第6話 魔軍進軍
「オーガ・ウルトラ様、敵が逃げました!転移魔法です。」
オーガ達は王都を包囲するために西側から進軍していたのだが南の森に賢者が出現したとの連絡を受け急遽南進した。しかし毒矢で追われた賢者を挟撃する積りがまんまと転移魔法で逃げられてしまったのであった。
「あれだけの攻撃魔法が使えて尚且つ転移魔法までとは…もはや反則だな。」
オーガも呆れた様に呟いた。
「途中で捉えた人間は如何しましょうか?」
「殺せ」
「あの絶壁の上にいる奴らは如何しましょうか?」
指さされた方向を見てみると、地面がそこだけエレベーターの様に盛り上がって、その上に王国軍らしき騎馬兵達が居る。
「放っておけ。全軍予定通り王城へ向けて前進!」
◇ ◇ ◇
そして今俺はエフに感謝しながら牢屋の中で寝転んでいる。さっきは本当にヤバかった。エフが居なかったら本当に死んでいた。
さて、牢屋にいる理由だが不敬罪である。
ひっくり返ったジェイを笑い、エフを呼び捨てにしたからだそうだ。
何やら外が騒がしいが捕らわれた俺はふて寝を継続する事にした。
「マコト殿、マコト殿!」
大臣のニコルがやって来た。黒い燕尾服を来た小太りのおじさんでハンカチで汗をふきふきしている。
「どうしたんだいニコルさん?ここは大臣が来るような場所じゃないと思うけど。」
「はあ、はあ…。それを言うなら賢者様が来る場所でも無いでしょうに。それより魔族軍です。攻めてきました。有ろうことか、またエフ王女の身柄を要求しています。」
「拒否すれば良いんじゃない?」
「そうしてますけど城門が破られそうなんです、今直ぐ来てください!」
◇ ◇ ◇
南大門を挟んで王国の内外は大騒ぎになっていた。家財道具を積んだ馬車が外に出ようとやって来るが門を破壊しようと門外から魔族の軍団が撃ってくる弓矢や魔法弾の爆音に怯え引き返して行く。南大広場は出ようとする者達と引き返そうとする者達でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「城から逃げたい人はこっちのゲートへー!」
仕方が無いので南の草原に接続したリアル転送ゲートを開いてやるとあっと言う間に長蛇の列が出来た。
すみません。出た先の保証は有りませんが...。
やっと門前が空いてきた頃に今度は大門の扉が破られ、褐色の肌にスキンヘッドの一つ目大男達が先の尖った金槌を持って乗り込んできた。その体高は悠に3mは有ろうか?見上げる程でかい。目の前に立たれると足が竦みそうである。
「烈風緑風!」
暑苦しいのでそよ風(竜巻)で優しく門の反対側へ吹き飛ばしてやった。
見ると城の外には城兵の死体が倒れている。先発した防衛隊のメンバーに違いない。
しかしニコル大臣の話では5,000の兵が門前の守備に駆り出されたらしいがそれにしては倒れている数が少なすぎた。
可成りの兵が逃げたという事か?もしそうなら近方から此方に向かっているという1万の増援も当てに成らないかも知れない。
吹き飛ばされた一つ目達が今度はスクラムを組んでやって来た。
面倒だ、門が壊れるかもしれないが後で工兵達に直して貰おうと腹を括っって大魔法を唱えた。
「轟海津波!」
一瞬広場に日陰がさして突如現れた20m級の津波が門もろとも敵を流し尽くす。
1000mは後退したであろう敵兵達は、其れでもぬかるむ平原を必死にこちらに向かって走って来る。先陣は一つ目、続いて黒い鬼の軍勢、その後ろに馬の体に人の上半身が弓矢を構えたケンタウロス達が見えた。皆雄々しい掛け声を上げながら猛駆している。
前回食らった毒矢はヤバかったので今度はしっかりと魔法鎧を展開すると防御を固めて上で攻撃魔法を短縮詠唱する。フル詠唱は長すぎて噛んでしまうので一度も使った事が無い。
「炎原地獄!」
ファイヤダンスの親戚魔法である。一面に炎が展開され突進してきた魔族軍達が逃げ場も無く焼かれる。同時に先ほどの津波による水が一瞬で気化し、蒸発した熱いミストは辺りを真っ白な雲海と化した。雲海の下からは赤い轟炎の絨毯が広がりさながら地獄の様子を呈した。
高温の蒸気に蒸されて黒鬼達が一人また一人と倒れていく。体力の有りそうな一つ目達はそれでも門までたどり着くが、そこで待って居た王国軍の弓矢攻撃に会い敢え無く倒れて行った
一方、毒矢を持つケンタウルス達はその機動力でいち早く隊列を下げた様だった。
前衛を少し崩せたがそれでも城を取り囲む敵の兵力はまだ数万は有りそうだった。数で押され城壁の低いところから侵入されれば街中で迎え撃つのは困難である。
