30. 第一コース爆走
スタートの合図とともにミリアーセは爆速でルアルをかっ飛ばす。
その瞬間に視界の前方が、無数の拳大の光の玉で埋め尽くされた。
「は?」
呆気に取られたのは一瞬で、即座によくないものだとピンときた私は風のシールドを周囲2メートル四方に張る。
その瞬間光の玉は弾け、通り過ぎた後の道が一瞬にしてすさまじい爆炎に包まれた。
シールドで間一髪直撃は避けたものの、遠慮なく飛ばすミリアーセのスピードと私の反射どちらかがなければ恐らくまともに食らっていた。
「なんや初っ端から豪勢やなぁ!」
「はっ、ほんの小手調べだ!あの程度で沈むようならそれまでっつー話だろ!」
僅かに先を行く2ペアの会話を聞いてピキッと青筋が立った。
つまり先程炸裂した光の玉はユージーンの能力だ。しかも子どもをからかうような脅し半分挑発半分の小手調べ。
随分な歓迎振りじゃないか。
前方を見据えてスピードを維持したまま、ミリアーセが声を張り上げる。
「落ち着いてイファリス!もうすぐコースに入るわ!」
「わかってるわよ!」
やり返したいのは山々だったが、それではペースを向こうにプレゼントするようなものだ。それにレースはまだ始まったばかり。
お返しは後でたっぷりとくれてやる。
* * *
合図とともに姿が掻き消えた神々の後をやや遅れて映像が追いかける。その瞬間イファリス様たちの前方にだけ無数の光の玉が現れ炸裂し、一瞬にしてその姿が凄まじい爆炎の中に消えた。
「イファリスさま!」
メイルが悲鳴のような声を上げる。
私も血の気が引いたが、直ぐに炎の混じった黒い煙の中からニ柱の女神が健在なお姿で現れ、他の2組から少し遅れを取りながらも冷静に追走していた。
ホッと胸を撫で下ろしたところで、軽妙な実況中継が響いてくる。
『さあスタートからいきなり仕掛けてきた、男神ユージーン!これは新入りである女神イファリスを試すのも狙いのうちだったのか!仕掛けられた女神らはこれを危なげなくクリアした様子でしたが、これはどういったことなんでしょうか!』
『なんてことはない。イファリスが冷静に風のシールドを張ってミリアーセが爆炎の中を突っ切った。ただそれだけだ』
『ふむふむ、女神イファリスの風は男神ユージーンの炎を上回ると?』
『単に上手いこと風の流れで爆風と煙と炎を弾いただけだ。イファリスのコントロール力の賜物だろう。それにミリアーセは炎の女神。あの程度の爆発では眉も動かん』
なるほど、と先の爆炎を思い返す。あれは火を司る男神ユージーンのお力だったのか。
男神ユージーンは好戦的な神として知られているが、まさかイファリス様は彼の神に目をつけられたのだろうか。そういえば昨日の顔合わせでも、男神ユージーンは何やら意味深な目でイファリス様を見ておられた。
『と、いったところで3組とも迷わずコースに突入したーっ!現在トップはレオナルド&ユージーンペア、その後ろにぴたりとくっつくようにしてシュナード&ヤズラルムペア!そしてやや遅れてミリアーセ&イファリスペアだ!この先は急カーブがあるだけで特に凝った障害はないようですが、今回はどういった趣向なんでしょうか!』
『今回は空を飛ぶ機体が参加しているからな、道自体には仕掛けは施していない。幾らか急カーブを設置したぐらいだ』
『では道以外に仕掛けがあると?』
『ああ、そろそろ見えてくるだろう』
気怠げな男神ラディアンのお言葉通り、イファリス様たちの行く先に黒くて細長い菱形のような物体が幾つも浮かんでいるのが見えてきた。大きさは恐らく大人の手のひらほどだろうが、あれは何だろうか。
イファリス様たちも気付かれたようで、操縦者でない神々がそれぞれ構えを取られる。
まずは男神ヤズラルムが男神シュナードの背中から飛び出し、行く手を遮る物体を右手に纏わせた暴風の塊で弾き飛ばした。
