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34. 第二コース再開

マリエラ・リエ・シュワグナーは社交界の華であった。


由緒あるシュワグナー公爵家に生まれついた血筋もさることながら、その気品と愛らしく凛とした気高い美貌が見る者を惹きつけた。

煌めく淡い小麦色の髪。

傷一つない玉のような白い肌。

透き通る夜明けの空色の瞳。


家柄に恥じず、品格を乱さず、乙女としても申し分のない咲き誇る大輪の華。


そんな彼女は、今。




「何をしてますの!そうではなくてもっと、もっと己の内側に意識を集中するのですッ!!」


───はちゃめちゃにブチギレていた。


「そうではありません、己の内側に巡る女神イファリスのお力を感じ取るのです!話はそこからですわ!!」

「は、はいぃぃぃ……!」


彼女と共にドラゴンの腹に捕らわれの身となっている神官長ことメイルはその怒号を一身に浴びつつも、目をぐるぐると回しながら必死にそれに応えている。もはやドラゴンの腹に身体が埋まっていることよりも彼女の怒号を浴びていることの方に意識を持って行かれていた。




何故こんなことになっているかというと。


当初、元公爵令嬢マリエラ・リエ・シュワグナーこと現神官シーファは、どうしてこんなことになってしまったのかと己の不運に呆然としていた。

あんまりだ。こんなことってない。

社交界の華から一転、降臨した女神の神官に不名誉な形で抜擢されたかと思えば更にその上の立場には正規雇用された貧困層出身の小娘がいた。

そこまではまだ己の失態が招いたことと無理矢理自分を納得させることも出来ていたが、こればっかりはあんまりにもあんまりだ。

だってドラゴン。ドラゴンの身に、自分の身体の下半分が埋まっているのだ。

どういう訳か埋まっている部分の感覚はなく、足をバタつかせようと試みても全く手応えがない。

自分の身体はどうなってしまったのか。ここから助かる道はあるのか。


女神イファリスは、本当に助けに来てくれるのだろうか───


前代未聞の事態にさしものシーファも思考が停止しかかっていた、その時だった。


「…………ぅぅ、イファリス、さまぁ……!」


隣で同じように捕らわれている小娘の泣き言を聞いて、つい……プツンッ、と、キてしまったのだ。


「しゃんとなさいませッ!!それでも私の上に立ち女神イファリスにお仕えする神官長ですかッ!!」


公爵家出身の令嬢としてはあるまじき怒号が口をついて出た。人生一番の大声であった。

くわっ!!とあまりの気迫で叱責され、泣きべそをかきかけていたメイルはびっくぅぅっ!と肩を跳ね上げた。


「いいこと、どんな理由があれ私の上に立つ以上は無様な醜態は許しませんわ!!何より貴女は、ご降臨なされた女神イファリスの神官長なのです!!女神イファリス!!直々に!!選ばれた!!神、官、長!!」


心做しか"直々に選ばれた"辺りに力がこもっていた。


「貴女の醜態は女神の醜態!!今後公の場でそんな情けない顔を晒してごらんなさい、二度とそんなことが出来ないよう頭から爪先まで八つ裂いてやりますわッ!!」

「はっはいぃ……!」


ガクガクブルブル、と鬼の形相で叱り飛ばすシーファにメイルは再び涙目になりかけてぐっと堪えた。早くも八つ裂きフラグを回収するところだった。


「まずここで泣いたところで事態は何も動きません!女神イファリスは助けてくださると仰ってくださいましたが、ただそれを待つだけというのは時間の無駄です!まず私たちで出来ることをしなければなりませんッ!!」

「は、はい、でも何を……」

「貴女の肩書きは飾りですの!?神官長というのは上っ面で与えられるような立場ではありません!貴女も洗礼を受けたのであれば、身の内に女神の力の一端を宿している筈!さぁ、まずはそれを感じてみなさい!」

