27. 事前打ち合わせを済ませまして
「さて、此度の役者も揃ったことだし。そろそろあやつを呼びに行くとするか」
「あやつ?」
自己紹介が終わったところで運ばれて来たお茶を飲んで一息吐いていると、レオナルドがそんなことを言い出した。この上まだ増えるのか。
首を傾げる私にレオナルドは教えてくれる。
「この神フェスのホストを務めておる男よ。この神殿の主でもある」
なるほどつまりは主催者って訳か。
……待って神殿?ここが?
首都のど真ん中に堂々と建ってるどう見ても宮殿なここが???
私とは偉い違いじゃないか!!
内心頬をひくつかせて目を剥いていると、大きな図体でドアに向かいながらレオナルドはこちらを振り向いた。
「イファリスよ、お主も行くか?」
「……どんな奴なの?」
「そうさなぁ、まぁ言うなれば趣味人のような男だ。大抵部屋に引きこもってやりたい放題研究やら発明やらをしておる」
一瞬でマッドなサイエンティストを想像した。
「趣味人っつーか偏屈なだけだろ。俺は行かねーからな」
呆れたような顔をしてユージーンはソファに寝転がる。
女神ーズの方を見ると、ミリアーセは困ったように笑って手を振った。
「私も遠慮するわ。あんまり大勢で押し掛けても迷惑になるもの」
「あたしは行くー!あいつそろそろ天日干ししてやんないともやしになっちゃう!」
「もうとっくにもやしだろうが」
ソファに寝転がりながらユージーンは出されたお茶請けのクッキーを頬張る。行儀が悪いぞ。喉に詰まっても知らないからな。
それはそうと、一応招かれた立場ではあるが神々の中では新米な私だ。挨拶くらいは自分から出向くことにしよう。
「そうね、じゃあ私もちょっと行ってくるわ。ミリアーセ、メイルとシーファをお願い出来る?」
「ええ、任せてちょうだい」
偏屈な研究者という前情報がどうにも不安なので、二人にはここで待ってて貰うことにする。
にっこり笑うミリアーセに向かって二人の肩を押すと、戸惑いながらメイルは私を見上げた。
「あの、イファリスさま、お気をつけて」
「……お戻りをお待ちしております」
「ええ、ありがとう二人とも。ちょっとだけ待っててね」
メイルに続いて不安を押し隠すように見送ってくれたシーファにもにっこり笑って見せて、私はレオナルドの後に続いて部屋を出た。
そして何故だか当然のようにヤズムもついて来た。
「あんたも来るのか……」
「なんやおもろそうなんで!」
シュナードはついて来なかった。不安だ。
* * *
「あのちっこいのと気難しそうなのはお主の神官か?」
「ええ、この間洗礼を済ませたとこ」
「何とも手が早いのぅ」
勝手知ったるという様子で迷わず通路を進むレオナルドについて歩くと、道行く神官や使用人らしき人々は皆壁際に寄って頭を下げる。こういう扱いは初めてだから何ともむず痒い。
「ここは大分規模が大きいのね。総勢どのくらいいるのかしら」
「なんせ100年は経っておるからなぁ。詳しい数は俺にもわからんが、まぁおそらく三桁は越えとるだろう」
ひぇっ。
そんな数を養うことになったらと思うとちょっと想像がつかない。うちは是非とも少数精鋭で行きたいところだ。
「何、あやつもここに居る者たち全てを把握している訳ではない。取り纏めておる者が別に居ってな、そやつに全て一任されておるのだ」
「そ、そう……」
そう言えば四六時中引きこもってるマッドサイエンティスト(仮)だった。そんな奴がこんなに綺麗な神殿と人員を一人で維持出来る訳ないよね。
「着いたぞ、ここだ」
レオナルドは一つの部屋の前で立ち止まった。
