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03. 祝いの品を受け取りまして

「じゃあ、私はもう行くわね。…………あら」

「どうしたの?……あ」


自分の神殿をほったらかしにして来たので急いで帰る、というミリアーセを見送りに出ると、私の神殿周辺におびただしい数の動物たちが大集合していた。何事ぞ。


「森中の動物たちが集まってるみたいね」

「何でまた」

「あら、そりゃあ勿論」


何を言うんだ、みたいな風に笑ってミリアーセは私の肩を叩く。


「せっかく森に新しい主が来たんだもの。みんなお祝いに来たに決まってるじゃない」

「そうなの?」


驚いて神殿を取り囲む動物たちを見回すと、確かにみんなは神殿ではなく私を見ていた。野生の動物相手でもこんなに注目されると緊張するな。色んな意味で。

皆一様に、手や口に何かしらの果物や植物を持参して来ていた。中には明らかな肉食獣も混じっているのに、肉の類いを持った個体は一匹もいない。訓練されてる。ていうかあの、兎とか熊とか虎まで仲良く集合してるんだけどここの生態系どうなってるの。あと虎って森にいるっけ。


「これは私もうかうかしてられないわね」


贈り物だろう植物を持参した動物たちをじっと見ていたミリアーセは、おもむろに長い髪を一本切り取ったかと思うと、ふーっとそれに息を吹き掛ける。

すると髪が白く輝いたかと思うと、彼女の手には赤く煌めく丸い石の嵌まった指輪がコロンと乗っていた。


「はい、これ」

「えーっと……?」

「火属性の私の加護を宿したお守りよ。本当は神殿に戻ってじっくり探したかったんだけど、就任祝いってことで。何かに使えると思うから、持ってて損はない筈よ。受け取って?」

「あ、ありがとう?」


断っても押し付けてきそうな雰囲気を感じて、黙って受け取る。私の象徴は赤い鉱石という話だったし、見た目としても申し分ない。普通に綺麗だし。


「ふふっ贈り物第一号の座、ゲットね」

「動物相手に大人げないわよ」


悪戯っ子のように満足気に笑うミリアーセに呆れつつも、せっかく受け取ったのでその場で身に付ける。左手の中指に嵌めれば、ぴったりと指輪は収まった。


「うん、似合うわ。私の目に狂いはなかったわね」

「即席で作ったのに?」

「あら、それにしてはいいセンスでしょう」


胸を張って言うミリアーセがおかしくて、つい笑う。良い女神仲間と出会えたようだ。

温かい気持ちになって、ふわりと微笑む。


「ありがとう、ミリアーセ」

「どういたしまして。それじゃまた来るわね、イファリス」


軽やかにルアルに乗り込み、動物たちにも手を振る。優雅な微笑みを残して、来た時と同じハイスピードでミリアーセは帰って行った。


あっという間に見えなくなった彼女の後ろ姿を見送って、ようやく私も再び動物たちに目を向ける。


「さぁ、お待たせ。みんな何を持ってきてくれたのかしら?」


ふわっと体に風を巻き付け、一気に地面まで降り立つ。自分が風の加護を司っていることを自覚してしまえばなんてことはない、このくらいのことは朝飯前だった。多分私はルアルがなくても大空を飛べる。


数が多い上に大抵の子は背が低いので、階段に腰掛けて受け入れ準備を整えた私の元に、動物たちが次々と贈り物を持ってきてくれる。花や果物。中でもさっき私が森で食べた赤い実の割合が多かったので、きっとみんな見てたんだろうな。森中の実が採り尽くされていないことを祈る。


一匹一頭が持ってきてくれる度にお礼を言ったり、頭を撫でてあげたり、すり寄ってきてくれるのを歓迎したり。中には蛇なんかも混じっていたけど、こちらに害意さえなければ大丈夫だ。くわえて持ってきてくれた赤い実を受け取って指で撫でてやると、嬉しそうに赤い舌をチロチロと出してくれた。爬虫類嫌いの人が見たら卒倒しそうだな。


「……あら?」


最後になった何頭目かの熊が、大きな葉に綺麗な水を汲んできてくれていた。

両手で大事そうに差し出してくれるその子は、きっと溢さないように慎重に運んで来てくれたんだろう。


「ありがとう。今飲んだら良いのかしら?」


うん、うん、と私の質問に黒い熊は大きく頷いてくれる。

溢さないように大きな彼の手から葉っぱごと受け取り、集まった動物たちに見守られる中、その中身をコクンと飲み干す。少しぬるいそれは、するりと喉を通って全身に染み渡る。


「ありがとう、美味しかったわ」


自然に湧く水なんて飲んだことがないから、水道水やミネラルウォーターくらいしか比較物がなかったけれど、雑味もなくてとても美味しいように思えた。

水を運んで来てくれた熊の頭に手を伸ばすと、撫でやすいようにか地面に手をついてくれる。ごわごわするけど温かい毛皮を撫でれば、心なしか熊も嬉しそうにしてくれた。


さぁこれで終わりかな、と立ち上がって改めて周囲を見回すと、見覚えのある白いシルエットが動物たちの隙間を縫ってこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「あら、あなた」


この神殿まで案内してくれた小猿だ。手には白い花をもっており、「キ!」と甲高い鳴き声を上げて私に差し出してくれる。


「くれるの?」

「キ!」


花は他の動物たちからも貰ったけれど、この白い花は初めてだ。5枚の花弁に中心が薄紫色をしたその花は、小猿の手のひらくらいの大きさがある。


お礼を言って受け取ると、小猿はすぐ傍で佇んでいた熊の頭によじ登っていった。大丈夫?森に帰ったら食べられない?


