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02. 女神に名前を付けまして

敢えて名乗ろう。私は現代日本人である。

いや、現代日本人で"あった"。過去形である。


私は死んだ。その辺り詳しいことはあまり覚えていないが、それだけは確かである。確かに私はこの世とサヨナラバイバイしたのだ。


そして気が付いたら、森の神殿の主になってた。うん、改めて言葉にしてもまるで意味がわからない。


わからないがだがしかし。

ここが日本はおろか、その他地球に存在していたどこの国々でもないこと、そして今の自分が普通の存在でないことだけは確かだった。


言ってて自分で厨二かよって思う。実際さっきまでの流れを思い出すと、一から十まで厨二かよって突っ込みが入りまくる場面しかなかった。生前の友人知人に知られたら確実に笑われるか引かれていただろう。

でもいいもん。私死んだんだもん。今の私は私じゃないもん。

……自分で言ってて寒気がしてきた。


ていうか!今はそんなことどうでもいい!神殿の主ってなんぞ!?!?!?!?


いやわかる、わかりたくないが嫌でもわかる、何故ってさっき風とか光がぶわってなった時に一緒に色んな知識が流れ込んできたからだ。

はいそこ!またまた厨二乙とか言わない!


この世界は地球ではない。日本もなければ三大大陸すら存在しない。根本的に在り方の違う世界だ。具体的に言えば、神と魔法が存在する。


神。それは本や言い伝えの中だけに存在するものではない。人間や動植物、この世に生きとし生ける全ての生命と同じく肉体を持ってこの世に存在するものだ。

人としてあり得ざる力を持ち、己が支配する世界の端から端までを見渡すことが出来、そしてそれ故にこの世に生きる全ての生命に対して与えることも奪うことも出来る。

そしてその生命力は世界に絶大な影響力を持ち、神がいるかいないかで世界の有り様は大いに変わる。


永らくこの地に神は不在だったが、この度新たにその一柱が就任してきた。



そう、私である。



何をとち狂ったのかこの世界は、別世界の元人間の魂をリフォームして神へと昇華しやがったのだ。どうなっても知らへんぞ。


今や私の為の一軒家と化した立派な神殿を見上げて、途方に暮れる。神なんて聞こえはいいが、確実に面倒くさい(ジョブ)じゃないか。都合のいいように奉り上げられるのなんか御免だ。


はぁ、とため息を吐いて俯く。そうするとあるものが目に飛び込んできた。

そう、今の私の服装である。

はっとして私は即座に顔を上げた。


「かっ鏡!鏡!」


今の自分の姿を全く把握していないことに気がついて、慌てて神殿内を見回すと、目の前に全身を写せるほどの大きな楕円形の鏡が現れた。わぁ、便利ー(棒)。


目の前に現れたのだから覗き込むまでもなく、綺麗に磨きあげられた鏡に私の全身が写し出される。


顔は、その。……なんというか、結構な美人だった。

ベースは多分人間だった頃の私なんだろうけど、それを1000倍美化したらこうなるんだろうな、という具合の美女がそこに写し出されていた。ちなみに私別に不細工じゃなかったからな。本当だからな。人並み普通の顔だったからな。その辺のモブDくらいのレベルだったからな。


そしてまぁ、体型に関しては文句がない。痩せすぎない程度のスレンダーで、胸もささやかながらある。まな板ではない。断じて。私は巨乳信者でもないのでこのくらいでちょうどいい。


問題は、服装にあった。

ちょっと見え過ぎじゃね?と個人的には思う。レオタードのような作りをベースにした、足も腕もヘソも出たスタイル。白と金を基調にした色合いは上品ではあるが、すらっとした体型を強調したかなり際どい衣装だ。

アニメのキャラなら良いよ……でも現実でこれはないよ……こんな痴女みたいな格好で女神名乗れっていうの……?いやでもギリシャ神話とか古代ローマの話に出てきそうな服もちょっと恥ずいな……。


今の自分の一張羅にorzしそうになっていると、ふと神殿の外に気配を感じた。

神殿、いやもっと遠い。森の外……いや、今森の敷地に入ってきた。これは、飛んでる?


何者かが猛スピードで空を飛んで、こちらへ一直線に向かっているようだ。


慌てて立ち上がって、踵を返して走り出す。敵意のようなものは感じないけれど、女神の直接的な支配領域に躊躇いなく突っ込んでくるものを見過ごす訳にはいかない。新米女神だが舐めるな、なった以上は私がここの主だ。


神殿の入り口に近付くにつれ、肌にピリピリとくる緊張感のようなものが空気中に満ちているのがわかる。森が、突然の侵入者に警戒している。私が感じた気配は一人分だったが、たった一人の人間相手にここまで警戒するとは思えない。飛んでる時点で普通な人間な訳はないが。


