第3話 宿娘と召喚
「ごめんください。今日から暫くお世話になる事になった真と言います。」
ここはとある宿屋の玄関。
エフの親戚がやっているという場所だ。
なぜ王族のエフの親戚が宿屋かって?
もちろんそれはエフの母親が民間の出だったからだ。
なんでもあの髭親父とは魔王との争いの中で知り合ったらしい。おおかた怪我したオッサンを美女が発見して家に連れかえるパターンだと勝手に想像する。
エフの母親は優しく美しかったので国民から人気が有ったがエフを生んで間もなく体を壊して亡くなったそうだ。美人薄命とはこの事か。
母親の美貌や優しい気質を受け継いだエフも人気があるのだ何方かと言うと一般民受けが良いらしく貴族連中は王族の血を色濃く受け継ぐジェイを押していると風評魔法が教えてくれた。
...しかし呼んだのに誰も出てこないので暇である。
「おい、自動知識のオーナ君。」
『…何でしょう?その名称は?』
「いや、名前があった方が話しやすいから。君の名前だよ。」
『…』
傍から見たら独り言に聞こえたに違いない。
奥からやっと出て来た宿屋の女将さんらしきひとが引き気味で声を掛けて来た。
「あっあのーお客さん。もしかしてエフ様からご紹介のVIP様でしょうか?」
「ええ、石野 真といいます。スーパービップマコちゃんと呼んで頂いても結構です。ふむ、この宿帳に記帳を?
スーパー…えっ?本名でお願いします?」
渋々漢字で本名を書くと、偉い人の字は達筆で読めないわ...とぶつくさいいながら奥へ引っ込んで行った。
暫くすると小柄な宿の従業員が出て来て奥に案内してくれたが彼女は一旦外にでると庭にある小さな離れに案内してくれた。
「ほほう、小さいながら離れとは...」
働いているのだからきっとエフと同い年くらいなのだろうと思うが随分幼く見える赤毛の従業員は名札に『トウ』と書いて有った。
「お客さんは危ない魔法で屋敷を焼くらしいから他のお客さんとは一緒に泊めれないって。」
見た目に寄らずハッキリ物を言う奴である。
「ぐうっあれは不可抗力なのに...」
「食事とお風呂は母屋まで来てくださいね。お風呂は夜の7時から10時まで、食事は時間が過ぎても来なかったら2時間で捨てちゃうから気をつけてね?」
むうう、偉大な新賢者様なのに全然VIP感の無い扱われ方である。しかも宿屋の癖に朝風呂が出来ないとは大誤算だ!
(まあこの力は元々借り物だしな、偉そうにするいわれも無い。所でオーナ君、周囲を監視する魔法を使いたいのだが...)
『守護観察!』
さっそくオーナ君に教えて貰った監視魔法を無詠唱で唱えるとトウという従業員はニマーと笑った。
「今魔法使ったでしょう?ふふん~、チャームの魔法使おうとして失敗した?当たりね!いけないんだ~エフ王女に告げ口しちゃおうかな?」
「うるさい、誰がお前みたいなカーブに乏しいお子様にそんな真似するか。自意識過剰だ早く仕事に戻れ、行った行った。」
しかしトウはニヤニヤしながら片手を俺に差し出す。
「何だこの手は?」
「案内したからチップ頂戴?チャームの件は黙っててあげるから色付けてね?」
納得いかなかったがこの世界もチップ社会なのかと渋々500カッパ硬貨を1枚手に握らせた。
トウは鼻歌を歌いながら出て行ったが若しかしてこれからベットメイキングして貰う度に500カッパ毟り取られるのか?
