第9話 魔神の使者
次の日。
俺は教会から長椅子がゴッソリ無くなった事に関してシスターから説教を受けて居た。
「泥棒が長椅子など持って行く訳が無いでしょう?その泥棒は長椅子をどこで売るんですか?」
「えーっと、其処までは分かりませんが若しかしたら泥棒達で集まりがあって必要だったのかも。」
「貴方、かなり魔法が使えるそうじゃ無いですか?それのに何故黙って見ていたんですか?!」
「その、俺の魔法は破壊力が色々凄くてですね。王都でも屋敷を全壊させた事も有って。」
「なんて野蛮な。所でそこの女性達は?昨晩連れ込んだんですか?」
高齢のシスターは眼鏡を掛けた厳格そう顔つきで女神達を商売女呼ばわりした。確か聖教では女神も敬わっている筈だが良いのか?ペロスの顔つきが変わったが幸いな事に彼女は首についたチョーカーによって力を封印されているので何も出来ない。
「彼女たちは...何者かに追われていたので匿ってあげました。とても疲れていて困っているそうなので暫く一緒に居てあげようと思います。」
トウの顔が一瞬「聞いてないわ」という顔つきに変わったが仕方が無いだろう?
「そう、一つ良い事をしたのですね。では長椅子の件は聖女様に報告だけで済ませてあげます。」
その間サクはじっと女神達を見つめていた。女神たちは弱っていてライフサーチをしても正体がばれる事は無い。しかし俺はサクを見ていると彼女が何か気づているのではという気がして仕方が無かった。
◇
「うーん」
移動の馬車で背伸びをした。
次の宿場町「ウロス」迄はまたしてもガタゴト揺れる馬車の中で我慢である。
仲間の増えた俺たちは城から借りた豪華な馬車をサクに宛がいジュゴスが御者台に座った。
俺たち自身は借り物のボロイ馬車を駆り御者席にはデビとトウが座る。休憩が必要だろうからもうしばらくしたらトウと代ってやる積りではある。
狭い馬車の中で隣にぺロスと隣に丸めた毛布にもたれかかる様な姿勢で眠る女神ハンテが座っていた。
「しかし、馬車代に含め所帯が増えていよいよ金策をやらねばなあ」
「えっもうお金が無くなったの?」
トウが心配そうに馬車の中を覗き込んで来る。金の話しになると良く聞こえる耳を持っている様だ。
「トウ、もし俺が空っ欠になったら如何する?宿のバイトに戻るのか?」
意地悪して聞いて見た。
「マコトには稼ぐ当てがあるんでしょ?じゃないとそんなに落ち着いている訳ない。マコト、稼ぐなら手伝おうか?」
「はっはっはっ。良い心がけだ。ぜひ手伝って貰うとしよう。そうなるとトウにも紹介しておきたい人物がいる。見た目が怖いからって驚くなよ?おいプリーチャー!」
「呼ばれましたかな?主殿。」
「ぎやぁぁあああ!」
トウのデカい叫び声が木霊する。御者台から落っこちそうになる彼女をデビの足の1本がするりと伸びて掴んだ。やばい!前の馬車を操る聖騎士ジュゴスが振り返って見ているでは無いか。ハンテも薄っすら目を開けたが驚いた様子では無い。ぺロスは声を出さずに驚きの表情をしていた。
「おい、驚くなって言っただろう?」
「耳っ耳の中からオッサンが~」
「ああ、自棄に声が近いと思ったらそんなとこから出て来たのか?紹介しよう、プリーチャー。俺たちの秘密兵器だ。」
彼の闇魔法には随分助けて貰っている。秘密兵器と呼んでも大げさには成らないだろう。
「ご主人様、それでは私は何兵器ですの?」
御者席からデビも参戦してきた。
「デビはタコ兵器だな。」
テキトーに答えたが本人は何だか嬉しそうに息巻いていたから良しとしよう。
「馬車の移動時間を使って魔法で飾り物を作ろうと思う。まず取り出したるはこの銀貨1枚。」
トウがサッと手を出すが、その白くて小さい掌をぺチンと叩いてやると何故か嬉しそうに手を引っ込めた。
「デビっ悪いが掌サイズの天使象を作ってくれ。中は空洞で頼む。」
尻尾の先がもぞもぞと動き、小蛸が手足を膨らませるのがスカート越しに分かった。暫くすると小さな天使像がスカートの中から現れた。
「プリーチャー、闇魔法で銀貨を溶かして像の外に薄く張り付けてくれ。よし、そのあと闇魔法を解除する。最後にデビが像を解除すると...」
出来たのは銀製の天使像。俺は何もしてないけどね。