「みんなありがとう。大事にさせて貰うわね」


主に食糧。神でもお腹は空くものです。お花はしばらく神殿にでも飾ろうかな。


…………ん?


貰った花や果物を神殿に運ぼうとした時、また誰かが森に侵入してきた気配を感じた。今度は飛んでない。普通の人間のようだ。

人間たちの間でこの森がどういう認識がされているかはわからないが、本日を以てここは女神(わたし)の神域と化した。気軽に入って良い場所ではないことを知らせなくてはいけないが、さてどうしたものか。


考えあぐねいていると、私と同じく侵入者が来た方向を見ていた動物たちが、「どうするの?」とばかりにこちらを仰ぐ。可愛い。


「そうね。とりあえず、様子を見てきてくれる?」


近くの鹿の角に止まっていた青空色の小鳥に頼むと、心得たとばかりにその場で旋回してから飛び立っていった。

私だって無慈悲ではない。事情によっては問答無用に摘まみ出すなんてことはしないつもりだ。


さて。


目を閉じて、意識を集中させる。今しがた偵察に飛び立って行った小鳥と、視界をリンクさせる。

鳥と人間(神)では見える世界が違うから、画質調整のような感じで細かいところを調整する。にしても鳥の視界は案外広いなぁ。


呑気な感想を抱いていると、小鳥の視界が侵入者の姿を捉えた。黒髪の若い男だ。それと男を追う何者かが3人。

複数人とは思わなかった。もう少し感知能力の精度を上げなければな、と思いながら、追いかけっこを繰り広げる4人を観察する。

追われているのか……どっちが悪者だ?

逃げた極悪人を捕まえに来たのか、何かしらの口封じでもするつもりなのか。

追っている奴らは全員同じ格好をしていた。追跡の為か、機動力を重視して軽い造りにはなっているが、そこそこ良い材質の防具をきちんと身に付けている。ゴロツキの類いではなさそうだ。


逃げる男の方が悪人か、とそちらに意識を向けた時、追手の一人が持っていた剣を構えた。かと思えば、その刃が赤々と燃える炎に包まれ、その炎を逃げる男に向けて放ちやがった。


あ"?


女神は怒りましたよ。ぷちーんと来ましたよ。私の森が火事になったらどう責任取ってくれるんだ。


その光景を見た瞬間、私は一気に風を操って体を浮かせた。あの不信心者どもに、裁きの鉄槌を下さねば。


森の木々より高く飛び、さっきのミリアーセほどではないがハイスピードで侵入者の方へと向かう。小鳥の視界とのリンクは切ったが、ドォンドォンと響く小規模の爆発音が向かっている方向から聞こえてくる。

どっちが悪人かなど関係ない。私の森に手を出した方が悪い。




* * *




追手の放つ火属性魔法を何とか避け切る。逃げ込んだ場所が森なだけに、万が一木にでも燃え移れば大変なことになる。

それでも追手は、お構い無しに炎を放ち続ける。


「くそっ!」


なかなか当たらないことに苛立ってか、火属性魔法を持つ男が悪態をつく。

するともう一人の男が杖を振りかざし、その先端に渦巻く空気を作り出した。


ゴウゴウと勢いよく回る風に、再び剣に炎を纏わせた男がそれを近付ける。おい、嘘だろ。


巨大な炎の渦となったそれは、容赦なく周囲の木々も巻き込んでいく。それだけで火傷をしてしまいそうなほどの熱気が全身を襲い、勢いを増すばかりの炎の大渦は、避けようがないくらい目の前にまで迫っていた。


ここまでか。

覚悟を決めて歯を食い縛った、その時だ。


眼前まで迫っていた炎が、一瞬で掻き消えた。


辺り一面を焼き尽くそうとしていた炎の渦が跡形もなく消滅し、同様に消えた凄まじい熱気のせいか、今度は全身が一気に冷えたかのような感覚に包まれる。


突如として消えた命の危機に、膝から力が抜けてその場に崩れ落ちる。目線だけは、たった今まで森ごと俺を焼き尽くそうとしていた炎があった場所から逸らせずにいた。


自分たちが作り出した炎が消え去り、揃って困惑する追手たち。何故だ、とかあり得ない、とか口々に言い合う男たちの口論が、ふとぴたりと止まった。

見れば、3人が3人とも同じ場所を見上げて固まっていた。そう、俺の背後の空を。


「―――やってくれたわね」


地を這うような低い女性の声が、上から振ってくる。

ぎこちない動作で振り返れば、森の木々よりも高い場所に一人の女性が浮かんでいた。

長い黒髪に露出度の高い白い装束。しかしその装飾、出で立ちから、女性の身分が俺たちなんぞとは比べ物にならないほど高いのが一目でわかる。

そして遠目でわかりにくいが、その顔立ちはとても綺麗だった。…………冷えて据わった瞳が、殊更強調されて俺たちに降り注ぐほどに。


「私の森を燃やしたのだから、当然覚悟は出来ているのよね」


有無を言わせない怒気をはらんだ低い声に、追手の3人は脅えて腰を抜かす。高貴な出で立ちや常識はずれの美貌、そして何より宙に浮かぶという人間離れした技を軽々と披露する彼女に睨めつけられ、その顔色は真っ青を通り越して白くさえ見えた。


女性がゆらりと右手を持ち上げる。

ヒッ、と追手の誰かがひきつった声を喉の奥から洩らす。


―――数秒後、男たちの無惨な絶叫が森中に木霊した。

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