引退した元賢者、落ちぶれ悪役令嬢とともにダンジョンへ挑む。~この男、賢者モードに入れば異世界最強です~
暖かな日差しを受ける、のどかな平原。
その小高い丘に建つ一軒の小屋。
そこには、かつて世界最強の名を欲しいままにした大賢者――すなわち俺が住んでいた。
俺が賢者としての第一線を退いたのはもう数十年前の話だ。
それ以来、この小屋で隠居生活を送っている。
いや、正確には送っていた。
机を挟んで俺の向かい側に座る、この黒いドレスの女がやってくるまでは。
「さあ、どうなの? わたくしの依頼を受けますの、受けませんの?」
「まあ待て。あんたの依頼についていくつか質問したいことがある。受けるか受けないかはそれからだ」
「質問ですの? ま、いいですわ。お答えして差し上げますわ」
ドレスの女は、どこからともなく扇子を取り出し自らを扇いだ。
扇子には派手な装飾がついていて、とてもじゃないが趣味がいいとは言えない。
「じゃあまず一つ目。あんた、ハリファード家の令嬢とか言ったよな?」
「ええ、そうですわ。わたくしこそハリファード家十一代目当主の娘、フルラ・ハリファードですわ」
「そんなご令嬢がなんでわざわざ俺みたいな男のところに? 現役の賢者や魔術師が他にたくさんいるだろう」
「大賢者ナルオ・ナル……引退したとはいえ、その名は今も有名ですわ。わたくしの護衛としては申し分なくてよ」
「そう、質問の二つ目はそれだ。あんたの依頼は、俺にダンジョン探索の護衛をしろってことだな? あんたがハリファードとかいう名家の出身なら、ダンジョン探索なんて仕事はギルドに依頼すればいい。なんであんたが自分でやらなきゃならない?」
俺が言うと、フルラは少し嫌そうな顔をした。
「文句がおありですの?」
「文句じゃない、質問だ」
「そ、それは……」
言い淀むフルラ。
「何か言えない理由でも?」
「う、うるさいですわね! そんなのあなたに関係ありませんわ!」
「そうか。それならこの話はなかったことにさせてもらう」
「な、なななんでそうなるのよ!」
「言えないような事情を抱えた依頼はお断りだ。俺ももう引退した身だからな。余計なリスクは背負いたくない」
フルラはため息をつく。
そして、
「……からですわ」
「なんだって?」
「家が没落したからですわ!」
どんっ、と勢いよく机を叩くフルラ。
その反動で彼女の胸が揺れる。
……C……いや、Fはありそうだな。
やはり令嬢、栄養状態が良かったということだろうか。
よし。本題に戻ろう。
「没落?」
「そうですわ。わたくしの父が事業に失敗し、あちこちに借金を作ってしまったせいで屋敷は追い出され、今まで仲良くしてきた人にも見捨てられ……だからわたくしは、ダンジョンを探索して宝物を見つけて、家を復興させなくてはならないのですわ!」
「なるほど、話が読めてきた。要するにあんた、賢者や魔術師を雇う金も、ギルドに探索を頼む金もなかったんだな? それで俺のところに来たというわけだ」
「……あなたは、どんな依頼も無償で引き受けてくださるとお聞きしましたわ。それは本当なの?」
「ああ、本当だ。金はとらない」
金なんて、今の俺には必要ないからな。
「では、わたくしの依頼も引き受けてくださりますわね?」
フルラが目を細める。
透き通るような白い肌に金色の瞳。気の強そうな眉。そして、真っ黒な艶のある髪。スタイルもなかなかいい。それから、生地の薄いドレスがフルラのボディラインを強調していて、時々目のやり場に困る。
「よし分かった。あんたの依頼を引き受けよう。ダンジョン探索の護衛だな? 任せておけ」
「よろしくお願いしますわ」
「ああ。ただ、契約書を書いてもらうことになるが、いいか?」
「契約書?」
「そうだ。後から面倒なことになっても困るからな」
俺は魔法で空中に一枚の紙を出現させた。
契約条件を記した紙だ。
「そんなものが必要ですの?」
