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21. 急な予定が出来まして

白い小猿を私直々に案内につけてアルフォードを帰し、私は別ルートから神殿に戻った。用事を思い出した為だ。

ヤーヴァン商会に売り付けたリシュプの実、あれをファランケが求めていた。何でも彼女の領域には自生していないので、持ち帰ってパイだかタルトだかにしたいんだとか。

ファランケには恩を売っておいて損はないので、パイの一つや二つ余裕で焼けるくらいの量を麻の袋に詰めて神殿に持ち帰る。

すると流石に起きていた面々が神殿の主たる私を出迎えた。


「おっ朝帰りっすか姐さん」

「ノリで変な呼び方するのやめてくれる」


恐縮するメイルの髪を櫛で丁寧にとかしているファランケに揶揄されて、私はヤズムに呼ばれた呼称を思い出しながら顔をしかめた。

というかメイルなのか。マリエラはどうしたんだろう。

彼女の姿を探して首を巡らせると、察したファランケが手を休めずに上機嫌に教えてくれた。


「マーちゃんならもう身支度整えてお仕事してるよ。何か貰ったお土産確認してくるって」

「ああ」


騎士団が運んできた献上品のチェックをそういえば頼んでいた。こんな朝早くからやらなくてもいいのに、とは思ったが本来なら昨日済ませておきたかったのだろう。それどころではなかった昨日の一連の騒動が頭に浮かんで何とも言えなくなる。


思考を切り替えて、私は採ってきたばかりの土産を一仕事終えたファランケの隣に置いた。


「何これ?」

「食べたいって言ってたでしょう?リシュプの実」

「うっそマジで!?ありがとイファリン愛してるー!」

「はいはい」


ファランケからの過剰な感謝をかわして私は厨房に向かった。簡単ではあるが朝食を用意しなくては。いつもは森で採れた野草や果物中心なのだが、昨日ヤーヴァン商会が持ってきてくれた食料のお陰で少しはマシなものが作れる。本来ならば食べ盛りの筈のメイルにしこたま食わせてやりたい。

この世界に来て初めてのまともな料理に気合いを入れていると、ファランケの手入れによってサラサラな髪を手に入れたメイルが後ろから遠慮がちについて来た。


「あ、あの、イファリスさま。何かお手伝いできることは……」

「んーそうね。じゃあまずお野菜を洗って貰おうかしら」

「はい!」


仕事を貰えて元気に頷くメイルに使う分だけの野菜を渡して、私は微笑ましい気分で調理を開始した。




* * *




「マリエラー!ご飯出来たわよー」


朝食の用意が整ったので、ヤーヴァン商会やミリアーセにも声を掛けて回り、最後に臨時の倉庫スペースで献上品のリストチェックをしているマリエラのところにやってきた。

私の声にマリエラは小さく肩を跳ね上げ、慌てたように振り返った。


「イファリス様、おはようございます」

「はいおはよう。朝から熱心なことね」

「いえ、その、イファリス様にお仕えするのに充分な能力が、今の私にはありませんから……このくらいは」


恐縮しきった態度からは、メイルを見て第一声で「ボロ雑巾」と吐き捨てた姿は思い浮かばない。どこで拗らせちゃったんだろうなこの娘は。高潔さを求めたきっかけは、間違いなくアルフォードの存在が大きいのだろうけれど。


