32. 第二コース失速
「いやぁー派手に行きましたなイファリンさんたちー」
ちゅうちゅうとストローで冷えたジュースを飲みながら、自らが圧し固めたという岩を容赦なく破壊された女神は楽しげに笑う。
つい先日イファリス様の神殿で見たばかりの石像割りの巨大版が映像に現れた時は、流石に驚愕に言葉を失った。
しかし当のイファリス様たちは勢いが衰えるどころか、寧ろより速度を飛ばしてあの巨岩を粉砕してしまい、その光景に私はただただ唖然とする他なかった。
「あれがシーちゃんたちの上司だよ……」
生暖かい目線で女神ファランケにポン、と肩に手を置かれて私は遠い目をしてしまった。大いなる女神に仕えるということの意味が、途方もなく手に余るものだと嫌でも再認識した。
「マルトさんはびっくりしないんですね」
メイルの言葉に現実に引き戻される。
話を向けられた神官長を見ると、彼女はおおらかな笑顔を浮かべた。
「ええ、あんなの可愛いもんです。ファランケ様が暴れた時の方がもっと派手ですし、ミリアーセ様が本気を出されたらあんなもんじゃありませんからね」
最後の言葉にぎょっと目を剥いた。それはまるで、女神ミリアーセの本気を見たことがあるというような口振りだ。
「あの、穏健派筆頭で知られる女神ミリアーセがですか?」
思わずそう訊けば、彼女は迷わず頷いた。
「ええ、ええ。ですから私らの間じゃ、ミリアーセ様がお怒りになったら大陸全土が灰塵に帰すと肝に命じてあるんです」
「普段怒らない人ほど怒ると怖いからねー」
けらけらと笑う女神ファランケには危機感の欠片もない。
「でもファランケ様、このあいだミリアーセ様に怒られてませんでした?」
「あれは怒られたんじゃなくて呆れられたから!」
「ご自分で仰いますか……」
自信を持って言い切られる女神ファランケについ呆れてしまう。話に聞く限りこの御方は、恐ろしく強い戦女神である筈なのに。
気を取り直して映像の中のイファリス様の御勇姿を見ようとすると、ふと眼下にうごめく一般客らの姿が目に入った。
関係者席であるここよりも低い位置にある広大な面積に所狭しと集っているこの観衆たちは、世界各国から神々の御勇姿を一目見ようと集まって来た者たちらしい。
何とも余裕があって羨ましい限りだ。我が故国カランドは代々輩出してきた神官の存在であらゆる苦難を辛くも退けてきたが、それは国内の民の生活水準をギリギリ維持するだけのもの。こんな風に、他国へ遊興紛いの旅行が出来るのはほんの一握りの地位ある貴族だけだ。
しかも出来るからと言ってそんなことをすれば、たちまち民や下級貴族たちの反感を買う。それら全てを黙らせるだけの力があるか、全く気にしないほどに肝の据わった者でなければ国外旅行など気軽に出来るものではない。
それを、明らかに庶民である彼らがこうも容易く実行している。神を持つ国と持たざる国との違いをまざまざと見せつけられた気分だ。
「シーファさま……?」
あどけない声に名を呼ばれた。
近頃ようやく聞き慣れてきたその声に話し掛けられたのは初めてで、思わず目を見開いてぎこちなく視線を向ける。
ばちりと目が合うと、しまったという顔をして彼女はさっと下を向いた。
自分は今、どんな顔をしていただろうか。
『さーて走者3組が全て第二コースに突入したーっ!ここから先は一体どんな障害が待ち受けているのだろうか!?』
響いてきた実況アナウンスに弾かれて映像を観る。
そこには新たなコースを突っ走るイファリス様たちのお姿が映し出されていた。
* * *
『現在トップを行くは男神レオナルド&ユージーンペア!豪快に追い上げたまま先頭を維持しているぞ!そしてそれに続くは麗しき女神ペア、ミリアーセ&イファリス!そしてそれにぴったり張り付く形でシュナード&ヤズラルムペアが虎視眈々と巻き返しを狙います!』
自動追尾カメラのスピーカーから実況中継が聞こえてくるが、ぶっちゃけこっちはそれどころではない。ちょっと軽く命の危機すら感じている。
「イファリス後ろ!」
「!」
ミリアーセの叫びに反射で振り向いて、こちら目掛けて飛んできたレーザーを弾き落とす。
「ちょっとヤズム!?」
「すまん姐さんわざとやないんや!」
ぴったり後ろを追走してくるペアの遊撃担当に抗議を飛ばすと、あちらも必死に飛んでくるレーザーを弾いたり避けたりしながら謝罪を叫んできた。
第二コースの障害物。それはコースを形作る岩壁に埋め込まれたレーザー砲から撃ち出されるビームをひたすら避けるというものだった。雨や霰が強風に煽られて全方位から自分目掛けて飛んでくると想像してもらったら近いかもしれない。しかもそれが、道なりにどこまでも続いている。
何せレーザービームだ、物質的な弾がないので風のシールドでは防げない。いややって出来ないことはないのだが、こうも不安定な場では出力の維持が難しい。
なので逐一槍で弾くか、目一杯威力を濃縮凝固させたエアガンで撃ち落とすしか現状手がなかった。
