第2話 エフの妹はジェイ
王都は久方ぶりのお祭り騒ぎに盛り上がっていた。
行方不明だった王の居場所が分かり(異次元だが遠く離れた異国にいるとエフは国民には説明した。)更には王女が新たな賢者まで引き連れて国に戻って来たからである。
新賢者が”鉄壁の岩魔人ビューコック将軍”を行き成り打ち取り、更には魔4将軍をも退けたというニュースはあっと言う間に王国中を駆け巡り国民は一気に沸き上がった。
すこしだけ昔話をすると、かつて魔王を倒すために立ち上がった国王は賢者として勇者パーティーに入った。
そして彼らは見事、魔王ベルリルを封印する。
しかしその戦いの中で人質に取られたエフ王女と共に国王は異次元に飛ばされ勇者もその力を封印されてしまった。
その後魔王軍の魔将軍達が一致団結し人間の領土を侵略し始めたが勇者と賢者を同時に失った王国は当然劣勢を強いられる事に成る。
今や人間の支配地域は全盛期の1/5程度まで減っていた。
◇ ◇ ◇
御前会議で大臣のニコルさんが広いオデコの汗をハンカチで拭きながら満身の笑みを浮かべて言った。
「いやあ、王女様のご生還だけでも喜ばしいと言うのに、そのうえ新賢者様まで加わるとは何とも有難い事です。」
しかしエフの妹であるジェイが片眉をひん曲げながら立派な椅子の上でで踏ん反り返って(序にその薄い唇もアヒルの様に反り返して)キーキー言った。
「姉上、この自称賢者と言うのは大丈夫なのですか?
聞けば父上の力を譲り受けたとか。
にも拘わらず、昨日父上を助けに行こうとしたらゲートが開かなかったと申したらしいではないですか?」
彼女は妹と言う割にはエフと似ていない。容姿は平均以上だと思うが薄っすらソバカスが有る頬や張りが今一なブラウンの髪の毛など、要するに残念ながら彼女の魅力はエフに遠く及ばなかった。
しかしジェイにはこの国で残された大臣と共に必死に国を守って来たという実績がある。なのでまあ、馬の骨とも分からぬ男を信用できないのも無理は無いと思った。2度目のゲートに失敗したのも事実だしね。
「なんでも異空間では簡単に開いたゲートも此方側から開こうとすると反発が強くて人が通れる程の大きさまで広げられなかったそうなのです。」
「それは口実で実は姉上と国王の座を狙っているのでは?」
うむ、お前の姉上とは仲良くしたいが今の所は国王の座になど興味は無い。
「ジェイ、マコトは身分を明かす前の私を助けてくれました。それも2度です、口が過ぎます。」
王座からエフが庇ってくれたので嬉しくて胸がキュンとした。優しくて可愛くて..いいなあエフって。
すると列席した諸侯の中から一人の若い騎士が一歩踏み出しジェイの傍らに歩み寄ると許可も得ずに発言をする。
「ジェイ王女、恐れながら万が一のこともありますので暫くは監視を付ける事を提案します。」
良いのか?この糞生意気な奴を不敬罪で処刑しなくて。
知らない事ばかりなので近くに立っていた衛兵に風評魔法を掛けて調べてみた。因みに風評魔法というのは人の心の表層を読むことで噂話を知るという一種の読心魔法である。
ふむふむ、こいつは王国騎士で最近北方騎士団長に上がったマルクスという若者だ。美男だが名誉欲が強いという評判らしい。巷ではジェイと恋仲ではと噂されている。うーむ全く興味が湧かない、但し風評魔法はとても便利であるという事は分かった。
「監視など不要です!それに新しい大賢者様に監視など付けたら監視員の生命に保証は出来ませんよ?こっそりやっても無駄です、直ぐに見つかって岩石将軍の様に黒焦げに…」
エフが脅してくれて溜飲は下がったのだがその脅しは逆効果では?