「……それに、何かしていた方が気も紛れるので」


頼りなく視線をさ迷わせるその姿は守ってあげたいご令嬢そのものだ。第一印象は寧ろ悪役令嬢だったのに。

けれどまぁ、マリエラの言いたいことはわかる。婚約破棄云々に及んだアルフォードとの面談を終えた、昨日の今日だ。一晩経って何もかもが前に進む訳でもあるまい。


一人納得していると、何やら献上品のリストを抱き締めてマリエラがもじもじそわそわしていた。

何事かと見ていると、「あのっ!」と思い切ったようにマリエラが頭を下げてきた。


「昨夜はその、大変失礼致しました!」

「昨夜?」


何のことかと首を傾げる。昨日は本当に色々とあり過ぎて逆に思い当たる節しかない。


「だからその、夕食のあとの、あの、」

「ああ、アレね」


ピンとキタコレ。夜風に当たっていた時にマリエラと鉢合わせて話を聞いた件だ。

そう言えばあの時のマリエラはテンションおかしかったな。致し方ないとは思うが。


「別にあの程度構わないわよ。部下の素直な気持ちを吐き出させてすっきりさせるのも、上司の務めだわ」


適当だが尤もらしいことを言ってみる。上司と呼べる地位に就いたことはないが、まぁ(あなが)ち間違っちゃいない筈だ。現代日本じゃ度を越せばハラスメントになるけれど。

マリエラは納得したようなやっぱりしてないような、という複雑な表情をしながら首を捻る。うん、この辺りの距離感はお互い探りながらやっていこうね。


さて、腹ペコ連中が朝食を前にして待っている。私はマリエラの背後に回って肩を押し、倉庫スペースを後にした。




* * *




「へー、じゃあマーちゃんってほんとにこないだまでただのお嬢様だったんだね」


昨夜と同じくマリエラの隣を陣取って、ファランケはベーコンエッグを挟んだパンにかぶり付く。

その隣では、最早諦めたようにミリアーセが優雅にパンを千切って食べていた。


「は、はい。元は国内の神殿に仕える予定でしたので」

「あー、最低限メイドとか連れてく感じ?だからご飯イファリンが作ってんだねー」


納得したようにカラカラと笑うファランケに何かがグサッと刺さったような顔をするマリエラ。隣でミリアーセはため息を吐いていた。

そう、生粋のお嬢様であるマリエラに貧民街で家もなく生きてきたメイル。どちらも料理なんてものが出来る筈もなく、今は私が一人で可能な範囲で腕を振るっているのだ。


「も、申し訳ありません。子供の頃は側仕えと一緒に焼き菓子などを作ったのですが」

「この環境じゃすぐには発揮出来ないねー!まず材料がないし、何より設備が足りないもん!」


グサグサッ!と今度はマリエラだけでなく私にも刺さった。

そう、ここは古より聳え建つ石造りの神殿。最低限釜戸や水回りは整備されてはいるが、お菓子作りなんて洒落たことが出来るほどに気の利いた造りはしていない。

更に言及するとテーブルや椅子なども存在しない。私たちは石畳の床に肌触りの良い赤い布を敷いて、その上に食器を置いてクッションに腰掛けて食事をしていた。

別に私のせいじゃないけども。そのうちリフォームも考えなくてはいけない。


「イファリス様、食器用の戸棚や設置式の石窯などでしたら我が商会でもご用意出来ますよ!」

「あーうん考えとく」


目敏く商談を持ち掛けて来ようとするヤーヴァン会長を受け流し、彼らが運んで来てくれた食材で作った朝食を食べる。この世界にベーコンがあったのは嬉しい誤算だ。日保ち優先で加工されている為か、ちょっと塩気が強くて固いのが難点だが、それでも不味いことなど全くない。


「美味しいです。女神イファリスは料理も堪能なのですね」

「人並みじゃない?基本焼いて煮込んだだけだし。今回はヤーヴァン商会が持って来てくれた食材があったから何とか形になったのよ」

「そう言って頂けると、私どもも仕事のし甲斐があります」


フィニアの方が落ち着いててしっかりしてるなー。食事を始める前に「女神イファリスのお手製料理……」と商人の顔をして碌でもなさそうなことを考えていたヤーヴァン会長も、まぁ商人の鑑ではあるだろう。変な商品売り出したら即刻取り引き打ち切ってやる。


