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第16話 勇者ルーガス

「これは聖女様」


 ここは聖女の神殿、その奥の白い一室である。


 「あらアルベール、私は既に聖女を引退したのよ?

 いつも看病を有難う。あっそのまま居ていいから、今日は昔のメンバーを連れて来たの。」


 最近小じわの増えたエルは笑い泣きの様な複雑表情でベットに横たわる愛しい勇者を見る。


 「これは、賢者様!無事ご帰還との報は耳にしましたが本当にお久しぶりです。」


  オルセス王はアルベールと呼ばれた白衣の男性の手を取り挨拶をするとベットの傍で跪いた。


 「ルーガス」


 オルセスの胸中には魔王との最終決戦がつい先日の様に思い起こされていた。


 ◇


 「特攻とは言え良くぞここまで辿り着いたものよ、褒めてやる。」

 

 薄暗い魔王城の王の間。


 王国精鋭軍が各地の魔王軍拠点を攻めている隙に敵の本丸に攻め入る。大胆な作戦を可能にしたのは希代の魔術師、大賢者と名高いオルセスの転移魔法である。33歳の彼は王国の若き国王でもあった。しかし勿論如何にオルセスとて一度も脚を踏み入れた事の無い場所に等転移出来ない。秘密兵器は転送魔法陣が描かれたスクロールである。


 何人もの密偵がスクロールを懐に魔王領へ忍び込んだ。


 作戦決行当日オルセスは遥か聖女の神殿からスクロールの場所を探っていた。


 「1か所、魔王城のかなり近くに到達しているスクロールがある。俺はそいつに掛けて見ようと思う。ルーガス、エル、お前たちはどう思う?」


 ルーガスは28、エルは27歳だった。この戦いが終わればエルはオルセスの娘エフに聖女を譲り渡しルーガスと結婚すると言う。そんな若い二人に国の命運を託さなくてはいけない事にオルセスは引け目を感じながら聞いた。


 「オルセスの軍が魔将軍達を押さえてくれている今がチャンスなんだろう?行こう、俺たちで世界の平和を取り戻そう。」


 ルーガスは真っすぐな青年だった。エルはそんなルーガスにいつも寄り添う淑女だが戦いになれば聖なる魔法で悪しき敵を切り裂き、治癒魔法で仲間を回復させる頼もしい仲間であった。


 「よし、行こう!」


 ◇


 戦いは魔法の打ち合いから始まった。


 イージスを展開したオルセスは炎弾を多用し撃ち上げ花火が如く魔王ベルリルに浴びせ込んだ。


 既に彼の近衛兵達は鎧の中で息絶え転がっている。


 「出でよ、強力怪人イヨーマン!」


 ベルリルの背後に暗黒の渦が浮かび上がりそこから巨大な白い手が現れる。至る所に血管が浮き上がった不気味で巨大な手である。最終的には5mは有ろうかと言う巨人が姿を現しそれは巨大な牙を剥きながら勇者PTに襲い掛かる。


 「聖なる布は悪しき心を切り裂く、嗚呼称えるは光の使者...」 エルが魔法の詠唱に入った。これはかなり時間がかかる長い呪文だ。


 「うおおおー、食らえ聖剣ロキソード!」


 勇者の持つ聖剣は魔族に対してそのダメージを倍加させる。

更に聖女の効果で勇者の力は倍加されていた。 


 「よし、ルーガス引け!しびれさせてやる。

  雷電豪樹ライデンゴウジュ・メガ・サンダー!」


 光雷が部屋を一瞬白く照らだし魔界の巨人が体中からブスブスと煙を上げた。そしてエルの詠唱が終わりを告げる。


 「・・・聖なる力を今ここに、ホーリー・ラッシュ!」


 煙を上げながら尚もイージスを乱打する不死身の巨人に対して聖なる光がまるで千槍の突きとなって突き刺さる。攻撃を受けた巨人はそのまま後ろ向きに倒れると動かなくなった。