ため息を付きながらベットに横になる。
「オーナ君、迎撃ミサイル見たいな魔法ある?そうか大きなハンマー見たいなの」
『直進撃沈が各色と土竜撃叩があります。』
俺は庭に出ると早速エレメンタル・ミサイル(赤)とミニョル・ハンマーを召喚し空中に待機させた。
『又やるんですか~?』
オーナ君が気乗りのしない感じで言葉尻を伸ばす。
「仕方無いだろうエフと約束したんだから。えーっと強い...(前回オッサンと言ったら濃いオッサンが出て来たしなあ。)強い...人型の...強い...何か強いの!ハイゲーエ---ット!」
ゲートが開き虹色の空間から黒い靄が染み出してくる。
人型をしているが少し線が細いか?
ん?髪の毛が長いのか?若しかして女性?助けたお礼に貴方のお傍に...何て言われたらどうやって断ろうか…
「ああー、助けて暮れて有難うございます、貴方に忠誠を誓います。神様、もう悪い事はしません。」
何だか神に懺悔していて出仕が怪しいが金髪ストレートヘアーの奇麗な女性が出て来た。悪い事して封印されたのかな?
その古臭い長そでシャツに萌黄色をしたロングスカート姿の女性はズルズルと俺に突進すると恥ずかし気も無く抱き付いてきた。
うむ、この柔らかい二つの感触は幻では無く現実だ。
その時『ピー』という頭に響く警報音をオートスキャンが発し自動的にエレメンタルミサイルに攻撃指令が下される。
俺は慌てて女性を突き飛ばすと床に伏せた。
突き飛ばされた女性は利き手にナイフを握った状態で横転するが拍子で下着が見えたり何て破廉恥な事は発生しない。
断じて発生しないのだ。何故なら女性の下半身は蛇の様に長く今だゲートの奥まで繋がっていたからだ。
「ちょっと人違いみたいなのでお引き取り願います。」
そう宣言するとエレメンタルミサイルは立ち上がった魔人(女性型)に正面衝突する。ミサイルは物凄い推力を持って魔人を押し飛ばした。
チュポンッ
しまった!
勢い余ったミサイルは目標である小さなゲートを逸れて其のまま魔物を引き抜くと遠く空高くまで飛び去ってしまった。 そして徐々に垂直軌道を取るとまるでロケットの様にドンドン空を駆けのぼって行く。
先ほどのチュポンという音は女性型の本体がゲートから引っこ抜けた音である。という訳でゲートは徐々にだが自動的に閉まっりつつある。
拙いな...飛び去って行く魔物に慌ててライフサーチを掛けた所HP10,011って出てた。源龍王と比べれば可愛い物だが
この国にとっては十分脅威となるレベルと見た。
轟音を聞きつけてトウがやって来たのでこんな事なら先ずはハンマーで叩いとけば良かったと反省しながら慌てて出番の無かったミニョル・ハンマーをしまう。
「何か凄い音がしたんだけど?」
「その割には嬉しそうだな?さてはお前ジェイに何か俺の弱みを握る様頼まれているだろう?」
童顔が声に出さずアッという形に唇を丸めた。適当に言っただけだが当たっていた様だ。
「もうお前にはチップは払わんからな?」
よし、言ってやった!
「そんなあ~、情報を得るまでは宿のバイト代以外お給料が出ないの。ねえお願い、チップ頂戴?」
「知るか、早く仕事に戻れ!」
差し出した手をぺチンと弾いてやるとトウは渋々戻って行った。
ピンと跳ねた特徴的な赤毛が垣根の向こうに消えて行った。ヤバかったのである。もう少し遅かったら落下中の奴を見つかってしまう所だった。
ぴゅうううーという風切り音は既に直ぐそこまでやって来ていた。
ずどおおーーん。
盛大な轟音と地響きを伴い魔人(女性型)が地面に墜落した。
俺は直ぐに魔法で自動機械手を出すと地面深くめり込んだそれの回りに散らかった土をかき集めてそいつの上に土を盛る。
「なに今のっ!」
「直下型の地震だ。地震は2次災害が怖ろしいから余震にも備えてガスの元栓を締めたら広場まで避難しろ!」
ここガス有ったっけ?
