22. 色んなヒトたちを見送りまして
神殿前の広場に整列した騎馬と兵士の集団。
綺麗に片付けられた夜営後地に並び立ち、古びた石造りの建造物を仰ぐ彼らは、その高い入り口に神官二人を従えて佇む神殿の主の視線を受けて背筋を伸ばしていた。
朝方に情けない姿を晒していたのとは打って変わり、騎士団を率いる者としての顔をしたアルフォードが恭しく頭を下げると、それに倣って部下たちも腰を折る。
顔を上げ、女神と騎士はその場の代表者同士として互いを一瞥。
やがてアルフォードとその一団は踵を返し、森の入り口に佇んでいた白い虎の後に続いて、神殿前の広場を後にした。女神の後ろに控える小麦色の髪の神官とは、終ぞ目も合わさぬまま。
―――予期せぬ形で招いた客人たちではあったが、素直に無事を祈ろうと思うくらいには悪くない連中だった。私の森を傷付けようとしたことは忘れないが。
その件に関しては私からはお咎めなしと言ってしまっているので、あとは国のお偉いさんの判断に任せるところだ。私が慈愛の神であることに感謝して貰おう。
彼らの姿が完全に見えなくなってから、私は踵を返して神殿内へと戻った。
* * *
さて、こちらも時間がない。手早く動かねば。
騎士団全員が森を出たことをきっちり確認してから神殿の裏手にある荷馬車を移動させ、ヤーヴァン商会の面々とも挨拶をする。
「女神イファリス、この度は神殿での滞在をお許しくださり誠にありがとうございました」
「気にすることないわ。大したもてなしも出来なかったし、半分はこちらの事情だったしね」
「まさかそんな。女神自ら腕を振るった食事を頂き、寝床や馬の世話まで都合して頂いて畏れ多いことですよ。その上土産物まで」
馬には水を提供してそこらの草を食べることを許可しただけだし、寝床の提供に関しては目の届くところにいてもらった方が面倒がなかっただけに過ぎない。
土産物に関しては商会従業員皆で食べられるようにとこの森で獲れた果物の詰め合わせ+追加分の薬草とリシュプの実だ。引き換えに前金は受け取ったし、今後の商談も前向きに検討することを伝えてあるから仕事半分というところである。自分の土地で獲れたものを売るだけでそこそこのお金が稼げるのだからありがたい。住む場所(神殿)に家賃もいらないのだから尚のことだ。
仕事と言えば。
ヤーヴァン会長の後ろで控えているフィニアに目を向けた。
「神官服の件、よろしくお願いするわね」
「はい、我らがヤーヴァン商会の威信を賭けて必ずやご準備致します」
「期待しているわ」
出来る女であるフィニアは、私がちょいちょい席を外している間にメイルとマリエラにそれぞれアンケートを取り、加えて嬉々として首を突っ込んできた来賓女神二人にも意見を貰って神官の正装デザイン画の最終案を朝食の後に私に提出してきた。
メイルにもマリエラにも確認を取り、見た感じ派手さはないし清楚にして機能的なデザインを私も気に入って、早速話を進めて貰うことにした。
ヤーヴァン商会からすれば、まだ各国の王家とすら正式に目通りをしていない新任女神からの案件だ。上手く行けば商会としてもかなりの箔がつく。失敗させたくはないのだろう。
ヤーヴァン会長が頼りになるかどうかは未だ首を傾げるところだが、商会の拠点たる館と少しだけ関わった従業員である彼らの印象を信じたいと思う。何より昨日買い取った品物は悪くない物ばかりだったし。
「それでは女神イファリス。今回間に合わなかった注文品に関しましては、後日必ずお持ち致しますので」
「ええ、よろしく。追加の方もお願いね」
「もちろんでございます。では、失礼致します」
頭を下げて馬車に乗り込む一同を見送る。彼らを案内するのは昨日案内させたのとは違う牡鹿だ。
開いておいた帰り道へと向かう荷馬車の荷台から顔を出したリスティルがにこにこと笑ってに手を振るので、メイルと二人手を振り返す。
マリエラは特に目くじらを立てることもなかった。
* * *
「帰ったのね、彼ら」
もう半ばダイニングのような談話室のような応接室のような感じになっている一室で、ミリアーセとファランケが私たちを待っていた。
「ええ、かなり静かになったわね」
「リスちゃんフィーちゃん可愛かったなー。また遊びに来るからイファリン呼んどいてよ」