神殿の奥まった場所にある一室。明かりはついている筈なのに周辺はやたら暗かった。
ドンドンドン、と豪快に扉を叩いてレオナルドは声を張り上げる。
「入るぞ、ラディアン!」
返事を待たずに扉を開けた。
ずかずかと足を踏み入れるレオナルドの後に続くと、室内は足の踏み場もないほどに物が乱雑に積まれて溢れ返っていた。
何かの資料、書きかけの何かの走り書きや図案、よくわからない器具や道具。
絵に描いたような偏屈研究者の巣のようなそこは、碌に換気もされていないようで息が詰まりそうだった。
「えーっと先月はあの辺りで行き倒れておったから……おお、居った居った」
何が書いてあるのかと手近にあった一枚の紙を摘まんで見ていると、どうやら部屋の主が見つかったようでそちらに目を向ける。
壁のように積み上がった本の山の向こうで、部屋と同じく物で溢れ返った机に齧りついて何事かをカリカリ書き付けている男がいた。
「ラディアン、もう皆揃ったぞ」
「…………」(カリカリカリカリカリカリ)
「(すぅーーーっ)ラァァァディアァーーーン!!!!」
「…………」(カリカリカリカリカリカリ)
すぐ近くでレオナルドが声を張り上げようとも、机に齧りついたまま男はぴくりとも動かない。
レオナルドはやれやれと頭を掻く。
「仕方ないのぅ。ほれファランケ、何か持っとらんか」
「えーあたし今回は付き添いだからなんも持って来てないよー?ラーダの点検じゃダメ?」
「目新しいものでなければこやつは反応せんじゃろ。ヤズム、お主はどうじゃ」
「レオの旦那には悪いんやけど、今回は前に頼まれた鉱石大量に持ってきただけやさかい」
何事か相談し始めた面々に完全に置いてけぼりにされる。あの凄まじい集中力を乱すだけの何かがあるというのだろうか。
じっと傍観していると、やがて三柱の目が揃ってこちらに向いた。
「えっ何」
「イファリス、お主参加料は何を持ってきた?」
「参加料?」
「最初に神フェスの説明した日に、自分の領域でとれるもの何か持ってくって言ったじゃん。アレよアレ」
あーそう言えばそんなことを言われた。それなら確か、
「リシュプの実ぐらいしか持って来てないけど?」
ネタのマンネリとか言うことなかれ。だってまだ自分の領域の特産物とか把握しきれてないもん。
しかしその名を聞いた途端、机に齧りついていた男がぐるんとこちらを振り向いた。
「リシュプの実だと?」
黒縁メガネの奥の神経質そうな瞳を怪訝そうに細め、男はガタリと立ち上がってずかずかとこちらに近付いて来た。
「持っているのか」
「えっ……と、ここにはないけど。さっきの部屋に置いて来ちゃった」
「よし、行くぞ」
さっきまで耳元で怒鳴られようがまんじりとも動かなかった男が、機敏な動きでせかせかと率先して部屋を出て行く。
あー……なるほどそういう奴でしたか。
「助かったで姐さん、今回は手早く済んだわ」
「ホントホント、いつだったかはこっから動かすのに半日かかっちゃったし」
「前回などはその辺で行き倒れておったからのぅ、まず起こすのに苦労したわい」
慣れっこらしい三柱は豪快に笑い飛ばすが、どう足掻いても先行きが不安でしかなかった。
* * *
「なんだ意外と早かったな」
ボリボリと煎餅のようにクッキーを頬張りながら、部屋を出た時と変わらずソファに寝転がったままの姿勢でユージーンは私たちを出迎えた。こらっ、クズをソファに溢すんじゃありません。え?溢さないように一口で食べてる?器用だなオイ……じゃなくて、そういう問題じゃありません。
「メイルちゃんは真似しちゃ駄目だからねー」
