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12. 必要なものを揃えまして

「女神イファリス様ー!商品のお届けに参りましたぁー!」


わざとらしいほど明るい声を張り上げて神殿広場に現れた一行に、傍にいたメイルがびくりと肩を揺らした。




マリエラ誘拐事件―――(もとい)、神官選定の儀式から二日。森の入り口に大きな馬車が止まっていると、朝食の最中に小鳥から報告が入った。

気配を探ると私が授けた通行証の力を感じたので、目を閉じて入り口近くにいる小鳥に意識を巡らせる。

そうして見えた視界には案の定、馬車から降りて森の様子を伺うヤーヴァン会長の姿があった。思った以上に早かったな。


「虎……じゃ、驚かせちゃうわね。鹿辺りを道案内に派遣してくれる?」


私の肩に留まっている小鳥に言伝てを頼むと、心得たとばかりにその場で一飛びしてから、神殿の外へと飛び出して行った。


その様子を一緒に朝食を食べていたメイルとマリエラが不思議そうに見ている。小鳥が私の肩に留まったと思ったら、訳のわからないことをその小鳥に向かって語りかけたのだ。普通なら頭がどうかしたのかと思われるだろう。


それには構わず、手に持っていた食べかけの赤い実を一気に噛み砕いて飲み込んでから、私はその場で立ち上がった。


「来客よ。多分あと20分ほどで着くだろうから、それを食べ終わったら二人とも神殿の入り口まで来なさい」


私の言葉に二人は食べるスピードを早める。そんなに慌てなくても良いのに。


今日は元から来客予定があったけれど、ヤーヴァン商会の来訪は予想外だ。早くてもあと二日はかかると思ってたのに。

まぁ何にせよ、不都合はない。欲しかったものが手に入るのであれば文句はないのだから。




そうして神殿の入り口、階段の上部で二人を従えて待ち構えていると、神殿正面の森の切れ目から一行は姿を現した。

馬の御者であるヤーヴァン会長が私の姿を見るや否や気安く声を上げるので、マリエラはわかりやすく不満そうな顔をする。信心深いというよりは、単純に身分に煩い感じだ。お貴族教育の賜物だろう。


