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15. 部下の婚約者と対面しまして

透き通るようなハニーブロンドの髪に、海の底を映したような真っ青な瞳。

見た目の年若さの割に騎士団団長を名乗るだけあって、簡易的な鎧の下にある体躯はしっかり鍛えられている。

軽く微笑んだだけでその辺の女性をコロッとオトしそうな甘いマスクを生真面目に引き締めて跪くこの男が、アルフォード・クロイツェル次期伯爵。マリエラの婚約者か。


ようやく近い距離から拝めたその顔面に、私は遠慮なく値踏みの視線を向けた。

近いと言ってもざっと4、5mは離れているが、空高くや神殿最上部から見下ろすよりは余程近い距離だろう。

ぱっと見た感じなかなかの正統派イケメンだが、それを鼻に掛けるような雰囲気はまるで感じない。何処までも真面目で、何処までも真っ直ぐ。それがこの男の第一印象だった。


「改めまして、よく来ましたねカランド第一騎士団の皆さん。思ったより早い行動で感心しました」


女神ムーヴも大分板についてきた今日この頃。偉そうな態度をどこまで維持出来るか割りと恥ずかしくて当初は自信がなかったけれど、やはり何事も慣れだ慣れ。……慣れ過ぎたら多分ヤバいと思うけども。


玉座から微笑んで見下ろす私を真っ直ぐに見上げながら、クロイツェル次期伯爵は真面目な堅い声音で口上を述べる。


「一介の騎士に過ぎない我々に拝謁を御許し下さり、この度は誠に有り難う存じます。本来であれば王族に連なる血筋の方が参ずるべきところでありますが、何分準備に時間が掛かります故、我々がこうして先行してご挨拶に参りました。無礼は承知の上ですが、どうか御容赦頂きたく」

「構わないわ。その王族の面会予約の為にも貴方たちが先に来たんでしょう?"森に入った後は"特にこちらが眉を潜める粗相もなかったことだし、別段咎めることはありません。大義でした、とでも言うべきかしら」

「勿体なき御言葉にございます」


畏まったやり取りがむず痒くてしょうがない。これいつまで続ければ良いんだろうか。女神の威厳を保つ為には仕方がないんだけれども。


ふと、クロイツェル次期伯爵が後ろに控える部下の一人に目配せし、懐から何かを取り出させた。ええと確か、ロイツって言ったか。クロイツェル次期伯爵よりも年配で、しっかりした安心感のあるベテラン格を持つ男だ。