「はっはいぃぃぃ……!」




そうして、先のシーンに戻るという訳である。


「え、ええと、イファリスさまのお力?みたいなのは、ぼんやりわかるんですけど……」

「ぼんやりわかる、では話になりません!もっと明確に感覚を掴まなくては!」

「うう、はいぃ……!」

《真っ更な水の中に赤い色の水が混ざらず一筋流れているとイメージなさると良いですよ、真っ更な水が貴女、赤い水が女神イファリスのお力と思えば良いのです》

「な、なるほど……?」

「どーして元凶の貴方が助言なさってるんですのっ!?」


もっともなツッコミが炸裂した。

恐らくはこのドラゴンに何某かの術式を施し、この騒動を起こした張本人であろうクレセルト・ファンドゥンは、涼しい声でそのツッコミを受け流した。


《いやはや何とも初々しいものですね。これでも私かつては教鞭を取っていたこともあるもので、教えることに関しては一家言あるのですよ》

「世も末ですわ……!」

《貴女のお父様にもお嬢様の家庭教師にどうかと打診したこともありますが、何とも砂を噛み締め飲み込んだような顔で却下を食らってしまいました》

「当然の帰結です!!」


至極真っ当な父の判断にシーファは心底感謝した。もしもそんな悪夢が実現していたなら、自分は今頃どうなっていたことか。もしかするとクレセルトがカランドを追放される理由の一つに加えられていたかも知れない。


「あっわかりました!イファリスさまのお力を掴んだような気がします!」

《流石、飲み込みが早いですね。では次にその力にそっと触れるイメージをしてみてください。そうして女神イファリスに語りかけるように集中なさい。さすれば彼の女神とより強い繋がりを得られることでしょう》

「だから!どーーーしてあなたが教えてるんですのッ!?」

《あわよくば女神のお力の一端に触れられたらと》

「欲望に忠実過ぎますわ……!!」




───何故か急激に飽和したボケ率により、神官シーファが奇しくもツッコミ属性に目覚めてしまった。

それに気付きながら敢えて触れない大人の対応を取る元凶クレセルトとドラゴンケプルドゥストゥスの優しさ(?)により、この場面での神官シーファの矜持はひっそり守られたのだった。






「何かしら、今物凄くシーファたちが案外元気そうな信号をキャッチしたわ」


こっちはこっちで謎の電波を受信した追走する女神イファリスチームサイドである。視点をお返しします。


「そりゃ良かった、お前んとこの神官どっちも絵に描いたひ弱そうな小娘どもだったもんな」

「否定はしないけど言葉は選びなさいユージーン。私は今結構気が立ってるのよ」

「そうよユージーン、あまり神経を逆撫でするような物言いは今は控えてちょうだい。私も同属性を黙らせる火力を無駄に使いたくはないわ」


援護してくれたミリアーセの言葉に、意外やユージーンは黙り込んだ。どうやら冗談でも本気の彼女を敵に回したくはないらしい。

好戦的で戦闘気質な彼にまでそう思わせるとは、ミリアーセの本気や如何に。


「してユージーンよ、お主から見てどうだ。あのケプルドゥストゥスとやら、魔術師の術中でどこまで正気を保っていられようか」

「知るかよ。俺は魔術には詳しくねーんだ。だがまぁ、アイツはドラゴンの中でも根性のある奴だ。守るものがある状況下で、そう簡単に自分の核を明け渡すかよ」

「そうか、それは重畳」


レオナルドとユージーンのやり取りを聞きながら、それでも着任早々にこんな事態に巻き込んでしまった神官たちを思う。

たった今根拠のない元気電波を受信はしたけれど、それでも彼女たちとていつまでも心中穏やかではいられない筈だ。ドラゴンの身体と一体化って、普通なら失神ものの異常事態に違いない。トラウマ確定だ。

ドラゴンの身体を輪切りにして解決出来るならばそうするが、暫定的に被害者ポジらしきドラゴンにそこまでの無体を強いるほど私も鬼ではない。解析を進めているらしいラディアンからの吉報を待つしかないのである。


