第12話 聖者クリストファー
深夜である。
草木も眠る丑三つ時は実際の所、虫の音が盛大に煩かった。
「おいっプリーチャー!なんで広場になんか出るんだ?」
「デビ殿のお目に宜しく無いので...」
なんでデビ?
「お二人共声を出さずに付いて来て下され。」
満月が明るく村を照らし明暗のコントラストで出来た山村を俺とデビは並んで歩いく。歩くと言ってもデビの場合ずるすると引きずりながらではあるが。
「って、おいプリーチャー。何でクリストファー迄連れて来た?見て見ろ強引に転移させたから自分の居場所を見失ってオロオロしている。こいつにはミッションはまだ早い。」
プリーチャーはお辞儀をしたが其れだけだった。
何だろう、初めての反抗期だろうか?
正直此奴に反目されるとこれからうまく乗り切る自信が無い。今の内に良く話をしてコミュニケーションを深める必要があるのでは?
ならば、ここはひとつ下手にでようかと思案していると唐突にデビが口を開いた。俺にでは無い、クリストファーにだ。
「クリストファー、泉を掘るのが得意なそうね?今掘れる?」
するとクリストファーは人が変わった様に真剣な眼差しで周囲を見回すと落ちていた枯れ枝を地面にぶち刺した。
その瞬間、デビはシュルシュルと俺の後ろに隠れる。
ぶしゅっ
まるで炭酸飲料が口封を切られた様な音と共に泉が湧き出す。
井戸掘りが得意と言っていたが2回もこんな事が続くなんで事はあり得ない。あり得ない事を具現化するのがクリスファーだとすると、此奴本当に只の弱ったオッサンじゃ無くて本物なのか?
湧き出た泉にデビがそっと手を伸ばす。すると水に触れたデビの指が黒っぽく変色した。
「デビその手?」
「聖者クリストファー。数々の奇跡を起こした伝説の男。彼が泉を掘ると聖水が湧き出たと言う。彼はある日を境に行方を晦ましたが残された弟子たちが築いたのが現在の聖教の原型で一説によると彼の正体は神子、詰まり神と地上世界の生き物とのハーフ。」
へえー、そうなんだ~。すげー。
しかし称えられたと思われたクリストファーの反応は芳しく無かった。
「私の両親は人間です...。」
へえー、すげー。トンビが鷹を生んだんだね。若しくはメダカが鮭を生んだ的な?
デビの追撃は続いた。
「聖者クリストファー!なぜご主人様に近づいた?何が目的だ。」
えーっと、実際は俺がクリストファーを呼び出した訳でデビさんそれは誤解では...
訳が分からず首を傾げたまま立ち尽くしていると、クリストファーが不敵に笑った。
「ふはははは、デビさんは面白い事を仰る。私がマコトさんに何かする理由が無い。」
えっ。理由が無いだけ?何もしないとは言ってくれないのかな。
深夜の山村できょろきょろと二人を見比べる俺は完全に蚊帳の外である。
プリーチャーの奴は知らぬ間に闇に溶け込んで見えなくなっていた。誠に便利な奴だ。
「マコトさん、」
クリストファーは行き成りこちらに向き直ると真剣な眼差しで詰め寄って来た。
「なっなんでしょう、クリストファーくん。」
「女神様を私に下さい!」
...此奴いきなり何を言い出すんだろう?
「ダメです。女神様は物でもないしそもそも俺のでもありません。欲しければ直接本人にプロポーズしなさい。」
「分かりました!では用事を済ませて早く戻りましょう。デビさん、泉の水を此方に引き込めば良いのですね?」
「そうです」
「ならばトウ殿とサク殿は私がお連れしよう。」
うおっ!