混乱の中で王女を奪いに来られるのが一番怖かった。
睨み合いは止めて早々に大ダメージを与え退けたい処である。
◇ ◇ ◇
「奴め、中々前に出て来ませんね?」
第二将軍である水龍族のブルーは振り返るとオーガ・ウルトラに向かって言った。
「一度毒矢を当てておきながら逃がしてしまったのが大きかったな?奴も相当警戒している。どれ俺が出よう。奴に隙があれば遠慮せず俺もろとも攻撃させろ。いいな?」
そう言って真っ赤な大鬼は入口を大きく開かれた白い天幕を後にした。
小姓の小鬼達が慌てて出てくると荷車に乗せられた重そうな刀を引いて後を追う。
赤鬼神オーガ・ウルトラの愛刀である妖刀’覇斬丸’は長さが2mのあり重さも100kgと破格品である。
只でさえ厄介な怪力を持つこの赤いオーガ。
覇斬丸 の素材は不明だが折れず曲らず硬い骨も易々と切断するその切れ味は彼の戦闘力を倍増させる。
「新賢者出てこい!出て来なければ此方から参る!」
そう叫ぶとオーガ・ウルトラは魔牛アンタレスに跨り突撃した。
◇
俺は真っ黒な魔物に跨った赤鬼の叫びを聞いた。
冗談じゃない。あんなもの真面にぶつかったらピューッと飛んでそのままあの世行である。
「炎原地獄!」
下火になっていた炎が復活し再度辺り一面が炎に包まれるがしかし魔牛とオーガは止まらない。
「弓を撃てー!」
放たれた弓矢は魔牛やオーガに当たると皮膚の表面で止まってバラバラと落ちていく。残念ながらこのクラスになると普通の弓では歯が立たないのだ。
「むむむ、一つ目には効いたのに...」
弓士隊の隊長が悔しそうに唇を噛んだ。
「俺が出ます。後ろから撃たないで下さいね?」
そういって浮遊すると門の前に出た。3m先の足下では紅い炎が勢い良く燃え盛っている。
熱気でHPが減らない様にアストロ・スーツも上書きした。
「うおおおぉぉぉー!」
未だ距離があると思っていたら突如オーガが魔牛の背から跳躍し目の前で斬りかかって来た。
イージスは固定なので門前に置きっぱなしだしこの勢いを見ると魔法の鎧を貫通される恐れが・・・。
「魔界好虫!」
まともに相手をしたくなかったので飛び込んで来たオーガの眼前に大口を開けた巨大な魔界のワームを召喚してやった。
ぐわっっずしゃぁぁーー
大きなワームの口が巨大なオーガを飲み込んだが、額から刀身が突き出てワームは真っ二つに切り裂かれてしまう。
オーガの表情に焦りが見えたのが良い気味であったがが魔界虫程度では足止め出来ないようだ。
「聖層三槍!」巨大な三又の光の槍がワームの体から這い出したオーガに襲い掛かる。
徐々にイージスまで後退しながら魔法を連打する作戦だったが突如横やりが入った。
「懸濁拳骨!」
光る三又槍の横腹に濁った濁流の拳がぶつかり聖槍の軌道をずらされた。術者は分からない。
その隙にオーガは聖槍の切っ先から逃れる。
光る槍は取り残された魔牛を地面に串刺しにした後その圧倒的な魔力で魔牛を焼きつくした。
獣毛が焦げる鼻を衝く匂いに意識を取られかけたが我慢して踏ん張る。
ひゅんっ!
いつの間にかケンタウルスが射程距離まで近づいて来て敵味方関係なく弓を射始めていた。
「雨変時雨!」
今度こそ術者を特定した。青い肌の男が唱えた魔法により拳大の雹が降り注ぎあっと言う間に視界が塞がれた。水と氷は近い族性、先ほどの水魔法もこいつでほぼ決まりだ。しかも鮮やかな青色は以前に何とかレンジャーと見誤った集団で見おぼえがった。赤いのと合わせて魔将軍が二人責めて来たっていう訳だ。
ガンガンとぶつかる氷霰の音がドラムのビートから雷雨のそれへと変わっていく。
多寡が氷と侮っていた訳でも無いのだが、炎や毒に比べると比較的安心して居たかもしれない。しかし魔法の鎧がほぼ弾いてくれるとは言え、ドンドン大きさを増していく雹からのダメージがチリも積もればで積み重なって行く。
「ライフサーチ!」
種族:人間
名前:マコト
HP:95/99
MP:7123/9999
やはり光鎧のお陰で痛くは無いのだが雹で微妙にダメージを蓄積させ続けてられている。
俺は雄たけびを上げた。
「うおおおおー!現次元扉!」
そして目の前の敵から逃亡した。
但し、敵軍ど真ん中の上空50m地点にだ。
「敵だ!賢者だ!」
魔族軍が足下で慌てふためいていた。
ふははは、流石の弓もここまでは届くまい。上空は風速が強く風も寒いが其れを我慢すれば正に安全地帯。
「くらえ!炎原地獄!落天武威!」