ロイツから何か、巻物のようなものを受け取ったクロイツェル次期伯爵……面倒だからもうアルフォードでいいや。アルフォードは、それを恭しく私に向けて差し出した。


「こちらは、女神イファリスに献上致します品々の目録に御座います。どうかお納めください」

「そう、なら有り難く頂くわ。メイル」


騎士三人をここまで案内してから、ずっと傍らで控えていたメイルに声を掛ける。

かちこちに固まった様子でメイルは「は、はいっ!」と返事をして、アルフォードに近寄り上等そうな巻物を受け取る。

それからどうすれば、という視線を私に向けるので、微笑んで「こちらに」と合図すれば、手足が左右同時に出そうな雰囲気で玉座までの段差を登ってくる。

両手でしっかりと握り締めた巻物を私に差し出したメイルに「ありがとう」と笑って言えば、緊張した面持ちで彼女はこくこくと頷いた。

元の位置にメイルが下がったのを見届けてから、私は巻物を紐解いた。知らない言語―――の、筈なんだけど、日本語のように見慣れた言葉のようにすんなりと頭に入る。

が、しかし、内容の方はまるでピンと来ない。何だか仰々しくて大層な名前が並んでいるけれど、こういったものはマリエラの方が確実に詳しいだろう。後で確認して貰おう。


巻物をくるくると元に戻してからとりあえず膝に置き、もう一度騎士団代表三人衆に目を向ける。


「それで、その王族の正式な挨拶はいつ来るのかしら?」

「は、女神イファリスさえよろしければ……次の月が満ちる日取り、咲く月の日にて正式なる目通りをお願い致したく」


次の満月の日ってことか。こっちの世界の暦はわからないけれど……何となく14、5日後だった気がする。


「わかりました。今のところ予定もありませんし、ここでカランド王家の訪問を待ち侘びていましょう」


冗談っぽく言って微笑めば、騎士たちは恭しく「ははっ」と揃って頭を下げた。


「ではそのように……」

「ああ、そうそう。貴方たちこの後は直ぐに蜻蛉返りするのかしら?」

「……?はい、王家に女神イファリスの御許しを伝えなければならないので」

「ここに来るまでゆっくりしていた訳ではないんでしょう?今晩はここで体を休めても罰なんか当てないわ。神殿前の広場で夜営を許可するから、今日は泊まって行きなさい」


私の言葉に三人はぽかんとする。

しかしアルフォードは即座に正気を取り戻し、慌てて頭を下げてあたふたと返すべき言葉を探す。


「い、いえ、女神の御前そのような、」

「構わないわよ。火の不始末とか過剰な馬鹿騒ぎとかしなければ。食べ盛りの騎士団に提供出来るような肉なんかはないけれど、果物くらいなら振る舞えるわ。ああ、それとも貴方たちの備蓄の食料が足りないかしら?」

「いえ、備えは充分にございます。女神のお手を煩わせることは、」

「ならいいでしょう。後ろの二人、広場に残っている者たちに伝えに行きなさい。但し、この森で狩猟は許しません。水と果物は提供しますが、それ以外は自分たちの持ち物で何とかするように」


強引に話をまとめると、アルフォードの後ろで控えていた二人が「ははっ!」と頭を下げて、ちらりと団長に視線を向けてから来た道を引き返して行った。

二人の視線を受けて小さく頷いて残ったアルフォードは、先程までとはまた違った決意を込めた眼差しを私に向けて―――驚愕に飛び退いた。

何故って、玉座にいた筈の私が目の前で自分の顔を覗き込んでいたのだから。


「うわあっ!?」

「んーやっぱり若いわねー。その若さで騎士団団長とか何?コネ?実力って言われてもまぁ納得出来なくはないけど」


見るからに心臓をバックバクさせてお化けを見たような顔で私を見上げながら、アルフォードは情けなく尻餅をつく。気にせずやっとこさ出来た機会にまじまじとアルフォードを観察すれば、彼は居心地悪そうにひたすら頭に「???」を浮かべる。


「あ、あの……?」

「ああ、もう別に砕けても構わないわよ。公式な訪問は終わり、ここからは非公式な場面だから」


軽くヒラヒラと手を振れば、アルフォードは更に訳がわからないという表情をする。内心を素直に表に出す瞳と表情は年相応のもので、先程までの堅物クソ真面目な騎士様の顔はすっかり成りを潜めていた。


「改めまして、私は女神イファリス。貴方たちの国がある領域を収める担当になったわ。今後ともよろしく!」

「え、あ、あの、こちらこそ……?」


未だ尻餅をつく彼に右手を差し出せば、混乱したままの彼は大人しく右手を出して握手を交わす。

そのまま彼の体を引っ張り上げれば、流石鍛えた騎士様は即座に力を入れて慌てて立ち上がった。

間近で並ぶと結構デカい。私も背は低い方ではないけれど、完全にアルフォードに頭一つ抜かれている感じだ。


「……やっぱ流石に鍛えてるわね」


握ったままの手の感触をにぎにぎと揉んで確かめる。皮は固くてタコもある。何年剣を振るったらこんな手になるんだろうか。努力の結晶とも言えるその手応えにやはり彼の真面目さを感じる。


「あ、あの……」

「ん?ああごめん。とりあえず楽にして。お茶とかはまだ用意がないんだけど、果物とか食べるかしら?」

「いえほんとに、お気遣いなく……」


まだ状況について行けないのか、弱々しく返事をするだけの彼と先程までの真面目騎士の面構えをした彼のギャップが何だか可愛らしい。まぁ森に入れる前に割りと本気で脅かした自覚はあるし、神殿に着いた後も意地悪を言ったし。寧ろこっちのギャップに頭の処理が追い付いていないのかも知れない。まだそんなに人間社会に揉まれていないのかな?