「このお野菜のスープ、美味しいです!」

「ありがとう、リスティル。貴女も料理を勉強中なんでしょう?フィニアから聞いたわ」

「そんな、私はまだお手伝いぐらいしか……あっでも、この間リンゴの皮を一人で剥けたんです!」

「へぇ、凄いじゃない」

「リンゴの皮かぁ。あたし丸ごと(かじ)っちゃうからなぁー」


ファランケらしい感想に呆れて短く笑うと、隣でメイルがそわそわしていることに気が付いた。目線はリスティルを向いていて、「皮剥き……」と呟いて持ち上げた両手を見下ろす。

ははーん。


「今度ちょっとずつやってみようか」

「!い、いいんですか!?」


ばっ!と期待に満ちた目でメイルは私を見上げる。


「ええ、もちろん。但し無理は禁物よ。まずはナイフに慣れて、切り分けたリンゴの皮を剥くところからね」

「はいっ!」


意欲に満ちたメイルの笑顔が眩しい。この子には色んなことを教えてあげたい。勿論、本人が望むのであれば、だ。


教えると言えば。


そもそもの話、ファランケとミリアーセがここに来る理由となった用事を思い出して二人を見る。

私の視線にすぐに気付いた二人は、心得ているとばかりに頼もしく頷いて見せてくれた。

それに安心して、私も食事を再開した。




* * *




「それでね、イファリン。頼まれてた件なんだけどさ」


朝食の後にフィニアが淹れてくれたお茶を飲みながら一息入れていると、何やら企んでいそうなキラキラとした笑顔でファランケが切り出した。何だろう、嫌な予感がする。


「手筈の方は何とか整ったわ。後は実行に移すだけなんだけど、」

「それ!イファリンも神フェスに参加してやっちゃおうよ!」

「……神フェス……???」


何やら俗っぽいような畏れ多いような名称が聞こえて眉を潜める。何のことだかわからないし、女神三柱以外は最初から振り落とされている話題にひたすら首を傾げていた。


「お話を遮って大変申し訳ありません、女神イファリス。それは私どもも聞いていて大丈夫な話でしょうか?」

「あー問題ない問題ない。別に機密情報って訳じゃないからみんなは気にしないでー」


私が答える前にヒラヒラと手を振ってファランケが許可を出す。人間面子全員が不安そうに私をチラッと見るので、大丈夫と頷いておいた。


「で、何なの神フェスって?」

「【神々の祭典】、通称神フェス!世界中の神様が集まって力比べとかするんだけどさ、せっかくイファリンが来て空席も埋まったことだし、どうよ一戦!」

「ちょ、ファランケ!それはイファリスがもう少しこの世界に馴染んでからって話だったでしょ!」


呆気に取られていたミリアーセが慌てて(たしな)めるも、ファランケの勢いは止まらない。


「だって凄かったっしょ昨夜のイファリン!あ、ミリミリは寝てたか」


ミリミリって。


「鍛えた訳でもないのに初戦でアレは絶対素質あるよー。多分イファリンバトル適性入ってると思う!」

「そりゃどうも」


人vs神であることを抜きにしても、練度の差が段違いな中で圧倒的な力量差を見せつけたことは多少なりとも自覚があった。なのでそこは否定しない。


「で、その神フェスと私の頼みがどう繋がるの?」

「イファリンがいない間、神殿にマーちゃんとメーちゃん置いてけないでしょ?一緒に連れてって、そこで色々教えちゃおうよ!」


唐突に出された自分たちの名前に、マリエラもメイルも揃って目を丸くした。どうやら"頼み"というのが自分たちに関することらしいと察して二人して私を見たので、もう全部説明することにした。


「ファランケとミリアーセに頼んだのはね、貴女たち二人に行儀作法や仕事を教えてくれる人を紹介して欲しいってことよ。マリエラはともかく、メイルはまず読み書きから覚えないといけないしね」


