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25. 小さな苺が気になりまして

戸締まり(?)よし、不在中の留守番手配よし、手荷物よし!


「じゃあちょっと、行ってくるわねーっ!!」


森中に響き渡るように神殿の真上から叫べば、鳥や動物たちの鳴き声が方々から返ってきた。一瞬にして騒がしくなった森は、すぐ元の静けさを取り戻す。


「イファリン、はやくー!」

「はいはい」


既に乗船して待ちかねていたファランケに促され、私も船のデッキに降り立つ。

既に乗り込んでいたメイルとシーファと合流し、いよいよ出立の時と相成った。


「それじゃ、しゅっぱーつしんこーっ!!」


テンションガン上げのファランケの号令を合図に、神殿上空で待機していた船はゆっくりと動き出した。エンジンなどの駆動音もなく、回るプロペラや風を切る羽根の音だけが大空に微かに響く。

進行方向を北東に定め、ファランケが持つ大型天空船『ラーダ』は、一路神フェス開催地であるアジェリカ国へと出発した。


「『とぶとぶくん1号』って付けようとしたら、みんなに止められたんだよねー」

「……そんな名前の船だったらどんな顔して乗ればいいかわからなかったわ」

「笑えばいいと思うよ!」




* * *




船の内装も大層豪華で……というか、本当に船?ホテルとか城じゃなくて?というレベルのものだった。

私は豪華客船というものの内装は映画やアニメなどでしか知らないけれど、どの部屋も船室という概念が吹っ飛ぶような造りをしていた。一つの城が空を飛んでいると思った方がわかりやすい。水ではなく宙を浮いて航行する違いだろうか。

専門的なことはさっぱりわからないので、普通に船の旅を堪能することにする。


「それではイファリス様、早速ですがまずはメイル様をお借り致します」

「ええ、お願いするわ。頑張ってねメイル」

「は、はい」


緊張した様子のメイルの肩を優しく抱いて、マルトはファランケに用意して貰った一室に向かって行った。正しく母娘のように見えなくもない、一見して微笑ましい構図だ。

談話室のような寛ぎ空間からそれを見送って、落ち着いた臙脂色のふかふかのソファに腰掛け、出されたお茶を一口飲む。柑橘系のフルーツティーのようで、すっきりする甘さがしつこくなくて美味しい。


