその姿は勇猛で、戦士の象徴のようじゃないかとかつての同僚に言われたものだ。


「よし、ならそれを貰うわ」

「は?」


突然言い放つ女神に、間の抜けた声が出る。貰う?このメダルを?


「流石にこれだけのことの一端を担った貴方を、無償で返す訳にはいかないわ。どんな事情があれ、私の直接支配領域を燃やしてしまったんだもの」

「そ、それは……」

「但し、貴方にも情状酌量の余地はあります。貴方の言葉を信用する証として、このメダルを預かります」

「……預かる?」


話について行けず、首を捻る。寄越せということではないのだろうか?


「そのメダルには、貴方の父と母、そして貴方本人の強い想いが宿っています。お守りと呼ぶに相応しいものでしょう。そして同時に、今貴方が持っているものの中で、貴方にとって最も価値のある物です。違いますか?」

「……いえ」


違わない。母が亡くなったあの日から、肌身離さず持ち歩いてきた。

メダルを握り締め、女神の言葉に耳を傾ける。


「対価、代償とはそういうものです。貴方にとって最も価値のある物を預かります」

「あの……預かる、とは?」


さっきから気になっていた文言の意味を問う。代償ということは、差し出して終わりじゃないんだろうか?


「酌量の余地がある、と言いました。この場はメダルで手を打ちます。が、もしも貴方がこの先、このメダルに値する物、もしくは私に贈るに相応しいものを手に入れたのなら、その時はこのメダルと交換と致しましょう。言わばまぁ、担保のようなものです」


にっこりと笑う彼女と、しっかりと握り締めたメダルを交互に見る。

女神との約束。とんでもないことをすることにはなるが、現状他に術がない。迷惑を掛けた上に助けてくれて、その上この温情措置だ。ここで背けば、俺は一生胸を張って生きることは出来なくなるだろう。


覚悟を決め、メダルを握る拳に力を込める。


「約束します。必ずまた、ここへ来ると」

「ええ、待っているわ。過程はどうあれ、私がここに来て最初の訪問者(人間)が貴方なんですもの」


悪戯っぽく笑い、女神はこちらにその白い手を伸ばす。

未練がましい真似はするまい、と躊躇せずに俺はメダルを女神の手のひらに置いた。

―――それでもやはり隠し切れなかったんだろう。俺の表情を見た女神は、そっと目を伏せてため息を吐いた。


「……駄目ね」

「え?」

「いえ、こちらの話よ。それより担保とは言え、大事なお守りを預かるんだから代わりが必要よね」

「代わり?」


代わりも何も、それが担保というものではないだろうか。

金銭の貸し借りはしたことがないが、そう思って首を捻る俺の目の前で、女神は何の脈絡もなく己の髪を一本切り取った。

何を、と思う俺になど構う筈もなく、女神は切り取った髪にふぅっと息を吹き掛ける。すると髪を摘まんでいた筈の女神の手には、緑の石が輝くペンダントが乗っていた。


驚いて声も出ない俺を他所に、女神は何事か呟いて安堵する。


「よしっ、出来た。……んんっ、今日からはこれを代わりに身に付けなさい」

「……これは?」

「私の加護が宿ったお守りよ。まだ諸国に名乗りもしていない新米女神のものだけど、ないよりはマシでしょう」


ないよりはマシどころか、とんでもないプレミア物だ。女神の体の一部から作られたお守りだなんて知れたら、一部の連中なんかは死に物狂いで奪いに来るかも知れない。


「そんなものを受け取る訳には……!」

「あら、私からの信頼の証と思いなさい。まぁ最も、父母から受け継いだお守りよりも、女神からの加護の方を重視するっていうなら私も考え直すけれど」


片目を閉じて女神はペンダントを差し出す。ここで受け取らなければ、それはそれで女神を侮辱したことになるんだろう。

俺は、腹を括った。


「……では、有り難く」

「ええ、確かに。それで、あの3人はどうしたら良いかしら」


ペンダントを受け取り、女神が視線で指す方を見る。今は熊と虎のどつき合いに使われている3人は、既に呻き声すら上げられないほど参っているようだった。


「一応私の森を焼いた張本人たちだし、そもそも解放したらまた貴方を追い回すわよね?」

「…………そんな気力があるようにも見えないが、恐らく」


命令されて俺を追っていたとは言え、流石に本気で可哀想に思えてきた。竿の上部に絡んでいる蛇は、3人がドン、ドン、ドン、どつかれる度に「シャッ!」と合いの手のような鳴き声を入れている。物凄く楽しんでいるようだ。


しかし俺を追って来た件よりも、女神の領域を許可なく燃やした方が遥かに重大だろう。元より俺がどうこう出来るような術は持ち合わせていないし、選択は一つだ。


「女神イファリスさえ良ければ、貴女に裁決を委ねたい」

「あら、いいの?もしかしたら気が済めば解放しちゃうかもよ?」

「その時はその時だ。せっかく貴女に拾って頂いた命、最期まで生き足掻く所存」


ペンダントを握り締めて答えると、女神はふっ、としょうがないとでも言いたげに笑みは浮かべた。


「ではその者たちは、女神の領域を侵した旨を一筆添えて本国に送り返してやりましょう」

「……よろしいので?」

「こんな奴ら殺したところで何の得にもならないし、それよりだったらここの主を怒らせたらどんな目に遭うか、身を以て味わった恐怖を広めて貰った方が役に立つわ」


蔓が切れて地面に落ち、地面をゴロゴロと転がされ始めた奴らを見て、「確かに」と内心で頷く。

動物たちの遊び道具になっていることもそうだが、ここに連れて来られる迄に彼女に成す術なくこてんぱんにされたことも充分にトラウマになっている筈だ。今思えば、女神に喧嘩を売った時点であいつらは終わっていた。


「でも貴方も気を付けることね。今回は私だから良かったものの、神の中には問答無用で被害者も加害者もまとめてぶちのめすようなのだっているんだから」

「……肝に銘じておく」


どこがどの神の支配圏なのか、早いうちにリストアップしておこうと心に決めた。

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