「お互いのためだ。俺があんたをダンジョンに置き去りにしたり、逆にあんたが俺の邪魔をすることがないようにな」
「……分かりましたわ」
フルラは俺から紙を受け取ると、一字一句見落とすまいとするかのようにじっくり眺め始めた。
俺は、そんな彼女の前にペンを置いた。
「何度見ても一緒だと思うが?」
「……今までわたくしを騙してきた詐欺師たちはみんなそう言いましたわ」
「俺を疑うのか?」
「癖になってしまいましたの。見逃して頂けません?」
気持ちは分からんでもない。
要は、落ちぶれた貴族を餌に一儲けしようって輩に散々痛い目に遭わされてきたんだろう。
「……分かりましたわ。ここにサインすればよろしくて?」
「ああ、頼む」
フルラは俺の言葉にうなずいて、紙にサインした。
「……で、どこのダンジョンに潜るんだ?」
「もう目星はつけてありますの。今すぐにでも出発できますわ」
「了解だ。行こうか」
※※※
フルラに連れられてやってきたのは、俺の住んでいる場所からそう遠くないダンジョンだった。
ここで、簡単にダンジョンの説明をしよう。
ダンジョンには自然にできたものや何者かが故意に作りだしたものの二種類があり、どちらも大概魔物の巣窟になっていることが多い。そしてその場合、多くは貴重な資源や財宝、もしくは失われた技術などが眠っている。
もちろんそれらを手に入れることができれば、人生一発逆転ということにもなるが……当然、魔物によって命を落としてしまうケースも多い。
ハイリスクハイリターン、虎穴に入らずんば虎子を得ずというやつだ。
「このダンジョンか。いいところに目を付けたな」
「あら、ご存じなの?」
「元とはいえ賢者だからな、もちろん知っているさ。このダンジョンは何千年も昔、魔術師たちが技術を集めて作ったものだ。なかなか合理的な造りで、奥に行けば行くほどモンスターも強力になる。そして未だに……」
「そう、未だに最深部から戻って来た者はいないのですわ。だからこそ、莫大な価値の財宝が眠っているはずですの」
フルラの瞳が輝く。
「とりあえず入ってみるとしようか」
ダンジョンは、洞窟のような形状をしている。
造られた当初からこうだったのか、月日が経つとともにこうなってしまったのかは分からない。
とにかく俺たちは、その洞窟の中に足を踏み入れた。
「く、暗いですわね」
「そうか。ならば明るくしよう。ヒカルルヒカル・ヒヒカルル!」
俺の唱えた光魔法でダンジョン内が照らされた。
直線の通路がずっと奥まで続いている。
と、その瞬間、俺の視界の隅で動くものがあった。
魔物だ。
「気をつけろ、敵がいるぞ」
「わ、分かってますわ! どこですの!?」
フルラが辺りをきょろきょろと見渡す。
「後ろだ!」
「う、後ろ!?」
フルラの背後に回り込んだ獣型の魔物は、その鋭い爪でフルラに襲いかかった。
「マモルマ・モルル!」
「!」
甲高い音を立てながら、魔物の体が弾かれる。
俺の盾魔法にぶつかったのだ。
「離れていろ、フルラ」
俺は魔物とフルラの間に割って入り、
「ユ・ルモユル」
火炎魔法で魔物を焼き尽くした。
焦げ臭いにおいが辺りに漂う。
「……大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫ですわ」
振り返ると、フルラの顔は少し赤かった。
「どうした? 攻撃を受けたか?」
「い、いえ、なんでもありませんわ! 先に進みましょう!」
フルラはすぐに俺に背を向け、ダンジョンの奥へ進んでいった。
「おい、待て! 俺を先頭にした方がいい。奥にはどんな魔物がいるか……」
俺が言いかけた時、通路の奥からこちらへ突進してくる影を見つけた。
ほら、言わんこっちゃない。先ほどと同じタイプの魔物だ。
俺はフルラを守るべく、火炎魔法を唱えようとした。
その時だった。
「マフ・クマウ・フク!」
フルラが呪文を唱えた瞬間、ダンジョン中に風が吹き荒れた。
そして俺は見てしまった。
風によってフルラのスカートが舞い上がるのを……!