仕方がない。ならばこっちから正気に戻してやるとしよう。


「マリエラ」


ひゅっ、と。

彼が息を呑んだのがわかった。

緩んだ空気が霧散して、新たに緊張を孕んだ面差しが私に向かう。

その表情で確信した。彼は、マリエラの安否を確かめにここまでやって来たのだ。


私はふっと微笑んで、彼の真剣な瞳を真正面から受け止めた。


「長くなりそうだし、場所を変えましょ」




* * *




玉座の間から移動して、メイルとマリエラと朝食を摂った一室に案内する。テーブルも椅子もないが、明かり取り兼窓から射し込む暖かい日差しが石の床に敷かれた濃い赤の敷き布を柔らかく照らしている。

まさかいの一番に使うことになるとは思わなかったが、ヤーヴァン商会から買い付けたばかりのクッション、(もとい)座布団を二つ引っ張ってセットする。

先に壁を背にする形で腰を下ろして、彼にも向かいの座布団を勧める。


「さ、どうぞ座って」

「……失礼します」


律儀に頭を下げてから彼は腰を下ろす。腰に下げていた剣は右側に置かれ、敵意はないと言外に告げられる。全くもって誠実なことだ。


「それで、クロイツェル次期伯爵。貴方の本当の目的を窺いましょうか」

「どうぞ、アルフォードとお呼びください。……最初から全て、お見通しであったと」

「まぁ、そりゃ大体察しはつくわね。私が連れてきた神官候補の婚約者が、二日足らずで派遣された使節団の団長として現れたら」


何も勘繰るなという方が無理な話だ。彼本人があの場に居たかは知らないが、事の真偽、もしくは私の真意を確かめに来た、というところだろう。ぶっちゃけマリエラの父とグルかと疑っていたが、この様子だとその可能性は低いように思える。

だがしかし。

貴族に連なる者は腹芸をこなしてなんぼである。次期当主様ともなれば尚更だ。


今日は度重なる客人対応に早々に疲れが見えてきたこともあり、まだるっこしい真似は好かないので単刀直入に話を進めさせて貰う。


「ぶっちゃけて聞くわ。貴方はマリエラを取り返しに来たの?」


何の取り繕いもない問いに、アルフォードは動揺する素振りもなく静かに目を伏せる。


「……いいえ。女神たる存在に直に選ばれたというのは、この上ない名誉なこと。既に正式に決まったことであれば、私に口を出す権利はありません」


大人しく殊勝なことを言う彼をふむ、と観察していれば、「ですが」と強い口調と眼差しで射抜かれる。


「それはマリエラが心から同意して決まったことであれば、という意味です。彼女の意思を確認出来なければ、例え女神が相手であっても私は引き下がる訳にはいかない」


ひゅう。

空気を読まずに悪いが、心の中で口笛を吹く。

紛うことなき、本心からの訴えだ。彼の婚約者に対する姿勢は誠実そのもので、家柄や打算を抜きにしてもアルフォードがマリエラを想っていることがよくわかる。なかなかの好青年じゃないか。


「それはつまり、私の言葉では納得しないということかしら?」

「それは……いえ、そうです。私は誰でもない、マリエラの口から真実を聞きたい」


うーわー馬に蹴られるー。

面倒くさい事情を踏まえると私から全部話した方が良いんじゃないかと思ってたけど、これは当人同士で話し合った方が納得しやすいんじゃないだろうか。別に私は率先して想い合う若者を引き離したいとは思わない。寧ろ頑張れ青少年。


だがしかし、これだけは確認しておかねばなるまい。


「そうね。ではまず、私の問いに答えて貰えるかしら」

「なんなりと」

「ではまず。貴方とマリエラが婚約したのは、いつの話かしら?」

「四年前です。私が19、マリエラが13の時でした」


ってことはアルフォード今23歳か。やっぱり若い。というか婚約の時期遅くないか?この世界の常識でどうかはわからんが。

しかし四年前。マリエラの父が色々と画策し出したのはいつの頃なんだろうか?