目の前の月影からプリーチャーの声だけが聞こえた。俺を覗いた3人の話し合いで事がどんどん進んで行く。
クリストファーが再度地面にドンドンと穴を穿ちそこから噴水の様に水が湧き出してくる。そしてあっと言う間に小川が出来き、湧き水は山を下って流れだして行く。
そうこうする内に木造の家の中からからビキニ姿の女性達がぞろぞろと集まって来た。老いも若きも様々であるが皆水着姿である。
「泉が...移動した。」「お告げだ。」「先導者殿に付いて行かねば・・・」
どういう事?とデビに尋ねようとしたら知らぬ間にプリーチャーが傍らに立っていた。彼はびしょ濡れでぐったりとしたトウとサクを両脇に抱えている。
そして月下の村に佇むクリストファーの周りに女性達が一人、また一人と跪き祈り始めた。クリストファーは只胸に手を当てて目を瞑り立ちつくす。
その時デビが動いた。釣鐘の様なスカートをたくし上げて普段見せない猛スピードで村の奥へと向かって行く。
俺は気になって後を追う。そして其処に有ったのはちょろちょろと水の湧き出る枯れた源泉、そして泉の下に岩と同化した無数の蛸達であった。
デビは無言で岩を攻撃した。本気を出したその体は雄々しかった。7本の太い足が大蛇の様に力強くうごめき、その一つが空高く振り上げられると物凄い衝撃音と共に岩に打ち付けられた。
あっと言う間に泉の底は粉々に粉砕されてしまった。
くるりと踵を返し此方に戻ってくるデビに俺は何と声を掛けて良いのか分からず、ただ間抜けな声を発してしまった。
「おっおい、壊して良かったのか?」
「はい、ご主人様。アレは我が眷属です。だっと言った方が正しいのでしょうか?聖泉で石化された成れの果てです。」
そう言ってデビは先ほどクリストファーの掘った泉で変色した指を此方に突き出した。
「でも何だってこんな所に?それにここの水に触ってもデビは平気だったのか?」
「ご主人様、ここの泉は既に力が無く枯れています。言うなれば只の奇麗な湧き水です。クリストファーは本物の聖者です。嘗て私の眷属がこの地の泉に住み着いたのを先ほどの様に聖泉を堀り起してその聖なる力を持って退治したのでしょう。」
俺は疑問に思って居た事を聞いて見る
「ここに仲間の遺骸があるって知ってたのか?」
「いいえ、知りませんでした。しかし嘗てクリストファーという聖者が聖なる水の力を持って我が眷属を駆逐しているという噂だけは聞いた事があります。私が異次元に封印される少し前の話です。」
「じゃあクリストファーはお前の敵か。どうする?奴を追放するか?俺に取ってはお前の方が大事だからな。」
俺には大飯食らいの給水係より色々やってくれるデビの方が大事なのでこの申し出は至極当たりに口から出た。
しかしデビに取っては意外だった様だ。
彼女は行き成り俺の足元に抱き付きスリスリと頬ずりをした。
「ご主人様、昔の私と今の私は違います。なので過去の経緯など全く気になりません。それよりもご主人様が魔族の私を人間の聖者より大事に思って頂いていると知り感激しました。」
まあ、今の所クリストタファーは殆ど役に立って無いしね。
デビを立たすとプリーチャーの闇魔法で一気に宿の前まで運んで貰う。
ぐったりとした水着姿のトウとサクを部屋に連れ込むとジュゴスが大慌てで毛布を持ってきた。
気づいた二人に話を聞いて見ると
「泉の聖なる力が枯れて久しかったそうです。」
「それでなぜ泉に浸しっぱなしに?」
「はい、私の体に聖なる力を感じたらしくて、その力で泉が活力を取り戻す筈だと」
「ふむ。サクの方は分かった。で、なんでトウまで一緒に?泉が金欲で汚れちゃうよ?」
「煩い!一緒に居て逃げ出すチャンスを伺ってたの。時間外手当出してよ!」
小さな片手を拡げてこっちに差し出さなければ偉いねっと素直に誉め言葉も出るんだけどね…
金を渡す代わりに握手して見たら反対の手を更に大きく開いて差し出された。如何やら握手料金が加算されたらしい。
500カッパ硬貨2枚を握りしめイシシと笑うトウは放っておこう。
「所で巡礼ってどうなるんだろう?」
「あっ大丈夫です。この水着が巡礼の証なので。」
ふむふむ。なんでも元々は赤い染色の水着を付けて聖水に浸かっているとそれが水色に変わるのでそれを持って巡礼の証としていたらしいのだが、聖なる力が枯れてからは最初から水色の水着を付けて入る様になったそうだ。
二人は気を失っていたから知らないだろうがクリストファーが泉を掘り直したからその制度も元に戻るかも知れないなあと思った。
◇
デビの指の石化は翌日には治っていた。
所で昨晩合流したサクとトウの分はちゃんと追加で部屋を取ってある。王女様扮するサクと護衛のジュゴスの分は朝食を部屋に運んで貰い残る俺たちは食堂で一緒に朝食を取っていた。
「後2か所だね?」
トウが黒パンを齧りながら尋ねた。
「そうだな、次の巡礼地の風の祠の次は最終目的地である聖女の神殿だからな。」
「早く帰って女将さんに宿代払わないとね?忘れられて荷物捨てられたら大変だよ。」
「大丈夫、若し戻らなかった時の事は話してあるが1か月は待ってくれると言っていたからな。」
「リチャード」
小声のした方を振り向くと、ハンテとぺロスが静かに黒パンを齧っている。
何だろうこの既視感。
「おかわりーいいですかー」
クリストファーのデカい声で考えが散ってしまった。
「私もお代わりー!」
トウの声もデカい。うちのチームは弱い奴ほど声が大きい。
さて、何を考えて居たんだっけ?
