第8話 降臨
偽物のエフを攫おうとしたピンク色の敵は恐らく最初の頃に出会った魔将軍の一人と思われる。後を追いかけた俺だったが結局手がかりも無く森を彷徨う羽目になった。
急いで着替えをしたからなのか夜の森が寒いからなのか。エフに湯冷めするなと言った本人が湯冷をした様で体が熱っぽい。誰か治療師を探してにヒールでも掛けて貰わねば。
宿に戻ると入口の闇の中からプリーチャーの声がする。
「お疲れ様です、主殿。あれから屋敷の周りに罠を張って居ますが敵は襲って来ていません。」
「ご苦労!これは近くの露店で買った食料だ。」
「おお、お気遣い感謝頂います。飲み食いしなくても生きて行けますが食事は楽しい物ですからな。」
えっ?飲み食い無しで平気って生物の範疇を超えていない?
「エフの部屋の飯は食わなかったのか?」
もしそうならば疑われない様に食べに行って於くか?
「既にトウ殿が平らげてましたな。」
「そっそうか...所で食べなくても平気ってお前やデビの体って一体どうなってんだ?」
「食事をとるという事は食事からエネルギーを取り出すと言う行為になりますが私やデビ殿は周囲の空間にあるエネルギーを直接吸収できます故。」
「ふううん便利な体だ。所でこのまま朝まで寝なくても大丈夫なのか?」
「馬車の陰に紛れて寝ながら付いて行きます。」
あっ寝るんだね。そう言えばデビもよく寝ながら寝言で「お空が!」でうなされてた事を思い出した。
部屋に戻るとドアの前にトウが立っていた。
相変わらず襟元の緩い室内着だったが寸胴体形なので色気は感じない。
「おい、小遣いなら明日にしろ。エフの部屋に誰か忍び込まないか見張ってろって言わなかったか?」
「ちゃんとデビさんが見張っているから。デビさん私より全然強いんでしょ?」
「うむ。」
「あの、ちょっとだけ...部屋に入ってもいい?」
上目使いに聞いて来るトウを見て心の中で呟いた。
『バットステータス・サーチ・・・ステータスは正常です。』
ふむ、誰かに操られている訳では無い。
しかしこいつの場合は金で寝返るという可能性も。
『プリーチャー、部屋に戻ってきて暫く俺を警護してくれないか?』
『承知です。今ベットの陰に入りました。』
ドアを開けて手招きしてやるとトウは恐る恐る足を踏み入れて来た。座るところはベット位しかないので二人で小さなベットに並んで座る。
「えーっと、さっきは助けてくれて有難う。お礼を言いたくて...」
「一応旅の仲間だからな。」
トウがお礼を言った事に素直に驚き、少し照れ臭く思ったが努めて平静を装った。
すると会話が止まり沈黙が暫し流れる。
「…」
「あのさあ、アンタ私の事どう思ってる?」
「守銭奴だな。老後の為に頑張っている者とも言う。」
「...あっそう。じゃあ私の老後の為に。ほら?頂戴。」
「なんだ、やっぱりそう来たか。これからもエフの代わりに狙われる事もあるだろうと思うがそういう時は無理せず俺たちに任せるんだぞ?」
そう言って影武者料には安いと思いながら銀貨を2枚握らせてやるとトウは銀貨を持つ俺の手をしっかり握って来た。
「ん?」
なんだろう、足らないのか?
「なんでもない。じゃあまた明日!」
「プリーチャー、ご苦労。悪いがまた宿周辺の警備を頼む。」
「承知。」
トウが帰った後にベットで横になるが微かな残り香が寝つきを妨げる。結局朝までウツラウツラと浅い眠りで体を休める事になった。
◇
「デビって朝が早いのね?ベットに居なかったからびっくりしちゃった。」
トウがデビと仲良さそうにしている。
「昨日早く休ませて頂いたので早起きしました。早朝からお風呂が開いて居たので助かりました。」
実際の所は夜中に忍び込んで体を洗って来ましたと早朝俺の部屋にやって来たデビが話していた。
ここは食堂で只今朝食の真っ最中である。ダミーの部屋には先に食事を届けてある。今頃プリーチャーが美味しく頂いている頃だろう。
トウの方を見ると配膳の後に俺からせしめた500カッパ硬貨を握りしめたまま上機嫌で飯を食っている。まあ、普段通りだ。
「所で、護衛を増やそうかと思うのだが。」
「「男の人?」ですか?」
トウとデビの声が被った。
「いや、風呂でも警護して貰える様に強い女性を呼ぼうと思う。」
二人は顔を見合わせている。何だか嫌な予感がするぞ?