その瞬間、"はずれ"と書かれた紙が黒い物体から飛び出して風に煽られ、地面にはらはらと落ちていく。
『はぁ?』
拍子抜けしたような男神ヤズラルムの声が映像から聞こえてきた。
次いで同じように飛び上がって先行していたイファリス様が、女神ミリアーセを守るように風圧で物体を退ける。
イファリス様の風に当てられた物体は先程と同じように"はずれ"と書かれた紙を吐き出して落ちるか、或いは色とりどりの紙吹雪を撒き散らして消えていった。
『なんだよこれ』
コースを形造る岩石を足場に跳んで同じようなものを捌いていた男神ユージーンが、最後の一つを弾いた時だった。
突如映像が真っ白い光で包まれ、イファリス様たちのお姿が見えなくなった。
『きゃあっ!?』
『なんっっっやこれ!!!!!!』
『ぬぅっ、ええいこっちであるな!?』
神々のお声が聞こえるので無事であろうことは一応確認出来たが、正直肝が冷えた。あれは一体なんなのだ。
『あーっと!?無数に出てきた謎の物体を弾いた途端視界が真っ白に!?ラディアン様、これは一体!?』
『空中設置式地雷……いやもう空雷でいいな。とにかく当たればランダムで障害を吐き出すはた迷惑アイテムだ。この群れを第一関門までの道のりに幾らかばらまいておいた。群れの中で当たりは一つ、良心的な障害だろう?』
『いやだからって閃光弾とかばっかじゃないの!?』
『操縦トチって激突でもしたらどうすんだこの腐れモヤシッ!!!!!!』
『アホー!!!!とにかくなんかラディアンのアホーーーっ!!!!』
映像の向こうからイファリス様たちの抗議の罵声が上がる。
確かにいくらなんでも危ないにも程がある。映像ではいくらか緩和されていたが、現地で食らったイファリス様たちならば目が潰れてもおかしくはない。
しかし男神ラディアンはしれっと言い切った。
『安心しろ。映像の光度は調整してあるから観客に害はない』
『そういうこと言ってんじゃねーよハゲッ!!!!』
『何を言う、大事な問題だ。あとハゲてない。それにお前らはこれくらいで目も潰れんし激突したところで死なんだろう』
『ラディアンちょっと後で話があるわ!!!!』
穏健派筆頭として名高い女神ミリアーセまでもが珍しくお声を荒げられた。
やっと回復した映像には、問題なく急カーブをいなす3組のお姿が映っていた。
『おっと確かに3組の神々は健在なご様子!あの光は効かなかったということでしょうかっ?』
『単純な話だ。男神どもの操縦者はどちらも大地の神。機体越しとは言え地面に接しているならよほど取り乱さん限り道をトチったりはせん』
『私の見間違いでなければよほど取り乱してもおかしくないような不意討ちがあった気がするのですが!』
『ミリアーセに関しては知らん。女の勘か何かじゃないか』
『女神ミリアーセの神殿の方々ー!見てますかーっ!後で抗議申し立てても文句はないと思いますよーっ!』
正に女神ミリアーセのお身内代表である神官長マルトが、観戦している女神ファランケの後ろで圧を感じる笑顔を浮かべていた。神間問題にならなければ良いのだけれど。
『おっとそうこう言っているうちに次なる空雷の群れです!この中のどれかが"当たり"という訳ですが、今回はどの神がそれを引いてしまうのかっ!』
再び構える遊撃手の神々。またおかしな仕掛けでなければいいが、とはらはらする。
しかし今回の当たりは早かった。男神ヤズラルムが旋風を巻き起こした瞬間、周囲に小さな黒い粒が飛び散った。
『わわわあっなんやこれっ!?』
慌てて男神ヤズラルムが風で幾らかの粒を弾くが、弾き切れなかったものがそのお身体や男神シュナードが操る機体にひっつく。
『なんだこれ、ひっつき虫!?』
『ちっ、面倒だな全部燃やすぞ!』
『ちょっミリアーセ高度下げてっ!』
