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26. 異国の土地を踏みまして

「ラスキスー、ちょっと邪魔するよー」


天空船『ラーダ』の操縦をしていると、突然我が主である女神ファランケが操縦室に現れた。

ファランケ様は大層自由なお方で、急に来たりいなくなったりは日常茶飯事だ。なので別段驚きはしないが、昨日いきなり他の女神二柱を引き連れて突撃された時には流石に仰天した。心臓に悪いので切実に勘弁して欲しい。

ミリアーセ様は日頃からファランケ様がお世話になっている関係でそれなりに面識があるが、新顔であるイファリス様は初めてお目にかかる上に天上の美をお持ちの方で、うっかり見惚れて固まってしまったほどだ。

ぼけーっとしているとファランケ様が舵輪に触れようとしてきたので慌てて我に返った。ファランケ様にこの船の操縦権を渡そうものなら大惨事になること間違いないので、操縦は俺を含めた三人の操縦士の手に委ねられている。責任は重大だ。

しかしミリアーセ様もお美しいが最近やっとその美貌に慣れてきたところだったというのに、またもや違った種類の美貌に慣れなければならないことになるなんて。


……話が逸れた。


「ファランケ様、朝食はもうお済みなので?」

「うんさっき食べ終わったー。んでね、この娘たちにも操縦室見せてあげようと思ってさー」


そう言ってファランケ様が前に押し出して来たのは、小柄で痩せぎすな黒髪の少女と、綺麗なベールを頭に着けた身分の高そうな雰囲気の女性だった。


「昨日紹介したイファリンとこの神官ちゃんたち。この後勉強会だからさ、その前にちょっと面白いものでも見せてあげようと思って」

「ここには見せ物になるようなもんはないですよー。ったく……」


やれやれと思いながら、こうと決めたファランケ様が曲がらないのはよく知っている。

舵輪から手を離さずに、俺はとりあえず挨拶をした。


「このままの姿勢ですみません。ラーダの操縦士を務めてます、ラスキスと言います。普段はファランケ様の神殿で雑用係をしてます」

「はじめまして、イファリスさまのところで神官長をすることになったメイルです。よろしくお願いします」


神官長!?

思わず二度見した。

貴族然とした見るからに上に立ち慣れてそうなもう一人の方でなく、この思わず食べ物をたくさん食べさせてやりたくなるような女の子が。


「同じくイファリス様の元で神官を務めることになりました、シーファと申します。この度はお世話になっておりますわ」


優雅に一礼するシーファという女性は所作も美しくて、洗練された動きがまるで良い手本のようだ。

メイルという子に続いて挨拶をしたにはしたが、二人の間に繋がりがあるような雰囲気はない。同じ場所で同じような役職を務めている筈なのに。


「ね、ラスキス。ちょっとここ見学させて貰っていいー?邪魔にはならないようにするからさ」

「え、ああ、それは構いませんが」


本当に見せ物になるようなものはないんだが……。

許可を出せば、ファランケ様に「その辺のものとか触っちゃダメだよー」と言われてメイル様がおずおずと近付いてくる。

本当に小柄だ。俺の胸辺りにも頭が届かない。


「こ、こんにちは」


ペコリ、とぎこちなくメイル様が頭を下げる。


「こんにちは。メイル様はおいくつになられるので?」

「えっと……14、です」


若干迷うようにして告げられた年齢は、彼女の外見には到底そぐわない。最初は10歳くらいかと思った。


「ラスキス、初対面の女の子に早速歳聞くとかサイテー」

「す、すみません」


確かにいきなり不躾だったなと反省する。

しかし当のメイル様は気にしていないご様子で、興味津々といった感じで俺が操る舵輪を見つめている。


「ラスキスさんがこの船を動かしてるんですか?」

「ああ、まぁそうですね」

「ひとりで?」

「いえ、三人で交代制ですよ。俺は昼までの担当で、それぞれ休憩を取りながら操縦してるんです」


馬車と違って途中で船を止めることは出来ないので、交代の操縦士を用意してバトンタッチしている。30日ほどであれば継続して空を航行出来るというこの船の規格外さには、最初は唖然としたものだ。海の上に浮かぶのとは訳が違うだろうに。


ふともう一人の方―――シーファ様はどうしてるのかと目を向けると、ファランケ様に手を引かれて窓際から景色を見ていた。

ファランケ様に振り回されてなけりゃいいんだが、と懸念していると、後ろから突然麗しい声がかかった。


「仕事中なのにごめんなさいね」

「ひょおわっ!?」


思わず変な声が出た。

辛うじて手元は狂わなかったが、心臓は見事にバックバクだ。


「ご、ごめんなさい。驚かせちゃった?」


振り返ればそこには申し訳なさそうな顔をしたイファリス様がいた。


「い、いえっ!こちらこそ、申し訳ありませんっ!」


思わず背筋がピンと伸びる。

その様子をメイル様が不思議そうに見上げる。


絶世の美貌に反してイファリス様が気さくな方だというのは昨日挨拶された時に理解はしたが、それでも完成された芸術品のような人間離れした美しさにはまだまだ慣れない。ファランケ様だって美人な筈なんだけどなー。この差はなんなんだろうなー?