 しかし少なからずホーリーラッシュを食らった筈の魔王ベルリルを見ると無傷である。どうやら魔法に対する強力な結界を張っている様だ。


 「結界か、そんなもの俺の聖剣で!」


 「まてっ勇者よ。」


 手駒を失ったベルリルは命乞いするかのように左手を前に突き出した。


 「待つわけ無いだろう、死ねー!」


 勇者の剣が魔王の前にあった結界を切り裂き、ガラスが割れる様な音と共に魔王が無防備になった。これで終わった、オルセスとエルがそう思った瞬間、振りぬかれた聖剣は魔王を大きく逸れ勇者はそのまま横にゴロゴロと転がると魔王から距離を取った。


 「何故・・・?」


 「待てと言っている。この娘が如何なっても良いのか?」


 魔王のマントから現れたのは城にいる筈のエフ王女。


 「にっ偽物よ!」


 エルが叫ぶが魔王はニヤニヤ笑う。


 「確かこの娘は聖女候補、お前らのいう所の聖使徒だったな?ならばよい使い方がある。勇者でも絶対に躱せない封印魔法だ。むううん、次元封印 ディメンション・ロック!」


 魔王のすぐ前に虹色の空間が口を開ける。魔法はその中に夢遊病の様に立ち尽くすエフの肩をとんと押すとエフは2~3歩前に歩を進め虹色の空間の中に倒れ込むように吸い込まれて行った。


 その瞬間、空間の界面がまるで牙を持った獣の様に変化し中から白銀色の鎖が何本も飛び出し勇者を体を拘束する。


 「ふははは、その鎖は我が魔力ではなく先ほどの娘の力。如何に聖剣と言えども斬る事は出来ん。」


 「オルセス如何すれば!えっ?何これ、スクロール?」


 「エル、帰りのスクロールだ。もし成功したら奴を一緒に連れ帰ってやってくれ。魔力の供給源が無くなればあの魔法は止まる。俺は...俺はあの中に入ってエフを殺す!」


 「ええっ、ダメよ!」


 「勿論仮死状態になったら直ぐにこの1本しかないエリクサーを振りかける積りだが失敗するかもしれん。もし失敗したら俺は娘を一人では逝かせん。エル、すまん。後は頼んだ!」


 オルセスはハイイージスの盾の影から飛び出すと虹色の空間に飛び込んだ。


 「フハハハ、一旦術が発動したら最後娘は助からん。これで二人片付いた。残るは女一人だ。」


 次の瞬間虹色の口を開けた獣の口からそれまでの倍に近い鎖が吐き出された。暴れる鎖は近くの物を手あたり次第絡め取ると魔王をも包み込んでしまった。


 「ぐおっ術が言う事を聞かん、何故だ!」


 そして辺りは大きな光に包まれた。


 ◇


 「致命傷を与えた我が子にエリクサーを使った俺はその瞬間に空間内を飛ばされエフを見失った。恐らく術を中止させた反動だな。あれから2年か。」


 「部屋を包んだ真っ白な光の後、虹色の獣は消えルーガスは倒れたきり起き上がらなかったわ。魔王も倒れていたから止めをさそうと剣を突きたてたけど見えない鎖に当たって通らなかった。奴も術の失敗で自分自身が聖属性の鎖に拘束されてしまったのね。」


 「聖属性ならルーガスは目を覚ましても良さそうに。」


 「そうね、色々試したけど駄目だったわ。まるで彼の周りだけ時間が止まっている様なの。」


 「時間が止まる?うむ、少し試したいことがある。」


  オルセスはゲートの魔法で小さな異空間への扉を開ける。


 「このままでは通れないが腕は入るだろう。そう、その中へ。」


 アルベールがおっかなびっくりしながら勇者の手を異空間へ入れてまた引き出した。


 ピクリ、指先が動いた。


 「嗚呼、ルーガス!」


 エルが涙を流しながらルーガスの右手に縋りつき頬を擦り寄せる。


 「よし、左手も、次は足だ。そうしたら体を穴に押し付ける様に...。」


 ビシッ


 何も見えない処から何かが壊れる音がする。


 そして勇者デオドア・ルーガスは目を覚ました。

 

 2年前と同じく28歳の肉体と心のまま。


 同時に魔王ベルリルが2年ぶりにその目を覚ます事となる。


 ◇


 「よし、この魔法陣に乗れば良いんだな、乗ってやる。ドーンと乗ってやるよこのマコト様は!」


 残念ながら足が小鹿の様に震えている。


 「マコト~、私相手に見え張らなくても良いから~」


 トウに笑われた。


 「よし、じゃあ正直に言う。怖いぞ!トウ、俺の手を握ってくれ!」


 「はいはい、しょうがないなあ。」

 

