そらとゆきね
少年は空を飛びたかった。
見上げればどこまで続いている空。
時に青く、時に白く、時に黒く。
姿や色を変え、それでも頭上でゆっくりと流れる空。
誰にとっても生まれたときからそこにある。
だから彼にとって、その空に近付こうと思うのはあまりに自然だった。
少年は名を、『そらと』といった。
「なんだ、まだやってるの?」
「当然!ボクは空を飛びたいんだ。」
自分で作った羽を、腕にくくりつけ懸命に羽ばたこうとする少年を見て彼女…。
『ゆきね』はいつものように呆れた顔で話しかける。
そんなゆきねにいつものように熱く持論を語りながらも、その腕は止まらない。
「絶対無理よ、空が飛びたいならさぁ。飛行機とか気球とか乗ればいいじゃん?」
「いつも言ってるけど、ボクは自分の力で空が飛びたいんだ。」
この世界では空を飛ぶだけだけなら、誰にでも出来た。
飛行機や気球、どれもが身近な存在でお金など無くても誰でもすぐに乗れる。
そういったものの力さえ借りれば、空に触れることは誰にでも。
だからこそ、そらとは自分自身の力で空に触れたかった。
「アタシにはわかんないなぁ。」
「ゆきねもきっと、ボクが飛べるようになって一緒に空に連れて行ったら同じように思うよ。」
「そうかなぁ。」
そらとの手につけられた羽、その羽を懸命にぱたぱたと羽ばたかせても無常にも何も変わらない。
それでも、彼は諦めないのだ。
「ボクは絶対に諦めないよ。」
「あーぁ、アタシもなんでこんなことに付き合ってるんだか。」
そう文句を口にしながらも、そらとの近くに座り懸命に腕を動かす姿を見つめる。
空は青く風は穏やかで、ふと思えば飛べるのかも、などとゆきねですら思うような日だった。
「うーん、ちょっと今日はこの羽を改良してみようかな!」
「今日は帰るんだ?」
「明日!またテストしてみるからさ、この場所に!ゆきねもいつもの時間に来てよ。」
「はいはい、ならまた明日ね。」
『ここはこう…』などと夢中になりながら家のほうに向かって歩いていくそらとの背中を見ながら、ゆきねはなぜか少し寂しさを感じ。
「ほんと、バカみたいだなぁ。アイツも、アタシも。」
空は未だ青く、わずかな雲が風に揺れていた。
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「さすがに、今日は無理でしょ。」
昨日の天気とはうってかわって、翌日は朝から暴風雨。
約束したとはいえ、ゆきねは朝から今日はそらとも来ないだろうと思っていた。
「…でもアイツ、バカだからなぁ。」
少し感じた不安は、荒れ狂う空と共に次第に大きくなる。
約束の時間を少し過ぎても風は強さを増し、雨は強いままだ。
『ボクは絶対に諦めないよ』そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
「アタシも、やっぱバカだ。」
ゆきねはレインコートに身を包み、家のドアを開け放って駆け出した。
居るはずなんて無い、そんな思いとは裏腹に足は止まらない。
雨と風でうまく進むことも出来ずたびたび足が止まりそうになる。
それでも進む足は止まらない。
「…ほんと、バカね。」
「あ、ゆきね遅かったね。」
約束の場所。
相変わらずの口調で、いつもの場所で、雨に濡れながら風に吹かれながら、それでもいつものように羽を羽ばたかせるそらとがそこに居た。
「あーぁ、どんだけ心配したと思ってるの?」
「え?」
「なんでもなーい。」
不思議そうに返事をするそらとの近くに座り込む。
なぜか風も雨も、この場所に来てからあまり苦にならなかった。
「なんか飛べそうな気がするんだよね。」
「風、ほんと強いから気を付けなさいよ。」