「姉上、私たちだって姉上達の居ない間必死にこの国を守って来たのよ?だから少しは意見も聞いて欲しいの。
不安なのはそんな危ない人を城に置いて大丈夫なのって事、少なくとも暫くは城下に屋敷を当てがって隔離しましょう。私達には城とこの国の安全に関する発言する権利位あると思うの。」
ほおらね?
まあしかしジェイの言い分にも理が有るので、ここは大人しく従うが吉であろう。
エフも同じ事を思ったのか諦めてその提案を飲んだ。こちらが『気にしないでいいよ』とエフに目配せを返すと如何やら通じた様で小さく頷いてくれた。
◇ ◇ ◇
翌日
俺は城下の閑静な屋敷の一室で一人佇んでいた。
いや、静かに集中しているのだ。
『ゲート!』
空間にベイブレード程の小さな虹色の光が現れ、それを起点とした1本の横筋がアタッシュケースの様に音も無く口を開けた。
しかし何度やってもサッカーボール位にしか成長しない。この世界ではゲートを閉じようという圧力が向こう側からでの比では無く強いのだ。
「この大きさじゃあなぁ。手か足しか通ら無いからあのオジサン…じゃないや、国王様を助けに行けない。まいったなぁ」
そう、脱出の際に後で国王を助けに行くとエフと約束したのにゲートが上手く開いてくれないので試行錯誤していたのだ。
ため息を付きながら目を閉じるとライブラリーにはもう一つ書きかけの呪文『ハイ・ゲート』と言うのが有るとオーナ君が教えてくれた。
あっオーナ君と言うのは王様から貰った自動知識君の事だ。呼びづらいのでそう名づけた。彼が言うにはハイゲートは国王が異次元で試行錯誤していた魔法で詳細はオーナ君にも分からないと言う。
暫く術式を眺めたところ大きいゲートという意味では無い様だ。どうやらイメージする存在をサーチしてその近くでゲートを開くといった便利な魔法らしい。恐らく彼はこれを完成させてエフの近くに飛ぼうとしていたのだろう。
だが術式が最後まで完結していない。ダメ元で最後の方を適当に書き足して試してみる。なあに見た事も無い記号の組み合わせだがトライ&エラーで適当に何度か組み合わせていれば...
「まずは探したい人のイメージを強く意識するっと。えーっと、強いおっさん、強いおっさん、超檄強力頑固親父、ハイ・ゲート!」
ゲートと同じくサッカーボール位の穴が開いた。其処から大きく成ろうと頑張っている風であるのだが、やはり外の反発が強いらしくて成長が止まってしまった。
しかし虹色に光る縁を摩って「おおきくなあれ」と応援していると少しずつ大きくなってきたでは無いか。嬉しい事に最終的にはゲートの時より二回りは大きく開いてくれた。
後少し広がれば大人の男性も通れる様になるかもしれない。
よしよしと穴を覗いてみる。
内部は嘗て漂っていた時に見たのと同じ虹色の光景が揺らめいていた。
’ガッ’
突如穴の向こう側からふたつの靄が現れた。それは意識を集中して視認するとゴツイ両手らしき物に感じられる。
そしてその両手らしき物は穴の両端を鷲掴みにして拡げようとしていた。
まだこちら側で完全に実体化していないので虹色の空間に揺らめく体も黒い影という感じにしか見えない。この状態で国王かどうかなど分からないがあんなゴツイ手をした人間ってどうなんだろうと心の中で呟いた。
如何した物かと思案していると、驚いた事にそいつは本当に力任せで穴を押し広げるとひょいと上半身を潜り抜けた。そしてひざ上まで此方に出て来たそいつは突如くっきりと現実世界に物質化したのであった。
「ふっふはははは!ようやくだ、ようやく出れたぞ!」
ふうっ、やはり外れだった。しかし送り返そうと再度ハイゲートを唱えた時に衝撃の事実を告げられた。
『ハイゲートを多用すると空間が不安定になるので1日に1回という制限がかけられています。』
まいったなぁ、ゲート魔法じゃ小さすぎて押し込めないじゃん。如何しようかと思案しながらも取り合えず目の前のオッサンに文句を言った。
「お前誰だよ。勝手に人のゲートから出てきて。」
実体化した茶色い肌の男は30歳位に見える。古めかしい形式ばった服を着ていて何だか手がゴツイ。黒マントまで羽織っているがいつの時代から来たんだ?