 嬉しそうに手を握ってくれるトウ。くそっ!ちょっとだけ勇気を貰ってしまった。


 「いくよー乗るよー。さん、にい、いち、はいっつ!」


 世界がのひょひょーーーんと歪んだ。


 ◇

 

  5分後。


 「やめてマコト!」


 止めるなトウ。


 クリストファーと目が合った瞬間此奴が何て言ったか聞いて居なかった訳じゃあるまい。何て言ったかだって?こいつ俺に向かって「この世の終わりです。」だぞ、隣でぺロスも「絶望...」と呟いた。舐めてんのかこいつら?!


 「オウ、マコートさん、止めて下さいでーす。」


 この片言インチキ野郎


 「ご主人様、どうか止めて下さい!」


 「デビ、貴様迄コイツの味方をするのか」


 「マコトっ」


 女神ハンテの左手が光った。


 いやその前に女神ぺロスが笑いながら俺の前に立った。


 彼女は俺の腰から魔物避けの草と一緒になけなしの金を叩いて買った魔石の袋を奪った。


 「おいこらぺロス、其れは食べもんじゃねえぞ。」


 バリ・ボリ・バリ…食われた。


 えっ?金貨が1枚、3枚、5枚消えていく。


 「ぺロスー!やって良い事と悪い事が!ぐあー!」


 こうして俺は転送先の村で女神ぺロスの攻撃を受け体の半分を失ってしまった。


 ◇


 ここは魔王ベルリルの城。


 「ギュベイか。久しぶりだな。」


 「魔王ベルリル様もご健勝にてなりよりです。」


 その言葉を聞いたベルリルは眉を顰め額の黒い角を傾けながら吐く様に言った。


 「聞いたぞ?俺の意識が無い間に随分引っ掻き回してくれた物だ。辺獄の魔王だろうが協定に乗っ取っり授かった地位の筈、ヘカトン様は魔界の混沌をお望みか?!」


 六大魔王ヘカトンの直近であるギョウベイは薄ら笑いを浮かべる余裕が有った。


 「ギュベイ!我らが魔界に武力行使しないとでも多寡を括ったか?!」


 ギュベイの両眼に赤い灯が灯る。


「ほう、出来る物ならやって見ろ?この俺にですら勝つ事の出来ぬ腰抜け魔王風情が!魔界ユニバーシティー主席の俺様に勝てるのか?」


「貴様!アレは貴様の特殊な魔力が過大評価されただけだ!実践なら負けん!」


 激昂したメリーナの幻術が発動するより先に魔王ベルリルの右手から黒き炎で出来た槍が飛び出し忠臣の右手を壁に縫い付けた。黒き炎は魔界の炎、これを扱えるのは魔界のエリートたる証でもある。


「ベルリル様...」


 メリーナは呆気に取られて最愛の魔王の名を呼ぶがそこに居たのは見た事も無い程怒れる魔王であった。


「ふははは、ギューベーエイー死ねい!夏野終華 オーガス・テイトス!!」


 ベルリルの放ったのは魔界に生息する花型の魔物である。夏の終わりに咲くこの黄色い花は魔界の住人達ですら絡め取り、掴まった者は魔力を吸われて肥やしにされる。


 しかしギュベイは余裕で対処した。


 「はははは、脳筋が召喚で呼んだのが魔界危険種一類とは温すぎるぞ。さては俺を笑い殺す気だな、攻撃とはこうやるのだ。クワッド・アロー!」


 ギュベイが呼び出したのは大きな十字弓。そこには地獄の業火を燈した骸骨が鏃となった矢が4本もつがえられていた。


 

 ◇


 「マコトー、生きてるー?」


 「生きているか死んでいるかと聞かれたら前者だが...これは既に半分死んでいるとも言えるのでは無いか?」


 「おー、マコートさんジョーブですねー。」


 「おいクリストアファー、でめー嘘の片言は止めろ。

 殺意が収まらない。」


 「では止めます。しかしマコトさん、神に逆らうのは良く無いですよ?」


 「ぐおら!クリストファー、お前だけはもう一回異次元に放り込んでやる。こっちこい、逃げるなー!」


 ガン!


