13. 更なる客が増えまして
採寸から解放された二人は、ぐったりした様子で馬車の荷台から降りてきた。
特に採寸など慣れっこだった筈のマリエラは、場所がセキュリティの薄い荷馬車の荷台だったことに辟易していたようだった。しかもすぐ近くには貧民たるメイルがいたのだから、気分的には物凄く良くなかっただろう。
「お疲れ様。メイルは採寸なんて初めてだったでしょう」
「は、はい、緊張しました……」
頬を紅潮させて恐縮するメイルの様子は、嫌な思いをしたようには見えなくて安心した。仕事だからかも知れないが、メイルの見るからに見窄らしい出で立ちでも、フィニアとリスティルはちゃんと偏見を持たずに接してくれたようだ。
二人に続いて荷台から降りてきたフィニアは、数枚の紙の束を手にこちらに歩み寄ってきた。
「採寸は無事に終了しました。事前にイファリス様から承っていたオーダーの通り、準備を進めても問題ないと思われます」
「そ、ありがと」
「いえ。それでこちらがデザイン画のサンプルになるのですが」
フィニアに差し出された紙の束を受け取り、パラパラと目を通す。すると気になるのか、メイルがそわそわとこちらの様子を伺いだした。
「見る?」
「!は、はい!」
「マリエラもいらっしゃい」
私が手招きすれば、ぐっと何かを飲み込んだ表情で彼女は応じた。
二人にも見易いように紙を持った手を少し下げると、両隣から彼女らはその中身を覗き込んだ。
「これは……神官用の式服のデザイン、ですか?」
すぐにピンときたマリエラが、パッと顔を上げて私を見た。そして距離の近さにハッと気が付いたように視線をさ迷わせて、誤魔化すように再びデザイン画を注視する。
まだ慣れないのかそれとも恐がられているのか、精神的な距離も感じるが今はまだ問題として考える時期ではないと思うので置いておくことにする。
何事もなかったように私はマリエラの言葉に頷いた。
「ええそうよ。普段使いのと式典用、二種類仕立てるつもり。貴女たちが着るのだから、遠慮せずに意見を言いなさい」
「こ、こんな立派で素敵なのを着るんですか!?」
既に私服を幾らか貰ったばかりのメイルが、裏返った声で動揺を示す。あわわと元々血色のよくない顔を真っ青にして自分の髪や体や頬などを気にしだしたメイルを、マリエラがフンと小さく鼻を鳴らして気に食わなそうに横目で見下ろす。
そこへ遅れて近寄ってきたリスティルがメイルの手を取り、きゅっと握って励ますようににこりと笑った。
「大丈夫!女の子はちゃんと身嗜みを整えたら誰だって変身出来るって、私の知り合いのお姉さんが言ってたから!」
「……ほ、ほんとかなあ?」
不安そうに上目遣いで自分を見るメイルに、リスティルは拳を小さく握って見せた。
「大丈夫ったら!私だって少し前までは、髪もボサボサで肌なんて汚くて、そりゃあもうこんな風に女神様の前に出てこれるような見た目じゃなかったんだから!」
衝撃の事実だ。もしやリスティルも貧困層の出なのか。
ヤーヴァン会長をちらりと見ると、何だか居心地悪そうに視線を逸らされた。
するとため息を吐いたフィニアが、小声で私に耳打ちをしてきた。
「リスティルは元は捨て子で、会長が4年前に養子として引き取ったんです」
「へえ、意外と見所あるわねあの人」
「ヤーヴァン商会はそうやって成り立ったものですから。かくいう私も、会長に拾われた口です」
それだけ言って離れるフィニアにそれ以上は追求せず、ふーんと未だに視線を逸らし続ける会長をじっと見るだけに止めた。
その時だ。
一羽の鷲が、私の目の前に降り立ってきた。
驚く面々を他所に、私が差し出した腕に鷲はゆっくりと止まる。念のため言っておくが、普通は素手で猛禽類の爪なんて受ければ確実に怪我をするのでよい子は真似をしないように。
じっと互いを見つめ合う私と鷲を、固唾を飲んで見守る周囲の面々。
ややあって、私は「はーっ」と深くため息を吐いた。
「ど、どうしたんですか、イファリスさま?」
おどおどとメイルが訊ねてくる。
私は「ありがとう」と礼を言ってから、鷲を空へと放した。
「招いていない客だわ。今日は千客万来ね」