入り口付近に差し掛かったところからスピードを緩め、ゆっくりと歩いて外に向かう。

いる。

すぐそこに誰かが。


緊張した面持ちで入り口に立ち、空を見上げる。


「あら―――」


涼やかな落ち着いた、女性の声が降ってくる。


「まさかとは思ったけど、本当に来てたのね」


赤い髪。

陽に透き通る鮮やかな赤色が、真っ青な空に踊っていた。

三日月型の大きな乗り物のような物に足を乗せ、片手で舵を取るようにその先端を掴んでいる。

まるでアラビアンナイトにでも出てきそうな、濃い青の踊り子風の衣服を着こなした美しい女性。

髪と同じ赤色の瞳で、彼女は私を見下ろしていた。


「はじめまして、私はミリアーセ。貴女のお名前は?」


気さくに話しかけてくる女性に言葉を返そうとして、そのまま詰まった。

名前。私まだ、この世界での自分の名前を知らない。


私の様子がおかしいのを感じ取ってか、目をぱちくりとさせて女性は乗り物を操って降りてきた。


軽やかに神殿に降り立ち、私に近付いて顔を覗き込んでくる。


「どうしたの?」

「あの、えっと……」

「ああ、もしかしてまだ名前がわからない?」

「…………」


正直に頷く。

もしかしてだけど、この人の正体が何となくわかった気がするから。


女性はパチリとウィンクをして、私に微笑みかけた。


「そ。じゃ一緒に考えましょ。女神の先輩として、色々と教えてあげるわ」




* * *




「勝手に領域に侵入してごめんなさいね。本当に貴女が来てるかどうか、半信半疑だったから」


神殿の奥に案内する道すがら、彼女は素直に謝ってきた。

驚きはしたけど、別に怒ってはいないのでこちらも素直に頷いておく。


「私もここについさっき来たばかりだったし、侵略行為じゃなかったようだから大丈夫よ。色々教えて貰えるのなら助かるし」


同じ女神同士、とりあえず仲良くしておかねば。


最奥に辿り着き、客人をもてなすには何も無さすぎる室内を見回す。座布団か敷物みたいなのがあれば良かったんだけど。


「ああ、構わないわ。私はルアルに座るから」

「ルアル?」

「これ」


ミリアーセは三日月型の乗り物を指す。どういう仕組みか、彼女が降りてからもその背後をずっとふわふわ浮かびながらついてきていた。

彼女のドレスと同じ濃い青色に金の装飾をしたルアルは、ずっと縦に浮かんでいたのに彼女の言葉を聞いた途端、座りやすいよう横向きに浮かび直す。


「随分といいこなのね」

「ええ、私の自慢の舟よ」


胸を張って笑う彼女はなんだか可愛らしい。お姉さんタイプの見た目をしているが、どうやら愛嬌もあるようだ。


それならばと安心して私も玉座に座る。

それを見てから、ミリアーセもルアルに腰掛けた。


「碌におもてなしも出来なくて悪いわね」

「いいのよ。私こそ手土産も何も持ってこなかったもの」


申し訳なさそうにミリアーセは笑う。

そもそも何故彼女はここに来たんだろうか?


「この世界が、人と神が共存している世界だっていうのはわかる?」

「ええ」

「世界は広いわ。たった一柱の神だけじゃ、隅々まで見渡すのが難しいくらい。だから統括神(エアヌ)は、私たちを地上に派遣したの」

「エアヌ?」

「統括神、エアヌ。この世界の神の空席を埋めるのが役目よ。彼の神は地上に直接的な干渉はしないけれど、その代わりその地に適した神を必要に応じて送り込むの。会わなかった?」


会わなかった、と言われても。

初っ端紐なしバンジーに至るまでの経緯を思い出そうとするが、誰かに会った記憶なんて―――


「あ、あった」

「あら」


思い出した。真っ白な部屋で誰かに何かを言われたんだ。髪の長い穏やかに笑う女の人、という印象があったと思う。

それをミリアーセに伝えれば、彼女は「ふーん」と納得するような仕草を見せた。


「貴女にはそう見えたのね」

「見えた?」

「エアヌにはね、決まった形がないの。見る者によって姿が変わるのよ」


何だそれ。


「じゃあミリアーセにはどんな風に見えたの?」

「私の時はね、真っ白い人の輪郭だけが見えたの。男か女かもわからなかったわ」


怖っ。

想像したら普通にホラーだ。


それでね、とミリアーセは話を続ける。


「さっきも言った通り、世界は広いわ。だからいくつかの領域に分けて、各々の神が支配を担当しているのよ」


そう言ってミリアーセはどこからかホワイトボードを取り出した。おいやめろ、それはきっとこの世界ではオーパーツ過ぎる。


ミリアーセはさらさらとボードに簡単な地図を描きだした。大きな大陸が一つ、二回りくらい小さな大陸が二つ。あとは小さな島々だ。


「だいたいこんな感じね。私たちが今いるのはここよ」


シャッ、と丸をつけられたのは一番大きな大陸の左下。なるほど、ここは海も近いのか。


「この一番大きな大陸がクライストロ大陸。その西端の領域を貴女が担当することになるわ。何となくわかるでしょう?」


ふわっと投げられた感じがするが、残念なことに確かにわかる。何となくだが自分の支配領域は感覚でわかるのだ。その感覚が途切れた先が、他の神の支配領域なんだろう。これが女神パワーか。