「なんだ人間の小僧。我は源龍王ターク、お前ら人族や魔族と言った蛆虫共が生まれる遥か昔からこの地を支配してきた源龍の王だ。死ねい!」
「あー、もう。めんどくさい!」
そう叫びながらも無詠唱でライフサーチを掛けて見るとダークのHPは10万を超えていた。えっ?
10万とは異次元の住人が相応しい反則的な量である。こちらはHPが99しか無いなので先ずはシールドを展開し更に体の周りに頑強な防護魔法を張った。
「守護光盾 さらに、絶対防護」
目の前では見る見る内にタークが巨大化し大型の肉食恐竜に変形した。そいつは大きく割れた口をぱっかりと開ける。
’ごごごごーーーー’
肉食竜に似た大きな口から炎のブレスが襲って来た。
怪獣か? 一体どんな内臓をしてるんだ。
だが俺の目前に張られた光の盾が灼熱の炎をみごとシャットアウトすると轟炎を難なく跳ね返した。
流石は最強の盾である。しかしお陰で部屋中が瞬く間に火の海と成った。
それを見て次からは屋外でやろうと心にメモして前向きに気持ちを切り替える。業火によって燃焼を通り越しアッと言う間に炭化していく室内で、炎に食われた酸素が無くなり宇宙空間ですら活動可能なアストロ・スーツ無しでは今頃窒息死していた処であったと気づく。
Ok、流石良い選択だった。これでさっきの失敗は帳消しだなと自分を褒めて於いた。
さて、熱が薄いガラス窓を溶かすと灼熱の炎は酸素を求めて生き物の様に窓の外へ飛び出すと、轟々と音を立てながら赤い炎を噴き上げた。
長期戦にしたく無かったので極大攻撃魔法で応酬する気だが敵の攻撃には色々と気を付けなければいけない。何せHPが99ではあの太い尻尾が掠っただけであの世行なのだ。
「聖装三槍!」
突如屋敷上空に現れたのは巨大な光の三又槍。それを右手で操ると敵に向かって思いっきりぶつけた。光の巨槍が屋根を突き破り敵を頭上から襲うと、崩れた屋敷の欠片が滝の様にアストロスーツに当たって弾かれていった。
『トランスフォーム、アンキロサウルス』
タークがそう叫ぶと彼の背中から黒い半球が次々と生成されて行った。それは逆回しのドミノ画像を見る様に表皮を駆け巡り背も腹もぐるぐると走り抜け一瞬でタークの全身が硬い球体で出来た鎧で覆われる。
’ずしゅっ!’
それでも聖なる槍はその鎧を削り、ダークの背中に刺さった状態で止まった。
「ぐおおおお!」
ダークは血を流しながらも体を捻った。
’ガガガガガッ’
尻尾の一撃で屋敷の一階部分が大きく崩れ屋敷の上階が半壊する。
更にダークのしっぽの先端には大きな瘤の塊が出来ており、それが屋敷を薙ぎ払った後にイージスを豪打した。
’ゴッ! ガッシャーン’
「げっ!イージスを壊せる攻撃ってどんな物理攻撃なんだ? 浮遊!」
あわてて宙を舞うと一旦距離を取った。しかしこちらの魔法はこれで終わりではない。
「至天炎塔」
こいつは国王秘蔵の魔法だ。脳内ファイルにも『危険、取り扱い注意』と書いてあった飛び切りの攻撃魔法で、詠唱と共にMPが2000程ごっそりと持って行かれ一瞬立ち眩みがするるが足に力を込めて必死に踏ん張った。
ポトリ。
天から一粒の火種がダークの頭上に落ちた。
その火は芽吹くと共にボッと火柱となった。かと思うと瞬く間に千年杉サイズの轟炎柱が天に向かって吹き上がった。
’グギャアァァ’
炎を吐くぐらいだから火耐性はあるのだろう。しかし自動知識の解説によると炎柱の中心温度は何と8千度、どんな金属だって持ちはしない。まして生物など...
