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17. 喧騒の夜が更けまして

それは、嵐のようにやって来た。


「―――やーーーっほーーーーーイーーーファリーーーーーン!!!!」


シリアスな空気も何のその、しみったれた神殿の空気を切り裂く勢いで奴らは天から降ってきた。

もう一度言う。天から降ってきた。

え?出だしが紐なしバンジーだったから今更驚かないって?奇遇だね私もだよ。


夜営の支度を整え終えて夕飯の準備を始めていた騎士団からどよめきの声が上がり、もうついでに泊まってけとやっつけ感覚でヤーヴァン商会にも宿泊を勧めていた時だったので会長とリスティルも仰天して身を寄せ合っていた。

私はすっかり忘れかけていた奴らの訪問予定を思い出し、痛む頭を抑えて海よりも深いため息を吐いた。


「あっれー何アレ何アレ団体さん?何かいっぱいいるよー?」

「こらファランケ!まずはちゃんと挨拶なさい!ごめんねイファリス、遅くなっちゃって。ちょっとトラブルがあって……」


神殿の天辺からするすると降りてきた二人の女神を出迎え、私は顔に虚無の笑顔を貼り付ける。

そうこの二人こそ、ちゃんとアポを取ってあった元々の来客予定者だ。


「いらっしゃいミリアーセ。見ての通り予定外のお客があったから寧ろちょうど良かったわ」

「何アレ騎士じゃん攻め込まれてんの?処す?あっごめんねイファリン遅れちゃってー、これお土産!」

「お土産ありがとうファランケ、あれ一応客だから手は出さないで?」


うふふと笑って釘を刺せば、「そっかー!」と笑って騎士団への興味を無くし、神殿の中へとずんずん入っていくこの女。名をファランケ。この自由気儘な女こそが、山脈を挟んで北にあるユディンガを始めとする領域を収める女神だ。少し色の濃い肌に灰色の瞳、ほとんど白と言って差し支えのない金の髪の毛先を顎のラインの辺りで揺らす、気分と本能に忠実な生き物である。


取り敢えず野放しには出来ないので後を追い掛けると、一緒に着いてきた赤と青の女神が申し訳なさそうに謝って来る。


「ホンットにごめんねー!出掛けにファランケが「ユシティムで事案発生ー!処す!」とか言ってすっ飛んでっちゃって」

「まぁファランケが一緒な時点で時間通りになるとは思ってなかったし、いいよ。ミリアーセもお疲れ様」


疲れきった表情からずっとファランケにブレーキをかけていたんだろうことが想像出来る。初日に世話になった炎の女神、ミリアーセは憔悴しきった様子でルアルに体を預けて通路を進んでいた。


「に、してもほんとにファランケと知り合いだったのね。あの娘いつ来たの?」

「ミリアーセが来た翌々日……だったかな?実は初日にミリアーセが来た後ちょっとした来客があってね、その後始末の関係で突撃されたの」


そう、皆さん覚えておいでだろうか。初日にあった人間の方の来客。招かれざる方。ユディンガの追っ手の方々である。

散々動物たちの玩具にした挙げ句身ぐるみをひん剥き、「私たちは他国の女神の領域を許可もなく焼き払いました」と一筆貼り付けて国境の砦に放り投げたあの追っ手たちは、こともあろうにファランケに最初に発見されたのだという。

そんな彼らを嬉々として首都まで運び、「ちょwwwマジウケるんだけどwww」と草を生やしまくって暴れかけたというエピソードを手土産に、彼女は私の神殿に赴いたのだ。因みに今ユディンガで流行りだという人気の茶菓子と茶葉も持参して来たので、仲良くティータイムへと洒落込んだ次第だ。カップやら何やらまできっちり用意してあったので頭が回らない訳ではない。ただ行動の原理が余りに本能に忠実なだけであって。


「イーファリーン!お腹空いちゃったからご飯にしよー!今ユシティムで人気のお弁当いっぱい持ってきたよー!お肉ー!」

「よーしきたファランケ褒めてつかわす!」

「照れますなぁー!」


お肉につられてテンションを上げる私を、乾いた笑顔で見送るミリアーセがいたとかなんとか。




* * *




かなり余分にお弁当があったので、ヤーヴァン商会の面々にもお裾分けすることが出来た。フィニアを呼びに行った際にマリエラにも声を掛けると、食べるというので手を引っ張って晩餐会場まで連れて行く。

泣き腫らしたり落ち込んだりで顔は酷いことになっていたが、アルフォードはもう騎士団のところに戻ったと伝えると、心なしかホッとした表情で召喚に応じてくれた。


そしてマリエラを連れていつも食事をしている部屋に現れると、彼女の顔を見るなりファランケがかっ!と目を見開いた。


「うっそヤバい!ちょー好みの顔じゃん!!」


がばっ!と勢いよくマリエラに襲いかかり……基、飛び付いて顔を両手で挟む。

いることは伝えていたが、まさか余所の女神に顔面を掴まれるとは思っていなかっただろうマリエラは、引きつった悲鳴を洩らして固まった。


「ちょー捻くれてそうだけどめっちゃ美人じゃん!嫌いじゃないよ!性格悪くても顔だけで好きになれる!」


あんまりな言い方にその場の全員があんぐりと口を開ける。この嵐は止むことを知らない。


「んーでも何?なんか泣いた?落ち込んだ?男にでもフラれた?弄ばれた?そいつ処す?」


反応を返す間もなく矢継ぎ早に繰り出されるファランケの質問攻めに、一番ぽかんとしていた当のマリエラから小さく笑いが洩れた。

一度止んだ筈の瞳からまた涙の粒が溢れ出し、ファランケの両手に染み込んでいく。


「……いいえ。私が、お断りしたんです」

「ふーんじゃーしょーがないね。取り敢えずほら、ご飯にしよー!お肉好き?あたし大好きー!」


私からマリエラを奪い取って自分の席の隣に座らせ、飲み物やら弁当やらをあれこれ世話しだすファランケの様子に、全員が自然と緊張を解す。女神三柱と同席して食事をすることに体を凍りつかせていたヤーヴァン商会の面々も、いくらかホッとした様子で渡されたお弁当に手をつけていた。