疲れた表情で森の入り口を見る私の視線を、皆が何とはなしに静かに辿る。
デザイン画の検討は、先延ばしになるかも知れない。
* * *
街道から道を逸れてこの森へ向かう一団がある。鷲からもたらされた情報はそれだった。
しかも厄介なことに、一団は国旗を掲げていた。カランド王国の赤い旗を。
情報を共有した後は早かった。
まずはヤーヴァン商会一行だが、一団と接触せずにこの森から会長たちを返すには手間が多く、このままここに残って貰うことにした。
大急ぎで馬車を神殿の裏手に移動し、一団と会っている間は会長たちにはそちらで待機して貰うことにする。
買い上げた商品は全て神殿内に収納し、メイルには早速買ったばかりの白いワンピースに着替えて貰った。選定の儀の時の衣装ののマリエラはそれで構わないが、彼女と並んでも出来るだけ違和感のないものが望ましかった。加えてフィニアとリスティルに軽く髪や顔やらを整えて貰って、一先ず一見して難癖を付けられないようなレベルまで引き上げた。痩せぎすな体型はしょうがない、これから美味しいものを目一杯食べさせるのだ。
そうこうしているうちに一団が森の入り口に差し掛かったと再び鷲から報告があり、とりあえず最低限の準備の整った私たちはその場でやっと緊急会議を開いた。
【議題】一団をどう見るか。
「まぁ十中八九、カランドの使節団でしょうね。国旗が偽物でなければ、ですが」
「女神相手に国を騙って目通りを願うなど、文字通り神をも恐れぬ所業ですよ。余程の馬鹿でなければ、ですが」
ヤーヴァン会長とフィニアの見解である。まあ偽物の線は捨て置いてもいいだろう。
そうすると問題は、だ。
「目的は何。マリエラを取り返しに来たとか?」
「まさか。女神が直々に選出した神官候補ですよ。そんなことしたら国が滅ぶと思うのが当然です。例え親の訴えがあっても、それだけはないと思います」
ほとんど言い切るフィニアの「親」という単語に、マリエラは苦く俯く。
現状わからないのがマリエラの父、シュワグナー公爵がどう出るか、だ。色々画策していたようだが、女神に喧嘩を売ってまで娘(手駒)を奪い返しに来るほどトチ狂ってはいないと思いたい。
「普通に考えて女神イファリスへのご挨拶でしょう。胡麻擂りはしておくに限ります」
フィニアの歯に衣着せぬ物言いをするところは割りと好きだ。眼鏡があったら光ってるに違いない。
そこへ、私の脳内に直接コンタクトしてくる映像を受信した。
「あ」
突然虚空を見つめて黙り込む私を、一同が首を傾げて注目する。そろそろ電波ちゃんみたいな扱いをされそうだがこればかりは仕方ない。女神スキルにどちらかが慣れるしかない。
さて何があったかと言えば、森の入り口に到着した一団が中に入れず立ち往生しているのだ。
それを伝えれば、リスティルが小首を傾げて疑問を口にした。
「どうして入れないんですか?私たちは入れましたよ?」
リスティルたちが用いて来た移動手段は荷馬車。そこそこの大きさだが、それでもちゃんと人の手の入っていない獣道を通ってここに辿り着いた。
一方の今立ち往生している彼らは一商会よりも当然に規模の大きい集団な訳だが、それ程大袈裟な馬車を率いている訳ではない。寧ろ騎馬がメインで、何やら荷物を積み込んだ荷馬車は見た目の細工や造りこそヤーヴァン商会よりも派手ではあるが、大きさは然程変わらないものだ。全体の人数も5、60人といったところだろう。
では何故彼らが立ち往生しているかと言えば、だ。
「さっき入ってきた貴方たちと彼らとの違いは、大きく分けて二つ。一つはまず、私が与えた通行証を持っていないこと」
ヤーヴァン会長が身に付けている緑の石のタイブローチを指さすと、リスティルも気が付いたように懐からバレッタを取り出した。使ってはいないがきちんと受け取っていたようだ。
「これですか?」
「そう。それは私の身体の一部から作られた、私の神力の塊のようなもの。特にヤーヴァン会長に持たせたそれには、会長自身の血液を馴染ませてあるわ。それはもう、完全なるヤーヴァン会長専用の通行証にして御守り。例え誰かが奪ったりしても効力は発揮しないわ」