「ええっ!大変っおかみさーん!」
トウが走り去ったことを確認するとこんどは土を取り除く。
土の中で完全に目を回している怪物をオートハンドで掘り起こすと泥まみれの長い蛇を引きずりながらそっと部屋に運び込んだ。
◇
「申し訳ございませんでした。今度こそ本当の本当に忠誠を誓わせて頂きます。」
ベットで胡坐を組む俺に女性型が土下座をして謝罪する。
ロングスカートから延びた蛇の様な胴体の先は尻尾みたいに徐々に細まるのだが先端には異様な事に片手サイズの蛸が付いていた。デビルフィッシュとも言われるあの海に居る奴である。
「ていうか、蛸の方が本体って事で合ってる?その人型は餌を取る疑似餌的な?」
「その通りです。どうかお慈悲を。」
この蛸のサイズならハイゲートでなくてもゲートで小さな異次元空間を開けば入りそうだ。人型の部分は切り取って捨てても大した力を持って居ないようだし…寧ろ人型だけ自立してくれれば役に立ちそうな...
「ごっご主人様、目が怖いです。掃除、洗濯、ベットメイキング...何でもしますので斬ったはった無しでここに置いて下さい。」
「何でだ?さっさと逃出せば良いんじゃ無いのか?」
「えっと、さっきのミサイル...色んな色のが屋根の上に沢山待機してましたよね?逃げてもアレで狙ったりしません?」
そうか、屋根の上に隠して於いたつもりだったが空中からだから逆に良く見えてしまったのか。
「何だ、気が付いていたのが...(つまんねえ。)」
「今、つまんねえって言いましたよね?やっぱり殺す気満々だったんじゃ無いですか?」
「もういい、その人型の部分!後ろを向いて服を全部脱げ!」
「なっ名前はデビです!」
「じゃあデビ、少しばかり我慢しろよ?」
デビと名乗る魔人は言われた通り後ろを向くと古めかしい洋服の上着をするりと脱ぎ捨てた。
人型の部分の背中は全く人間のそれと変わらない造りで肌の艶や柔らかい曲線に思わず唾を飲み込んでしまう。
「...」
俺はシャワー魔法と温風魔法でどろどろのデビを頭の天辺から尻尾の先の蛸迄奇麗に洗い流し優しく温風で乾かしてやった。
床が泥水だらけになったのでオートハンドがせっせとモップ掛けをしている。
「ほら、服は洗濯に出して於いてやるからこのシーツでも巻いてろ。お前は今日からここの住み込みな?で仕事は掃除、ベットメイキング、それに秘書的な事から俺の護衛もだ。宜しくデビ。」
疑似餌が余りにも人間そっくりなので何となく殺すのが面倒になった、只其れだけだ。そう自分に言訳をすると俺は汚れた上着とスカートを袋に纏めて母屋に向かってドアを開ける。
ガチャっ
「おいっ、言葉より先に手を出すな!」
「見ぃちゃった~。早速女なんて連れ込んで、告げ口しちゃおうかな?」
黙って懐から取り出した硬貨を1枚握らせると不幸な事にそれは銀貨だった。
「こっこんなに?!ごくり。これだけあれば10個入りの蛸入り卵焼きが10回は食べれる。」
因みに10個入り蛸入り卵焼きは1箱500カッパで売っている庶民に愛されるソウルフードである。しかしこいつ蛸入り卵焼きに飢えるほど貧乏なのか?
少し可哀そうになって来た。今度デビの足を1本捌いて卵焼きに混ぜてご馳走してやろう。いやなにきっと大丈夫。デビくらいタフならば1本位切ってもきっと翌日には生えてくるから。
「その代わり誰にも内緒でこの服を洗ってくれ。」
「ラジャー!」
又しても飛ぶように駆けて行くトウの赤い旋毛を見送った俺は、一つため息を付くとシーツの無いベットに横たわった。そして傍らに座るデビの美しい後ろ髪を眺めている内にいつの間に眠りに付いていた。