しかも後ろのヤズラルムが弾き損なったビームが時折こちらに飛んでくる。そろそろはっ倒してやろうか。
ちなみに避けたビームは対面の岩壁に当たり、その箇所が熱か何かで溶けながら深い穴となっている。冗談じゃない、あんなのが当たれば痛いなんてものじゃ済まされない。Rー18G案件は断固お断りだ。
「さっきのアンドロイドといい、なんでこんなSFチックなものを平然と開発してんのよあのマッド野郎!」
ミリアーセでは避けきれないビームを撃ち落としながら悪態を吐けば、追尾カメラから当の本人の答えが返ってきた。
『なんか出来た』
「「「ふっっっっっざけんなあっ!!!!!!」」」
遊撃手三柱の叫びである。
いや間違えた、ヤズムは叫んでない。叫んだのはシュナードの方だった。
「なんだユージーン、お主も不満か?」
「レーザー自体に文句はねぇよ、俺がキレてんのは数の方だ!」
それは確かに。
ファンタジックな世界観に反したオーパーツに気を取られていたが、壁面に無秩序に設置されたレーザーは絨毯爆撃もかくやという数である。しかも狙撃範囲は上下左右斜めまでもカバー出来る驚きの自由自在性能、お陰で上に飛んで逃げてもきっちり追撃される始末だ。
ん?それでも飛べば上からの狙撃がなくなる分マシだろうって?ははは、なんと上には天井なんてない筈なのに、透過を施した反射板が設置されててきっちり逃げられない仕様になってるんだなこれが。おいマジでふざけるなよ。
「加減が下手にも程があるだろ!くっそ、こいつでどうだ!」
ユージーンがサイドカーから立ち上がり、両腕を左右に突き出す。すると手のひらから火柱が燃え上がり、壁面のレーザー砲を焼き尽くしていく。
かと思った、ら。
「嘘でしょ何あれ!?」
レーザー砲は全て無事だった。何故かと言えば、砲の前にがうっすらと何かの膜が張られてそれに守られていたからである。
あれってまさか。
「嘘やん普段神さんっぽいことなんもせぇへんクセに!」
『悪かったな』
ラディアンによる水のシールドだ。マッドだろうが何だろうが奴もしっかり神だった、ドラゴン一匹くらいなら余裕で丸焼きに出来そうなユージーンの火力をあっさり退ける程度の結界を展開出来るだなんて。
つまりはレーザー砲を直接叩くのも骨という訳である。しかし地道に避けたり撃ち落としたりではいずれ限界がくる。ああもう、この道はどこまで続くんだ!
「ヤズム戻れ!」
シュナードの声にヤズムが即座に彼の後ろに戻った。
レーザーを弾きながら何事か窺っていれば、彼らが通る道の地面が大量に盛り上がって装甲のような形を成した。
それがスキーの周囲を覆い、次々撃ち出されるレーザーから彼らを守っている。命中した穴は随時補修されて、まるで無限の盾である。何それずるい。
『おーっと男神シュナード、流石の形成力だーっ!自らが司る大地の力を用いて分厚い装甲を造り出したーっ!』
『先ほどのファランケ岩から着想を得たな。大地の神である分、土や岩を圧縮させるくらいはお手の物だろう』
確かに、コースの岩壁よりもシュナードが造り出した装甲の方がビームの貫通率が格段に低い。機動力は落ちるが、あれでビームを気にする必要がなくなっただけでも色々と段違いになるだろう。
しかも最初の閃光弾の時と同じく、視界が狭まっても大地に触れてさえいればコースを誤ることもない。ならばこの第二コース、大地の神どもの独壇場では。
なんて考えていたら案の定、レオナルドも同じく地面の素材を使って分厚い装甲をあっという間に造り上げた。ちなみにこっちの方の外見はやたら尖っててメタルな感じだ。
「大人しくしとれよユージーン!」
「わあってるよ」
ぶすくれたユージーンの声を聞くに、自分で対処したかったのだろう。ラディアンに負けた感じがして嫌なのかも知れない。気持ちはとてもわかる。
そしてこれでまともに装甲を張れないペアは私たちだけとなった。このままではビームの対処に気を取られて失速は免れない。
などと考えながらビームを弾きまくっているうちに、早速シュナードたちに追い抜かれてしまった。ああもうしつこいうざったい!いい加減この作業にもうんざりしてきた!
「ねぇミリアーセ、ビームの軌道さえ読めれば飛ぶのに支障はないわよね!?」
「えっ?ええ!」
一瞬戸惑ってからミリアーセはしっかりと頷いた。
こちらの失速の原因は縦横無尽に撃ち込まれるしつこいビームだ。決まった方向を撃つのならともかく、的確に標的を狙ってくるホーミング性能のようなものでバッチリ走者がロックオンされている。
だが逆に言えば、ビームは必ず私たちを狙ってくる。問題はどの方向から撃ってくるかだが、狙いさえはっきりしていれば方法はないでもない。
あっちが剛の装甲ならば、こっちは柔の盾だ。
私は槍を仕舞って三日月型のルアルの先端に手を掛け、その周囲を取り巻く気圧と風圧に自らの神力を注ぐ。
―――呼応せよ。我は全ての風を司るもの!