「ラスキスはもう食事は済ませたの?」

「はい、交代の前にいただきました。うちの料理長の食事は口に合いましたか?」

「ええ、今朝のもそうだけど、昨日のお昼も美味しかったわ。あの鮮やかなオレンジ色のスープみたいなの、なんて言うのかしら」

「それならきっと、ユディンガ名物のフロップですね。色んな種類の野菜と、鶏肉をトロットロに煮込んだ伝統料理です」

「へぇ、そうなの。ユディンガでは定番なのかしら?」

「はい、どの家庭でも一般的に食べられていますよ」

「そうなのねー。メイルはあれ、どうだった?」

「はい、とっても美味しかったです」


嬉しそうに笑うメイル様には是非もっとたくさんの料理を食べて頂きたい。血色は悪くないが、決して栄養が行き届いてるとは言い難い体型がどうにも気になる。

いつかうちのかみさんの飯も食わせてやりたいなー。流石に無理かなー。


っと、そうだ。


「ファランケ様。今のままのペースであれば、何事もなければ明日の昼頃にはアジェリカに着くと思われます」

「んー、りょうかーい。気象班も異常なしって言ってたから多分大丈夫でしょ」

「了解しました。では、このまま航行を続けます」


長距離を飛ばすのは初めてだが、綿密に設計されたこの船の羅針盤は正確だ。方角と速度に間違いはない。

正直神殿の雑用係でしかなかった俺がこんな大役を務めているなんて今でも信じられないが、同時に少しわくわくしてもいる。

メイル様も、どうか穏やかに職務をこなせたら良いんだけどな。うちの神官長を見ているとどうにもその辺は苦労するイメージしか湧いてこない。

まぁでもイファリス様はミリアーセ様同様にしっかりしてそうだし、ファランケ様のような自由神はそうそういないだろう。きっとうちがレアケースなだけだ。


そんなことを考えながら、俺は進行方向の景色を見据えた。




* * *




天空船『ラーダ』に揺られ、実に贅沢に穏やかな船内生活をすること二日半。

とうとう我ら一行は、神フェス開催地であるアジェリカ国上空へと差し掛かった。

上空から見下ろしたアジェリカの首都は活気に満ち溢れていて、地球であれば中東辺りのような文化に似た雰囲気があった。


デッキに出て賑わう街を見下ろすと、メイルがはしゃいだように指をさす。


「イファリスさま、あそこに人がたくさんいます!」

「本当ね、市場かしら。露店が沢山あるわー」


軒を連ねる簡易的な屋根の下には何かの商品のようなものが並び、それを求める客たちでごった返している。

目的地に近付いた為に高度を下げて航行している為か、地上にいるアジェリカ国の人々にもこちらの存在は容易く認知された。

ちらほらと視線が向けられるが、大騒ぎにはならない。こんなに突飛なものが空を飛んでいるのに、好奇の視線は驚くほど少なかった。

それどころか、母親と手を繋いだ少年などは笑顔で手を振ってきた。


「なんというか、寛容な国なのですね……」

「そう、みたいね」


困惑するようなシーファの呟きには同意する他ない。

とりあえず、メイルと二人笑って手を振り返す。シーファは傍で控えるだけに止めていたが。


「イファリン、ほらあそこ!あれが目的地だよ!」


ファランケが指さす方向には、暖かな乳白色の宮殿のようなものが見えた。中心には丸屋根の大きな建物と四つの細い塔。そしてそれを取り囲むように同じような形をした小さな建物たち。