こちらはお行儀良くソファに座りながらミリアーセたちが優雅にお茶会をしている。すぐ傍に控えていたマルトが甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「お帰りなさいませ、イファリス様」
すかさず立ち上がってシーファが出迎えてくれた。
ミリアーセに軽い行儀作法を教わっていたメイルも慌てて立ち上がり、シーファの真似をして姿勢を正す。
「おかえりなさいませ、イファリスさま!」
「はい、ただいま二人とも。何事もなかったみたいね。ミリアーセありがとう」
「いいのよ別に。それよりユージーンじゃないけど、本当に早かったわね」
どうやらもっと時間が掛かると思われていたらしく、ラディアンに対する信頼度が窺える瞬間だった。
「で、リシュプはどこだ」
挨拶もなしに開口一番ラディアンは目当ての物を探す。その姿は明るい場所で改めて見るとなかなかに酷い有り様だった。
ボサボサの濃い緑の頭にヨレヨレの白衣、いつからあの部屋に籠っていたのか顔色も若干悪く、目元には隈がある。
そんなラディアンを見たシーファは一瞬顔をしかめて何とか直ぐに取り澄ました顔をしていた。メイルとの初対面を思い出すね。
「こっちよ」
ラーダを降りてすぐ預けた荷物とは別に持ち歩いていたから、リシュプの入った袋はこの部屋のソファに置いてあった。不用心だと思うかも知れないが、ユージーンはともかくこの部屋に残った面子的に問題はないと判断したまでである。
案の定手つかずでそのまま置いてあった麻袋を持ち上げると、眼鏡の奥から興味津々の目を向けるラディアンに袋の口を開けて中身を見せる。
「どのくらいあればいいかわからなかったから、とりあえず30個くらい入ってるわ」
リシュプの実30個、という数にシーファが心なしか遠い目をする。私としてはもう当たり前に毎日見ている果物だが、やはりシーファにとってはあり得ない光景らしい。
「ふむ、まぁ良いだろう。次は苗木を持って来い。一株でも構わん」
「次も参加すること前提なのね……」
呆れはするが、それは今回参加してみてから決めることなので何も言わない。
じっくりリシュプの実を検分しているラディアンの脇から、ファランケがさっと手を伸ばした。
「いっこちょーだい!」
「やらん。不参加枠は黙ってろ」
「ぶー何さケチー!そんなに貰ってどうすんのさ!」
こないだパイやタルトを余裕で作れる数を貰った奴が何言うか。
「まずはじっくり調べるに決まっているだろうが阿呆め。こいつはフェスティーナ地方にしか自生していない植物だ、しかも人工的に栽培するのは難しいと来てる。前々から狙ってはいたんだ」
「そしたらもっとたくさんリシュプ育てられるようになんの?」
「知らん。そんなことには興味はない」
「ケチー!」
尚も手を伸ばすファランケから手を伸ばして袋を遠ざける。ひょろっとしてはいるがファランケよりも10cm以上背の高いラディアンが腕を伸ばせば、つま先立ちしても届かないくらい高々とリシュプが掲げられる。
多分ファランケが本気を出して獲りにかかれば容易く獲れはするだろうが、流石にここで暴れる気は彼女にもないようだった。
「どーでもいいがよ、さっさと今回の話進めようぜ」
ようやく起き上がって普通にソファに座り直したユージーンに促され、ファランケは大人しく引き下がりラディアンも袋の紐を結び直す。
「ああ、そうだな。それじゃあ今回の神フェスの概要を……」
改めて室内を見渡したラディアンは、隣に立っていた私にはたと視線を止めた。
「お前誰だ」
今かよっ!!!!!!