「お金が足らなくなるんじゃない?」とトウ。
「明日からお風呂も同行します。」とデビ
「デビ、まあお願いするかも知れないが無理する事はない。」
何せデビが入る場合は貸し切りにしないと大騒ぎになる。
まあ、助っ人を呼ぶとしてもプリーチャーが徹夜明けなので呼び出す例の儀式は夜に成るだろう。人数が増える際に発生する宿代の当ては昨日考えて於いたから大丈夫だ。
「じゃあ、ご飯を食べ終わったら馬車に集合してくれ。今日は次の宿場町「イコス」に向けて出発する。イコスからもう1回宿場町を経由すればいよいよ最初の巡礼地だ。」
◇
宿場町を馬車が離れると直ぐに山道になった。
道幅は大型馬車1台分程ですれ違うには何方かが茂みに退避しなくてはならなかった。
運悪く貴族同士の馬車が鉢合うと何方が道を譲るかで争いになる事も珍しくないらしい。
そうこうするうちに前方から立派な馬車がやってきた。馬車の前後に護衛の騎馬が居る。聖地巡礼帰りの貴族様だろうか?デビに行って揉める前に急いで馬車を脇へ寄せる。
すれ違う時に相手の馬車が止まった。馬車の窓が開いて美しい妙齢の女性が話しかけて来た。耳にすると穏やかな気持ちになる不思議な声色だった。
「もし、聖地に向かう女の子を探しています。名前は申し上げられないのですが、馬車の中を拝見させて頂けませんでしょうか?」
名前も教えずに問答無用で馬車改め?この立派な馬車を見ればある程度身分が高い者だと想像つく筈なのに。
「そう仰られましても、中にはお忍びで聖地へ赴く方もいらっしゃいますでしょうに。その様な方は中を見られたくない物、せめてお探しの方のお名前でも教えて頂ければ心当たりの有る無いをお答え申し上げますが。」
隣に座ったデビが俺の気持ちを代弁してくれた。
すると先方の馬車から仰々しく降りて来た女性が意外なことを言った。
「失礼しました、そちらに乗っているのは私の姪のエフ王女では無いかと思いまして。」
ん? 姪? エフ王女が?
「あの、失礼ですが、貴方様は」
「はい、エルと申します。職業は聖女をやっています。」
エフの叔母で現聖女のエルさんが俺をまじまじと見ていた。
この感じは...ライフサーチされているな。
お返しにエルさんと後ろに騎馬上で控える騎士達をライフサーチして見たがエルさんは女性にしては高かった。騎士たちも皆HP500前後と人間の騎士にしては高い事が分かった。
「あの方たちは何処の国の騎士様ですか?」
エルさんに聞いてみると彼女はニッコリを笑って誇らしげに説明してくれた。彼らは聖騎士と呼ばれる者達で神殿と聖女を守護する特別な騎士達らしい。
「どの様な敵が襲って来ようとも、彼らが追い払ってくれるので安心できます。」
それは如何だろう?プリーチャーかデビのどちらか一人でで蹴散らせる気がする。まあ、昨日襲って来たピンクの魔族くらいなら4人係りで追い払えるかも知れないが。
何も言わなかった事を肯定と取られたのかエルはニッコリ笑いながら言った。
「偶々近くの街を訪問中に噂を聞いた物ですから迎えに来ました。さあ、エフを此方の馬車へ。」
仕方が無いので白状した。
◇
「成程、そういう事ですか。では私は直ぐに神殿へ戻りましょう。それからこの子はサクと言い私の遠縁に当たります。」
馬車の中から降りて来た二人の少女の片割れが一歩前に出た。エルに似ていた、つまりエフとも雰囲気が似て居る。
「お話を聴く限り影武者にお困りの様ですからこの子を置いて行きます。騎士を一人付けますので必ずや無事に届けて下さいね?」
正直騎士は要らなかったが影武者は有難かった。
「俺たち結構強いので騎士様は不要ですが?」
するとエルに大笑いされた。
「噂の大賢者殿は随分生命力が低いようで。また其方の女性達も普通の方達の様ですね。」
なに?!俺とトウはともかくデビは1万越えのはず。
そう思ってライフサーとしてみるとデビのHPが123と表示された。おかしいので直接見えないが馬車の中の本体にピンポイントでライフサーチをかけると1万近く表示された。
つまりあれか?普段見えている女性の部分は餌だから上手くカモフラージュしているって事か?