◇
「お客さん、肉を焼いて於いたから途中で皆で食べて。」
今日も宿の女将さんは親切だった。
あれだけお代わりしたのに追加料金もとらず持ち込みとは言え肉迄焼いて貰ってかたじけない。
「あの、じゃあこれお肉を焼いてくれたお礼に」
銀の天使像を1個渡すと若女将は大層喜んでくれた。
「次の巡礼地までは遠いけど頑張って下さいね。」
若女将の言う通り普通に行けば遠かった。
此処から一旦南へ下り海沿いへ出て海岸線沿いの村を転々としながら北上する事に為る。恐らく1週間近くかかるだろう。だが急ぎたいので魔物が住む森を突っ切る最短コースを取る事にした。なあに、俺たちの戦力なら余裕の筈である。
◇
「止めてー!」
これで何度目だろう。辛うじて馬車が通れる凸凹道を揺られる事数時間。馬車酔いでサクが弱音を吐いた。いや胃の中の物も吐いているが可愛いから許そう。普段元気なトウも顔色が悪いしぺロスも同様だ。
「クリストファー、水出してくれ。」
「りょオロロロロロ、失礼。下を向いたらつい。」
クリストファー、お前もか…
少しだけ移動してクリストファーに泉を掘って貰った。
クリストファーの掘る泉は聖水が出る。石化してしまうのでデビは遠巻きに見ているだけで近寄ろうとしない。
「あれ?水飲んだら元気になった。」
「私も...」
「水筒に沢山汲んでおいてくれ。」
周囲を警戒しながら俺も泉の水を飲む。
美味い。体の奥から元気が湧き出てくる様だ。
「水を補給したら直ぐ出発するぞ?魔族とかち合いたく無いからな。」
「えっ此処って魔族領なの?」 とトウが訊く
「この辺りは何方にも属さない少数部族達のテリトリーだな。ただ彼らの中にも聖教を信じる信徒もいるからそれ程恐れることも無い。」
とジュゴスが答えてくれた。更に
「でも最近は魔王軍が南下してきて危険なので巡礼のルートも海岸線沿いにする事を推奨されています。」
とサク。
「まあ、ジュゴスさんが居るから大丈夫でしょう。」
最後に俺が適当にジュゴスを持ち上げて於いた。
その日の夕方、
「ご主人様、」
「ジュゴス前方に敵だ、止まれ」
待ち伏せに合ったのかと思ったが敵の斥候も慌てふためいているので偶然らしい。ここから見えるだけで無く森の中に可成りの部隊が隠れて居た。脳内レーダーが直ぐに真っ赤な点で染まって行く。
俺は停車した馬車から飛び降りるとジュゴスの前に走り出るなり詠唱した。
「森林守護!」
翳した右掌から前方を明るく照らす光は車のヘッドライトの様に敵兵を照らす。彼らは眩い光に驚き避けるような素振りを見せるがそれが熱くも痛くも無いと分かった瞬間に怒りを露わにして襲い掛かって来た。
「うおおおおー」
ざざざー 「うわあぁぁぁぁー…」
此方に向かって走る一人の兵が空中に投げ出された。
ざざざー 「おぅぁぁぁぁー…」
また一人、また一人
走る兵達を頭上から木々の枝が襲いかかる。
しかし敵の数が多すぎる様だ。
「自己中旋風!」
今度は竜巻で敵の足止めをする。
目の前に迫った兵達が突風に吹き飛ばされ遥か彼方へと飛んで行く。
それでも互いに捕まり塊りながら前進して来た。
徐々に薄暗くなって行く森の中。
敵を観察すると鎧は茶色と焦げ茶のツートンカラーで顔はトカゲの様だ。但し同じトカゲでもタークの所の兵と比べて幾分短く平べったい感じである。
