第13話 生還と別れ
翌日、宿泊の礼にと小金貨1枚を渡すと目を丸くして突き返された。一時的とはいえ働き手の息子さんを連れ出す事になった詫びも含めてと言い含めて何とか受け取って貰うと出発する。
「巡礼者様用にお布団でも買わせて頂きますじゃに」
とことん無欲な人達だな。
「そう言えばここに来る途中魔王軍と会いました。この辺りは大丈夫なのでしょうか?」
心配になって聞いて見る。行き成り食料を寄越せと乱暴されたりしないのだろうか?
「皆トカゲの様だったじゃに?アエレ将軍の軍じゃに。
彼らは森深くに住む魔物を食っているからこんな農村には見向きもしないじゃに。」
「因みに奴らはどんな魔物を食べているんでしょうか?」
「キングホッパーじゃにな。」
あぁでっかいバッタね。
キングホッパーはダチョウの卵程の大きさの卵を無数に生む大型の魔物で姿形はバッタを大きくしただけであるが大きい物では3mサイズまで成長する。大量発生すると樹型の魔物であるトレントを食らいつくすが魔物では無い動植物は殆ど口にしないと言われるが飢えると別である。
事実飢えたキングホッパーの幼体が群れを成して田畑を襲う事は山村では稀にあり、しかしそう言う時は大きなオールの様な木の板で叩き落として逆に食料にすると言う。
何とこいつらは人間が食おうと思えば食えなくも無いらしい。
味の方は...苦みが合って人が好んで食べる物では無いらしいが。
朝飯に貰ったおむすびを齧りながら目の前に座るクリストファーとリチャードを眺める。
トウにはデビと一緒に御者席に移って貰い、ハンテとぺロスはサクの馬車に移って貰った。サクの馬車の御者席にはジュゴスが座り、ジュゴスの愛馬は何時もの様に手綱で繋がれ並走していた。
「所でクリストファー、お前女神にはプロポーズしたのか?っていうかどっちだ?ぺロスか?ハンテ様か?」
「今はリチャードと瞑想して居ますので、後ほど」
ちっ助平聖職者が良く言う。
尻が痛くなるほど馬車に揺られた結果、昼過ぎには山間地帯を抜けた。そこは海まで延々と続く丘陵地帯だった。第四の巡礼地である風の祠は海岸絶壁の上にあるという。
「ご主人様、夕方までにはカロスの宿場町に着けそうですね。」
尻が痛いと不平たらたらのトウと比べてデビは文句一つ言わずエライものだ。
「デビ、宿場町に着いたら何か欲しい物は無いか?出せる範囲なら何か買ってやるぞ?」
何でも買ってやると言ってやれない処が悲しいが。
「敵が来た時様に投げナイフが欲しいです。」
そう言えば裏切ると疑っていたから武器は与えて居なかった。もう信用したから武器を買ってやろう。
「私はワインが1本欲しいでーす。ぺロスさんと飲みたいですー。」
「おい、クリストファー。働かざる者食うべからずだ。
お前今日は瞑想しかしてないじゃ無いか。それじゃあワイン何て買ってやる訳には行かないなあ。」
「おー承知の助。」
いや、いくら昔の人だと言ってもそんな表現無いだろう。
「リチャード、お前も妙な師匠に付いた物だ。そう言えば俺リチャードの名前を何処かで聞いた覚えがあるんだが?」
「よっ良くある名前だから...」
そんな他愛の無い話を馬車内で繰り広げている頃、俺たちが去った第三の巡礼地であるアマゾネス聖泉はリザードキング、アエレ・グロースの軍に攻め込まれていた。
◇
「将軍、村は制圧しました。村を流れる水にはご注意下さい。毒が仕掛けてあり部下が何名も石になりました。」
「長を連れてくるギャ、尋問するギャ」
