出来損ないの姉は婚約破棄される
最初に言っておくと、別にロマンスを信じていたわけではない。
現実に運命の出会いはない。
そんなものは夢物語だ、とさえ思う。
なのにあの人に初めて出会った時、引き寄せられるように恋に落ちた。
そしてそれは、彼も同じだった。
だから、この婚約は上手くいくと思った。
上手くいけばいいと願っていた。
しかし、私のささやかな思いはすぐに打ち消されることになった。
婚約破棄をされた。
それも、あらぬ疑いをかけられて。
「姉さんは馬鹿だねぇ」
強制送還されるように帰ってきた私に、弟のシャルは笑いながらも快く迎えてくれた。
その後ろで、両親は渋い顔をしていたが。
隣国の王妃になると思っていた娘が、不義の疑いを掛けられて帰ってきたのだ。
邪険にされるのは仕方のないこと。
そう思いながら両親へ謝罪の言葉を口にするが、
「私たちはお前のことを信じているよ。……それよりも、シャル来なさい」
優しい声で私を拒絶するだけだった。
シャルは両親に呼びつけられると、小さく肩を竦めて私に笑いかけた。
「姉さん、後でお父様の書斎にお茶を出してくれない? 僕の分もよろしくね」
「分かったわ」
いつものことながら、シャルに厳しい両親の姿は見ていて辛いものがある。
両親の眼にはシャルしか映っていないと分かってしまうから。
「……大丈夫よ」
息を吸い、酸欠気味だった脳内に酸素を送り込む。
『将来有望な弟に、取り柄のない姉』
屋敷を出るまでそう言われてきた。
今日から、その“出来損ないの姉”に戻るだけだ。
「……せめて美味しいお茶を出さないとね」
× × × × ×
伯爵は激怒していた。
「せっかく顔を合わせぬよう遠方にやったというのに、まさか婚約破棄をされて帰って来るとはな!」
姉を責めるような言葉に、僕は目を逸らした。
「しかも、不義だと? どこまでこの家に泥を塗るつもりだ! あぁ、悪魔の子と分かっていれば養子になどしなかった!」
勢いに任せて、机に拳を叩け付ける。
その音に交じり、背後から足音がした。
ドアの外で姉が聞いていたのだろう。
離れていく足音に胸が痛む。
可愛そうな、姉さん。
自分のことを“出来損ないと思い込んで”、本当の愛に気付けないなんてね!
「聞いているのか、この悪魔が!」
「ハハハッ!」
伯爵の表情に堪えていた笑いが止まらない。
あぁ、可笑しい。
「ねえ、お父様。僕ね、いま最高に気分が良いんだ!」
「何だと!」
「……この日をずっと待っていたんだ」
姉さんが僕以外を信じられなくなる日をずっと。