男神ユージーンが両手から炎を噴出して自身の周囲の粒を焼き尽くしていく。
それに慌てたイファリス様が風のシールドを強化し、女神ミリアーセは男神ユージーンの炎のとばっちりを食らわないように低空飛行に移る。
もろに黒い粒を食らったのは男神シュナードと男神ヤズラルムのペアのみで、ニ柱は何やら焦ったご様子で速度を落としていた。
『第二の空雷が炸裂したーっ!被弾したのは男神シュナード&ヤズラルムペア!他の2組は上手く凌いだ様子!ラディアン様、あの黒い粒は何なんでしょう!?』
『さっきシュナードが言った通りひっつき虫の類いだ。言うなればまぁ、くっつきやすくて取りづらい植物の種子だな。無論レースの障害用に改良してある。ひっついたが最後全て取るまで対象の神力を吸い取っていく』
『それ改良じゃなくて魔改造って言うんじゃないでしょうか!?やっばいやつですねそれ!?』
『安心しろ、吸い取る量は微々たるものでちょっと疲れやすくなる程度だ。それも少し休めば治るし、吸い取ったからってその実が悪用できるかと言えばそんなことはない。何故なら神力に堪え切れず数分で塵になるからな』
『さっきひっついたが最後取れるまで何とかって言ってませんでした?つまり数分堪えたら自動で消えていくんですね?』
『そうとも言う』
『そうとしか言いません!シュナード&ヤズラルムペアには地味な嫌がらせに数分間堪えて頂くしかありませんね!
しかしその隙を見逃さず女神ミリアーセ&イファリスペアがニ柱を追い抜いたーっ!トップを行くレオナルド&ユージーンペアに肉薄する勢いだーっ!そして次なる空雷も見えているぞーっ!』
緩やかなカーブが連続して続く先にまたもや黒い物体が見えてきて、最早女神ミリアーセが操る天舟の隣を自力で並走されているイファリス様がその速度を上げて突っ込んだ。男神レオナルドと男神ユージーンのペアすら容易く追い抜き、先んじて全ての空雷をまとめて吹き飛ばす。
『おーっと女神イファリス早くも勝負に出たかっ!?しかし全ての空雷を吹っ飛ばしてはレオナルド&ユージーンペアにとっても有利になるぞ!一体どういうおつもりなのか!?』
ラファルトの指摘通り、走行する神々の遥か前方で当たりの空雷が炸裂する。飛び出してきたのは―――
『なっなんとあれは巨大な人形!?いや機械、アンドロイドだーっ!』
小さな物体から出てきたとは到底思えないような、巨大な機械人形だった。大の大人二人分はあろうかという背丈のアンドロイドとやらは、膝を抱えた姿で地面にズシリと着地する。
しかしすぐに顔を上げて道を塞ぐように仁王立ちし、無機物特有の冷たい光をその目に宿して宙に浮かぶイファリス様を見上げた。
ひっ、と己の喉から音が鳴る。
映像越しに見ている私たちでさえ、恐ろしいと思うような光景だった。
しかしイファリス様は怯むことなく、白く細い腕を天に向けて掲げられ、その先に光の輪を出現させた。
その中から出てきたのは、先日アルフォード様と手合わせなされた時に使われていた白い槍。
その柄を握り締めたと思うや否や、イファリス様は巨大なアンドロイドとやらに斬りかかって行った。
『女神イファリス、果敢にも巨大なアンドロイドに斬りかかっていく!何やら槍を取り出していましたが、あれはどういう原理なのでしょうか!?』
『ふむ、早いな。まぁあれはあれだ、とりあえずイファリスの力の一部とでも思っておけ』
『出ましたやる気のない投げやりムーヴ!これは解説する気はありませんね!おっとぉ、アンドロイドが拳を振り上げて女神イファリスに殴りかかる!女神イファリスそれを容易く避けたが、地面に大穴が空いたぞ!当たればただじゃ済まなそうだ!』
もくもくと土煙を上げて地面を抉ったアンドロイドは、巨体に似合わず素早い動きで避けたイファリス様にニ撃目を食らわしにかかる。
