24. フライング集合致しまして
「イファリンひどおおおーーーーーいっ!!!!」
「うるさい」
神官契約の儀式から一夜明け、朝食の片付けをしている時に奴は現れた。
食器を洗う手を止めずにぴしゃりと言い放てば、無理矢理視界に割り込んで来てぎゃあぎゃあと喚き散らす。
「マーちゃんが!!マーちゃんの綺麗な長い髪があああっ!!!!」
「もうマーちゃんですらないわよ。今度からシーちゃんでよろしく」
「イファリンひどおおおおおおいっ!!!!」
うるさい。
つんざく悲鳴を聞こえないフリをしていれば、気配を察知したので出迎えに行かせた当の本人が気まずそうに洗い場の入り口に立っていた。……メイルの方を行かせるべきだったか。と、隣で洗った食器を拭いている可愛い神官長をちらりと見下ろす。突然やって来てわんわん泣き喚くファランケにどういう反応をすべきかわからないようで、こちらを気にしながらひたすら手を動かしていた。
「ひどい!!ひどいよイファリン!!女の子の断髪っていうのはね、もっと劇的な場面でやるべきなんだよ!!!!敵に髪をふん掴まれて切って逃げるとか、覚悟を示す為に切って戦うとか、脅しで切られてそれでも強がって見せるとか!!こんなちょっと会わないうちに気付いたら切ってました~なんてノリはひどすぎるよ!!ひどすぎる裏切りだよ!!」
何のだよ。
あとお前が週間少年漫画誌を愛読してたのはよくわかった。
「言っとくけど切るのを決めたのはシーファ本人だから。神官契約の儀式で供物に使ったんだよ」
「……ならよし!」
良いんかい。どうやらファランケ的劇的シチュエーション判定としてはセーフだったらしい。
ガンガン迫って力説してたのをけろりと翻し、機嫌よくシーファに近寄った。
「短いのも可愛いねーシーちゃん!そのベールも似合ってるよー!」
「あ、ありがとうございます……」
順応早っ。
さっきまでの温度差でシーファは頬を引きつらせていた。
メイルとともに洗い物を終えた私は、手を拭きながらようやくファランケに向き直った。
「それで、何なのファランケ?約束の迎えは明日の筈よね?」
「やーそれがね、船の調子が案外良かったんで待ちきれなくてもう来ちゃった!」
「ぶっ飛ばすわよ」
こいつは現代日本にいたら絶対ご近所トラブルを巻き起こすタイプだ。神になる前からこんな調子だったんだろうか。
というか、本当に大丈夫なの?その船って。
「さーさ、みんな早くこっち来て!絶対びっくりしちゃうから!」
メイルとシーファの手を引っ張りながら外へと走り出すファランケを、ため息を吐きながら追い掛ける。件の船に関しては、ミリアーセの操る天舟の例もあるし、私も漫画の類いはよく読んでいたから大体の想像はついている。あとは二人―――どちらかと言えばシーファの反応を見て、この世界の常識を把握するだけだ。
そう思いながら、朝日の差し込む神殿の入り口に立った。
「…………」
「…………」
うん。二人とも絶句だった。
私も大体の想像をしていただけで実際に見るのは初めてなので、神殿の入り口よりも少し高い位置に浮かぶその全貌を見て素直に感動していた。
一言で言えば、空飛ぶ豪華客船。但し船底は平べったく、その左右に翼のような形をしたものが船体を中心に水平に、円形になるように広がっている。翼はどちらも緑の5枚の大きな羽根のようなもので構成されていて、各々が角度を変えて受ける風の力を利用出来るようになっているようだった。
船体自体は白く、所々金と緑の装飾がされていて、その立派な佇まいは乗って来た主に似つかわしくない上品さを持っていた。大きさは大体、ざっと見て詰めれば100人は乗れるだろうかという感じだ。
全然似てないけどあれだな……某空飛ぶ天空の城の話を思い出す。私の神力石は飛行石になれるだろうか。
「どうどう?凄いでしょ!?」
「確かに凄いけど、どうしたのこれ。明らかにあんたが作ったとかじゃないでしょ」
未だに絶句したまま船を見上げて動かない二人の代わりに聞くと、ファランケは胸を張って答えた。
「前に神フェスで貰った!!」
謎が増えた神フェス。こんなどえらいものをポンと渡されるような祭典って一体なんだ。オーバーテクノロジーなんてものじゃないぞ。
呆れてもう一度船を見上げると、船室らしき扉が開いて中から誰かが出て来た。
「…………」
無言でこちらを見下ろすのは、ファランケと似た服装をした15歳くらいの少女だった。白っぽいショートヘアに紫の瞳。無表情を張り付けた顔は無感動に私たちを見ていた。ファランケのところの神官だろうか。
「コアトー!」
ファランケが笑顔で手を振ると、コアトと呼ばれた少女はペコリと頭を下げて別の扉へと消えていった。
「ありゃ。ごめんねぇ、あの子人見知りで」
「別にいいけど……他にも乗ってるの?」
「うん、一応船旅だから最低限の世話役連れて来たー。いっつもはあたし一人で行くからいんだけど、今回は連れがいる上に船使うって言ったら失礼がない範囲で人員確保しろってうちの神官長が」
