序
蝋燭が怪しげに揺れ動いていた。室内は無風なのに、それはあまりにも狂暴に揺らめいていた。
一匹の蝿が炎へ、間断なく盛るのをくぐり抜けようと、羽を曖昧に動かして、滞空していた。綺麗な炎だった。穢れのないまっさらな純度の熱が、絶えず蝿の体を焼こうともがいていたのだ。その熱は蝋を濃密に溶かして、吊り下げられた銀の燭台から一滴、また一滴と雨水のように床に弾んだ水音を届かせていた。
一人の少年が、その燭台を前にして、地面に伏していた。 少年が自ら伏しているのではなく、経帷子を纏った男の野卑な腕が組伏せていた。頑強そうな経帷子だった。兜に幾ばくかの、細い傷が刻まれていた。濁った銀は、戦争における銃の硝煙、または『生媒』によって傷つけられたために出来た、戦いの経験の賜であったと言えるかもしれなかった。そんな傷が鎧のいたる箇所にも現れており、剥き出しになっている肉の腕にも、蛭のように膿んだ傷がのたくっていた。 二人の兵士が少年を捕らえていた。
少年の首筋には静脈が隆起していた、血管が拡張するために起こる全身の筋肉の躍動がみられた。
彼は馬鹿みたく必死だった。必死にならなくてはならなかったのだ。彼の護るべき者のために。愛する少女の傍らに寄るために。そして今やその少女は、彼とは対照的に、黴の温床のような生暖かい床に、男によって組み敷かれていたのだった。まるで少年にはこの唐木の床を伝って、彼女の感じているであろう、汚泥のような暖かさを、痛感せずにはいられないのだった。この意味で言えば、少年は二度の凌辱を一度に浴びせられているようなものだった。
床は小気味良く、軋む。少女のソプラノが透き通る。もっとも彼女の笛は既に枯死していたが。そのリズムが、彼を永遠に苦しめる。何故ならこの光景は彼の角膜から、硝子体に移り、そしてその硝子は、この醜悪な像を鮮明に映しながら、この男たちによって叩き割られたのだから。喉から、ひっと息が漏れた。少年の喉は既に潰れていた。それは彼女が男に犯されてから、数分経過した後、まもなく訪れた。殺す、と彼は言ったつもりだった。けれど聞こえてくるのは、浅く漏れる呼吸だけだった。唾の入り交じった血が、少年の口から垂れ下がり、床に弧を描いた。少年の全身にも同様に、痛め付けられた打撲傷が無数に見られた。少年の左足は膝が内に曲がっており、骨折しているのは明白だった。
男の、裸の背中がみえる。飽食の豚だった。あるいは陸に打ちあげられた白鯨が数年狂熱の太陽の下に曝されたまま、その肌の組織をグロテスクに損壊させたままになった、穢らわしい肥満体であった。
そして、いたいけな彼女の両足が見える。少年は今すぐに殺してやりたかった。その男を。そしてまた自分自身を。彼女のいたいけな足の指が内側に酷く折れ曲がり、壮絶な苦痛を強いられているのが、容易に理解できたためだ。
少年は叫んだ。息が漏れた。兵士が笑った。少年はただ、この男が俺に近づいて来たときにその喉笛を食いちぎってやる、とずっと奥歯を噛み鳴らし、狂気的な眼を向け、その機会を虎視眈々と伺うだけだった。