「吾輩は聖騎士のジュゴスだ。サク殿の護衛は任せろ」
フルフェイスのバイサーをガシャンと引き上げると純白の鎧の中にはむさくるしい髭を生やしたオッサンの顔が有った。
やだやだこんな奴と一緒に宿に泊まりたくない!
「えーっと、宿は別になるかもですよ?」
「勿論!吾輩はサク殿と泊る!」
『ライフサーチ ・・・HP623 』
この中では一番高いのか。腕に覚えがあるのは良いんだが...
熱血そうなおっさん聖騎士はサクちゃんに厭らしい事する気?などと冗談言える雰囲気では無かった。押し切られる形でサクとジュゴズが仲間に入る。
その夜、宿場町「イコス」に付いた後で聖女が属する聖教会に泊まれるという話になった。そしてサク扮するエフ王女とジュゴスは別棟の豪華な部屋に、俺たちは聖堂の脇にある小部屋に泊めて貰う事になった。
「おいプリーチャー、起きてたら返事しろ。」
誰も居ない聖堂。月明かりの中、独り言の様に話しかけた。
「ふははは、主殿。吾輩はそれほど寝坊ではありませぬぞ。」
「そうか、悪かった。守備を増やそうと思う。又手伝ってくれるか?」
「勿論ですとも。」
暗闇から目の下に隈を作った男の顔がニョキッと生えると引き続き体も出て来た。
「いいか?また浴場で襲われた時に頼りになる人型の女性を呼ぶからそれ以外の時は合図しろ?」
反魂写鏡をプリーチャーの前にセットすると鏡の前にハイゲートを開く。
「いくぞ?むううう美女・美女・美女…」
「主殿、趣旨がズレていませぬか?」
「うっ、美女で強くて美しくて頼りになる感じだけど細身がいいかも?…欲張りハイゲエエート!」
虹色の円が開いた。そこから染み出てくる黒い靄をプリーチャーが反魂写鏡越しに凝視している。
「どうだ?大丈夫そうか?」
竜撃叩を正面に浮かべながら恐る恐る聞いた。
「ご要望通りの容姿ですぞ。」
よし!後はデビみたいに下半身が蛇で尻尾の先っぽに蛸の本体が付いてたりしなけばOK。しかし強い女性と頼んだかのだがそっちは大丈夫だろうか?
「おおー」
出て来た美女を見て思わず感嘆のため息を付いてしまった。
長く美しい黒髪だった。茶髪と金髪が多いこの国に来てから黒髪は珍しいというか初めてである。背格好は小柄だがやや細身の若い女性でスタイルは良い。
着衣は薄手の白い布でスカートの裾は膝丈である。これまたこの辺りでは珍しい。
そして特徴的なのは目元と口元だった。何と言うか艶っぽい、とても魅力的である。
「あっあの。俺マコトっていいます。どれくらい異界に居たんですか?もしも~し、聞こえています?」
反応が無かったので思わずその壊れそうなほど細い肩に手を置いてしまった。
「汚らわしい人間がっ。滅びるが良い!」
細く美しい指先から紅蓮の炎が円を描く様に生まれ豪炎で出来た大蛇が行き成り襲って来た。
予想外の事に体を捻るのがやっとだったが倒れ込みながら後方で炎に包まれたベンチを見て青くなってしまう。
「まずいっ!火は拙いぞ、プリーチャー消せ!」
「承知!」
プリーチャーの闇魔法が轟々と燃えるベンチ達を包むと炎え咲かるベンチを飲み込ん行った。
「ぐあっ、俺が水で消せばよかった!何でベンチが無くなったって言われたら如何すれば良い?!」
そんな慟哭など意に介さず、女性は流れる様な手つきで炎を投げ続けてくる。
「ちょっと、マジで止めてっ!異次元に戻って貰うからね?」
俺はベンチが減って動きやすくなった聖堂を火を避けながら転げまわる。
「人間如きが私を封印するだと?」
「もしかして前も異次元に封印されたの?お願いだから名前だけでも教えてくれない?」
「我が名を称えよ。女神ぺロスである!」
「なにい、女神だって?ライフサーチ!」
戦闘の最中であったが神様のHPがどれくらいあるのか好奇心に駆られた。
おおー、HP33万。タークを超えて最高記録だよ。神様ってやっぱ凄いんだ。
「すげえ!しかしゲート召喚。プリーチャー闇で流し込んじまえっ!」
「承知」
プリーチャーの闇魔法が女神ぺロスを襲いその体を闇に溶かして行く。しかしぺロスは細い体でその場に踏みとどまり技を掛けたプリーチャーが何だか辛そうだ。
「主殿、拙いです!」
「分かってる!こうなったら建物が壊れるがミサイルで...」
「違います!ゲートの向こう側からっ!」
えっ、ゲートから・・・?