「ところで、一ついいかしら?ドラゴンって普段はどんなところに棲息してるの?」


まずは相手のことを知るべく、基本的なことを聞いてみた。それに答えたのはユージーンだった。


「個体にもよる。群れだったり単身だったりで、とにかく人気のない場所を好んで巣にしてる。絶海の無人島、山脈の頂、深い森の奥。アイツ……ケプルドゥストゥスの場合は、未踏の洞窟の奥地だった筈だ」

「滅多に人里に姿を見せない……なら、そもそも目撃情報も少ない?」

「そうだな、遠目に見たぐらいならあるかも知れんが、それが棲息地の特定に繋がることは滅多にない。大抵がおいそれと人の踏み入れる場所じゃないのもあるが、奴らは基本飛行して移動する。その速度も尋常じゃない。見たと思った次の瞬間には見失ってるのが定石だ。飛んでった方向を探ろうとした物好きもいたらしいが、どこまで飛んでったかわからん上にその先で方向転換した可能性もある。巣を探し当てた事例は、永い歴史の中でも片手の指すら余るってとこだ」


そんな稀少過ぎる存在をどうやって探し当てたのか。執念なのか、運なのか。クレセルト・ファンドゥンとやら、やはり並々ならぬ技量の持ち主と見た。


「じゃあ、クレセルトの名は聞いたことある?」

「残念ながらねーな」

「儂も知らん」

「ごめんなさい、私もないわ。シュナードなら或いは、ってところかしら」


まぁ、降臨前とは言え私の支配領域内での指名手配犯だ。他国にまでやらかしが及んでいれば話は別だが、流石に世界中にその名が轟くほどの悪名ではないらしい。近隣を治めるシュナードであれば、確かに情報が望めたかも知れない。

今のところ解るのは、奴がとんでもなく無駄に有能な魔術師であることと、とんでもなく思考回路が破綻してそうな輩であるということぐらいだ。

ドラゴンの体内で身体は無事でも、精神は大丈夫だろうか。と、イファリスは自らの神官二人の身を憂いる。ただでさえトンデモ事態の最中、元凶であるマッド魔術師野郎もすぐ傍にいやがるのだ。何か不安になるようなことを吹き込まれていなければいいが───


そう、思案した時だった。


「……ん?」


何か、繋がった。

何がと問われれば答えに困るが、例えて言うのならばそう、電波が繋がったような。受信して、こう、相手と電話やらメールやら出来るようになった、ような…………




【…………あっ、イファリスさまと繋がりました!】

「!?」


突如として頭の中に響いてきた声に、私は空中で急ブレーキを掛けた。

そんな私の様子に、他の三柱も足を止めて彼女を振り返る。


「どうした、イファリス?」

「いや、今なんか……」


メイルの声が。

そう続ける前に、再び頭の中で彼女の声が響く。


【イファリスさま、きこえますか?】

「メイル!?メイルなのね!?」


両耳を塞ぐように両手で押さえ、響いてくる声に集中しながら私は応える。

そんな彼女を怪訝そうに見上げるユージーンを、ミリアーセが制止する。


「イファリス、メイルと繋がったの?」

「ええ、どうやらそうみたい。まだそこまで彼女に教えていない筈なんだけど……」


驚きながらも、無事な様子であるメイルの声にまずは安堵する。


「メイル、無事ね?シーファも大丈夫?」

【はい、平気です!】

「良かった。今貴女たちを追い掛けてるから、すぐに追い付くわ。もしかしたらシュナードたちの方が先に追い付いて、多少荒っぽいことになるかも知れないけれど、そのドラゴンと一体化してるうちは貴女たちに危害は及ばないだろうから、どうか安心してね」

