2 桜吹雪
五人の手の平から発する光が、穴に吸い込まれてゆくように見える。
池の中には特別な力がはたらいているのか、いつもならすぐに武器化する光がいつまでも光のままそこにある。
そしてその光が、穴を周囲から徐々に塞いでゆくのだ。
オレはその光景をじっと見つめていた。
すると、孝太の声が聞こえ始めた。
オレにはなんて言っているのかさっぱりわからない言葉で紡がれる、不思議な歌だった。
古典で習う、昔の言葉のようだ。
独特の旋律や抑揚からも同じような印象を受ける。
やがて孝太が詠い終わり、光が消滅したその時。
ひらりと水面に落ちて浮かんだものが目の隅に映った。
視線を池の底から水面へと移す。
「桜……?」
続いて、二枚、三枚と薄桃色の桜の花びらが水面に浮かぶ。
梅雨真っ最中のこの時期に、桜が咲くわけがない。
訝しく思いながら顔を上げる。
そんなオレを待ち構えていたのは、満開の桜だった。
裏庭に生えてる桜が、花を咲かせていた。
オレは唖然として、その情景を眺める。
「祝いの桜だ。花守人が長きに渡ってその使命を果たそうとし続けてきたこと。そして今ここにようやくその使命が果たされたことを、桜も嬉しく思っている。あるべきものはあるように。なすべきことをなすように。それがおれたち『桜』の期待であり願いでもある」
見ると孝太は満開の桜の下に立ち、こちらを見ていた。
「桜様。長らくお待たせいたしました」
咲先輩が腰を折る。
「ご苦労だった。以後、残務に励むように」
「わかっていますわ」
「それでは、おれは今一度、散花界に戻るとしよう」
散りゆく桜の花びらが孝太を包み込む。
「孝太っ!」
咄嗟に、オレは孝太に呼びかけていた。
「桃のことを頼む」
「俺はただ見守る者だぞ」
桜の花びらの中から、孝太の声が返ってくる。
「わかってる。それでも、彼女のことを心に留めおいてくれる人がそちらにもいたらと、そう思うんだ。オレにはもうどうすることもできない。見守ることすらできない。だから……」
「見守るだけだ。それでよければ」
「もちろん」
「了承した。じゃあな」
ごう、と風が吹く。
あたりが薄桃色ただ一色に染められる。
思わず目を閉じた。
そして再び目を開けた時、そこに孝太の姿はなく、池の底も輝いていなかった。
「頼むよ……」
どうか、桃が無事果ノ底から浮かび上がれる時まで。
罪を償うその日まで。
桃を頼む。
季節外れの桜は、次々と散ってゆく。
舞い散る花びらは風にのってどこかへ運ばれてゆく。
この勢いで散ったら、きっとあっという間に散りつくしてしまうだろう。
桜吹雪の中、オレは空を見上げた。
桜の隙間から見える空に雲はない。
ああ、今日は絶好の花見日和だな。
裏庭から桜の花びらが消え去るまで、オレたちはその場に立って散る花を見送っていた。