そこには既に半分以上実体化した女性が立ち上がろうとする姿があった。うそお?!ゲートってサッカーボールくらいなんだよ、タークじゃあるまいし無理やり広げたのか?そんな事が出来る奴って一体?!
「うおっライフサーチ。げげっ31万ってまさか此奴も?」
もしかしてこのクラスだとゲートをこじ開けるのもお手の物なのか?
冗談じゃない、何で女神がそう何人も異次元送りになっているんだ?責任者出て来いと叫びたかったがもう完全に手遅れである。
もう一人出て来た女性が転がりながら俺たちの背後に回った。プリーチャーは技を解かれぺロスに投げ飛ばされた先の天井で闇と同化した。ぺロスがゲートから距離を取る為お立ち台の方へ駆けだした時、背面の敵が左手を俺に向けると掌を開いた。
そこに高密度のエネルギーを感じ観念しそうになるが、
ギリギリのタイミングで無詠唱のハイ・イージスを展開する。
ごぉっ
守護光盾・ハイ・イージスを容易く貫いたそのエネルギー波は俺の右肩を掠め走っていた女神ぺロスの首元に見事突き刺さった。
なんて馬鹿げた威力だ人間の魔法なんて比じゃない。しかし攻撃した敵はフラフラと前に進むと倒れてしまう。
そしてライフサーチしてみるとHPが109、これでは普通の女性である。一体どういう事だ?
倒れた青い髪の女性を抱え上げ、声を掛けて見る。
「大丈夫ですか?貴方は誰ですか?」
「ぺロスは?ぺロスの封印は?」
先ほど迄暴れていた女神ぺロスの首には緻密な模様が付いた金色のチョーカーが付いていて彼女はそれを引っ張って取ろうともがいていた。炎を投げつけて来ない処を見るとあれで力を封印されたのか?ふと気になってライフサーチをしてみるとぺロスもHP210と人間の女性並みに減っていた。
「封印は...成功の様ですが貴方は?」
見ると女性はぺロスと負けず劣らず美しかった。
「私は女神ハンテ。大神を裏切った嫉妬の女神ぺロスを封印すべく追っていましたが、長い異次元生活の果てに先ほどの封印で力を使い果たした様です。暫く休まないと...」
やはり女神だった。一瞬見たあのHPは見間違いじゃなかったのだ。
「そうだったんですか。助けて頂いたお礼に俺のベットを使って休んで下さい。移動の途中ですが馬車にも毛布を敷かせましょう。どれくらい休めばいいですか?1週間?1か月?」
ハンテは弱々しく首を振る。
「ありがとう。でも人の身には長すぎる年月が必要です。少なくとも200年は力が戻る事は無いでしょう。その間ぺロスを奪いに来る悪神共からどうやって隠れれば...」
「何故悪神が女神を狙うのですか?」
「ぺロスは神から盗んだ反魂の宝玉を体に宿しています。それは言わば神の力。悪魔が用いれば神に近い力を手に入れる事が出来るでしょう。」
それはまた拙そうな話だな
「それではぺロスを異次元に戻しましょうか?」
ハンテは再び首を振ると懇願した。
「私は彼女を連れて戻らねば成りません。それまでは我が一族に掛けられた戒めが解けないからです。
異次元に飛ばされたぺロスを追って意を決して異次元に入りぺロスを探していましたがあそこから出れたのは奇跡の様な物です。
人の身には過度な魔力の持ち主である貴方はさぞかし高名な魔術師なのでしょう。勝手なお願いですがどうか力を貸して下さい。」
ほほう、と言う事は他の女神や神はこの件にノータッチという事かな。うーむ。
「分かりました、私がお二人をお守りします、ハンテ様。」
そう優しく囁くとハンテは少し頬を赤らめながら気を失う様に眠りに付いた。
「主殿...」
いつのまにか復活したプリーチャーがぺロスの腕を引いてやって来る。
その時ぺロスの口が小さく動いた。
「…クリストファー…」
独り言の様なその言葉は明日からの心配に心が占有されていた俺の心の中であっと言う間に流されて行った。不安に押しつぶされそうな俺は思わず弱音を吐いてしまう。
「弱ったな。助っ人を呼ぶつもりが命を狙われている警護対象を二人も増やしてしまったよ。」
俺が頬を掻きながら言うとプリーチャーは何時もの様に明朗に笑った。やっぱり此奴は良い奴だな。