「団栗衝突!」
ダンゴムシの様ににじみ寄る敵兵を土属性の魔法弾で一人一人打ち抜いて行く。
「団栗殺頃ー!」
面倒臭くなったのでマシンガンの様に魔法弾を掃射する。
トルネードが静まった頃、敵兵と俺たちの間には50mの距離が有りそこには数多くの敵兵が倒れていた。
「あぎゃっ!撤退ギャ!こんな所で兵を消耗できんぎゃ!」
一人だけ赤い立派な甲冑を付けた敵将が撤退を宣言すると敵は波の様に引いていった。
◇
「いやあ、マコト殿は将に一騎当千。魔王軍など恐れるに足りませんな!」
南に逃げて行った敵の事は気になるが先を急がなくては行けなかった。1時間もしない内に日が完全に暮れて野宿をやむなくされる。
しかし薄暗い森の真っただ中はプリーチャーによる監視や防御力が発揮できる場所でもある。
『プリーチャー、敵が近寄って来ないか監視してくれ。』
『敵は3km程南で陣を張った様です。それよりも主殿、この先5kmも行けば小さいながら山村があります。私が道案内しますので其処まで行かれては?』
『助かる。頼む。』
山村に着いたのは日没から2時間以上経ってからだった。ここは地図には載っていない場所で俺たちが今日泊まろうと考えて居た村の山一つ手前に位置していた。
「女性だけでも休ませて貰えぬか私が聞いて参りましょう。」
ジュゴスが甲冑をガチャガチャ鳴らしながら1戸の農家に向かって行った。
大丈夫だろうか?
夜中に甲冑姿の大男が尋ねて来たら普通驚かれそうなものだが、彼が聖騎士だと分かれば案外すんなり泊めて貰えるかもしれない。
「おーい、布団は無いが良いそうだ。馬車から毛布を運ぼう。」
「有難うございます。お世話になります。」
「いえいえ、お困りでしょう。この様なボロ屋でも風や朝露は防いでくれるじゃに。」
初老の男性が快く迎え入れてくれた。
「お茶じゃに。昔は巡礼の方がよく泊まって行かれた物じゃに、懐かしいもんじゃに」
これまた初老の奥さんの影で息子さんだろうか、中年の男がペコリと会釈してくれた。こちらも会釈を返すが女神達を見る目が何だか熱っぽい。女性達はジュゴスの近くで休ませよう。
「何と、聖騎士様とな?勿体ない勿体ない。」
爺さんがジュゴスを前に拝みだした。
「ほれ、リチャード!お前も聖騎士様に挨拶しろ!息子にどうか良いご加護を。」
リチャード?最近何処かで聞いたなあ。
ジュゴスが照れているとクリストファーがすうっと間に入って来てリチャードと呼ばれた男の額に手を当てた。
「おろっ?貴方は司祭様かのう。家の息子の名前は経典に出てくる聖リチャード様に肖って付けたじゃに。聖者様の最後のお弟子様になると予言された偉い人じゃによ。しかしこの子はちっとも真面目にしちょらんに、ホンに恥ずかしいじゃに。」
婆さんがため息を付きながら言った。
「奥さん、大丈夫です。彼は目覚めました。さあ、リチャード。私に付いて来なさい。」
「おいっ!クリストファーお前、農家の働き手を勝手に連れて行こうとするんじゃない!」
俺は慌てて止めたが爺さん婆さんはカラカラと笑う。
「この時期は忙しく無いので大丈夫ですじゃに、ぜひ聖地で清めてやって下さいじゃに。」