ぱたぱたと羽ばたかせ、何度か飛び跳ねるそらとを横目に安堵する自分がなんだか悔しくなった。
「あ。」
その時、ひときわ大きな、ひときわ強い風が吹いた。
ビュゥッ
「え…?」
そらとの声と、ゆきねの唖然とする声が重なる。
まるで2人が揃うのを待っていたかのように吹き上げた風。
羽ばたかせた羽と鼓動するように、風に乗ったそらとは勢いよく空に飛び上がった。
「ちょ…そらと!!!」
思わず名前を大きく叫んでいた。
「ゆきね――――――――飛んでるよ――――――――。」
「み、みればわかるわよ!」
大きく空を舞い歓喜するそらとをよそに、ゆきねの心はざわつく。
「ゆきね――――――――すごいよ―――――――――。」
「バカ!降りれないでしょう!!どうすんの!?」
「うわ―――――――――確かに―――――――――。」
ゆっくりとそらとの高度は下降している。
いくらゆっくりとはいえ、そのまま落ちれば大怪我どころではない。
「ど、どうしよう…。」
ざわつく心を必死に抑えながら、ゆっくりと降りてくるそらとの真下へと駆ける。
「ゆきね――――――――降りるよ――――――――。」
「え?どうやって!?」
ゆっくりと風に乗っていた羽を羽ばたかせ、まるで本当に風をつかんでいるように降りてくる。
そのまま地面にゆっくりと近付き。
「バカ!!!」
「うわっ!?」
あと少し、というところで乗っていた風を不意につかみそこねバランスを崩して。
地面に落ちる寸前にゆきねがそらとの身体を抱きかかえ、着地した。
「も…もう…もう!ほんとバカ!」
「いてて、ごめん、ありがとう。」
あはは、と笑うそらとに怒り心頭のゆきね。
「でも、飛べたよ!」
「っ――もう知らない!」
相変わらずそらとの頭の中には空を飛ぶこと、飛べたことでいっぱいだった。
無邪気に笑う姿に、それまでの緊張感の糸が切れたのかついに感情が爆発する。
「ごめん。」
怒りと無事だった嬉しさと、感情が入り乱れてポロポロと涙を流し始めたゆきねに、そらともやっと自分の行為に気付きゆきねに向き合って謝った。
「空なんて…飛べなくていいから…。怪我したら、倒れたら、死んじゃったら…何にも出来なくなっちゃうじゃん。」
「…うん。」
「あーぁ!もう!アタシもバカみたい!」
涙を拭って、未だ収まらない怒りと目の前でこんなに感情的になってしまった気恥ずかしさで目があわせられない。
顔を背けるゆきねをバツが悪そうに見つめ、羽のついたままの腕で抱きしめる。
怒りで硬直した身体の力が抜け、そらとに寄りかかり抱きしめられた腕をぎゅっと掴んだ。
「…でもやっぱり、ボクはゆきねを空に連れて行きたいんだよ。」
「はいはい、もう!わかってるから!でも、本当に…無理しないで。本当に心配したんだから。」
「うん、ごめんね。ありがとう。」
さっきまで荒れていた空の雲の隙間から光が差し込み始めている。
雨も徐々に落ち着き、次第に晴れ渡っていく空。
「次はさ。」
その空を2人で見上げながら、ゆきねがつぶやいた。
「この青空を、アタシも一緒に飛ばせてよ。」
「もちろん!今度こそ!」
抱きしめていた腕を離すと満面の笑みで空を指差しながら、再びいつものように語りだすそらとを見つめる。
「やっぱ、アタシもバカだなぁ。」
そう言いながらも、気付けばゆきねも満足そうに笑っていた。
空、飛びたいですね。
もし飛べたらどこに行きますか?
わたしはどこかに行きたい、というよりは。
ただ空を飛びたい、という思いなのですが。
きっともし空を飛べたら行きたいところもすぐに思いつくんでしょうね。
むしろ身近な人が行きたいところへ連れて行ってあげたい、かな!
わたしもそらとのように、目指す道を諦めずにいきたいものです。
ゆきねに心配かけないようにしないといけないですけどね!




