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北のメガバンク  作者: しぶん銀行
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1、辞令

 日本が世界一の経済大国になった。アメリカを抜いたのだ。四年間戦争をしてコテンパンにやられたあの国に、文字通り一から経済力で勝ったのだ。そして、名画ゴッホのひまわりが日本の保険会社に買われた。ジャパンマネーは世界を埋め尽くすのだ。その世界を埋め尽くすマネーの一端を我が道拓銀が背負わないといけない。北海道開拓銀行取締役として、俺にはその一端を背負う責任がある。今こそ、他行に出遅れないような道内のリーディングバンク、そして地方都市を地盤とする唯一の都市銀行として貸出金の拡大に努めなければならない。

 そう考え、これからのわが北海道開拓銀行がどうあるべきか考えていた時、机の電話のベルが鳴った。

「堂本取締役。頭取がお呼びです。至急頭取室にお願いします」

 電話をとると、それは秘書からのものだった。

「わかったすぐ行く」

 俺はそう言うと、すぐに電話を切り、コート掛けにかけてあった背広を背負って役員室を出た。ふと外を見ると、冬の札幌らしく白い雪がひらひらと舞っていた。日本の景気はまさしく夏と言って過言ではない状態なのに、この札幌は雪の舞う冬だと言うのが妙におかしく思えた。

「まあ、かけてくれ」

 頭取室は、暖房が効いており冬の札幌とは思えないほど暖かかった。大通の一等地に位置する道拓銀役員室からは、大通公園が見渡せる。大通公園をバックに、北海道開拓銀行トップの片平頭取はおもむろに口を開いた。

「堂本君。君が営業本部担当となって何年たつかな」

「八十五年に取締役になって以来、四年目です」

 そう言うと、そうかと片平頭取は言って胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

「ええ。思い返せば、北海道エナジーの新発電所建設や、北洋製糖の新工場建設など、北海道の大きな案件に携われてよかったと思います」

 事実、内地が空前絶後の好景気に沸く中で、堅実なキャッシュを生む案件に携われたのは、とてもいい経験をしたと思っている。しかし、実際内地で大手銀行が大型案件に奔走する中、札幌で内地案件より小さい案件をやるのは少し不満があった。我々道拓銀も大きく内地に羽ばたくべきではないのか。せっかく、東京や大阪にも支店網があるのにそれを生かさずに殺しておくのはいかがなものかと思っていた。

そして、片平頭取は、そんなことを考えていた俺の顔を見て、こう言い切った。

「堂本君。仕事に不満があるだろう」

「いえ。そんなことはありません」

 そう答えると、片平頭取はこう続けたのだった。

「もっと内地で、いや東京で大きな案件に携わりたい。そう思っているだろう」

 驚いた。見抜かれていたのだった。確かに、俺は今の仕事より東京で大きな仕事がしたい。北海道のリーディングバンクとなったこの銀行をこの国の大手銀行に仲間入りさせたい。そのためには、東京や大阪での業務拡大が急務だ。その仕事を自分の手で成してみたい。そう思っていた。

「異動の話がある」

 そう言い、片平頭取は一枚の紙を俺に差し出した。そこには、俺の名前と統合開発部担当取締役という肩書が記されていた。

「統合、開発部……?」

「そうだ。東京においてリゾート開発や再開発事業などの大型案件への融資を担当する部門を新設する。そこの担当取締役になってもらいたい」

 身が引き締まる思いだった。まさしく、我が道拓銀の前線部隊として東京という戦場を大手銀行と戦い、勝てと命令されたのだ。気分はまさしく戦国武将である。今にも札幌から飛び立ち、東京の大手町にある道拓銀東京本部にすぐに出発したい気分だった。

「ただ、担当取締役であって部長ではないから、統合開発部長を決めてもらいたい。側近を一人連れていくといいだろう」

 頭取は、ついさっき火をつけたばかりのたばこの火を消し、そう言った。一人、自分の部下として働き、そして東京という戦場を共に戦えるヤツ。俺には一人しか思いつかなかった。

「営業第一部長の坂本をお願いします」

 そう言うと、頭取は電話の受話器を持ち上げてこう言った。

「営業第一部長の坂本君を頼む」

 坂本は、東京の私立大を出て北海道開拓銀行に就職した変わり者だ。しかし、仕事はよくでき、営業店時代には二割融資残高を増やし、そのうえ優良先ばかりに貸し付けたことで知られている。このような男が部下として配下につけば、これほど心強いことはないだろう。

「坂本君とは長いのかね」

「ええ。函館支店副支店長のときに融資課長でした。それ以来何度か上司と部下としてやってきていますね。彼ほどデキる人材はいませんよ。道拓銀に坂本ありです」

「下馬評じゃ、道拓銀に堂本ありとよく聞くが、その君がそこまで言うとはね」

 片平頭取が笑いながらそう言う。確かに、そう言う話は道経済界でよく聞く。しかし、今までお世辞としか思わなかったし、今もそう思っている。

「いや、私なんてそんな道拓銀に! なんて言われるような男じゃありませんよ」

 そうやって片平頭取と話していると、頭取室の扉をノックする音が聞こえた。

「坂本営業第一部長がお越しです」

 頭取秘書が扉の外でそう言う。

「通してくれ」

 頭取が扉の外に向かってそう言うと、すぐに扉が開き、坂本君が入ってくる。

「お呼びでしょうか。……と、堂本取締役もご一緒でしたか」

「ああ。一つ、大事な話があってね」

 俺はそう切り出した。しかし、ここは単刀直入にさっさと言ってしまったほうがいい。そう思い、坂本君にこう言った。

「俺と一緒に東京に来てくれないか」

 こうして、道拓銀の統合開発部は発足したのだった。


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