連れて来られたのは族長とシャーマンの婆さんだった。
「我々は女神を追っている。既に先日ここで奇跡が起こった事は調べが付いている。その時に黒髪の女が居なかったか?」
トウは珍しい赤髪、サクはエフと同じ金髪である。真夜中に来襲したデビも金髪。なので族長とシャーマンはそろって首を横に振った。
「そんなはず無いギャ。これだけ大きな奇跡を起こすには女神が絡んでいるに違いないギャ。女神を連れて行かないとギュベイが怒るギャ。」
魔王軍によるアマゾネス村占拠の報は直ぐに王都にも伝わったが、ジェイ王女率いる王国軍は重い腰を上げようとしなかった。
一方聖女の住む街ホーリックでは聖騎士団による聖地奪回の準備進められていた。中核をなす騎士団はその数凡そ200。聖騎士団は信徒に兵を募り総数を1,000程度まで膨れあげさせた急ごしらえの軍を仕立てつつあった。
放った間者の情報によるとアエレの軍はリザード兵が凡そ1,000。数の上では互角だが信徒の力は正規軍である魔王軍に比べるまでも無かった。いくら精鋭の200人が頑張った所で勝てはしないだろう。狙い目としてはアエレ達の兵站である。彼らは突出しすぎていた。恐らく暫くすれば補給を受けるかさもなければ撤退するしかなくなる。そこを叩くのだ。
「叔母様」
「エフ王女様、神殿内では聖女様とお呼び下さい。」
「失礼しました聖女様。聖地奪回の件ですが今マコトが此方に向かって居ます。マコトに頼めば魔王兵1,000人など直ぐに追い払ってくれます。王都では魔王兵3万を相手に一方的に勝ちましたから。」
「エフ王女様、彼は信徒では在りません。それに彼が王都防衛でどれだけ建物や野原を破壊尽くしたかも情報として入ってきています。聖石を壊すような男に聖泉の奪回を頼むのは少々...」
まあ、間違って極大魔法などぶちかました暁には聖女の懸念が見事的中する事は確かである。
「しかし信徒の兵は皆素人です。彼らが傷つき死ぬ事など神はお許しになるのでしょうか?」
聖女エルは厳しくも優しい目を姪っ子を見つめる。
「エフ王女様、私には一度承認した聖戦を止める事は出来ません。しかし貴方が聖女になれば兵を止める事も意のままになります。少し早いですが聖女引継ぎの儀式を始めましょうか?」
「えっ?でもマコトが巡礼の証を...」
「あれは本当に儀礼的な物でしかありません。聖女の聖女たる由縁は聖クリストファー様が行った奇跡の代行を行える事にあります。そしてそれはこの指輪と共に代々引き継がれて来た御業なのです。さあ、これから3日間掛けて貴方にその技を渡しましょう。きっと兵の出陣までに間に合いますよ。」
◇
『本当にやるんですか?』
「当たり前だろ、オーナ君。もう直ぐエフに逢えるんだ。その時王様がいたら感動的じゃ無いか?」
『また役立たずの食客が増えても知りませんよ?』
うわあ クリストファー、お前酷い評価を受けてるぞ。
「まあ、兎に角やろう。プリーチャースタンバイ」
「主殿、いつでも結構ですぞ。」
プリーチャーは既に両手の先に闇を凝縮させている。
間違った人だった場合に送り返す準備は万端である。
「よおおし、偉そうだけど弱ったオッサン、偉そうだけど弱ったオッサン、ハイゲート!」
見慣れた虹色の円が空間に出現する。
暴魂写鏡を見つめるプリーチャーの表情に変化はない。
いや、いまピクリと眉が動いた。
ずるずると黒い染みが空間から染み出してくる。
どうだ、今度はどんな奴なんだ?