巨大魔法を用いて足元の万は居ようかと言う軍勢を頭上からと足元から挟み撃ちで温めてやった。
ボウッ
おっと、魔法の鎧に当たった敵の炎弾が弾かれた。成程、ここまで高く飛んでも完全安全地帯とは行かなかったか。
しかしそろそろ敵には撤退して欲しかった、魔法の鎧の耐久度が心配な頃合いなのだ。
◇ ◇ ◇
「オーガ将軍!敵賢者はわが軍の上空ど真ん中にテレポートして巨大魔法を放った様子。この隙に我らで突進し王女を拉致しますか?」
ブルーが聞いた。
「水龍将軍、王女は任せた!儂は軍団を見殺しに出来ん!奴を追う!」
「ご武運をっ!」
オーガ将軍が戻って来た頃には軍は四散し中央部だけで1万もの魔族が物言わぬ体となっていた。
「おのれぇっ賢者!これでは只の虐殺では無いかっ!」
ホバーリングの魔法を掛けていたのに徐々に浮力を失い高度を下げた俺は内心拙いなと思いながらも耳を小指に突っ込んだ体制で言い返した。
「殺される覚悟も無く攻めて来ている訳でもないでしょう?」
「敵討ち!」
「だーかーらー!攻めて来なければいいだけでしょうがっ
雷電豪樹!!」
「むううん、神化周到!」
初めて見る技だった。突如赤鬼の動きがコマ落としの様に加速し発動中のメガサンダーに対してあっという間に間合いを詰めてくる。まずいぞ!奴は雷撃を1発食らっても耐えきれる。そして次の瞬間俺は斬られ、その攻撃力が魔法の鎧の耐量を超えた瞬間に俺のライフは終了する。
そしてきっと鎧はもう耐えきれないという悪い予感がした。
プリーチャー、奴を呼び出して於けばよかった。デビも連れて来れれば戦力になっただろうに。
俺はとうとう悪い悪寒に耐えられなくなった。
『現次元扉!』
無詠唱で転移魔法を起動させると又もや城の中庭に緊急避難する。
城の中庭に出ると驚いたジェイが座っていた椅子から転げ落ちた。またか?2度目である。何故いつも此処でお茶を飲んでいて、驚くとひっくり返るのだろうか?
そこへ警備兵達を蹴散らして青い魔族が突っ込んでくる。
まあ、サラウンド・サーチでこっち側に行ったのは把握していた。
「相手する積りではいたんだがお前、タイミング良すぎだな?」
息せき走り込んで来た青野郎は牙を剥く
「何を言っている?さあエフ王女を渡せ、渡せば軍は引いてやる。さもなければこの城の者を殺し尽くすぞ」
なんでそんなにエフに拘るんだろうね?ジェイで良ければ喜んで差出しはしないけど、攫われる間くらいは目を瞑っていてあげるのに。
「炎輪捕縛!」
男が喋っている間に炎の拘束魔法をぶつけた。肉がジュウジュウ音を立てる様を目の当たりにして真近で使った事を少しだけ後悔する。
「ぐおぉぉ。ぉ。おー!」
驚いた事に青い魔族の男は拘束魔法を弾き飛ばした。ほほう、強いな?こいつHP幾らだっけ?しかし1回弾いたくらいでドヤ顔はどうかと思う。
「炎輪捕縛」
根を上げなかった相手に敬意を表して少し顔を横に背けた恰好ではあるが捕縛魔法を繰り返す。膨大なMPを盾に我ながら卑怯な作戦である。
「ぐおぉぉ。ぉ。おー! おっ覚えておれ!」
何度目かの捕縛を引きちぎると脂汗を垂らした青い奴はクルリと背を向けると逃走を始めた。
「マコトっ!また助けて貰いました。」
椅子の陰に隠れていたエフが俺の腕に引っ付いてくる。
「何で敵に侵入を許してるのよ!」
ジェイは相変わらず煩かった。
「ジェイ様、その男が私を敵のど真ん中に置き去りにしたのです!」
いつの間に断崖絶壁から生還したのか小うるさい騎士まで居た。
「まあ、なんて可哀そうなマルクス!マコトっ罰よ!後で罰を言い渡すから覚悟なさい!」
何だか面倒だ。出来ればエフの近くに居たいと思うがジェイや魔族軍が面倒で堪らない。思わずジェイに面と向かって啖呵を切ってしまった。
「あのさあ、一応王様との約束はエフを連れて帰るって事で...それはキッチリ果たしたんだよね。エフとは王様を連れ戻しにもう一回行くって約束が有って、それを果たすべく努力はしてるんだけど...それ以外の事って俺にとっては如何でも良いっていうか。分かる?出来れば面倒なので干渉しないでくれる?ダメならこの国から出ていくけど。」
エフは、「そんな事言わないで我国を守って下さい。」とオロオロしたがジェイは何も言わず黙り込んでしまった。大方、早く出ていけとでも思っているのだろう。
◇ ◇ ◇
ジェイの私室にて、
「マルクス、貴方の作戦は強ち失敗では無かったのね。マコトは国を出たがっている。これを利用するの。」
「ジェイ様、どのように?」
「いい?ごにょごにょ…」