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11. 偽りの代償

知っていた。


知っていた。


知っていて、知らないふりをしていた。



『まさか、マリエラがここまでとはな』



そう溢すお父様の声を聞いたのは、お金を握らせた男に教会から持ち出させた水晶に、私が触れた日の晩のことだった。


私は自分が本当に神官になれるのだという事実に心が昂り、中々寝付けずに屋敷の中を歩いていた。

その時通りがかった書斎で、誰かと話すお父様の声が聞こえてきた。

聞いているのがバレないように、光の洩れる扉の脇に立ち止まったまま、息を殺して耳をそばだてる。


『幼い頃から魔法の素質はあったが、あれほどまでに水晶を輝かせられるとは思わなんだ』

『あの輝きは、珍しいので?』

『ああ、神官としての素質が高ければ高いほどに光が増す。私は先代様の儀式しか見たことがないが、せいぜいが舞台を照らす程度の光だった。歴代の神官の誰もが、その程度のものだったらしい。それがどうだ、先ほどのマリエラの放つ輝きは、まるで太陽かと思えるほどであった』


お父様の言葉に、私は歓声を上げそうになるのをぐっと堪えた。

なんて誇らしい。私が今までのどの神官よりも、一番優れた力を持っているのだ。私がきっと、カランドという国の隅々までを豊かにしてみせる。


舞い上がる私の耳に、更なる驚きが飛び込んできた。


『あれほどの力で神官など勿体ない。マリエラには女神に匹敵するほどの素質があるのだろう』


時間が止まる。

お父様は今、何と仰ったのか。


『女神、ですか……?』

『そうだ。この地から女神の加護が失われてから200余年、未だに現れる気配もない。他の国々にはとうに神々が降りて来ているというのに、我らはいつまで神官の力のみで凌げば良いのだ。来ない神ならばいっそ、我々の手で作れば良い』


神を作る?

お父様は、何を言っておられるのか。


恐ろしい予感が脳裏に過りながらも、私はその場から動けなかった。


『マリエラを、女神の依り代と称すのだ。舞台を整えて力さえ示せば、誰もが信じて疑わないだろう』







「―――――民は本心、神官ではなく女神こそを望んでいるのだから、と……そう、お父様は言っておられました」


定まらない視線。冷えていく体。心臓の鼓動の間隔は短くなり、今自分が息をしているのかさえわからなかった。


自分が知っていることを、目の前の玉座で私を見下ろす女神に洗いざらい打ち明ける。凡そ人とは思えない、見たことのないほど美しく整った(かんばせ)。その深紅の瞳に真っ直ぐに貫かれると、隠し事など自滅の一助にしかならないと直ぐに悟る他なかった。

女神とは、斯くあるものだ。

一時でも自分が女神の代用品になると、―――そしてそれが務まるものと、そう錯覚した己が愚かしく思える。


母譲りの美貌に自信も自負もあった。幼い頃から使いこなしていた魔法の才に、同い年の子の中では頭一つ抜きん出ている自覚もあった。公爵家の娘として、周囲に示すべき立場と役目を全うする思いもあった。

その全てが、彼の女神を前にするとちんけな思い上がりにすら思えてしまう。

私は一体、何を履き違えていたのだろうか……。


私の言葉を全て聞き届けた女神が、はぁと息を洩らす。


「つまり、知っていて貴女は全てを享受していたって訳ね」

「…………」

「まぁ良いでしょう。いくら神官の力で長らえていたとは言え、この領域の国々が次なる女神を渇望していたこともまた事実。貴女という女神の依り代の登場で、国交の切り札にでもしたかったんでしょうし。それは理解するわ」


女神の言葉に、私ははっと顔を上げる。国交の切り札。そんなことまでは考えが及ばなかった。

事の重大さに今更ながら気がつき、己の浅はかさを思い知る。

そうだ、神官ではなく女神を名乗るのであれば、カランドの他にもバランディムとマリスティアにまで加護を回さねばならなかったというのに。


私の顔を見て心中を悟ったのか、無気力に女神は言葉を重ねる。


「まぁ例え他国に加護が回せなくても、女神本体ではなく人間を依り代にしたことで力が落ちた、とかどうとでも言い訳は出来たでしょうしねぇ。そうだとしても、軽率である事実は覆しようもないのだけれど」


呆れたように女神は私を見下ろす。気だるげに見えるその表情も、また美しいと思えるものだった。


しかし女神は、一呼吸の後に姿勢を正して威厳ある態度を私に示す。


「ともあれ、貴女たち父娘が不遜にも女神に取って変わろうとした事実には、残念ながら処罰を下さざるを得ません。幸いにも、貴女の父が本格的に行動を起こす前に私が姿を現したことによって、最悪の事態は免れることが出来ました。このまま無駄な悪あがきさえしなければ、その罰も比較的軽いもので済ませてあげましょう」