「―――!なに!?」
驚いたミリアーセの声がした。
申し訳ないが、お構い無しに私は作業に集中させて貰う。
ビームを完全に防ぐことは出来ない。だがしかし、軌道を逸らすことなら出来る!
『こっこれはーっ!なんということだ、女神ペアを狙うレーザーが全てあらぬ方向へと弾かれていくー!?』
ラファルトの驚愕の声が響いた。
何をしたのか簡単に言えば、周囲の風という風、果ては空気と呼べるものを圧縮させて一定の方向に流れるよう調整したのだ。こちらに向かってくるもの全てを強制的に「はいあちらにお行きませ~」する技とでも言ったらいいだろうか。
古今東西、防ぎきれないものは受け流すまでだ。
『いやなんで通じるんだそんな技』
解説の元凶神が何か言ってるが知らない。通じてるんだからいいじゃないか。細かいことは私にだってわからない。とりあえず何とかなったからそれでいいのだ。
「どうミリアーセ、問題はない?」
「ええ、これなら快適に飛べるわ!」
気にするものがなくなったからか、彼女の返事は軽やかだった。
その声に呼応するようにルアルの飛行速度も軽快さを取り戻すどころか、より弾んで楽しげに先を行くペアたちを捉えた。
「ちょっ待っ狡いわ姐さん方!」
「あんたらに言われる筋合いないわよ!」
というか同じ風の神なのだから、ヤズムだってやろうと思えば可能な筈だ。
しかし抗議を叫ぶだけで実行しないということは、しないのではなく出来ないのが恐らく正しい。初対面の時から薄々思ってはいたが、ヤズムはコントロール力が少々大雑把過ぎる。細かい操作が出来ずに暴れる為に、結果として派手な破壊しか出来ないタイプと見た。
『ラディアン神特製のビーム嵐もこれにて封殺されました!最早彼の神々にとって障害では―――』
ザザッ―――ブツッ。
唐突に追尾型カメラから聞こえていたラファルトの実況が途絶えた。
「故障かしら」
「さぁ?ラディアンはあれで意外ときっちりメンテとか欠かさないタイプなんだけど……」
「それよりなんだおい、第二コースの障害ってこれで終わりか!?」
「不完全燃焼なのはわかるが落ち着けよユージーン!第二関門まではまだ距離が……」
暴れ足りない様子のユージーンのぼやきをレオナルドが制した時だ。
遠くから、ズシン、ズシンと地響きのようなものが一定の間隔で近付いてくる。それが一瞬途切れたかと思えば、空が急にふっと暗くなった。
「逃げぇっ!!」
常にないヤズムの鋭い声が聞こえたと同時に、ミリアーセが急にルアルを急停止させる。バイクの車体を横向きにして止まる要領でブレーキを掛けた為、私は必死にルアルとミリアーセにしがみついて放り出されそうになるのを耐えた。
何事か把握しようとすると、すぐ目の前に巨大な何かがズゥン!と膨大な重量を伴って降ってきた。
「………………は?」
いきなり目の前に現れたものが信じられなくて、私は間の抜けた声を出した。
ドラゴンだ。家の一軒など簡単に丸呑みに出来そうな、見上げるほどに大きいドラゴンが、尾と頭をそれぞれ岩壁に向ける形で道を完全に塞いで佇んでいた。
陽の光に当たってうっすら緑色に輝く白い鱗と、翡翠のような色のたてがみ。
それだけ見れば幻想的だが、鋭く歪んだ金色の瞳からは明らかな敵愾心が感じられる。
その瞳が、迷いなく私に向けられた。
「!?」
訳もなくぞっとし、私は反射的にルアルから飛び退いた。
その判断は正しく、ドラゴンは私を追って口から炎にも似た白いブレスを吐き出す。
「イファリス!」
「姐さん!」
ミリアーセとヤズムの声が聞こえた。どうやらヤズムたちも無事なようだ。
私は上空に逃げて風のシールドを張ったが、それでは足りないことを悟って先ほど使った受け流しの要領も追加する。
果たしてそれは功を奏したようで、ブレスは私を避けて周囲を通過していくだけに止まった。
しかし穏やかではない。いきなり攻撃されたこともそうだが、これは明らかにレースとは関係のないイレギュラーな事態だ。
それはヤズムたちも察した様子で、全員が機体を止めてドラゴンを注視していた。いつの間にかレーザーも止まっている。
ドラゴンは尚も私を見上げていたが、重ねて攻撃してくる様子はない。
一体何が目的なのかと注意深くドラゴンを観察していると、その胸部の辺りに何かが蠢いているのに気がついた。
その正体がわかった瞬間、私は悲鳴のように叫んだ。
「メイル!!シーファ!!」
安全な場所で観戦していた筈の二人が、ドラゴンの体に半身を埋め込まれるようにして捕らわれていた。