神官長……この自由神の制御はさぞ大変でしょうね。
見も知らぬファランケの神殿の神官長にそっと同情心を抱き、そして私はメイルにいらぬ気苦労を掛けないようにしなければと決意を新たにした。
しかし、この時の私は気付いていなかった。私の本質は風。ファランケほどではないにせよ、私も充分自由な性質を備えているのだということに。
そして既に同類に、ヤズラルムという風の化身がいるのだということに。
* * *
「で、イファリンたちいつ行けるのー?」
ファランケが船から持ち出して来たお茶請けに試し焼きしていたクッキーを出すと、遠慮なくそれをもぐもぐしながら彼女は首を傾げる。
はぁ、とため息を吐いて私もお茶を一口飲んだ。悔しいが美味い。
「正直もう少しゆっくりしたかったけど、あんたが来ちゃったからにはもう荷物をまとめるわ。最低限の着替えで充分なのよね?」
「うん、ご飯も寝床もあっちで用意してくれるから大丈夫!にしてもこのクッキー美味いねイファリン」
「それはどうも」
森の木の実を煎って生地に練り込んで焼いたお手軽クッキーだけど、上手く出来たようで何よりだ。石窯とかではなく鉄板で苦戦しながら焼いたので、少々冷や汗をかいた。材料を持って来てくれたヤーヴァン商会に感謝しよう。彼らは今頃無事に帰路に就いているだろうか。
お茶をもう一口飲もうとした時、既に感じ慣れてきた気配が頭の片隅にヒットする。
「……ところでファランケ。ミリアーセには連絡入れたの?」
「うん?まだだよ?イファリンたち拾ってからミリミリんとこ行けばいいかなーって」
「それじゃあ遠回りになっちゃうでしょうがっ!!!!」
ファランケの呑気な声の後に続いて響いた保護者の叫びに、私は無言でお茶を追加で淹れた。
ぜーはーと肩で息をしながら窓から飛び込んで来たのは、鮮やかな赤色の髪を振り乱した苦労人の女神だった。
「お疲れ様ミリアーセ。落ち着いたら飲んでね」
「ごめんなさいイファリス、窓から失礼するわ……お茶はありがとう」
はーーーっと長いため息を吐いて呼吸を整えるミリアーセにお茶を勧めると、彼女の後ろにもう一人いることに気が付いた。
焦茶がかった黒髪に日焼けした肌、少し体格の良い背の高い40代くらいの女性だ。同じく髪は乱れているがミリアーセほど疲れた様子はなく、また神の気配も感じない。どう見ても人間の気配だった。
「えーと、貴女は?」
私が問うと、女性は軽く身形を整えてから慣れた動作で跪く。
「お初にお目に掛かります、女神イファリス。私は女神ミリアーセの神殿にて神官長を務めております、マルトと申します。このような形でご尊顔を拝すること、お許しくださいませ」
「新米女神のイファリスよ。構わないから、面を上げなさい」
私が許せば彼女は顔を上げ、しっかりした黒い瞳でこちらを見上げる。なるほど貫禄ある面持ちだ。ファランケに苦言を呈するというだけのことはある。
「ごめんねイファリス、もうファランケが出立したって知らせを受けたものだから慌てて飛んで来たの」
飛んで(物理)。
そこには突っ込まずに疲労回復にリシュプを勧める。疲れた時には甘いものだよ、にっこり。
ちなみにファランケもねだってきたが黙殺した。こないだ一袋やったでしょうが。
「というかまさか、ミリアーセってば彼女を後ろに乗せて来たの?」
地味に気になってたことを突っ込むと、二人してけろっとした顔で当然のように頷いた。
「ええ、勿論そうだけど」
「平気です、慣れておりますから」
常識人枠に置いていた二人のイメージを少し修正した。
ここに来るまで、海も越えたと思うの。ルアルって、窓とか安全ベルトってないと思うの。マルトって、神官であっても人間だと思うの。
と思ってから、そういや私もそもそも乗り物なしで人間の女の子二人空に飛ばしたな。と思い至って考えるのを止めた。シーファの目線が痛い気がするなんてそんなことは決してない。ないったらない。
「……んんっ、えーと、マルト。ミリアーセから話は聞いてると思うけど、この娘がメイル。うちの神官長を務める娘よ。で、こっちがシーファ。貴族の出だから一通りの教養は身に付いてる筈だから」
「はい、伺っております。」
わざとらしく咳払いをしてから本題に運ぶと、心得ているとばかりにマルトは頷く。頼もしいことだ。
「メイルにはまず基礎教養から仕込んで欲しいのだけど、お願い出来るかしら?」
「ええ、万事お任せください。伊達にミリアーセ様の元で長年若い神官たちを束ねてはいませんよ」
むん、と力こぶを作るような仕草をするマルトはなるほどオカンタイプなのだろう。お手並み拝見というところだ。
「ねーイファリンクッキーおかわりー」
「もうないからお茶だけ飲んでなさい」
いつの間にか皿の中身を綺麗に更地にしたファランケのどこまでもマイペースな注文に、何人分かの大きなため息が落ちた。