初撃をかわした体勢のままのイファリス様がそれを避けるのは無理だと思われたその瞬間、ズバンッ!!と重い斬撃音が響いてアンドロイドの腕が宙を舞った。
一瞬時が止まる。
空中で槍を構えた姿勢のまま、イファリス様は赤い目を見開いてアンドロイドの懐へ飛び込んでいった。
巨大な手足があっという間に斬り分けられる。まるで舞うような槍筋だ。最初の一撃目以降は槍を振るうことで生じる風の刃で、スッパリと鋼鉄製である筈のアンドロイドの四肢が切断されていく。
最後に胴体を横一文字に両断すると、アンドロイドは完全に動かなくなった。
槍をしまってイファリス様は、ふぅと一息吐いて満足気に笑った。
『あっ―――圧倒的ぃーーーーーっ!!!!新米女神イファリス、自身の倍以上ある鋼鉄の巨体をものともせずに葬ったーーーっ!!』
わあああああっ、と観客から感嘆と興奮の歓声が上がる。
強い。第一騎士団団長の座へと実力で昇り詰めたアルフォード様を、一撃で下したことからもわかっていたけれど。イファリス様は本当に、お強いのだ。
食い入るようにその光景を見つめていた身体からほっと力を抜くと、映像の中でイファリス様は一番大きなアンドロイドの残骸を拾い上げて空中へと放った。
何をするのかと思えば、鉄屑と化したそれを風の刃で子どもの拳大ぐらいの大きさまで斬り分け、それを自身の周囲に浮かせて後方に迫る対抗ペア―――否、男神ユージーンに向けて人差し指を突き出した。
『お返しっ!』
可憐に笑って片目を瞑り狙いを定め、バシュシュシュシュッと鋼鉄の弾丸と化したそれを男神ユージーンのみに向けて連続で撃ち出す。
正確に男神ユージーンのみを標的に捉えたそれを、彼の神は不敵に笑って迎え撃った。
ある弾は何もない空間で蒸発し、ある弾は男神ユージーン自らが拳で弾いて後方の岩にめり込んでいく。
決して威力は小さくない。当たれば間違いなく人体は貫通するだろう。
それを男神ユージーンは全ていなして岩場を伝い、弾丸を撃ち尽くした女神イファリスへと迫り炎を纏った拳を振り上げた。
両者とも、笑っていた。
男神ユージーンの拳は当たらず、すれすれでかわしたイファリス様がカウンターの回し蹴りを繰り出した。
それを大きく跳んでかわした男神ユージーンはちょうど追い付いたサイドカーに飛び乗るように戻り、イファリス様もまたミリアーセ様の操るルアルの後部にするっと舞い戻る。
まるでじゃれ合っていたかのようなニ柱の攻防は瞬きの間に終わり、元のレースの空気へと戻るかに思えた。が。
『うおあっ!?』
男神ユージーンの狼狽えた声が響く。
何事かと思えば、バラバラに斬られたアンドロイドの残りの残骸が障害物のように地面に散乱していた。
男神レオナルドはそれらの隙間を縫うように器用に走り、避けきれないと判断したものは足場にして宙を跳んでいた。
『ちょっ、待っ、ふざけっ、』
『口を閉じていろユージーン!舌を噛むぞ!』
予定にはなかった筈の障害物に僅かに失速する男神レオナルドらのペアを、宙を飛ぶイファリス様たちのペアが優雅に追い抜いて行く。
『お返しって言ったでしょー?じゃっ、おっ先ぃーっ♪』
『はあああっ!?』
『すまんなぁユージーン、おっさん!儂らも先行くでー!』
便乗するかのように小さな身体で操縦者ごと機体を持ち上げた男神ヤズラルムが空中を飛んで追い越して行く。
それを信じられないという顔をして男神ユージーンは見送った。
『ちょっ、おいレオナルド!?』
『うむ、飛べない神はただの神だ』
『うまくねぇーんだよーーーーーっ!!!!!!』
男神ユージーンの雄叫びが、第一コース終盤に虚しく木霊した。
【おまけ~関係者席のぼやき~】
ファ「ていうかユーユー、カッコつけてバイク戻る前に鉄屑全部燃やせば良かったじゃん」