「マリエラの父とは面識があるわね?」

「ええ、勿論。社交界の場や、家族での付き合いもありましたから」


家族。そう言えばアルフォードは、"次期"伯爵だ。


「婚約を持ち掛けたのはどちらの家?」

「シュワグナー公爵から申し込まれた、と父からは聞いておりますが……」


ふーむ。


「……ねぇ、アルフォード。貴方とマリエラの婚約が決まってから、何か変わったことはあった?」

「変わったこと……ですか?」

「何でもいいわ。露骨に羽振りが良くなったでも、新しい事業を立ち上げたでも」


問いの真意は読めないだろうに、アルフォードは真面目に考え込む。四年分の記憶を辿り……そしてとうとう、思い至ったようだ。


「そう言えば……マリエラが神官選定の儀に出ると決まった時、我が屋敷で父とシュワグナー公爵が非公式に会っているのを見掛けました。そこで『ようやく』とか『四年間待った』と言っているのを聞いた覚えがあります」


それだ。

グレーが限りなく黒に近付いた。何も知らなそうなアルフォードには悪いことだが。


「それはいつ頃?」

「昨年の暮れ頃でしたから……半年程になるかと」


半年。確か先代の神官が亡くなったのもそのくらいじゃなかっただろうか。きな臭さがマッハで飛んで来る。

思った以上に面倒くさそうな展開に辟易してため息を吐くと、「あの……?」とアルフォードが遠慮がちに小首を傾げる。


「……何でもないわ。じゃあ最後に。貴方はマリエラをどう思って……いえ、心から愛している?」


正直私からすれば、良くも悪くも貴族らしくて人間らしい娘だ。性根が腐り落ちてるとまでは思わないが、彼女の良さも悪さも断定するには付き合いが浅すぎる。

婚約者本人の口から彼女の評価を、心象を聞いておきたかった。


「……ありのままを申せば、わかりません。それを語るには、私には時間も経験も足りていません。しかし、彼女と過ごした四年間は、決して私にとって無為なものではなかった。父に決められた婚約ではありましたが、私はマリエラを、生涯の伴侶にすると覚悟を決めております」


真剣に、誠実に。やはりどこまでも真っ直ぐな男だ。

しかして残念ながら。女神として、いや女としてその言葉に個人的に点数を付けさせて貰う。60点、と。


「……確かに貴方には、時間も経験も足りていないようね」


存外に冷ややかな声が出て、自分でも驚く。いや私も人生語れるほど長生きはしなかったんだけど。

何か下手を打ったと悟りながら、それでも自分に出せる最大限の答えを言ったのだろう。裁定を待つような顔でアルフォードはじっと私を見つめる。


別に熱く愛を語らせたかった訳じゃなかった。正直な彼の気持ちが知りたかった。

そして彼は、それに応えた。

人として貴族としては合格点、生涯の伴侶としては落第点の答えを。


「マリエラ」


静かに呼んだ名前に、別室に繋がる通路の影からゆらりと淡い小麦色の影が現れる。

堅い表情で俯くマリエラが、そこに立っていた。

閲覧、評価、ありがとうございます。

誰かスパッと話が進む方法教えてください。

なかなか先に進めない今日この頃。

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― 新着の感想 ―
[一言] >誰かスパッと話が進む方法教えてください では余計な口出しかもしれませんが、失礼して。 書く時に、予定してる完結まで、何文字使うかを決めましょう。 それで、ひと区切りに何文字まで使うか…
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