4 いつか
果ノ底の穴を仮封印してから、一ヶ月が経過していた。
オレの髪はすっかり茶髪になってしまった。
校則が厳しくなくて本当によかった。
トリプルGはまだ存続している。
校内は日常的に、そして町内は定期的にパトロールをして、果実を探している。
見つけた場合は、もちろん果ノ底に還す。
また果実が果ノ底から転がり出るような事態が起こらないとも限らないので、眼鏡は今後も着用するよう、咲先輩から指令が下っている。
従わないと怖いので、今でも黄色い眼鏡をかけている。
今では青い眼鏡をかけた小原さんもすっかりトリプルGのメンバーとして行動を共にするようになった。
最初にトリプルG(GgG)のマークを見たときには、可愛いを連発していた。
オレはいまだに小原さんにどう接していいかがわからず、ついつい避けがちだ。
咲先輩はそれがわかっていてオレを小原さんに近づけようとする。
きっと面白がっているに違いない。
オレは一年の下駄箱に向かって足を早めた。
小原さんの上靴が置いてある。
もう外に出てしまったらしい。
どこに行ったんだろう、と少し迷ってから、歩き出す。
そしてオレは見つける。
裏庭の池の淵。
そこに小さな少女がしゃがみこんでいた。
顎のラインよりも少し伸びた髪。
髪の間からのぞく耳は、まだ赤い。
オレは苦笑しながら近づく。
「小原さん」
オレの声に彼女が弾けるように顔を上げた。
「あああ、あのっ!」
「戻って来いよ。みんな、待ってる」
「ご、ごめんなさいっ。あたしっ……」
「平気だよ。さあ、行こう」
オレは、そっと手を差し伸べた。
小原さんが少し躊躇して、それからゆっくりと手を重ねる。
その小さな手を引くと、小原さんはまるで羽根が生えたように軽く立ち上がった。
「あ、ありがとうっ」
「どういたしまして」
できるだけ普通を心がけて、笑いかける。
小原さんの緊張がほぐれるのがわかった。
今ならまだ、咲先輩たちが校内にいるかもしれない。
そう思いながら一歩を踏み出す。
ふいに、風が吹いた。
はっとして立ち止まる。
振り返ると、そこには孝太が立っていた。
オレが声をかけようとすると、それを遮って孝太が口を動かす。
「こっちは変わったことはない。それだけ伝えに来た。じゃあな」
瞬きをする間に、孝太の姿は掻き消えた。
桃のことを、報せにきてくれたのか。
オレは苦笑する。
「須賀くん? どうしたの?」
小原さんは気付かなかったようだ。
一人で先に進んでいた小原さんがこちらを振り返っている。
「いや。なんでもない」
オレは目を伏せた。
孝太は約束を守ってくれているらしい。
オレは孝太に感謝しながら、小原さんに追いつくために歩き出す。
オレはオレなりに、できることをやろうと思っている。
オレが花守人として、桃を果ノ底に還したのだ。
それなのに、桃がいなくなったからといって、花守人として中途半端なことをするわけにはいかない。
だから桃、いつかまた、どこかで逢えるかな。
今でなくてもいい。
オレが歳をとって、オレの命とクリサンセマム・ムルチコーレが散って、散花界に行ったその時。
もしくは、その後種子として花ノ界に根づいた時でもいい。
それが無理なら、更に散ったそのあとでもいい。
いつかでいいんだ。
いつかまた出会える。
そう考えれば、オレはがんばれる気がするよ。
最後にもう一度、池を振り返った。
はらりと空から舞い落ちてくる物に気付き、手を伸ばす。
手のひらに乗ったもの。
それはピンク色の薔薇の花びらだった。
花びらが飛んでしまわないように、そっとその手を握る。
いつかまた、必ず会おう。
オレは桃にそう呼びかけて、仲間のもとへと一歩を踏み出した。




