うつくしき春
うだるような暑さに蝉も死に絶え、その生の輝きを鈍磨させた遺骸が、すっかり腹を仰向けに曝していた。
その傍らに一人の少年が。少し巻き毛の髪は無造作で、だが繊細な絹糸のように美しく纏わりつき、陽光が艶やかに、その黒髪を反射している。負けじと、洗練させられた純度の濃い血液が凝り固まったかのような深紅の瞳。それは彼を『悪魔の化身』と人々が忌まわしく呼ぶべき姿そのものであった。
「すっかり乾いてやがる」
ざり、ざりと砂のような質感を称えて、少年は蝉を弄ぶ。少年の瞳に、この「純粋な死」は宿っておらず、「物質」としての手触りが残るだけだった。少年はさらに、蝉の両羽を剥ぎ取ろうと、そのいたいけな指先で、蝉を痛め付けようとする。
「何してるんだ、こんなところで」
鈴のような声音、それも洗練されたより一等の、美しき響き。けれども冷たさは全く感じられぬ、少年の涼しい声。
「シド、探したぞ」
声を裏付けるように、その容姿もまた同様に美しかった。憂いを寄せ付けぬような金色の髪、彼の理知を顕すような翡翠色の瞳は、誰もが惹き付けられる美しさであろう。
「こんなところで油売ってないで、早く戻ろう」
「いやだね、『生媒』の訓練だなんて。どうせ僕みたいなレージ人には扱いっこあるもんか。それだったら、外で体鍛えてた方が僕は強くなれるもん」
と、蝉をほじくりながらシド。
「皆をまとめる俺の身にもなってくれるといいな……」
美少年は頭を抱える。
「なぁ、キース」
「なんだい」
「グレィシアは」
「ああ」
キースと呼ばれた美少年は、奥に向かって指を差す。
「あっちの庭で水を撒いているよ」
シドは向かい側を、睨み付けるように凝視した。
「あぁ、ほんとうだ」
グレィシアと呼ばれた少女。彼女は、惨憺と照りつける陽光を避けるように、麦藁の帽子をすっぽりと被り、井戸から汲んできた桶の水を所在なさげに撒いていた。
無邪気なワンピィスの肩から覗く、青白い月のような肌。帽子の隠れた影からも分かる翡翠色の瞳。それはキースとグレィシアが「同種」であることを示していた。だが、少し垂れがちで愛嬌のある可愛らしい瞳や、ふっくらとした頬、丸々と膨らみを帯びた肉つきの体は、少女が幾たびか幼いとしても、美しい「女」の面影を色濃くうつしていた。
いたいけにも陽にされた、すらりと伸びた脚に、微かに震える白い肉。風にたゆたう姿態は、この世のものとは思えないほど美しかった。
視線に気づいたのか、幼げに後ろを振り向き、
「ああ、またさぼってるっ」
シドを驚かすような、甲高くも心地よい声音で。
「いんちょう先生に言いつけてやるっ」
と笑いながら。
「お、おいグレィシア」
「誤解だよ、俺はシドを説得するために来たんだ」
すると、グレィシアはきつく被った帽子の紐を、甘やかな仕種でほどき、目眩いを起こすような金色の髪をだらしなく胸に垂れ下げて。
「知ってるでしょ?二人とも、あの人の拳骨痛いって?」
桃色の唇を湿らせて、微笑んだ。