これを銀貨1枚以上で売ればその分が儲けになる。通常、硬貨を溶かしたりする事は通過の価値が変動するので違法とされるので大ぴらには商売出来ないが。
◇
馬車に揺られて着いた街「ウロス」は大きな教会が沢山立ち並ぶ街だった。
街の中央にある古い神殿跡では大昔に聖人が奇跡を起こしたとする泉があり、ここが最初の巡礼地であった。俺たちは革袋を買うと並んで巡礼の証である水を革袋にくんだ。
水はその日の内に飲まないと駄目になるそうで、神殿にはこの巡礼マークが入った革袋を持って帰る。
巡礼の後、街の道具屋にトウを遣わして天使像を3つ売り込んだ所テーマが教会都市にマッチした事と緻密な細工が功を奏し何と銀貨9枚になった。銀貨6枚の儲けだがバンバン作ったら当然値下がりするだろうし如何しようかと考えていたら目の前にトウの白い小さな手が有った。そこに1枚置くと儲けが銀貨5枚に減った。うーむ。
今日も宿は教会に泊めて貰えるが毎回とは限らない。腕組みして考えているとトウとデビが聖堂で騒いでいた。
「二人共こんな時間に何騒いでる。泥棒と間違われても知らないぞ?」
「えっとっ盗ろうなんてしてないよ...」
「ご主人様、私の時代にはこんな大きな物無かったので珍しくて見ていただけです。」
二人が夢中になっていたのは教会の壁に埋め込められた立派な姿鏡だった。そういえば昔はこういう大きな鏡が高かったんだっけ。窓ガラスでさえ高級品だった時代もあったらしいが馬車の窓は勿論、都市の建築物には窓ガラスが普通に使われていたのに未だ鏡は高価なのか?
「欲しければ手鏡くらい作ってやる。」
「本当!嬉しい。」「ご主人様、嬉しいです!」
どうやら女性陣に好評な物の様だ。ならトウや女神様達の分も含めて5つ、売れるかも知れないから10個くらい作ってみるか。
◇
翌朝、窓のガラスが1枚が外された馬車の中で俺とプリーチャーは手鏡造りに挑戦した。プリーチャーが全部実体化すると馬車が狭すぎるので昨日と同じく俺の耳から生えた状態である。もはや見慣れた様で誰も騒ぐ者は居なかった。
鏡を丸く切り取るのは勿論プリーチャー。右手の上にガラスを置くと細い糸の様な闇を左人差し指から垂らして鏡をなぞると奇麗に円形に切り出す。何故揺れる馬車の中でギザギザにならずに奇麗に切れるのか不思議に思う。あっこいつ浮いてるんだ。
ガラスに銀を溶かした闇を薄く引いてサッと闇を引き上げるとアッと言う間に鏡の完成だ。ガラスの平坦度が悪いのか鏡像が波打っているのが気になったので一度銀を剥がしてプリーチャーにガラス表面を平たんにさせた。器用な物で手を2~3度翳して表面をなぞるだけで映りが格段に良くなった。 後は木の板で作った裏板と柄の部分を鏡の丸に合わせた木の輪と組み合わせて手鏡になる。
「ほら、トウの分、デビの分、ハンテさん、ぺロス、最後にサクの分は後で渡すとして残りは次の神殿の巫女さんにでも売ってみるか?此方から売り込むのもあれだからトウにこの鏡を持ってウロウロして貰おう。誰かが欲しいと言って来たら売ってくれ、手数料で1割はお前にやるから。」
「えっ?鏡1個で銀貨2枚もくれるの?」
銀貨20枚で小金貨1枚である。こいつこんな小さな手鏡を小金貨1枚で売りつける積りなのか?恐ろしい奴だ。
「まあ、売れれば1割はやる。その代わり無理強いするなよ?後で困るからな。」
これくらい釘を刺して於けば多分大丈夫だろう。
◇
最初の神殿まであと数時間という所からは急な山道になった。ハンテとぺロスを馬車に残したまま馬車預り所に預けて歩くことにする。老人の巡礼者達は大変だろうと思って見ていると如何やら人を背負って登ってくれる職業の人達が杖を突きながら老人を背負って歩いていた。なるほど、便利な物だ。
エフ王女扮するサクはジュゴスの愛馬の上で揺られている。
ちなみにジュゴスの愛馬は名前をヘイシオーというらしい。白い聖騎士の鎧とお揃いの白馬である。白馬って体力的に如何なんだろうと思ったが、ヘイシオーはきつい坂道を鎧の大男と少女一人を背に力づよく登って行く。先ほど迄ジュゴスが馬車を操作してヘイシオーはゆるい手綱1本だけで並走していたから元気が有り余っているのかも知れない。
疎らな人の列に混ざって2時間以上歩いただろうか?
