サーモン・ヘッズを知っているか
サーモン・ヘッズを知ってるか。そうか、なら今からサーモン・ヘッズのことを話したい。今すぐにだ。俺はいますぐに話してやりたい。
俺が昔、サーモン・ヘッズに出会ったときのことを話してやろう。
あれは小高いシャケバッカ山の麓で暮らしていたときだった。その頃、シャケバッカから少し離れたトロサーモン大河付近でちょっとしたいざこざがあってな。それで、軍隊にいた俺も駆り出されて、ちょっとした怪我をしたんだ。なに、今、こんなにも元気なんだから、本当に大したことのない大ケガだった。
まあでも、自分のデケェ身体からあんなにドバドバ血が出てるのを見たのは初めてだったからな。青いガキは吃驚したわけだ。んで、シャケバッカの温泉に湯治をしに来てたわけだ。シャケバッカでの暮らしは五ヶ月くらいだったな。良い暮らしだった。
サーモン・ヘッズはな、俺の世話になってた宿の女将だった。……吃驚したか? だろうな。俺もかの伝説的な戦士のことを、”女将”って紹介されるとは思わなかったよ。でも、考えてみな。サーモン・”ヘッズ”さ。
……もっと吃驚したか? そうだ。鮭頭の大英雄、サーモン・ヘッズは何人もいたんだよ。確かに納得だよな。シャークネス大戦争での話なんて、いくら英雄でも、一人じゃできなかったろうな。
「その剣を振るったとき、東、西、南、北、四箇所に置かれた敵砦が一斉に崩壊した」
だったかな。そりゃ、四人いれば、一人で一つ潰すだけだもんな。
ああ、あと、”英雄は死せず”のおとぎ話も合点がいくな。変わりのヘッズが、死んだ奴の近くからコッソリ出てくるだけでいい。
……サーモン・ヘッズの女将はな、俺に沢山のことを教えてくれた。その頃の俺は兵士だったから、戦い方はよく教わった。それに、山登りと、川泳ぎだな。でも、彼らのシンボルである”サーモンヘッド”の作り方は、最後まで教えてくれなかった。
娘がいたよ。父無し子だとよ。……もちろん俺は、そのことで女将のことを軽蔑したりはしなかった。それを聞くまでに、女将にはすでに多くのことを学んでいたし、世話にもなってたからだ。俺は女将のことを生真面目なお方だと、今でも思ってる。でも、正直のところ気になりはした。それで、俺はこう言ったんだ
「今、娘はいくつですか」
ってな。年齢がわかれば、こしらえられたのが一体どの戦争の頃なのかがわかると思ったんだ。もちろん、わかったところでどうにもならない。でも、若くて青い俺は興味が勝って、聞いちまった。
そしたら女将は、サーモンヘッドをぱちくりしばたかせて、
「もう6つになりますね」
だとよ。6つ! それはお前、”シャークネス大侵攻”の年じゃねえかよ!! あの大侵略! あの悲劇にして我々の勝ち戦!!
で、だ。俺は思ったよ。そういえば、あの頃、サーモン・ヘッズについてある噂があったな、ってな。
シャークネスの親玉が、使いを出してきたんだ。確か名前は……、まあいい。とにかく、男だった。
そいつがな? サーモン・ヘッズと密会を繰り返してるっていう噂があったんだ。なんでも、秘密裏にシャークネスを見限ったとか、逆に、サーモン・ヘッズに取り入って、シャークネスに引き込もうとしたとか。
結末はあっけなかったがな。ある日、そいつは死んだ。首をサーモンにすげ替えられてな。それが誰の仕業なのかはわからずじまいさ。順当に行けばヘッズだろうな。けど、そのとき首についていたサーモンは一尾まるまるだった。だからヘッズ以外がやったんじゃにか、偽造じゃないか、シャークネスに消されたんじゃないか、ってな。
その噂をよく知っていた俺は、女将が答えてくれてから、少しの間言葉を失ったよ。悪い予想もした。仮に、密会の相手が目の前の女将で、もしも、いやもしもの話だが、ちょっとした関わりがあったのかもしれない。
でもよ、戸惑う俺を見て、女将は笑って言ったんだ。
「気になさらずに。私と娘は、上手くやっていますよ」
もちろん嘘だったよ。……その後、娘さんと会った、確かに二人は仲良くやっているようだった。お堂に毎日通って、転写や翻訳を学ぶような賢い子だった。
でも、それ以外のこと、生活については上手くはやれていなかった。特に宿の経営はさっぱりだった。俺が療養のためにそこを利用したのも、実際は人がおらず、静かだったからな。
酒は多かったが、料理は普通だったし、女将も……、戦士としては一流だが、看板としては……、サーモンヘッドが、ちょっとな。生々しい、っていうのが正直なところだ。
ただ娘は美人だったから、あれが手伝ってくれればうまく行ったのかもしれんが、本人が嫌がるのを、サーモン・ヘッズの女将は好きにしていた。大切にしていた、ということかもしれんな。
サーモン・ヘッズの女将と関わりだしたのはその頃からだよ。シャークネスの大本営が潰されたとはいえ、まだまだ不安定な時期だったからな。俺は度々戦地に赴いたし、その度にシャケバッカで余暇を過ごした。シャケバッカは俺好みのいい場所だったし、少しでも女将たちの助けになればと思ってな。
ある日、女将が戦争の様子を聞いてきたことがある。曰く、引退したとはいえ、サーモン・ヘッズとして最近のことも知っておきたい、だとよ。本当に生真面目な女性さ。
その頃、今もアッタ海洋を我が物顔で泳ぎ回ってやがるマンボゥ自治隊が勢いをつけてきた頃でな。正直、兵士としては大変な時期だった。そんなことを話しながら、俺は、なんとなく、「サーモン・ヘッズ」は復活しないのかって聞いてみたんだ。
そしたら、女将は言ったんだ。
「サーモン・ヘッズは死にました。シャークネスを倒し、使命を果たしたのです」
わかるか?
サーモン・ヘッズは死んだんだってよ。まあそうだろうな。若いのに聞いても、それが本当にいた事を知るやつなんざまずいない。英雄さ。もう二度と、戻ってくることはない。「もう私達の時代ではないから」だってよ。まだ俺たちは、戦い続けているのにさ。
それから、こうも言ったよ。
「私達は、新たな戦士を生み出すべく動いています。……いずれ来るであろう、新しく、恐ろしい大戦に備えて。再び、シャークネスのような凶敵が現れても、抗えるように」
__俺はまだ、その言葉を信じている。サーモン・ヘッズは死んだ。俺達の国も奪われた。世界は何一つ、俺達の自由じゃなくなった。
でも、俺は信じているよ。すぐにでもサーモン・ヘッズの意志を継ぐ者が現れる。失っていくだけの戦いは、すぐに終わる。
じきに現れる。生黒い目をした英雄が。
書きたくなったら続き書きます。
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