そしてそこにあったものを……!
言い換えればフルラの下着を……!
「どう? わたくしだってこのくらいの魔法は唱えられますのよ! ……あら、どうなさいました?」
「あ、いや、なんでもない。なんでもないんだ」
一瞬だったが確かに見た。
ピンクだったよな?
レースの刺繍が入っていたようにも見えた。
それだけじゃない、白い太ももとか、お尻のラインとか……。
…………。
「ほら、魔物は倒しましたわ。先に進みましょう。……歩き方が変ですわよ? どうして前かがみになってらっしゃるの?」
「い、いや、本当に何でもないんだ。ほら、行くぞ!」
落ち着け、下半身。
※※※
「さて、だいぶ奥までやってきたな」
あれからしばらく進み、何体もの魔物を倒してきた。
さすがの俺でも、久しぶりの実戦だ。少々疲れてきた。
そろそろ最深部だとありがたいんだが。
「あら? あそこが最後の部屋かしら?」
フルラが指さした先には確かに部屋があった。
そして通路はその部屋に続いている。
「そうか。いい加減魔力も尽きかけていたところだ。早く片付けよう」
「大賢者と呼ばれていた人が、意外に弱気ですわね?」
「久しぶりの実戦だからな。それに……」
「それに?」
「いや、何でもない」
そう、なんでもないんだ。
あの力は、できれば使わずに済ませたいからな。
俺たちは揃って最後の部屋へ足を踏み入れた。
部屋は広く、そして明かりで照らされていた。
おそらくこのダンジョンを造った者たちが設置したのだろう。
千年も光り続けている明かりか。詳しく調べてみたいものだが、今は我慢しておこう。
俺は部屋の中を見回した。
ところどころに白いものが落ちている。
……人骨だ。
「気をつけろ。死ぬかもしれないぞ」
「分かっていますわ。でも、何に? 魔物の影も見当たりませんわよ」
フルラの言う通り、部屋には明かり以外何もなかった。
肝心の財宝さえも。
「まさか、俺たちより先に財宝を手に入れたやつがいるのか?」
「いえ、それはありえませんわ。下調べはきちんとしてきましたもの。まだこのダンジョンには財宝が残っているはず」
「しかし、現に何も残っていないじゃないか」
「そ、それは……」
「少し待っていろ。調べてみる」
俺は探知魔法を使って、部屋の中全体の立体図を空中に出現させた。
そして、気づく。
これは罠だ!
「ナルオさん!」
フルラの悲鳴が聞こえたのと、俺の体が吹き飛ばされたのが同時だった。
俺は壁に叩きつけられ、せき込んだ。
フルラが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だ! それより敵に注意しろ!」
「で、でも!」
フルラの視線が部屋のある一点に集中する。
そこに立っていたのは巨大な人型の魔物――ゴーレムだった。
魔力に反応して召喚されるよう、仕組まれていたのだ。
クソ、迂闊だった。
ゴーレムがフルラめがけて拳を振り下ろす。
一方のフルラは恐怖からか動けないでいる。
――仕方ない。
「マモルマ・モルル!」
盾魔法によって形成された透明な壁が、ゴーレムの拳を弾く。
そして。
「トマルマ・ルマト!」
拘束魔法でゴーレムの動きを止める。
……これで完全に魔力切れだ。もう俺は、今のままでは魔法が使えない。
残された手は、一つ。
「フルラ・ハリファード!」
「……はっ、はい!」
フルラが俺の方を振り向く。
「このゴーレムを倒し、財宝を手に入れたいんだな!?」
「そ、そうですわ! そしてハリファード家を再興しますの!」
「そのためなら何だってするか?」
「当たり前ですわ!」
「よし、分かった」
拘束魔法の効き目が徐々に弱まり、ゴーレムが動きだそうとする。
俺は、フルラに言った。
「だったら……お前のパンツを俺によこせ」