ヤーヴァン会長の声に反応してか、馬車の荷台からリスティルがひょこっと顔を出す。そして私の顔を見てぱあっと明るい笑顔を浮かべるので、何とも毒気を抜かれる思いだ。


「イファリスさまーーーっ!」


元気よく手を振るリスティルに、仕方ないなと苦笑いを浮かべて私も控えめに振り返す。マリエラがどんな顔をしているかはもう想像するに難くない。


馬車を神殿の手前に停めて、一行は揃って整列する。ヤーヴァン会長、リスティル、それにフィニアだ。知った顔ばかりなのは会長なりの配慮なのだろう。


「ヤーヴァン商会、女神イファリスの御所望の品々をお届けに馳せ参じました」


胸に手を当てて会長が恭しく頭を下げると、リスティルとフィニアも揃ってそれに倣う。

私はそれににこやかに頷いた。


「よく来ましたね、ヤーヴァン商会の皆さん」


すっと右手を上げると、私とメイルとマリエラの体がふわっと浮き上がる。

突然のことでメイルは「わっ」と小さく驚いたが、マリエラは意地なのか懸命に平静を取り繕っていた。


そのまま三人揃って一気に下まで降り立ち、ヤーヴァン商会一行の前に改めて向き直る。

無事に地面に足を着けた二人がホッとした様子で胸を撫で下ろしているのを横目に、私は会長の前へと軽い足取りで歩み出た。


「もっと時間がかかるかと思っていたけど、案外早いお着きなのね」

「そりゃあまぁ、女神イファリスという大型取引のお相手なら、何よりも最優先で仕事をするってもんでさぁ!」


胸を張る会長の後ろで、フィニアがわざとらしく咳払いをする。

それに「うっ」と顔色を悪くした会長は、一転して情けない表情で頭を掻く。


「……まぁ、全部が全部用意出来た訳じゃあねぇんですが」

「そんなことだろうとは思ったわ。とりあえず、品物を確認する前に、利口な馬たちに水の1杯も振る舞ってあげなくてはね」


ヤーヴァン会長たちの後ろで大人しく佇んでいる馬に目をやり、メイルに目配せをする。

メイルは頷いて、事前に用意してあった平たく大きな桶を神殿の脇から引っ張り出してくる。

空っぽなままのそれを、馬車を引いて来た二頭の馬の前に置く。

首を傾げる商会一行の目の前で、私は指をぱちりと鳴らした。


その瞬間、ざばあっ、といきなり降ってきた大量の水が桶いっぱいに満ち満ちる。


「さぁ、好きなだけ飲んでちょうだい」

「凄い!どうやったんですかイファリス様!?」


目をキラキラと輝かせてリスティルが私を見上げる。メイルも似たような感じだ。助手は務めさせたが、具体的に何がどうなるかまでは教えていなかったのだから。

純度100%の瞳で見つめられても大したことはしてないので、何だか居心地が悪い。


「近くの泉から水を運んだだけよ」

「指パッチン一つで泉から水を運ぶのは充分凄いんですが」


眼鏡の縁をクイッと押し上げて、フィニアがもっともなことを言う。マリエラも虚無の表情を張り付けて、静かに無言で頷いていた。

女神の常識、人間の非常識ってね。

……あれおかしいな、ちょっと前まで私も人間だった筈なんだけど。


「んんっ……さて、それじゃあ持ってきた品物を見せて貰おうかしら?」


わざとらしく咳払いをして、話を元に戻す。

すると改めて女神力を目の当たりにして呆けていたヤーヴァン会長も、即座に商人の顔に戻った。


「ええ、では早速。……リスティル、フィニア!」

「はいっ!」

「はい」


きちんと返事をしてから、呼ばれた二人は動き出す。

荷馬車の荷台に引っ込んだかと思えば、すぐにひょっこり出てきたリスティルが抱えてきた大きな敷き布を手慣れた動作で素早く広げる。

皺や折れ曲がりのないよう丁寧に整えたところに、続いて来たフィニアが品物を几帳面に並べていく。

再び荷台に引っ込んだリスティルも持ってきた品物を並べ、準備は整ったようだった。


作業を終えた二人が後ろに控えてから、一つ咳払いをしてヤーヴァン会長は品物の紹介を始めた。


「ええ、では、まずこちら。我がヤーヴァン商会が誇る高級寝具、ネフェルテの羽セットでございます!」


向かって左端に置かれた、一番スペースを陣取っている白い塊を会長は指さす。見た感じふわふわの羽毛布団のようだ。

そう、何を隠そう、今の私の寝所には布団がない。現在は就任祝いで譲り受けた布地にくるまって寝ている有り様だ。

正直言って体が痛い。だって神殿は石造り。


ヤーヴァン会長は講談師のような語り口調で語り出す。


「肌触り、質感、寝心地、どれを取っても一級品。寝転がって包まれれば、まるでお伽噺に出てくる天の遣いネフェルテに抱かれているようだと評判の逸品です!さる王族のお方は、これを使うようになってから不眠症から解放されたとか!」


謳い文句は胡散臭いが、会長の後ろでリスティルも胸を張っている。相当自信があるようだ。

ちなみにネフェルテというのは、ここらの神話に出てくる天の遣いの獣の名だ。一部では半人半獣とされているが、専ら白くふわふわで滑らかな毛並みを持った癒しの存在だと言われている。体長は子供の頃にだけ会える不思議な生き物くらいあるらしい。閑話休題。


それはそれとして、そんなに良いものなのか。ふむ。


「マリエラ、聞いたことはある?」


斜め後ろに控えているマリエラに聞いてみると、ちょっとだけ考えてからマリエラは口を開いた。


「……さる王族というのは恐らく、シュナード神領にあるゴルの第三王子のことかと。働きすぎて眠りの遠退いた王子が、ネフェルテの加護を受けて安息を得たと聞いたことがあります」


流石、伊達に公爵令嬢やってない。

マリエラの言葉に頷いて、私は寝具にそっと触れた。

布地は薔薇……ビロードに近い手触りかも知れない。中の羽毛のような材質も合わせて、沈みこんでもしっかり受け止めてくれる安心感もある。これはあれだ、人間……否、女神が駄目になる寝具だ。


「ちなみに今はどの程度流通しているの?」

「そりゃあまぁ、厳選された素材と一流の職人による逸品ってやつですからね。今は上流階級の中でも、それこそ王族にしか卸されていないっていうのが現状ですわな」


なるほど、王室御用達って訳か。現代日本なら人を駄目にするシリーズは結構流通してたと思うんだけどなぁ……世界観が違いすぎるか、そうか。


「で、ですがねぇ……。イファリス様に一つ、確認させて頂きたいことがありましてねぇ」


急に声を潜めて、ヤーヴァン会長は口元に手を添えてひそひそ話の体をとる。


「実はこの寝具の材料が、とある植物を栽培して採れる綿なんですがね……これがまた稀少なもので、今のところデルト山脈の中腹付近にしか確認されていないんですよ。ほら、この森の北にある山脈です」


覚えがある。この世界に物理的に落とされた日に、遠くに見えていたやつだろう。遠すぎてほとんどシルエットしかわからなかったが、それでも結構な標高だったと記憶している。切り立った鋭い頂が印象的だった。