「んっ……なんだこの肉、何の味付けだ?」

「冷めてるのに柔らかいです」

「果物か何かの果肉でしょうか……女神ファランケ、これはユシティムの料理でしたね?」

「そだよー!何なら今度レシピ貰って来よっか!」

「可能ならば是非!代わりと言ってはなんですが、我々で用立てられるものなら何なりとご用意しておきますよ!」

「会長、調子に乗らないでください」

「おっけーおっけー!そしたらね、竜の爪とか欲しいなー!あっ、レシピはイファリンに預けとくから!」

「りゅ、竜の爪……ですか……」

「ほら調子に乗るから」

「冗談!考えとくから貸し一つね!」


竜の爪改め女神の貸し一つに、ヤーヴァン会長は引きつった笑いを浮かべる。フィニアやエリスの苦労が絶えない訳だ。

しかしこの肉ホントに美味いな。日本じゃ食べたことのない味付けだ。そもそも何の肉だろう。


「これねー、豚肉の料理でねー、何とかって果物で漬け込んで臭みとか取ってるんだって。でね、このお茶と一緒に食べたら美味しいんだよ。クセがなくってすっきりするでしょ。こっちだと主食何?パン?うちもねー、パンなんだけどねー、普通のとはちょーっと違うパンなんだって。何が違うかって?あたしもよくわかんない!」


ファランケが全部説明してくれた。主にマリエラに対して。

饒舌に話すファランケの解説を聞きながら、私はメイルとミリアーセと並んでお弁当を頬張る。何というか、サンドイッチというかケバブというか……な、感じの食べ物だ。ケバブ食べたことないけど。


「美味しい?メイル」

「美味しいです!こんなに美味しいもの食べたことありません!」

「あらあら、そんなに急いで食べちゃ駄目よ。ほら、よく噛んで。お茶も時々飲んでね」


オカンか。

ミリアーセは見た目アラビアの踊り子風の絶世の美女なのに、メイルの世話を甲斐甲斐しく焼く姿が一気にお母さんみたいに思えてくる。

ていうか待って。私自分の神官候補二人とも余所の女神に取られてるんだけど。ねぇ。


「ところでメーちゃんってさー、めっちゃ細くて小さいけど何歳?」

「え……っと、多分14歳です」

「私と同じだ!」

「マジ14?見えねー」


どこか嬉しそうに声を弾ませるリスティルと、正直に感想を洩らすファランケ。どちらに反応して良いかわからず困るメイルに、ファランケがお構い無しに畳み掛ける。


「てか何?メーちゃん孤児(みなしご)?ぼっち?」

「あ、あの、はい。知らない人たちに売られそうになった時にイファリスさまにひろわれて、」

「うっそ事案じゃん!イファリン処した?」

「処してないしちょっとは落ち着いて食べなさい!」


どうやっているのかマリエラの世話を甲斐甲斐しくやりつつも、ファランケは話しながらしっかり自分の分を食べていた。いつ口に入れていつ噛んでいつ飲み込んでいるんだ。一体何の神秘なんだ。良い子の手本にはなれないタイプだ。


「てーかメーちゃんさー、孤児ならお父さんとお母さんは?名前誰が付けてくれたの?」

「ファランケ貴女デリカシーってものを知ってる?」


ミリアーセ母さんが怒りだした。顔の半分に黒い陰を落とし、ゴゴゴゴゴ……と地響きのような音をバックから響かせている。

まぁミリアーセがいなかったら私が怒ってたけど。


「えっと、あの、家族のことはわからないんですけど……名前は、イファリスさまがつけてくださいました」


えっ、と。わかりやすく一瞬空気が止まる。

そしてわかりやすく再開させたのは、言わずもがなこの女神だ。


「うっそイファリン名付け親ー!?ねね、何でその名前にしたのー!?」


テンション高く聞いてくるこいつがそろそろウザい。かと言って無視をすれば答えるまで付きまとわれる。


「適当だよ。この娘を水浴びさせて、汚れとか落とした後に、赤くなった頬っぺたが見えたから」

「それでメイルー?イファリンてば可愛いとこあんじゃん!」

「うっさい!」

「あ、あの……?」


渦中の存在だが話に全くついて行けてない様子のメイルが首を傾げる。

同じく小首を傾げるリスティルも解説を求めるように視線をさ迷わせ、目が合ったミリアーセがくふふと笑って「あのね、」と説明をする。


「"メイル"ってね、"苺"っていう意味があるのよ」

「なるほどー!」


納得したようににぱっと笑うリスティルに続き、「いちご!」と顔を明るくしてメイルが曇り無き眼で私を見上げる。


「しってます!甘くて美味しいんですよね!」

「おっやっぱりメーちゃんは苺食べたことないかー!よーし、今度ファランケお姉さんがユディンガの苺どっさり持ってきてあげるよー!」


わーい、と喜ぶメイルには悪いが、私には完全なる羞恥プレイ案件です。勘弁してください。

前回までの温度差。

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