「無茶言わないで」
呆れて拒否するとファランケは悪びれずにししと笑う。
そしてするすると近寄って来ると、私の後ろで控えているマリエラにがばっと抱き付いた。
「でもいーや!マーちゃんとメーちゃんにはまたすぐ会えるんだし!」
「あ、あの、ファランケ様、」
「そこまでにしときなさい。うちの神官候補に手ぇ出したらタダじゃおかないわよ」
わかりやすく困惑して固まるマリエラに助け船を出すと、ファランケは「へーい、怖い怖い」と素直に離れていった。自由神め。
「じゃ、迎えは約束通り二日後に。それまでバイバーイ!」
「こらっ待ちなさいファランケ!ごめんねイファリス、それじゃまた!」
リシュプの実が入った袋を嬉しそうに振り回しながら窓から飛び出していったファランケを追い掛けて、ミリアーセもルアルに飛び乗って去って行った。
嵐のようにやって来た彼女らだったが、帰る時もそうだった。
「さて、という訳で。こちらもさくさくやることを済ませるわよ」
後ろで飛び去って行った二柱の女神を呆然と見送っていた二人に向き直ると、途端に揃って緊張した表情になる。
とりわけ意を決したような表情をしたマリエラが、固い声音を絞り出した。
「恐れながら、イファリス様。一つだけよろしいでしょうか?」
「何?」
綺麗な顔を緊迫で塗り固めたマリエラに、あくまで軽い調子で声を返す。そんなに固くならなくても別に気軽に神罰とか下さないのに。
「無礼を承知で申し上げます。イファリス様は降臨なされて日が浅く、支配領域にある国々ともきちんとした目通りを済ませていません。支配下にある地を早々に離れては、イファリス様の女神としての今後の威信にも関わることと存じます。何故、女神ファランケの誘いをお受けになられたのでしょうか」
ほう、と感心して目を丸くする。存外まともな進言で驚いた。不敬を犯してこの場に連れて来られた身を一応は弁えているマリエラは、てっきり私に歯向かってこれ以上の不興を買いたくないとびくびくしているものとばかり思っていた。事実これまで―――アルフォードの件はまた特殊だが、何か言いたげにしていることはあっても私に反論の類いを返すことはなかった筈だ。
マリエラに対する評価を少し改めて、私は笑みを浮かべた。
「最もな疑問ね。そりゃあ私もファランケの誘いがなければ、カランドの正式訪問が来るまでその辺の土地を見回ってみるつもりだったわ。他にもやることが山積みなんだし」
「ならば、何故」
「そっちの方がメリットが大きかったからよ。それこそ、今後の為にも、ね」
パチン、とウィンクをする。肝心のところをぼかして伝えたが、釈然としないながらもマリエラは引き下がって頭を下げた。
「承知致しました。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「いいのよ。それより見直したわ。存外頼りになりそうね、貴女」
軽率に女神を名乗ろうとした不敬者には到底思えない。という言葉は、今の彼女の発言に免じて胸の中に仕舞い込む。
一方頼りになると言われたマリエラは、面食らったような顔をした後に何と返したら良いかわからないような表情をして、「きょ、恐縮です」とだけ答えた。
「さて、じゃあまずメイル!」
空気を切り替える為に、パンッ!と手を叩いてすっかり空気と化していたメイルの名を呼ぶ。
びくっと肩を揺らしたメイルは、慌てて返事をした。
「はは、はいっ!」
「前から言ってある通り、今後この神殿で私の次に権限を持つのは貴女になるわ。これからハードだとは思うけど、少しずつ覚えていきましょう」
「はいっ!」
「マリエラ。貴女には当面この子の補佐をお願いするわ。色々思うところもあるでしょうけど、それも修行と思って耐えなさい。たまには愚痴も聞いてあげるから」
「いいえ、………………畏れ多いことです」
何だか色々飲み込んでマリエラも是を返す。そもそもこの神殿で一番立場がないのがマリエラなのだ。真っ当な指摘はともかく、文句を言う筋合いがないことくらいは理解している。筈。
前途多難な道行きであるが、女神イファリスの神殿はここにようやく発足する運びとなった。
…………………………遅くね?
生きてました。