「あの山脈なんですが、あそこはイファリス様の領域にあたりますかね?」

「難しいところね。あの山を境に別の神の領域になってるから」


初日に来た人間のお客様、イズウェルがいた国ユディンガがあの山の向こうにある。山越えをしてまで逃げてきたのだから、彼と追っ手は本当に逞しい。そうまでしたからには平穏な日々を手に入れて欲しいものだ。元気かなイズウェル。

ヤーヴァン会長は残念そうに身を引いた。


「そうですか……あの山脈の領域の所有権がイファリス様であれば、この寝具のお値段やこの先の修繕や買い換え費用も勉強させて頂こうと思っていたんですが……」

「相手を選びなさいとフィニアに言われてなかったかしら」


度胸があると言うか馬鹿というか。女神と人間の金銭感覚を同じと思うな。

呆れた目で会長を見ると、彼は全く堪えた様子はなく軽い調子で笑っていた。


「ははは、いやまぁ冗談で。んで次の商品なんですが……」


何事もなかったかのように商談を再開する会長に内心で首を傾げながら、彼が展開するセールストークに再び耳を傾けた。




* * *




「―――とまぁ、こんなところでさぁ」

「うん。悪くないわね」


寝具に調理器具、調味料に衣類、そして少しの食料。とりあえずは当面困らないだけのものが揃った。特に衣類は、いい加減メイルにちゃんとしたものを着せたかったので大いに助かる。


「イファリスさま、本当にこの服もらってもいいんですか!?」


購入した服のほとんどが自分用だと言われて、仰天すると同時に遠慮がちに困惑していたメイルは、リスティルに一着一着を体に充てられてすっかりテンションが上がっていた。紅潮した頬にキラキラと輝かせた瞳で私を見上げるメイルの後ろで、微笑ましいものを見るようにリスティルがニコニコと笑っていた。


「ええ、勿論よ。その代わりこれからビシバシ働いて貰うからね」

「はい!」


元気よく返事をするメイルに、内心で安堵の息を吐く。あれだけ明るい笑顔を浮かべられるのならば、まず前向きに仕事をしてもらえるだろう。当分は覚えることの方が多いだろうが、それも楽しんで出来れば幸いだ。

となればやはり、問題は寧ろマリエラの方にある。お貴族社会からやって来た生粋のお嬢様。どこまでこの神殿の生活に馴染めるかはわからないけれど、彼女の場合他に選択肢がないも同然なのだから覚悟を決めて貰うしかない。

私の後ろで横目にメイルを見ているマリエラが今どんな表情をしているかはわからないが、この先の課題として改めて胸に刻んでおく。


「イファリス様」


メイルとマリエラに意識を向けていた私に、フィニアがそっと近付いて声を掛けてきた。立ち止まって両手で包んで持っているものを見せてきた彼女に、「お願い」と頷いて見せる。するとフィニアは「では」と一礼してから、うちの神官予定の二人の方へと向かう。

リスティルと服についてのやりとりをしていたメイルと、そんな彼女たちの様子を眺めていたマリエラは、突然自分たちの前に仁王立ちのようにして立ちはだかったアルビノの女性に揃って気が付く。


二人の注目を浴びる中、フィニアは手に持っていたメジャーをビッ!と引っ張って掲げて見せた。


「それではお二方。採寸をさせて頂きます」


キラリと光る妙に迫力のある目力と、有無を言わせない口調。

事前に何も知らされていなかった二人は、仲良く「えっ」と声を揃えるのだった。



あれよあれよとフィニアとリスティルに馬車まで連行されて行く二人を、会長と並んで見送る。

まるで狙い済まして出来たような好機(チャンス)に、私は隣に立つヤーヴァン会長に疑問をぶつけた。


「それで、一体何なのかしら。あんな下手なセールストークじゃ猿も釣れないわよ」

「ははっ手厳しいですな」


胡散臭い軽薄な笑みを浮かべる会長をチラリと見上げると、会長は笑みを消して真剣な眼差しを私に向けた。


「あの貴族のお嬢さん……シュワグナー公爵家のご令嬢ですかい」

「ええそうよ」


隠すことではないので迷わず肯定する。あれだけの衆人環視のもとで拐って来たのだ。街では相当な騒ぎになっていることだろう。


「今代の神官は本物の女神に見初められたって、街じゃ偉い騒ぎですよ。あの日で終わる筈だった祭りがまだ続いてるみてぇだ」


やっぱりな。

想定内の反応ではあるが、もっと知りたいことは別にある。

話の続きを促すと、ヤーヴァン会長は神妙な面持ちでため息と共に口を開いた。


「ところがどっこい、当のシュワグナー家はだんまりを貫いてる。自分の家から女神直々に神官が選ばれたとなりゃあ、相当デカイ顔が出来る筈だ。にも関わらず、当主はあれから家に引きこもって出て来やしない。使用人でさえ口を堅く閉ざしてるって話だ。アンタ、何か知らねぇかい?」

