19. 長かった一日が終わりまして
カランド王国第一騎士団団長・アルフォード・ロック・クロイツェルvs風の女神イファリス
同じく第一騎士団所属・ジファード・モルガンvs戦女神ファランケ
仁義なき戦いの幕が上がろうとしていた。
「いや上げないで?」
成り行きで対戦カードが組まれてしまったが納得はしていない。どうしてこうなった。
「じゃーあたし先行くね!イファリンアップしといてー」
「しかも何であんたが先に戦うの」
「だってここイファリンのホームグラウンドじゃん?あたしアウェイじゃん?しかもイファリンのお相手騎士団の団長さんじゃん?どー見てもメインってそっちのカードじゃん!」
言わんとすることはわかるがカードの組み合わせに関してはお前狙っただろ!
ファランケの狙い通りに事が運んでいるようで釈然としない。
既に断れる空気ではなくなっているし、今そんなことしたら確実に女神の矜持に関わる。これだけ多くの、しかも王国直属の騎士団の目があるのだ。場合によっては醜聞が広がりかねない。それは女神云々以前に個人として嫌だ。いくら基本神殿に引きこもっている身だとしても、だ。
「じゃ始めるよー!いつでもどうぞー!」
「いざ!」
ぐるぐる悩んでいる間に第一戦が始まってしまった。
神殿と夜営地の間にある空間に、一人の男と女神が向き合う。油断なく槍を構える男に対して、女神は実にあっけらかんとしたゆとりのある立ち姿で笑っている。
武術のことなんかからっきしの私にも、ジファードの鋭い殺気は伝わってきた。ピリピリと肌に嫌な感じが走る感覚だ。それをまともに正面から受け止めている筈のファランケは、いつも通りの笑顔を浮かべている。強がりのようには見えない。私には理解出来ない領域だ。
睨み合う両者の動向を、固唾を飲んで見守る観衆。
どちらが先に動くのか。その行く末は、呆気なく訪れた。
一歩を踏み込み、槍を突き出すジファード。その足捌きは少しの迷いもなかったし、槍の矛先は正確にファランケの顔を捉えていた。
けれどそれはファランケに届くことなく、あっさりとかわされて虚空を裂いた。
速かった。予測とか反射とか、細かいことはわからなかったけれどとにかく速かった。当たると思った一突きが当たらなかった。
しかしジファードは想定していたのか、即座に二撃目に移ろうと槍を捌き―――それが決まる前に、ファランケの肘鉄が彼の背中を貫いた。
「勝者!女神ファランケ!」
ジファードの体が受け身も取れずに地面に沈み込んだ瞬間、立会人を務めていたザナルの声が響く。
騎士団の数人が、慌ててジファードに駆け寄る。
どうやら命に別状はないらしく、団員に囲まれながらジファードは自力で起き上がった。その顔は苦痛で歪んではいたが、不思議と悔しさは見えなかった。
「ジファード様、体の具合は……」
「痛いに決まっておろう!こんなに痛いのは久方ぶりじゃわい!」
中年のような年の見た目に対して、少し年寄りくさい口調でジファードは痛快に笑い飛ばす。
「流石は戦神ファランケ!一撃目が通らぬことは覚悟しておったが、二撃目に移らせても貰えなんだ!」
「いやいやー、結構速かったよ?おじさんカランドの中じゃ一番のやり手でしょ、槍だけに!」
なははと笑うファランケに騎士団の面々はどういう顔をしたら良いのかわからないという反応をする。笑えば良いと思うよ。
しかしまぁ、端から見ていた素人目でも、ジファードは速かった。槍を繰り出す動きの無駄のなさ、相手を捉える正確性。初見で私相手だったら確実にヤバかった。それこそチートで捩じ伏せる他なかっただろう。それはそれで、女神の沽券に関わる。名乗り出てくれたファランケには、感謝しなくてはならない。
「んじゃ次、イファリンと団長さんねー!」
あああ人が忘れたかったのにホントにもう!!