人一人分の黒い影が染み出した所でそれは突然実体化した。
「おっさん!」
ライフサーチをするとHP 1/3233と出ている。
その数字を見て直ぐにサクに見せて回復させなくてはと思ったが、急に視界が真っ暗になりオーナ君の呼びかけが遠くで聞いた気がした。しかしその音さえも意識ごとプッツリと刈り取られてしまった。
「主殿、主殿!」
「おお、君達は...儂を助けてくれたのか?エフは、エフは?」
王様も朦朧としながらそう言うとそのまま気を失ってしまったのだった。
王様: オルセス・リチャード・ドック
HP:61/3233
MP:2861/2861
主人公:マコト
HP:39/99
MP:99/99
◇◇
ぺロスが寝ている俺の顔に覆いかぶさり口づけをした夢を見た。こんな夢をみるなんてどうかしている。
今は目が覚めた事に感謝しなくてはいけないのだろう。
しかしそこは世界が一変していた。
いや世界は同じだ、俺が変わったのだ。
体から魔力が感じられない。俺の魔力は本来の持ち主に戻ったという事実。
自分が体力も魔力も乏しい異次元漂流者という立場に転落してしまったという事実に只愕然とする。
ベットから体を起こすと辺りには誰も居なかった。しかし呼ぶとプリーチャーが現れる。
俺の内情を知ってか知らずかプリーチャーは何時もの様に話しかけてくれる。
「主殿、お気づきですね。大丈夫ですか?」
「プリーチャー、自分の魔力が感じられない。」
「主殿の力は生還したオルセス王に写し取られたかと。しかし器の違いか主殿の方が感じる魔力に迫力がありましたがな。」
違う。写し取られたのではない。本来の持ち主に戻っただけである。
「プリーチャー、デビを呼んでくれ。二人に話したい事が有る。」
◇
「...デビ殿はぺロス殿を送り届けるというクリストファー殿護衛にと一緒に旅立たれました。」
ふぁっ?そんな訳なかろう?何時も俺にべったりのデビが袂を分かつなどと…
嫌、よく考えれば不思議な事も無い。デビは俺が手を入れた力を恐れただけ。仮初の力が無くなれば...寂しいがそう言う事だ。
思えば少し自暴自棄に陥って居たかもしれない。
「分かった、プリーチャー。お前も無理する事は無い。ここで...解散しよう。」
言いながらどこかでプリーチャーが否定してくれることに期待する自分が居た。
「承知したであります。主殿もお体を大切に..」
それより先の事は記憶が乱れてうまく思い出せない。
◇◇
俺の名前は石野真。地球という星の日本という国に生まれこの地にくる前の年齢は16歳だった。
16歳だったなんて含んだ言い方をする奴と思われるかも知れないが実際あの虹色に輝く空間にどれくらいいたか測りようが無い。何せあそこから呼び出した奴らはそろいにそろって何百年、何千年前に封印された化け物達だったからだ。
「マコト、大丈夫か?」
目の前にいる髭の偉丈夫は現オルセス王国国王であるオルセス・リチャード・ドック王。エフ王女の父親である。
ここは巡礼最後の目的地である聖女の神殿。
通称海鳴りの神殿。
白を基調とした中に波を模した貴重な青い鉱石がそこら中に施された静寂の中に気品と豪奢が共存する空間であった。
「マコト、大丈夫なの?」
父親そっくりの物言いはエフ王女、金髪の美少女で次代の聖女候補且つこの国の第一王女でもある。
彼女を異空間から救い出した事により俺は絶大な信頼を得ている。しかし手にした諸々の力はリチャード王から譲り受けた物、それも今は持ち主に帰り俺は無力だ。
そう、俺は全く無力な空間遭難者だった。
「体は大丈夫だ。...だかすこし混乱、いや動揺していて、心配をかけて済まない。...」
手が小刻みに震えていた。
「エフ、正直に言う。俺は力を失ってしまった。もうお前を守る事が出来ない。しかし約束通り王様は連れ戻した。俺は…」
エフが口を開こうとした。咄嗟に口から言葉が滑り出す。エフの...エフの慰めを今は聞きたくないと思った。
王様と城に戻ると言う選択肢も無い訳では無かったが役立たずな俺はジェイの目の敵にされるだろう。
「俺はどこか片田舎にでも移り住んで余生を過ごす。エフは気にしなくても良いから。」
しかしエフの好意を袖にするなどと俺はなんて愚かだったんだろう。
◇
王様はせめて物お礼にと10年くらいは遊んで暮らせる大金とここまで一緒にやって来た豪華な馬車を俺にくれた。
聖女が後で返してねと言っていたから手持ちの無い王様は態々俺の為に聖女に借金してくれたのだろう。
御者席で背中を丸めた俺はのろのろと馬車を駆りながら記憶の中で思い出を反芻する。
超絶な力を手に入れ、エフ王女と懇意になった俺。
魔族の将軍達を蹴散らした俺。
金に煩いトウ。
デビとの出会い。
とても気の良い闇宣教師のプリーチャー。
出鱈目なHPを持った女神達、
クリストファー、
農民の息子リチャード。
俺は、借り物の力を自分の実力と勘違いしていた痛い野郎だった。
その力が無くなった今どうする?