「ねぇミリアーセ、マルトって教え方はスパルタ?」

「そんなことないわよ。場合によっては厳しく行くこともあるけど、しっかり丁寧にわかりやすく教えてくれる指導員の鑑みたいな人よ」


なんだそれ羨ましい。

でもそれなら安心だ。メイルにはまず読み書きなんかの基礎教養から教えねばならないから、根気強く付き合ってくれる人だと助かる。

隣に座るシーファにもお茶を勧めて、お茶請けに出されたマドレーヌに似た焼き菓子を摘まんだ。


「美味しいわねぇ、このお茶とお菓子」

「ユディンガはお茶が有名だものね。ファランケの手土産の定番よ」


そう言えば、最初に突撃された時もお茶とお菓子を持参して来たな。意外と抜け目ない奴だ。

しかしこの焼き菓子、どうにも焼きたてのもののようだ。これだけ豪華で広い船なのだし、やっぱり厨房もあるんだろうか。


「ねぇファランケ、他にも人員を連れて来たって話だったけど、料理人とかもいるの?」

「そうそう、料理人とメイド的なのとあと操縦士ね!イファリン会ってみる?」

「そうね、一応お世話になるんだし挨拶くらいはしときたいかな」


いくら自分が神でも最低限の礼儀は忘れたくない。え?もう既に手遅れ?うるせぇファランケぶつけんぞ。


それなら自分も行く、とお茶を飲み干したミリアーセも立ち上がったので、一応シーファにも声を掛けてみる。


「シーファはどうする?一通り回ったらまたここに戻ってくるけど」

「いえ、私はここでお待ちしております」


お茶を手に持って座ったまま、やんわりとシーファは断った。別に無理強いする気はないのでそのまま頷く。


「そ、わかったわ。じゃあここでゆっくりしてて」

「何かあったらその辺の人適当に捕まえて何でも言ってねー!あと、安全装置はあるけど外出たら落ちないように気をつけて!」

「はい、お気遣い感謝致します、女神ファランケ」


大人しく頭を下げるシーファを残して、女神三柱は談話室を後にした。




* * *




一通り挨拶回りを終えて談話室に戻ると、シーファの姿はなかった。

近くにいたメイドに聞いてみると、風に当たりたいと言って外に出たのだという。

お礼を言ってミリアーセとファランケに断りを入れ、私も外に向かう。お昼まではまだ時間があるし、メイルの方もまだ先が長いだろうから自由時間だ。

廊下を出てデッキに向かう途中の通路で、呆気なくシーファは見つかった。手すりに掴まって遠くの景色を見ている。


「シーファ」


名を呼ぶと、こちらに気付いてシーファは頭を下げる。


「申し訳ありません、お戻りでしたか」

「構わないから、楽になさい」


隣に立って私も景色を見る。飛行機に乗った経験は何度かあるけれど、それよりは高度が低いしゆったりと景色が堪能出来る。

それは良いが、髪を切ったばかりのシーファの様子も気になった。ベールを着けているとは言え、首元はやはり冷えるだろう。


「寒くない?空の上って生身で人間が過ごすにはちょっと気温が低いから」

「はい、大丈夫です」

「そ、なら良かった。さっき操縦室で聞いたんだけどね、この船に乗ってる限りはある程度人間も普通に過ごせるように環境が調整されてるんですって。でも実際に人を乗せて飛んだ回数は少ないそうだから、何か異常があれば教えて欲しいそうよ」

「今のところは問題ありませんわ。揺れもほとんどなくて素晴らしい船です」

「ほんとねー」


船酔いの心配をしていたが、一先ずシーファは大丈夫そうだ。メイルにはマルトがついているし、ミリアーセの信頼が厚い彼女なら安心して任せられるだろう。


眼下に広がる広大な景色は、正に圧巻の一言だ。私の森を抜けて、平地に幾つか点在する町並み。カランドとは逆方向に進んでいる為、あの町はバランディムかマリスティアのものだろう。


「ねぇシーファ、今がどの辺りかはわかる?」

「そうですね……森から出て北東に進んでいますから、今はマリスティアの上空になると思います」

「なるほど」


久々に脳内インストールされた地図を広げる。マリスティアは私の支配領域の中で唯一、海に面していない内陸国だ。


「本来ならば、関所で然るべき手続きをしてから入国しなければならないというのに……神というのは、本当に規格外の存在なのですね」


軽々空を飛んで他国の領域に踏み込んだ為か、シーファは遠い目をして眼下の町を見渡す。制空権とかなさそうだもんね、この世界。


「シーファはカランドの外に出たことは?」

「ありません。これが初めてです」

「怖くはない?」


シーファはおかしそうに笑った。


「女神に拐われて空を飛んだことを思えば、なんということもありませんわ」


その笑顔は今まで見た中で一番気が抜けていて、未知の乗り物に乗った恐怖や、女神三柱と共に旅をしている緊張もないようだった。……早くも結構神経が図太くなってきたかも知れない、この娘。

しかしリラックスしているなら良いことだ。このタイミングを逃さず気になってたことを聞いてみる。


「メイルのことなのだけど」

「…………」


案の定シーファは黙り込んだ。

しかし拒絶している様子はないので、このまま会話を続けさせて貰う。


「貴女に拒否権はないとは言え、不満はあるでしょう?言いたいことがあるなら今聞くわ」


愚痴には付き合うと宣言したばかりだ。溜め込んで拗らせる前に、早めにガス抜きを促したい。何しろこの娘には、その前科がある。


シーファはたっぷり躊躇ってから、俯いて言葉を選んだ。


「……彼女も、私の罰なのでしょうか」


手すりを掴む手が白い。鉛を呑むような声で吐き出した言葉は、不安に揺れていた。


「イファリス様のお言葉を疑おうなどとは思いません。彼女には本当に、その素質があるのでしょう。でも、神官長に任ぜられるということは大きな意味を伴います。主であるイファリス様の名代として立ち、様々な場面で重大な責務や役割を求められることも多くあるでしょう。その役目を私でなく彼女に負わせるということ、それも私への罰として含まれているのですか?」