女神が下した裁定に、私は安堵の息を呑み込んでひれ伏す。


「……寛大なお心遣い、感謝申し上げます。二度とこのようなことのないよう、私からも父に申し上げておきます」

「殊勝な心掛けね。でもそれは、もう少し後に取って置いても良いわ」

「……え?」


女神に向けて下げていた頭を持ち上げると、彼女は私ではなくどこか遠くを眺めていた。

何を見ているのか。その眼は虚空ではなく、どこか違う場所の何かを捉えているようにも見えた。


けれどそれも直ぐに無くなり、女神はまた私を真っ直ぐに見下ろす。


「さて、では。一応先に言ってあったけど、貴女個人に与える罰を申し付けるわね」


先に言ってあった?

何のことかわからず、困惑して女神を見上げる。


「貴女はこの神殿で、私という女神に直々に仕える直系の神官になって貰います」


―――朗々と響く女神の御言葉に、今日ここに至るまでの彼女の声の数々が脳裏に甦る。


『この娘、我が神殿にて直系の神官とする!』

『うちで雇うの』

『うちの神官候補よ』……


……ああああああああああああああああああっ!!!!


「ああああのっ女神イファリス様っ!」

「あら、初めて名前呼んでくれたわね。何?」

「あっごっご無礼お許しくださいっ!あああの、直系の神官にするというのは本気で……いえ、それよりも、女神直系の神官というのは、国の神殿に仕える神官よりも遥かに高い地位を持つものです!処罰というには、あまりに分不相応ではありませんか!?」


頭が追い付かない。自分が何を言っているのかも定かではない。ただただ、混乱が頭を支配する。

てっきり、神官の位を永久に剥奪されるとさえ思っていたのに!


女神はまた、肘をついて無気力に私を見下ろす。


「とりあえず落ち着きなさい。まずはそうね、確かに私の元で直に働ける人間は稀有よ。本来なら、然るべき手段を以てきちんとした人選を行います」

「では!」

「最後まで聞きなさい。そもそも貴女、自分がここで私に仕えるという意味をわかっているの?公爵令嬢として生きてきた全てを捨てて、出家しなければならないのよ?」


はた、と昂っていた神経が一気に収まる。


出家。それはつまり、俗世を捨てて生涯をこの神殿で過ごすということ。

己の全てを、目の前の女神に捧げなければならないということ。


その言葉を理解すると共に、途端に頭からさぁっと血の気が引いていく。


「今まで使用人にあれこれ世話を焼いて貰っていた貴女が、今度は私の世話をしなければならないのよ。神に仕えるということは即ち、その全てを支えなくてはならないということに他ならないのだから。今の貴女に、それだけの覚悟があって?」


女神の問い掛けに、私は答えることが出来ない。


考えたことがなかった。神殿ではなく、女神そのものに仕える。それはこの上ない栄誉であると共に、己にとって全くの未知の領域なのだとようやく気付かされた。


声も出せずに固まる私に、女神は更なる追撃をかける。


「ましてや今まで、ずっと見下していた寄る辺なき貧民街で生きてきた者が自分よりも上の位に就こうというのだもの。貴女はそれを、受け入れることが出来るのかしら?」


………………………………………………………………………………………………………………………………………………え。


「えっ?」


自分のことだとわかったのか、今までずっと空気のようだった存在の娘が声を洩らす。

衣服と呼べるかもわからない、みすぼらしいボロ布をまとった貧相な娘。隣に並んでいることすら、嫌悪していたというのに。

でもそう言えば、この神殿に着いた時、女神は言っていなかったか。この娘は私の"先輩"になるのだと。


「あ、あの、イファリスさま……それってどういう……?」


神という存在のなんたるかも知らないような娘は、何とも気軽に女神に問い掛ける。

けれども女神は咎めることなく、慈愛を以てこの貧相な娘に答えを返す。


「昨日、泉で体を洗ったのを覚えている?メイル」

「は、はい……」

「あの泉はね、この森の清浄さと私の神力が溶け合った力が染みだしているの。あの泉に貴女が触れた時、何が起こったか覚えてる?」

「えっと……光りました」


娘の返答に、私は耳を疑う。

触れて輝く。それではまるで。


「そう、あの泉にはね。私と相性の良い力を持つ者が触れると、白く輝いて祝福を与える効果があるの。それは恐らく、選定の水晶と原理は同じ」


私に視線を移して、女神は娘に向けていた柔らかい表情を消す。

これは決定事項なのだ。覆すことは出来ない。

それを悟り、腹の底から絶望がせり上がってくる。


「マリエラ・リエ・シュワグナー。貴女をこの神殿に仕える神官に任命します。そして並びに、おなじくカランド国を故国とする貧民の娘、メイル。彼女を神官長とすることを、今ここに宣言します」

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