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善処的犠牲

作者: 走馬灯

夜十一時、部屋を暗くします。真っ暗な部屋を走り回るが数人。溜めこんだ生ごみを入れたビニール袋がガサガサと乾いた音を立てて、私が借りてるワンルームの中は不気味に賑わいます。

目を凝らすと洗濯バサミがぶらり、ぶらりと蝋燭の炎のようにゆっくり揺れてるのが目に入ります。

もちろん部屋には私以外誰も居ません。虚空のような暗闇に私はただ一人、こじんまりと白いロフトベットに腰かけて部屋を眺めているのです。

頭は天井すれすれに位置し、部屋の中は冷蔵庫のとクーラーの音だけが深夜の静寂を破っています。

しかし、私にはそうは聞こえていません。

この暑い時期は床で寝るとひんやりと冷たいのですが、脱ぎ捨てた服と溜め込んだゴミ中寝ることは困難でした。

トイレが勝手に流れます。唐突なその音に私は驚きもしませんでした。いつもの事ですから。

洗濯バサミが激しく揺れます。

「うるさい」

そう言うとまたガサガサと乾いたビニールの音がするだけでこの一件は終わりました。

今日もどたどたと激しい音がします。

何をしているのでしょう?

彼らの行動を私はこの時気にもしなかったのです。気にしていれば良かった。なんていつか私は思うでしょうか。思ったらそれは愉快ですね。



今日も夜遅く帰ってきて家の中に入ろうと鍵を差し込むと部屋の中から物音がしました。

彼らは私がいない時にもなにかをしているみたいです。

「ただいま」

そう声をかけてしまいます。誰も居ないはずなのに。

電気を点けて、部屋を見渡すといつものゴミ屋敷ですがこの日は一つ変わった点がありました。

キッチンの下の包丁の閉まっているところが開いていたのです。

とうとう私の幻覚であろう者達は包丁を見つけたのです。

彼らは包丁で何をするのでしょうか。

料理などしない彼らが包丁を持つとたぶん起こるのは他殺か自殺でしょう。

彼らにも殺したいほど、消えたいほどに誰かや自分が憎いという気持ちがあるのでしょうか。

私には理解ができません。

私は死にたいと思ったことこそ無いものの、生きたいと思ったこともありませんでした。

いつからか生と死は等しく同価値になりました。

だからこそ、この私の幻覚が私を殺してくれるならそれは人生の最期としてとても良い。

自殺とかじゃなく他人の手によって命を奪われるのです。

「真っ当な死」と言っては少し妙ですが、私には「真っ当な死」としか考えられませんでした。

「愚かな死に方ではなくできるだけ美しい死に方を」それは生と死が同価値になった時からの人生の目標でした。

当たり前といえば当たり前かもしれません。人生とは美しくなければいけませんから。

なので実を言うと私は少しだけ期待していました。私の幻覚は私を殺してくれるかもしれないと。

その日は特に期待して寝ました。この繰り返すだけの怠惰な私の日々に美しく終わりが来るのだと思うと少し嬉しく思いました。例えそれが人生の終わりだとしても私の人生に変化が来ることを望みましたが、その望みは叶いませんでした。

急に命を奪われるかわいそうな私にはなれませんでした。

朝起きて周りを見渡しても部屋に変化はなく、包丁も戻されていた様子でした。

深いため息をついてロフトベットから慎重におりましたのに膝が痺れました。

「今日はどこかへ行ってしまいましょう」

ふと思いつき、小さな声で口にしました。

それは妙案のように思えました。

仕事や人間関係を投げ出してみたくはありませんか?

そうと決まると私の行動は素早く、大きなカバンに必要な物を詰めました。

何日姿を晦ますか分かりませんので、用意は必要以上に多くしなければなりません。

考えてみれば少し不思議ではありませんか?

体とキャリーケースさえあれば何日も満足に暮らせるのですから「私」という人間はこのほとんどが水とタンパク質の小さな体とキャリーケースから構成されるという事です。決して大きくもない物二つにすっぽり収まってしまうのです。

さらに言えば少し高い所から飛んでしまえば私は内容物をぶちまけて死んでしまうのですよ。

そう考えると「生きる」「死ぬ」という言葉から捉える意味は少々大袈裟ではありませんか?

どんな偉い人でもナイフで刺したら死ぬのですからね。

その日から数日行方を晦ましましたが特に心持ちは変わらず、また見慣れたドアの前に立っているのでした。また帰ってきてしまったと思いました。

結局私は私でしかなく環境を変えても何も変わるものはありませんでした。

「居た!お前何してたんだ!」

私の右の遠くから声がしてその方向を見ると会社の同僚の男の方がいらっしゃいました。

「今まで何してたんだよ!」

興奮気味に怒鳴るように仰るその人に私はにやにやしながら「部屋の中で話します」と申したのです。

ドアを開けて「どうぞ」と言うと彼の顔は引き攣りました。

「なんだこの汚い部屋は」と仰るので「まあ、色々」と濁して答えました。

「入って私の話を聞かれるか、聞かれないのかどちらに致しますか」と問いますと「しょうがない、聞く」と仰いました。

ですので、私はここ最近の事を彼に申し上げると彼は呆れて怒ることすら出来ない様子でした。

「おまえそんなんでこれからどうやって生きてくんだよ」と仰いましたのでこれは良い機会だと思いました。

「すみません」と言い、立ち上がりドアの方に行き鍵を閉めました。

彼は「なんで今鍵を閉めたんだ」と仰いましたので「出られては困りますから」と申し上げました。

「何を言ってるんだ」と怒鳴りましたので私は「すみません」と申した後にゴミを掻き分けてキッチンに行き包丁が入っている所を開けました。

「何をしている」と叫びますので私はこう申しました「あの人で練習なさい」


私がいなくなった数日で彼らが包丁での刺し方を練習しないわけがありませんよね。理由は知りませんがきっと私を殺したいのですから。

「うるさいとご近所迷惑ですから声帯を切ってしまいましょうか」と言うと彼らは同僚の喉を切りつけました。

痛い時に痛いと言えない苦しみは想像するだけで身の毛もよだちますね。

ですが練習だから仕方ありません。

彼が悪いんですよ?

「これからどう生きていくんだ」

なんて言うんですから私が軽率に「じゃあここで死のう」などと思いついてしまったんですから。

愉快ですね。

私の番はまだかまだかと待っていると彼はもう動かなくなりました。

私の番です。行ってきます。

前にも書きましたが、いつかこの事を後悔する時が来たらそれは愉快ですね。

ままならないのが人間ですから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい感受性が秘められた作品だと思います。 なにか安部公房の作品を連想します。 話の流れが走馬灯さんの感受性を基調として進められていましたので、何回か読んで幻想的に趣旨が分かる作品だと…
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