「さぁねぇ」


勿論心当たりがないではないが、下手に流せない情報だ。ヤーヴァン商会には長生きして欲しい。

ヤーヴァン会長は探るようにこちらを見るが、やがて諦めたようにため息を吐いて目線を逸らす。


「ま、良くねぇことだとは何となく察しがついてるがな。とりあえず街じゃ、いきなり一人娘が連れてかれたんで消沈してるんじゃないかってのが専らの噂でさ」

「あら、あの娘一人っ子なのね」

「ええ、だからこそ神官の地位を手に入れて婿を取って、底力を上げようとしてたって話なんですがねぇ」


神官どころか女神名乗ろうとしてましたけどね。

にしても入婿かぁ、たしかそういえば婚約者の話もしていたっけ。


記憶の糸を辿っていると、ヤーヴァン会長は聞き捨てならない文句を付け加えてきた。


「なんでも国力を上げる為に、デルト山脈の資源調査をして可能なら幾らか切り開きたいんだとか。まぁ確かにカランドにも山脈の端っこくらいは通ってますが、豊富な資源が望めるのはもっと東寄りの……」

「何だって?」


世間話のノリで言い出したが、割りととんでもないことだ。

思わず会長の言葉を遮ってガチの目で見上げると、会長は少しばかり狼狽えて詳しい説明をする。


「ええ、その、シュワグナー公爵家はここんとこ落ち目で。わかりやすく落ちぶれちゃいないが、このまま行けば爵位も下がるか、最悪御取り潰しになるんじゃないかって一部じゃ噂になってるんですよ。それで魔法の素養のある娘を神官候補に持ち上げて縁談を取り付けて、その上今まであまり手が出せなかった山脈の資源調査で成果を上げててこ入れを計ってるってお得意さんから聞いたんでさ」

「それは確かな筋かしら?」

「ええ、氏素性もしっかりした王宮に出入り出来る程度のお人で。そのうち王宮相手に商談を持ち掛けるきっかけに出来るかもってんで、かなり念入りに裏は取りましたよ」


信憑性は高い、と。

私は目を細めて頭を働かせる。


何故こんなに気にしているかと言えば、さっき言った通りデルト山脈は北方の神の領域との境目になっている山々だ。実はこの山自体に明確な線引きはなく、言わばあちらの神と私、ついでに言うと若干山脈の端が領域に被っているシュナードとの共同所有物みたいになっているのが現状だ。

別に山の資源をどうしようが人間の勝手ではあるが、三柱の神が絡んでいるこの山脈だけは話が別だ。

多少のことならまだ目は瞑れる。さっき私が買い取った寝具の材料くらいならとやかく言わない。

だがしかし、落ち目の貴族が起死回生の一手を狙って資源調査をするとなると多少では済まない可能性の方が高い。恐らく他に山脈を領地に持つ国々を黙らせる為に、マリエラを女神の依り代に仕立て上げたかったのかも知れない。


私とシュナードはまだ良い。シュナードは良くも悪くも日本人気質で事を荒立てない主義だし、私は自分の領域の問題として然るべき処置が取れる。

しかし、もう一柱。北方の領域を収める彼の神だけは、そうはいかない。何故か。

よろしいならば戦争だ。を、地で行くタイプなのだ。

にっこり笑って町一つ壊滅させる。散歩気分で国を蹂躙する。うんうんそっか、じゃあ死のう?とさっくり王族の首を根刮ぎはねる。

そのくらいのことはやりかねない。多分一番神にしちゃいけないタイプの奴だ。選考基準は一体何だ。一体何が決め手だったんだ。


いやまぁそれはさておき、私がマリエラを拐ったことでその計画は踏み止まっているかも知れない。グッジョブ私。とにかく早いうちにシュナードと相談しよう。


うん、と結論付けた私に、会長はまた新しい情報を教えてくれた。


「ああそうそう、シュワグナー家と言えば。どうやらあのあと直ぐに泥棒に入られたって話ですよ。踏んだり蹴ったりな話ですよねぇ」

「アラソウタイヘンネー」


うふふふふっと笑う私を奇妙なものでも見るように会長は首を傾げる。そして、何かに気付いたように「まさか……」と頬を引きつらせ、それきり黙り込む。

あらやだうふふ、私はなーんにも知らないわよー?

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです!続きを楽しみにしています。 [一言] マリエラが神殿で上手くやっていけるのか気になります。頑張ってほしい!
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