『…フォーム…』
しかし黒焦げの表皮を再生しながらダークは首長竜の様に変形し首を伸ばすと炎柱から顔を出し息継ぎをした。そしてこっちに向かってブレスを吐いて来た。
俺は急いで走って逃げながら再度イージスを展開する。
『守護光盾』
ヤバい、MPはまだ大丈夫だが走り回ると体力が...
ダークの攻撃を避けるために転がりながらイージスの陰に駆け込むと此方の炎柱のコントロールが外れて、もがき回っていたダークが炎から逃げ出した。
ふむ、逃げられてしまった。そもそも轟炎柱に捕まって10秒以上相手が動き回る事など想定していないのでこれは仕方がない事としよう。
「ライフ・サーチ!」
一瞬目を疑った。
「げっ未だ5万以上残っている。お前どういう体しているんだ普通はもう死んでるんじゃないの?」
思わず愚痴が出てしまう。
しかしこれは不味い。こっちは1撃でもやられてしまうのに対して最強の防御は壊されるし、最高の攻撃でも倒し切れていない。
「きっ貴様!弱った体でなければ必殺技でこの町ごと消し去ってくれるのに。」
「町…はっそうだ!普通にバトルしてたけど、ここ壁の外は町の人が住んでるじゃないか!」
「この借りは必ず!……トランスフォーム…」
タークは突如最初の人型に戻った。そしてなんとそこから羽の付いた不格好な鳥に変化して空へ逃げ出したのだ。
折しも巨大な火柱や大きな衝撃音を聞いて町の人々が集まって来た頃であり、彼らが邪魔をして攻撃魔法が打てず追撃は諦める他無かった。
◇ ◇ ◇
「何故屋敷内であのような危険な魔法を使ったのです!?」
王城に呼び出されると目の前でアヒル口のジェイ第2王女がご立腹である。残念だなあ、もう少し唇にボリュームがあれば好みなのになあと失礼な事を考えつつ退屈な説教時間を紛らわした。
今俺は審問会という名のバッシング会議で言葉という角棒でもって連打され続けている。余りの激しさに意識が朦朧としてガードが下がって来た錯覚に陥る。
もちろん此方にも非は有る事は認めよう。
なんたって源龍王タークを呼び出して逃がした事は痛かった。えっ?もちろん内緒にしているよ、だってばれたらすごく怒られそうだし今度探して始末する心算だし...。
「使わないと忘れるので...私有地内だから問題無いかと。」
「ダメです!王都内はハイレベル以上の攻撃魔法は禁止になってます。屋敷の執事やメイドが募集中で未だ誰も居なかったから幸いとは言え、全焼ですよ!全焼‼」
俺が使ったのは全てレジェンドレベルで一般人なら牢屋行きらしいがそもそも一般人がそんな高位な魔法を使える筈も無い。
「緊急事態でも?例えばエフが攫われそうになったとか?」
「ダメです、ダメ!ダメな物はダメです!
とにかく今度王都で危ない魔法を使ったら追放ですからね!」
追放したいだけじゃあないのかと思ったが仕方が無いのでしぶしぶ了承するとジェイ王女は満足そうに重ねて言った。
「今度やったら、本当に追放 ですか・ら・ね!」
アヒルの様に煩いジェイの口元に思わず「グアグア」とアヒル語でイェッサーと返しそうになったが必死に飲み込んだ。
(つづく)
本日もう1話投稿する予定です。