「……は、はい?」
「お前のパンツを俺によこせ! 早くしろ!」
「ど、どどどどうしてですの!? わた、わたくしのパンツを!?」
フルラは顔を真っ赤にして言う。
「契約書にサインしただろ!」
「パンツを渡す契約なんてしていませんわ!」
「果たしてそうかな!?」
俺は最後の力を振り絞り、フルラに契約書を投げた。
フルラがそれを受け取り、眺める。
そしてさらに顔を赤くした。
「『私、フルラ・ハリファードは危機に陥った際、賢者ナルオ・ナルに自らの下着を渡す』……こんな文章、ありませんでしたわ!」
それは当然だ。俺が魔法で見えなくしていたんだからな。
だが。
「そんなことを言っている場合か! 早く渡せ!」
「で、でも! パンツですのよ!」
「お前のパンツと家の復興! どっちが大切なんだ!」
「……!」
「早くしなきゃ俺もお前もここで死――」
言いかけた俺の顔に、投げつけられる一枚の布切れ。
手に取って広げてみれば、それはピンク色でレース生地の入った――フルラの下着だった。
「こ、これで何とかならなかったら! わたくし、貴方を許しませんわ!」
恥ずかしそうに顔を赤らめスカートの裾を押さえながら、フルラが俺に怒鳴る。
「任せろ。元とはいえ、俺は大賢者なんだぞ」
はあ、はあ……ふぅ。
俺は勃ち上がった。
同時にゴーレムも動き出す。
しかし、もう遅い。既に詠唱は終わっている。
ゴーレムに右手を向け、俺は叫んだ。
「【絶対破壊超絶魔法】ッ!!!」
巨大なゴーレムの体が内側から破裂し、そして爆発する。
その爆発はダンジョン全体を揺るがし、最後にはゴーレムの破片だけが残った。
完全な勝利だ。
俺はすがすがしい気持ちでフルラの方を振り返った。
「終わったぞ、フルラ」
「……そうですわね」
「おいおい、そう恨みがましい目をするな。俺は性的欲求を魔力に転換する能力を持っているんだ。この力を利用して大賢者になったんだよ。ああ、契約の内容については謝るが、しかしお前を守ってやったのは事実だろう?」
「……ええ、そのことについては感謝しますわ。ただ」
「ただ?」
「いつになったらわたくしの下着を返して下さるのっ!」
……あ、忘れてた。
俺は右手に握っていたフルラのパンツを、彼女に手渡した。
「…………」
「どうした?」
フルラが唇を尖らせる。
その頬はピンク色だった。
「少しあっちを向いてて下さらない? 下着が履けませんわ!」
「あ、ああ、すまない」
言われた通りに、俺は彼女に背を向けた。
と、その時、天井から何か黄金に光り輝くものが舞い降りてきた。
紙の束のようだ。
それは空中を漂いながら落ちてきて、最後には俺の手の中に納まった。
「……それが財宝ですの?」
フルラががっかりした声を上げる。
「財宝と言うよりは、むしろ古文書……魔導書だな」
パラパラとめくってみると、紙には古代文字で何かが書かれていた。
「読めますの?」
「俺は元大賢者だからな、当然読めるさ。えーと、なになに、『無から黄金を作り出す方法』……!?」
フルラの顔が輝くのを、俺は見た。
※※※
あの一件から数日。
ハリファード家が見事に再興を遂げたという話は、俺の耳にも入ってきていた……のだが。
「なあフルラ。どうしてお前はまた俺の家にいるんだ?」
俺の問いかけに、俺の向かい側に座っていたフルラが顔を上げる。
「あなたは大賢者ですわ。仲良くしていて損はありませんもの。それに……」
「それに?」
「わっ、わたくしはあなたに下着を見られていますのよ。きちんと……せ、責任を、取って頂きませんと」
恥ずかしそうに俺から視線を逸らしながら、照れたように、彼女は言うのだった。
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