ファランケとジファードの一戦を見て気合いを入れたのか、昼間見たのとはまた違う騎士として本気の顔でアルフォードが歩み出てくる。
その顔を見ると、泣き言は言ってられないな、と腹を括るしかない事実に顔を引き締める。
とは言え。
私、戦闘らしい戦闘なんかしたことないんだけどなぁ。
「大丈夫だってイファリン」
どうしたものかと立ち回りを悩む私に、擦れ違い様ファランケが耳打ちする。
「あたしは戦神でイファリンは新神。イファリンの在り方はイファリンが決めるんだよ。やりたいようにやったらいいさ!」
にひひっと笑うファランケのアドバイスに、目をぱちくりとさせて納得する。
なるほど。それもそうか。
ちょっと軽くなった心持ちで、アルフォードの前に立つ。
私は新神。風と太陽の女神にして慈愛の女神。今はただ、それだけだ。
私はまだ、まっさらなんだ。
ならばアルフォードはどうだろう。どういうつもりで手合わせしたいなどと名乗り出たのか。
単に己の実力を試したいのか、私の実力を測りたいのか、それとも頭に浮かぶもやもやを振り払いたいのか。
……どうしよう最後が一番濃厚な気がする。
まぁ何にせよ、アルフォードが一番満足するやり方でいきたい。そう思って奴の真っ青な瞳を見れば、やっぱりどこまでも真っ直ぐで堅実誠実な目線がこちらに向けられていて―――ちょっとだけ、泣きそうだった。
少し前まで一緒にいた、泣き腫らした顔で晴れやかに、けれどまだ痛みを引き摺った表情で笑う神官候補を思い出す。今は神殿の端っこで、どうしたら良いかわからない複雑な表情でこちらを不安そうに見ている彼女。
手放す覚悟を、決めたらしい。
ならばそれに応えよう。未練は全部、ここに置いてけ。
私は右手を天に振り翳し、目を瞑って意識を集中させた。
何もない空間から光が洩れだし、髪が乱れるほどの風が吹く。その中心から現れたのは一本の白い槍だ。柄から刀身まで同じ色をしたそれは、細工や意匠からして実用よりも鑑賞に向いている。
けれどこれで良い。奴に今必要なのは武力による制圧ではなくて、圧倒的理不尽な力量差だ。
槍を手にして鋒を相手に向け、不敵な笑みを浮かべる私にアルフォードは何かを悟ったような笑みを口元に浮かべる。
全力で来い、失恋野郎。
「それではいざ―――始めっ!」
ザナルを押し退けて立会人の座を奪ったファランケが、腕を振って開始の合図を下す。
ジファードの時とは違い、読み合いも駆け引きもなく、その瞬間に奴は踏み込んできた。
「はああああああっ!!!!」
全身全霊を込めた、渾身の一振り。
決して破れかぶれではない、それまで鍛えた己の全てを乗せた一太刀。
二撃目を想定しない、最大にして最後のそれ。
片手で構えた槍で、私はその一撃を弾いた。
ビリビリと手にくる振動。思い切りよく弾かれた剣から片手を離し、呆気に取られるアルフォードの顔。
間合いを詰め込んだ私は、槍の柄で奴の腹を思いっきり叩き付けた。
後ろに吹っ飛ぶアルフォード。どよめく観衆。悲鳴を上げそうになるマリエラ。
土煙を上げて地面に激突したアルフォードは、そのまま起き上がる様子がなかった。
「だ、団長!」
「アルフォード!しっかりしろ!」
ジファードの時以上に大慌ててで駆け寄る団員たち。年若い団長なりに慕われているようだ。
やれるかわからなかったがなんとかなった安堵感で、私は槍を肩に担ぐ。
その隣に、ファランケがすすす、と近付いてきた。
「勝者、女神イファリスー♪」
「わっちょっと、」
抱きついてきたファランケに顔をしかめながらも、それ以上はしてこないので拒絶はしない。
ファランケは何やら訳知り顔でによによと私を見上げてきた。
「随分良い一撃だったねぇー」
「初めてだったけどね」
「でも本気だったっしょ。なあーんか知んないけどあの団長さん訳ありっぽかったからさー、イファリンどうすんのかなーって思ってたけどこうなったかー」
楽しそうに団員たちに囲まれて介抱されるアルフォードをファランケは見る。死んではいない筈だけどちょっとやり過ぎただろうか。洒落にならない怪我でもしてたら流石に責任を取らなければ。
ファランケを振りほどいて彼の元に近付く。私に気付いた団員たちが道を空けてくれるが、アルフォードはザナルに抱えられてぐったりしていた。派手な流血はない。うん、まぁ生きてる。
けれどもこのままにはしておけないので、私はしゃがみ込んでアルフォードの頭に右手を翳した。
意識を集中させれば手のひら大の緑色の光の輪が現れ、暖かい光と風がアルフォードの顔を照らして前髪を持ち上げる。
それが収まった頃合いに、アルフォードはやっと目を覚ました。
「うっ、…………あれ、ここは……?」
「良かった目を覚ました!」
「心配させないでくださいよ団長!」
口々に安堵の声を洩らす団員に囲まれて、ザナルに支えられながら体を起こしたアルフォードは頭を抱えながら周囲を見回した。
「……女神イファリス……?」
「ええ。頭はすっきりしたかしら?」
私の顔を見つけて首を傾げるアルフォードに、ずいっと右手を差し出す。
目の前に差し出されたそれを見て、戸惑いながら己の手を重ねたアルフォードの腕をぐいっと引っ張り上げる。玉座の間でもこんなことあったな、なんて思い出すと、同じことを思ったのかアルフォードが苦笑いを浮かべる。
「ありがとう。お陰で何だか吹っ切れたよ」
「それは良かった。後から恨み言なんか聞きたくないものね」
済ました顔で言えば、申し訳なさそうに頬を掻いて「あはは」とアルフォードは笑う。
後は団員たちに返したいところだったが、一応念の為全身くまなくおかしな怪我はしていないかチェックする。こんなところで騎士生命を断たれては堪ったものじゃない。そんな責任は負いたくない。
結果として打撲や脳震盪が主だったらしく、それも先程の手当てで大分軽減されていたから大したものではなかった。むぅ、それはそれで全力を出した身としては複雑だ。
後は大人しく寝るようにと声を掛けて神殿に戻ろうとすると、何故だか騎士団一同から敬礼を貰った。解せぬ。
ミリアーセはファランケが運んだらしく、メイルとマリエラだけが神殿の前で私を待っていた。
不安気な顔をしているマリエラに、「大丈夫。ピンピンしてるわ」と言えば彼女はホッとした様子で胸を撫で下ろしていた。
「さ、とっとと戻るわよ」
そう言って先に階段を登る私に続いて、二人の少女の「はい!」という声が響いた。
今回のタイトルにこれを書き終えた私の思いが込められています。