「ミリアーセの担当はどこなの?」

「私?私はここよ」


シャッ、とミリアーセが丸をつけたのは私の領域と真反対の場所にある小さい方の大陸だった。


「この大陸一つがまるごと私の領域ね」

「ああうん一番小さいもんね、大陸の中ではね……」


それでも私の領域より一回り広い。この女神やりおる。

それよりもだ。


「てか遠くない?ここから飛んできたの?」

「あら、反対側から回り込めばすぐよ」


けろっとした顔でミリアーセは言い切る。でもまぁ確かに、ここが地球みたいに丸い星なら地図の端と端が繋がるもんね。馬鹿なこと聞いた。


ミリアーセは丸をつけた私の領域をもう一度指さす。


「この領域は長いこと空席でね、貴女は一番最後に来たのよ。だからちょっと気にしてたんだけど、今朝いきなり知らない女神の気配を感じてびっくりしちゃって。慌てて神殿を飛び出してきたのよ」


慌ててハイスピードでぶっ飛んで来たんですか。見た目おっとりしてるのにお姉さんやりますね。現代日本なら免停じゃ済まないですよ。


「この世界の神って大体が転生者の筈だから、もしかしていい感じの魂が確保出来なくて手間取ってるのかなって他の神仲間とも話してたんだけど」


はい爆弾発言きましたー。ホワイトボード出て来た時点で何となく察してはいたけど、全員か。この世界大丈夫なのかな色んな意味で。


「多分そのうち他の子たちも挨拶っていうか顔を見に来るだろうから、来たら適当にもてなしてあげて」


私は見せ物パンダか。しかもミリアーセの扱い結構雑だな。

釈然としないけどとりあえず頷いておく。


「あとそうね、名前だったわね。私の名前は知り合いから貰ったんだけど、貴女は何か希望みたいのはある?」

「うーん特には……強いて言うなら可愛過ぎる名前は嫌かな」

「あらそう?でもそうね、うんそれなら」


ミリアーセはルアルから降りて、神殿の壁に向かって歩きだす。

私も玉座を降りてついていくと、彼女は象形文字のようなものが彫られた部分の壁を撫でて見せる。


「貴女が司るものや、与えられた神性から組み合わせるっていうのはどう?」

「司るもの?」

「ええ。例えばそうね……貴女、ここに来るまで何かおかしな力とか使わなかった?」

「あ」


即座にピンとくる。紐なしバンジーでの墜落死を阻止する為に風を起こしたし、この神殿に入った時も強い風で色々なことが起こった。


「あと、ここまで小さな猿みたいなのに案内して貰ったな」

「なるほどね」


納得したように微笑んで、ミリアーセは壁面の一部をなぞって見せる。


「風と太陽。それが貴女の司るものね。豊穣をもたらすには相性が良いかも知れない。それから慈愛と調和。森の動植物は残らず貴女の眷族のようね。紅い鉱石が貴女の象徴、それに女性に関する加護が多くあるみたい」


壁面に刻まれた文字をなぞりながら、次々と読み上げていく。凄いな。私には読めそうにな、……読めそうに…………読め………………読めるわ。嘘だろ。


愕然とする私に、ミリアーセは振り返って問いかける。


「この森一帯が貴女の直接的な神域になるわね。どう?何か気になる言葉はあった?」

「うーん(イル)……太陽(ソルシュ)……ちょっと捻りが欲しいなぁ……」

「そうねぇ……参考までにいうと、大海原を支配してる神にプアトっていうのがいるわ」

「プアト……海域(プア)()?」

「そう、シンプルなのがいいってね。あとは南国のティリアーゼかしら。私と名前がちょっと似てるって姉妹みたいに仲良くしてくれてる娘なのよ」


ティリアーゼ。意味は自由の花娘ってところか。なんか個性が出るなぁ。


「自分の神性を誇示したい神もいれば、シンプルに自分を示すだけでいい神もいる。あとは貴女の好みで良いんじゃないかしら?」


色々とアドバイスをくれるミリアーセは、にっこり笑って私の判断に委ねてくれる。そうだよね、ネットで使うHNじゃないんだから、私が自分でちゃんと決めなくちゃ。

立派過ぎなくていい。シンプルに自分を示す名前でいい。


うん。決めた。


ミリアーセの赤い瞳を見返して、私も自信を持って笑う。


「イファリス」

「イファリス……光る風の女神ね。良いんじゃないかしら」


うんうんと頷くミリアーセには、なかなかの好印象のようだ。一先ず安心。

慈愛やら調和を全面に押し出すつもりはない。そもそも性に合わないし。必要以上に偉ぶるのも好きではないし、だったら普通に女神を名乗るくらいで充分だろう。人間だった頃なら完全に黒歴史だが、今は真実女神なのだから。


女神イファリス。ここに正式に誕生である。

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