 女神ハンテが俺の頭をツボで殴った。そのツボは何処から持って来られたのですか?そして何故上半身しかない俺をそれで殴ろうと思ったのですか?


 「マコトさん!これでは話が進みません!」


 頭がずきずき痛い。くそっ女神がなんぼのもんじゃ、めんたいチーズもんじゃ(意味不明)。


 「ハンテ様、随分元気が良いですね?今までのぐったりしていたのはフリだったのか?」


 「そんな訳ないでしょう?ここにある原初の聖石の力で1割程回復したんです。」


 「ほほう!回復と言えばぺロス、奴は何故魔力を使った?貴方が封印しているのでは無かったのか?」


 「わっ分かりません!もしかして私の封印が弱まっているのかも知れません。それにマコトさんがエサをあげるから一時的に元気になったのかも...」


 餌っ!?


 「おーい、ぺロスや。餌をあげるからこの術を解いておくれ...よーしよしよし。」


 ガンっ


 遠くから飛んで来た女神ぺロスの一撃は何も無い空間に上半身だけ固定された俺の顎を見事にクリティカルヒットし、俺の視界はぐにゃぐやと歪む...歪...む...。

 


 「でねー、マコトったら私の手を握って離さないの~」


 んっトウの声が遠くで聞こえる。


 「ほほう、それでは戻ったら早速祝言でしょうか?」


 この声は誰だ?糞栗鼠斗毛皮ー!いやクリストファーあの野郎か!


 「あっご主人様がお気づきになられました。」


 必死に目の焦点を合わせようと顔を歪めているとデビがこっちにやって来た。


 「なあデビ、俺は何だってこんな所に吊るされているんだ?」


 「拘束魔法だそうです。消えた下半身は異空間にあっても繋がっているそうですのでご安心を。」


 「弱っててもすげーな女神って」


 「ご主人様がHP99で雑魚過ぎるのでは?」


 「ぐう!」


 どうだ、細やかな抵抗とはこのことだ。これでぐうの根も出ないとは言わさない。


 しかしご主人様...か。まだそう呼んでくれるのか。


 「デビ、一体どうなっているのか説明してくれないか?」


 「勿論です。ご主人様も興奮しないで聞いて下さいね?」


 「ぐう!」


 「流行っているんですか?その返事?」


 「すまん。」


 「まず、クリストファー様ですが本物の聖者です。」


 「ほう。」


 「次にリチャードさんですが唯の人です。」


 「やはりな。」


 「更にハンテ様ですがトウさんの集めた聖石で少し回復されました。その後この地にある原初の聖石で順調に力を回復中です。この調子ならあと数日もすれば神界を目指せるまでになるとご本人が仰っています。」


 「神界か...」


 「そしてぺロス様ですが魔界の猛者達に狙われて居ます。しかし原初の石の力によって彼らはこの村には入って来れません。」


 「安全地帯という訳か。出る時が危険だな。」


 「そして私ですが、ハンテ様とぺロス様をお連れすれば原初の聖石の力でご主人様を治せると仰いました。なので護衛を買って出たのですが、これってプリーチャーさんに伝言をお願いしたのですがお耳に入っていませんか?」


 耳にぬるーんとした感覚。


 「いやあ、デビ殿。主殿が如何にもショックが大きかった様子で何も耳に入らぬご様子だった為、日を改めようとした結果未だ言っておらん。」


 耳の穴から懐かしい男が出て来た。もしかしてこいつ、ずっと一緒に居てくれた?


 「いや、その辺の事情はトウから聞いては居たよ。」


 なんだ...ずっと守られていたのか…


 一人で勝手に騒いでいたことが分かり恥ずかしくて口を噤んでしまった。皆ごめん。疑ってごめんなさい。


 「悪かった...」


 「「えっ?」」


 デビとプリーチャーがハモった。


 「二人を少しでも疑った自分が恥ずかしい。体力だけでなく心も弱かった。つまり悪かったと言っている。」


 二人はくすくすと笑いながらクリストファー達がいる小屋の方へ戻って行ってしまった。二人は俺を許してくれたと感じた、


 さて、後はぺロスに頼んでこの戒めを解いて貰わないと。


 しかしまあその内解いて貰えるに違いない、そう考え直した俺は空中で固定されたまま呑気に眠りに付いた。

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