「それは違うわ」


即座に否定すると、手すりを強く握っていたシーファの手から力が抜ける。

こんなにあっさり否定されるとは思っていなかったのか、シーファは呆けて私を見る。

手すりに寄りかかって景色に背を向けると、後ろから風が私の長い髪を撫でた。


「結果としてそうはなったけど、あの子を神官長にすると決めたのは貴女を知るよりも前。あの子を拾ったその日のことよ」

「……では、彼女にそれだけの大役が務まると?」

「それはまだわからないわ。あの子にとっても未知の領域だもの。その日を生きていくのがやっとだったあの子に、そんな大それた想像なんて出来やしないでしょうしね」


まるで他人事のように聞こえたのだろう、シーファの顔に微かな失望が浮かぶ。


「ああ、勘違いしないでね。別に贔屓や投げやりであの子を選んだ訳でもないから。もしどうしてもあの子じゃ無理だと判断したら、その時は改めて考え直す。その候補には勿論貴女も入るわ。下っ端だろうと責任者だろうと、私の元できちんと仕事をして貰うことが重要なんだから」


そう言うと今度は戸惑う表情になる。私の考えていることがわからないと、顔にありありと書いてあった。


「……イファリス様は、彼女をどうなさりたいのですか」

「別にどうとも。ただ拾った責任を最後まで取るだけよ」


そう言い切った私に、シーファはそれ以上何も聞いて来なかった。




* * *




食堂で心尽くしの昼食を頂くと、それから少し休憩時間となった。

メイルはミリアーセの肩を借りてうとうとと舟を漕いでいて、ミリアーセはそれを微笑ましく受け入れている。

ファランケは自室で一眠りすると出て行ったし、シーファは何だか意地のような顔で談話室に留まっている。


「イファリス様、少しよろしいでしょうか」


食後のお茶を頂いていると、マルトが近付いて来たのでソファの隣を促した。

失礼します、と腰を下ろしてマルトは早速話し始める。


「メイル様のことなのですが、彼女は孤児でいらしたのですよね?」

「ええ、そうよ」

「その、差し出がましいとは存じますが、身寄りを失われたのは最近のことなのでしょうか?」

「……どういうこと?」


カップをソーサーに置いてマルトを見る。

言葉を選ぶようにマルトは慎重に口を開いた。


「まず簡単な読み書きから、と試しにメイル様に絵本を渡してみたのですが、少し教えただけですらすら読めるようになられていて。最初は本当にわからないご様子だったのですが、どうにも飲み込みが異様に早いようなのです」


ミリアーセに寄りかかって眠るメイルを見る。昼食の誘いがてら様子を見に行った時、メイルは一生懸命に机にかじりついていた。


「筆記の訓練も、簡単な字はすぐに書けるようになられまして。もしや以前、既に教わったことがあったのではと……」

「……そうね」


少し考えてから、私も言葉を選んだ。


「彼女には貧民街より以前の記憶がないの。いつからそこにいたのか、何故そんなところに行き着いたのか。でもそれほど下地が良いというのなら、もしかしたら身体が覚えていたのかも知れないわね」


ボロきれ同然の衣服を虎に咥えられて、引きずられてきたメイルの姿を思い出す。あの時は本当に血の気が引いた。ほとんど骨と皮だけのような痩せ細った血色の悪い身体。治癒魔法で少しずつ回復させて、少しずつ食事を摂らせて健康な肉体を取り戻させている。

女神パワーで反則級の治癒魔法を使った為、内臓の衰えや外傷は全て何とかした。じわじわ肉を付けて貰ってはいるが、健康体にはまだほど遠い。

そこまでの有り様に落ちるには、一朝一夕の時間では足りないだろう。それでも彼女に、必要最低限の教養が元々備わっていたのなら。


「何か思い出した様子があったら、すぐに教えて貰える?指導は予定通り進めて貰って構わないから」

「承知致しました」


そんな私とマルトのやり取りを、そして眠るメイルの様子を。

シーファはじっと見つめていた。

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