「この度新たに西側の領域を担当することになったイファリスよ。ファランケの誘いで参加しに来たの。よろしく」
「輝く風の女神か。なるほどわかりやすい。俺はラディアン、クライストロ中央部を担当している。司るものは水と月だ」
「属性だけ聞くとロマンチックだよねー」
「喧しいデストロイ枠が。何にせよあの空白がようやく埋まったことは喜ばしい、何よりもだ。歓迎するぞイファリス」
「ありがと」
意外にも握手を求められたので応じる。しかしなんだろう、歓迎の意図がかなり個人的なところにあるような。
ちらりとミリアーセやシュナードを見ると、予測は外れていないようで揃って何とも言えない顔で頷かれた。……まぁいいけど。
ところでラディアンが神と知ったシーファは頬をひくりと引きつらせていた。
「話を本題に戻そう。今回参加する面子はレオナルド、ユージーン、ヤズム、シュナード、ミリアーセ、そしてイファリス。この六柱だな」
「そう言えば、ファランケは不参加なのね」
今更ながら気になっていたことを口にする。
「そこの馬鹿は前回暴れ過ぎたから今回は謹慎中だ」
「えへへー」
「褒めとらん。」
「そこは出禁じゃないのね?」
「そんなものがコイツに効くか。本気でコイツを出禁にしようと思ったらこの世界の半分の神の神力を注ぎ込まねばならん、コストの無駄だ」
「えへへー」
「だから褒めとらん。」
反省した様子のないファランケと、半ば諦めた様子のラディアンとのやり取りの向かい側で「ちなみに」とシュナードがお茶を傾けてから口を挟んだ。
「ヤズムはその謹慎がようやく解除されて今回参加している」
「あんた何やったの」
「しっつれーやなー、ただちょーっとテンション上がって穴空けただけやないかい」
穴って何。どこに空けたの。
「そんな訳で、度が過ぎたやんちゃはペナルティの対象になる。充分注意しろ」
「そもそも神同士が競い合う場所ってどんなところなの……?」
「安心しろ、多少暴れても問題ない程度に強固に結界を張った会場を毎回用意してある。結界はその都度アップデートしてはいるが、毎度その予測範疇を越えてぶっ飛んだ馬鹿力を披露する常習犯がいやがるんだ」
「「いやーははは」」
『褒めとらん。』
揃って照れるファランケとヤズムに、男性陣の突っ込みが綺麗に重なった。
……私、無事に帰れるかな。
「そこで今回、参加人数も多いことから競技内容を少し変えてみた」
どこからかホワイトボードがキュルキュルと車輪を鳴らして引っ張り出される。だから何なのそのどこからともなく出てくるやつ。
「今回の競技内容はズバリ、"レース"だ」
ばん、とラディアンが叩いたボードにはコースか何かの会場図が描かれた大きな紙が貼ってあった。そこまで複雑なものではないが、レースなんて前世で運動会のリレーくらいしかしたことのない私には馴染みのない競技だ。
「ルールは単純。二柱一組でコースを進み、最初にゴールした組が勝者となる」
「はいせんせー!コース突っ切って真っ直ぐ行ったらアカンやろか!」
「アカンに決まっているだろうが一発アウトだ」
言うと思っていたのだろうヤズムの発言はにべもなく却下される。
「それに今回も例に洩れず結界を強化してある。このコースそのものが結界の塊だと思え。ちょっとぶつかったくらいならば問題はないが、そこの馬鹿のようにコースを破壊でもしようものなら」
ラディアンがどこからか取り出した岩石の塊のようなものを窓から外に放り投げ、ファランケが鉄砲の形を取った指先からエアガン(ガチ)を撃ち出す。
見事命中したと思うや否や、岩石はビリビリと電気のようなものを放出した後派手に爆散した。
「まぁざっとこんなものだ。死にはしないが大分痛いな」
「痛いで済むのかあれは」
「何、コースを破壊しなければいいだけだ」
呆れたようにシュナードはじと目でラディアンを見る。
さて、と手を一叩きして、ラディアンは再び注目を集めた。
「で、だ。肝心の組み合わせだが、これはもう決まっているようなものだろう。初心者もいることだしな」
ぐるりと参加神一同を見回し、ほとんど確信しているようにラディアンは言い切る。まぁ確かに、今更ランダムに決める旨味もないだろう。
レオナルド&ユージーンペア。
シュナード&ヤズムペア。
そしてミリアーセ&私ペア。
仁義なき神々の戦いの火蓋が今、切って落とされる。
【おまけ~神々の雑談~】
イ「ところで"レオナルド"って随分地球的に馴染み深い名前だけど……」
レ「ああ、実は獅子のように強そうな名前を名乗ろうと考えていた時にな、「我輩の辞書に不可能はない」的な名言を思い出したのだ」
イ「それレオナルドじゃなくてナポレオン!!レオナルドはイケメン俳優もしくは大天才の方!!」
ファ「"レオ"しか合ってない上に厳密には全然違うねー!」
レ「うむ、気付いた時には既に30年経っておったからこのまま貫くことにしたのよ!」
イ「遅い!!そして潔い!!」
ミ「ちなみに正しくは「不可能という文字は愚か者の辞書にしか載っていない」よ。テストには出ないかもね」
ユ「もしこんな阿呆に名乗られてたら初代フランス皇帝もびっくりだろうよ……」