…………なんていうか、


「いつ見てもタージ・マハルみあるよねー!」

「ファランケシャラップ」


率直な感想を洩らすファランケの口をミリアーセが塞いだ。

はは、やっぱりだよね。でもアレって宮殿じゃなくて墓所だから。

何のことだかわからず首を傾げるメイルとシーファには何も言わず、私はひたすら眼下の景色を眺めていた。




やがて宮殿上空に差し掛かると、ぽっかり拓けた空間で誰かが誘導灯を振っていた。

そこに向かって降りると、船はようやく停止した。

すぐにタラップのような細い通路が下ろされて、下船の準備を済ませていた私たちはそれを伝って二日ぶりの地上に降り立つ。


「ふあ……」


少しよろけかけたメイルを支える。


「大丈夫?身体変だったりしない?」

「なんかちょっとまだふわふわしますけど、大丈夫です」

「シーファは?」

「私も、問題ありません」


ずっと空を飛ぶ船に乗っていたせいで地面に立つと違和感が出るが、二人ともそこまで問題はないようだった。結局最後まで船酔いもしなかったようだし。


ミリアーセとマルト、そしてファランケも降りてくると、先程誘導灯を振っていたのとは別の人物が近寄って来た。


「ようこそ、お待ちしておりました」


優雅な所作で一礼するのは、黒っぽい服装をした執事のような感じの若い男性だった。

その後ろには更に何人かの使用人らしき人々が並び、一様に頭を下げている。


「遠いところをわざわざお越しくださり、ありがとうございます。お疲れでしょう、お荷物をお預り致します」

「ありがとう、お願いするわ」


当然のような顔をして受け入れたが、こんなVIP待遇初めてで内心バックバクである。シーファの方が慣れていると言った様子で荷物を預けていた。流石元公爵令嬢、見習おう。

ビビっていることがバレないように涼しい顔をしていると、「こちらに」と宮殿らしき方へと案内をされる。

素直に従いながら、近くにいるファランケに声を掛けた。


「ファランケ、他の乗組員たちは?」

「あたしらとは別の部屋を用意して貰ってるよー。一応船の後始末をするのと、こっちであたしらの世話をするのとで別れるみたい」


指揮は別の者に任せているようで、そこはファランケらしいところだ。帰りも世話になるのだから、彼らも少しはここで羽を伸ばせたら良い。


清潔感が保たれた廊下を進むと、応接室のような広い部屋に通された。

そしてそこには、見知った顔半分、初めて見る顔半分が待ち構えていた。


「姐さーんまた会いましたなー!!」


座っていたソファの上に立って両手をこちらに大きくぶんぶん振るのは、つい先日喧嘩紛いの挨拶をしに来たお騒がせ小僧だ。

そしてその隣には、保護者役である隣神が座っていた。


「シュナード、貴方も来てたのね」

「ああ、数日振りだなイファリス」

「姐さん儂は!?」


喧しい抗議は黙殺して、初めて見る顔に目を向ける。ガタイのいい筋肉質で大柄な(おっさん)と、精悍な顔付きをした若い男だ。ガタイのいい方は西洋風の品のいいシンプルな正装に身を包んでいて、若い方は動きやすいアジア風の衣装を身に纏っている。


「紹介しよう、イファリス。こっちはレオナルド。俺の北隣の領域を収めている神だ。で、こっちがユージーン。ヤズムの北隣を収めている」

「よろしく頼むぞ、新顔の女神」


レオナルドと紹介されたガタイのいい男は豪快な笑顔で端的に挨拶をする。


「初めまして、西側の領域を担当することになったイファリスよ」

「うむ、歓迎する。待ち望んだ新顔だ、実に喜ばしい」


大きくて分厚い手と握手を交わす。手のひらの皮は堅く、武人の側面もあるようだ。

にかっと人好きのする笑みを浮かべるレオナルドは善人オーラが滲み出ているが、一筋縄ではいかなそうな雰囲気もあった。なんというか、頼れる漢タイプ。あとほんとに体がデカイ。絶対に身長190は越えてる。


「ユージーンだ。このおっさんとは腐れ縁でな、まぁよろしく頼むわ」


言い方はぶっきらぼうだが、愛想はよくこちらも握手を求めてきた。

素直に握り返すと、こちらもしなやかだが堅い手をしていた。もしやここにいるのって大半が戦う神様?

そう思って内心戦くと、何故だか手を握られたままユージーンにじっと見つめられる。


「…………?あの?」

「はっはっはっ、なんだユージーン!あまりの別嬪ぶりに見惚れたか?」

「はっ、さぁな」


ぱっと手を離して、ユージーンはソファへどかりと座る。はぐらかされたが、そんな雰囲気ではなかったような気がする。

ちらりとシュナードを見れば、彼は難しそうな顔をしていた。


「あーあ、こら一波乱ありますわ」


小声でヤズムが物騒なことを言う。

え、え、一体なんだ。降臨して早々面倒なのは嫌だぞ。


助けを求めて女神二柱を振り返れば、ミリアーセは肩を竦めるしファランケは「イファリンファイト!」といい笑顔でサムズアップをする。

……なんだろう、今すぐ帰りたくなってきた。

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