どうにも出来ない。只地道にこの見知らぬ世界で生きていく他無かった。
せめてもの救いは貰ったお金とこの馬車だ。
早く生きる術を探そう。
読み書きの出来ない俺は王都では役に立たないだろう。だから田舎だ。そうだ、リチャードの実家に寄って見よう。そんな事を考えながら手綱を引くともなく緩めるともなく。壊れた藁人形の様に弱々しく馬車に揺られていた。
野宿は不安だった。
火を付けると野獣や野盗に見るかるかも知れない、そう思って真っ暗な馬車の中で震えて眠った。
俺は無力だ。
無力って何て恐ろしいんだ。
力を持っている奴らって何て怖いんだ。
助けて、誰かこの恐怖から助けてくれ!
『はあマコト様、話し相手くらいなら魔力も消費しないでしょうに。』
「オーナ君!」
思わず叫んでしまったのは嬉しかったのだ、兎に角地獄に仏を見つけたとはこの事かと思う程に。
『マコトさん、一人で大声に出すとまた変な人だと勘違いされますよ?』
「いいよ、良いんだってそんな事ぐらい。俺寂しくて、如何しようも無くて。グスっオーナ君・・・。」
『くすっ。私は王様の魔力に寄ってマコトさんに刻印された自動知識です。一度刻印されればマコトさんから魔力が無くなろうが何があろうが何処にも行きませんから安心してください。』
「俺っ魔力が無くなっちゃって。もうダメだって...」
『魔力が無くなったのはこの世界に生還されたリチャード様に還付されたからですね。マコトはとても良い事をしたのです。』
「でも!魔力の無い俺は役立たずで弱っちくて...」
『マコトさんの肉体は特殊な事に気が付いていました?
何故だか分かりませんが魔力のキャパが半端じゃ無いんです。リチャード様でさえも持ちえなかった程に。』
意味が分からない。自分自身をライフサーチしてみて魔力が1/100までに低下した事は分かっている。
『更にです、普通の人は成人してからMPの分母が増える事等稀なのにマコトさんの場合はそうでも無いという事です。』
「…えーと、頑張って毎日魔法を使えば成長するって事?」
『その方法でも地味に増えて行くとは思いますが、奪うんですよ、自分より強い者や莫大な魔力を持った秘宝から。』
えーっと無理じゃね?
俺魔力も体力も低いんだよ?お宝にも縁が無いし。
『知恵を使えばいいでしょうに!』
いや、今問いかけて居ない事に反論したよね?今まで俺が問いかけていた行為は何だったの?只の痛い奴に思われちゃうじゃない?
『誰も見て無いしそんな事気にしている場合じゃ無いでしょう?良いですか、とにかく馬を西に勧めなさい。そして原初の村を訪れるのです。』
ここに至ってやっと俺の思考は便利な自動知識のオーナ君を疑うという事に到達した。だって原初の村だよ?旅立ちの村的じゃ無いですか?なんでそんなRPG見たいな設定が転がっているのさ?
「…ヤダ。」
『ピーー!親切に教えてあげているのに何言ってるんですかこの人は!じゃあ知りません、勝手にしなさい。ブッ!』
最後は縺れた恋愛話の様な終わり方だった。それから幾ら呼びかけようがオーナ君からの返答はなかった。