そう言うと、まずメイルが緊張した面持ちで固まった。ちゃんと出来るだろうか、そんな不安がありありと伝わってくる。

ミリアーセが安心させるようにメイルに微笑みかけた。


「大丈夫よ。うちで一番信頼してる神官長に頼んだから。きちんと覚えられるまでいくらでも付き合ってくれるわ」

「あら悪いわね」

「そんなことないわよ。最近仕事が単調になってきてメリハリが欲しかった、って笑ってたから」

「それは頼もしい」

「ミリアーセんとこの神官長、オカンみたいだもんね!」


にゃははと笑うファランケの言葉に、メイルもマリエラも首を傾げた。


「「オカン?」」

「肝っ玉の座ったお母さん、って感じかしら。ファランケも面識あるのね?」

「そうそう!遊びに行くと絶対会うよー。いっつもアポなしで行くから呆れられちゃってるんだけどね!」

「自覚があるなら一声連絡なさい」


ぴしゃりとミリアーセに言われても、当の本人は「善処するー」と笑うのみだった。駄目だなこりゃ。

それに関しては諦めているようで、早々にミリアーセは話を元に戻した。


「確か二週間くらいでカランドから正式に使者が来るのよね?それまでに最低限形を整える、って感じで良いかしら」

「悪いけど、急な話だしそれでお願い。……で、そんな中で私がその神フェスとやらに参加する必要性がわからないのだけど?」


話をややこしくした元凶をジロリと睨み付けると、渡したばかりのリシュプの実を一つ囓りながらファランケは言う。


「だって絶対楽しーじゃん」

「答えになってない」

「あははごめん、だって神フェスってあっちこっちから人も神も集まってくるから挨拶の手間省けるよ?遠かったり忙しかったりでなかなか会えないヒトとかでも来たりするからいい機会だって!」

「でも移動だってすぐには出来ないのよ?イファリスだけならまだしも、人間である二人を連れて行くならあまり無茶な移動手段は取れないわ。何より本当に話が急過ぎるもの」

「そもそも、その神フェスの開催日っていつで、具体的にはどこで何をするの?」


根本的な疑問を口にする。

カランド王家の正式訪問が二週間後。その神フェスに参加するとして、開催日はいつか、移動にはどの程度かかるのか、どれだけの日数滞在せねばならないのか。

きっちりスケジュールを立てて行動する人間だったら発狂ものの突発イベントだ。私は別に構わない派なのでそこまで行かない。良かったな。降臨早々女神が発狂して暴れなくて。


「今回の神フェスはちょうど一週間後で、ここからならそうだなぁ……言い出しっぺだしあたしが舟出すよ!2、3日くらいで着けると思う!」

「船?海を渡るの?」

「ううん、クライストロの内陸部!アジェリカって国だよ!」

「ここね」


久方ぶりにホワイトボードを取り出してミリアーセが簡単な地図を張り付ける。ねぇだからどっから出したの。

差し棒で示されたのはクライストロ大陸のど真ん中ら辺の大きくも小さくもない国で、なるほど大陸の西南端に位置する私の領域からは結構な距離があった。


「海じゃないのに、ふね……ですか?川をすすむんですか?」


首を傾げるメイルにいいことを聞いた!とファランケがにっかり笑った。


「ふっふっふー。それは見てのお楽しみ!」

「ちょっと変な乗り物じゃないでしょうね」


いまいち信用出来ないのでジト目で睨む。うちの子に何かあったらただじゃおかない。


「大丈夫よ。その舟なら私も知ってるし、一度乗ったことがあるから」


ホワイトボードをしまってから、見かねたミリアーセが口を添える。

その言葉に安心して私も警戒を解いた。

ミリアーセはお茶を一口飲んでからファランケを見る。


()()舟なんでしょう?」

「うんそう、アレ!あんま使う機会とかないからさー、こうゆう時くらい引っ張り出さないと!」


ねぇ大丈夫なのホントに。古ぼけて手入れのされてないオンボロ船とか出て来ないよね。

やっぱり不安になりつつも、ほぼほぼ決定事項となった参加に私は諦めてぬるくなったお茶を飲んだのだった。

一番書きたかったところへと向かいます。

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