【わ、わかりました……?】


ドラゴンと一体化していることが既にどうかしている事態なのだが、メイルはそれを呑み込んで頷いた。


【シーファさまにもお伝えしました。えと、ごめいわくをおかけしてもうしわけありません、って】

「気にしないで。寧ろ巻き込んだのは私みたいだし。誰も予想出来なかったことなんだから、そこで堂々と助けを持ってなさい、ってシーファにも伝えといて」


神気を伝って会話することに慣れた私は、三柱に頷いて見せて追跡を再開した。

再びコースを疾走しながら、続けてメイルに問い掛ける。


「それで、よく私と念話のパスを繋げられたわね。まだそこまで教えてなかったのに」

【あの、クレセルトさん?って人が、やり方をおしえてくれました】

「………………はあああああっ!?!?!?」


当然の絶叫だった。

再びその場に急ブレーキを掛けそうになって、辛うじて耐えた私の叫びに、三柱は何だ何だとその様子を窺う。


「おっ、おしえ、って、クレセルト!?クレセルトってその、ドラゴンと一緒になってる奴のことよね!?」

【はい、そうです】

「どんな状況なのそれ!!!!」


何やってるのだと問い詰めたかったが、既に大分アレな状況の彼女を追い詰めることはしたくなかった。そういう話は助け出した後にしよう、とぐっと堪えた私を誰か褒めて欲しい。いやマジで。


【その、さいしょはシーファさまにおそわってたんですけど、途中からクレセルトさんが入ってきて、なんか、こうなりました】

「…………」


頭が痛い。

追跡する足だけは止めずに頭を抱える。元凶何やってんだ。

いや、恐らくこれまでメイルと禄にコミニュケーションを取って来なかったシーファでは、上手く教えられなかったのだろう。そこで何をどう考えたのか、クレセルトが介入して丁寧に教え直したと。多分そんな感じだ。


……だからどうしてそうなった!


「……とりあえず、わかったわ。よく頑張ったわね、メイル」


私も頑張ってその言葉を絞り出した。例えクレセルトの教えに裏の意図があったとしても、この状況下でメイル自身の頑張りは評価して然るべきなのだから。


【は、はい……】


喜んでいいのかいまいちよくわからない、といった様子の声は、ちょっとだけ不安に揺れていた。

いけない。女神として、彼女らの雇い主として、きっちり顔を上げなければと私は前を向く。


「とにかく、今はまだ特に問題はないのね?」

【は、はい……】

「わかったわ。この力は繋げっぱなしにしておくと、まだ貴女には負担が大きいかも知れない。一度切るから、何かあったらまたすぐに私に繋いで。もしかしたらその前に追い付くかも知れないけど」

【はい……】

「気をしっかり持ちなさい、神官長メイル。貴女の働きは、まだまだこれからなんだから」


最後の言葉に、通話の向こうのメイルが、はっとしたのを感じた。


【……はい!】

「いい子ね。それじゃ」


会話を切り上げると、ようやくそれを待っててくれた三柱と目を合わせる。


「どうやら向こうは問題ないようじゃな」

「ええ、そうみたい」

「てことは、シュナードとヤズムはまだ追い付いてねーのかよ」

「そうね、ちょっと気になるわ」


確かに。

一度相談時間を設けたこちらと違って、シュナードとヤズムは然程間を置かず彼らを追い掛けて行った。何のアクションもないのは少し妙だ。


『あー、それなんだが』


解析中である筈のラディアンの声が、耳飾りのインカムを通じてその場に響く。


『良かれと思ってちとコースを弄ったら、予想外にシュナードたちとドラゴンを引き離してしまった。悪い』


全く悪いと思っていない声音で告げられた事後報告に青筋が立った。主にニ柱ほど。


「ラディアンッッッ!!!!!!」

「そういうことは早く言いなさいってば……!」

「何してくれてんだてめぇっ!!!!」

『いやすまん、そっちにすっ飛んでった機雷(ファランケ)の件もあるし、諸々含め足止め要因はあるに越したことないとコースを物理的に少々伸ばしたんだが。加減を間違えた』

「お主はその辺操作が雑だからなぁ。研究方面に発揮する器用さは少しは持って来れんのか」

『すまん。善処する』

「しない奴の言い草よねそれ!!!!」


どうりで全速力で追い掛けてるのにこちらもシュナードたちの背中を捉えられない筈だ。確かに下手にドラゴンにゴールされるよりマシだが、報連相というのは大事である。


どれだけ目標の背中が遠退いたのかと少し焦りを滲ませるこちらの耳に、それはもたらされた。


『だが、戦果はあった』



4年経ってるって?きっと君は夢を見ていたんだよ……。

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