「そんな凄いものを会長に……いえ、その効力とは具体的には?」
会長なんぞに渡して良いのかという目を一瞬した後、打ち消してフィニアは本題に切り込む。会長に対する信頼が伺える瞬間だ。
反論出来ない様子の会長は置いておいて、話を進めることにする。
「まず第一に、私の神域へ出入りする特権の付与。森の入り口で動物に案内されたでしょう?彼らは本来、勝手に森に入ろうとする者を排除する役割があるの」
「あ」
心当たりのあるリスティルが、小さな手をポンと打つ。彼女との出会いがそもそもその場面だった。
「その石を持っていれば動物たちは警戒しないし、場合によっては私の判断なしで森を案内してくれるわ。但し、私の命じた範囲内で、だけどね?」
にっこり笑って会長に釘を刺す。通行証を悪用しようものならどんな目に遭うか、事前に覚悟しておいて欲しい。
会長は少し青くなった顔でコクコクと頷き、それを見てフィニアがため息を吐く。苦労しているようだ。
「あとはまぁ、軽い加護ってとこかしら。森に入ってからここまで、何のトラブルもなかったでしょう?未舗装の獣道なのに車輪を取られたりとか、枝に引っ掛かって荷馬車の布が破れたりとか。この森自体が貴方たちを受け入れたということよ」
「はぁ……?」
いまいちピンと来ない様子の商会一同に、生温い視線を送る。甘い、甘いわ。未開の森がどんなものか、彼らはとんと知らないらしい。
まぁそれはいいとして。
「そして二つ目。そもそも彼らは、この森を私の神域と認識していない」
永きに渡る女神の不在で伝承が薄れたのかは知らないが、この森自体が分かりやすくそのまま神域であることを彼らは認識していない様子だった。ただ神殿に辿り着く前に邪魔な森があるなぁ、くらいの感覚だ。
それを聞いた瞬間、数名の顔から血の気が失せた。
筆頭であるマリエラが、それまで黙っていた口を恐る恐る開く。
「……つまり……彼らはもしや、この森を傷付けてまで進む可能性があると……?」
最悪の予感に凍えた声で問うマリエラに、私はにっこり笑って見せた。
「もう既に物理的排除に入ろうとしている者がいるわね」
「慈悲を!何卒お慈悲を!イファリス様!」
故国の危機に悲痛な声で嘆願するマリエラには悪いが、もう間に合いそうにない。今から飛ばしてギリギリ止められるか否か、というところだ。終始私に送られてくる見張りの小鳥たちの視界映像は、ほぼほぼリアルタイムなのだから。
女神に目通りする手順をきっちりじっくり検討しなかったカランド側の落ち度、とマイナスポイントを付ける算段をしていると。
「……あら?」
状況に変化が生まれた。
縋るように私を見るマリエラが首を傾げる。
ふむ、と私はマリエラの顔に両手を伸ばした。
「!?あ、あの、私御無礼を……!」
「そうじゃないわ。ちょっとじっとしてて」
出過ぎたことを言ったと思ったのか、焦るマリエラを落ち着かせるように言う。緊張した面持ちながらも大人しく従う彼女の額に、私は自分のそれをそっとくっつけた。
反射でぎゅっと目を瞑る彼女の中に、私に伝わる入り口のリアルタイム映像を流し込むイメージをする。
ビクリと肩を揺らす彼女は一瞬の驚きの後、集中するように手を握りしめて呼吸を落ち着かせる。成功のようだ。
そして直ぐに、流れる映像のある一点を認めた彼女が驚愕に目を見開いた。
「うそ……」
その反応にビンゴを引いたと手応えを感じる。
そっと額を離して、私はじっとマリエラの青い瞳を見る。
「心当たりがあるようね?」
私の問い掛けに、俯いた視線を震わせてマリエラは小さく頷いた。
彼女と共有した映像。森を如何にして突破するかを議論する一団の先頭に立つ、若き騎士。
木々の伐採を主張する一部の者を止め、そこから声を張り上げて私に語り掛けるという豪胆なことをやってのけた彼を、誰かがこう呼んでいた。「クロイツェル伯爵」と。
その名前はつい先日、マリエラの口から聞いたばかりだった。
皆の注目を浴びる中、マリエラは震える唇ではっきりと言い切った。
「アルフォート・クロイツェル次期伯爵……私の婚約者に、相違ありませんわ」