神殿に付いた。
磨き上がられた白石で作られている神殿の中には多くの巡礼者や巫女の姿が有った。
ここでの証は神殿で販売されているお守りだ。直ぐに購入するとぶらぶら辺りを見学する。
暫く中を見学した後に入口に戻るとトウが巫女や金持ちそうな中年の巡礼者達に取り囲まれていた。
「おい、トウ!お前何をしたんだ。皆さん済みません、この娘が何か粗相を?」
割って入ろうとするが女性達の圧力が凄くておし戻されてしまう。
「アンタ、この娘の主人かい?言ってやっておくれよ、この娘ったらもう1枚あるのに売ってくれないんだよ。私が倍の金額出すって言っているのに!」
「なら私は3倍出すから私に売っておくれ。」「いや私に」「これは売り物じゃ無いんですー!」
如何やら5枚の手鏡はあっと言う間に売れ、この女性達に持っていた自分の手鏡を売ってくれと責められているらしい。
金に煩いトウにしては珍しい事だが自分の手鏡は売りたくないらしい。後で同じのを作ってやるから売ったらどうだと言ったら凄い目つきで睨まれた。逆に俺が手鏡を作れると知った場の女性達に囲まれる始末となる。
「1時間下さい。」
平身低位で頼み込むとその場を逃れ、プリーチャーの能力を駆使して馬車からガラスと木材を取り寄せると神殿の陰で手鏡造りに精を出す。1時間待たされた8人の女性達のイライラは相当な物だったが、3倍出すと言っていた品を定額?の小金貨1枚で買えたとなって上機嫌で皆去って行った。
何でも顔が歪まない所が凄いんだとか。お客さんの場合、多少歪んでた方が宜しく無いですか?とは口が裂けても言えなかったのは言うまでもない。
「さて、これから如何しよう?」
急な下り坂を歩いて馬車まで戻ると窓ガラスの無くなった窓枠へ指を突っ込んだり出したりしながら考える。
「直ぐに次の巡礼地には行かないの?」
「俺たちは囮だから急が無くても良いだろう。麓の街で1日休まないか?」
実はそんな悠長な事を言っている場合では無かったのだが、それは後日知る事になる。
◇
「ぐううう」
魔王城で第一将軍であるオーガウルトラが何者かの手に依って押さえつけられていた。居並ぶ将軍達も拳を握るのみで手が出せない。
「ギュベイ大使。その様な非礼許されませんぞ!」
憤怒しているのはピンク色の肌を持つ魔将軍、メリーナ・メリーだ。
「メリーナ、我々は交渉に来ているのではない。我が主は6大魔王の筆頭、魔神の二つ名を持つヘカトン様。一方俺の学友でもあるが、此方の魔王殿は無冠で負傷中とか?」
メリーナが自身の王を悪く言われて目じりを吊り上げる。
「何が言いたいのです!」
「なあに、この城丸ごとヘカトン様の下部組織として吸収して差し上げようと言うのです。」
「如何に6大魔王と言え、古から続く魔王協定を破る気か!」
たまりかねた茶ローブの男、 ピクタス・グレイ将軍が声を張り上げたがギュベイと呼ばれた男は平然と受け流す。
事実この男には第一将軍であるオーガウルトラを押さえつけるだけの力を持っている。しかし居並ぶ将軍達で一斉に襲い掛かれば...?
無言のアイコンタクトで将軍達がまさに飛び掛かろうとした時、ギュベイはオーガウルトラを放すと一つの提案をした。
「このまま君達を皆殺しにしても良いのだがそれでは折角の戦力が減ってしまう、なのでこうしよう。君たちが探している封印魔法を解除する鍵、即ち聖使徒。それを提供するので引き換えに私の欲する者をくれないか?」