18 消える桃と、現れた青薔薇
果実を斬った時特有の感触が手に伝わる。
ただの人間を斬っても、手ごたえなんてないのに。
半透明の欠片が、あたりに散り始める。
喉を締め付ける手の力がゆるむ。
喉が鳴った。
一気に空気が流れ込み、派手に咳き込む。
「も……桃っ」
咳の合い間に、名前を呼んだ。
「えへ。須賀くん、ありがとう。ごめんね」
桃は泣いていた。
頬を伝った涙が、オレの上に落ちる。
桃を抱えるようにして、身を起こす。
薔薇が青色に変わろうとしている。
「あたし、須賀くんのこといいなって思ったの」
「え?」
オレの心臓が大きく跳ねる。
「隣の席でいつも勝手にドキドキしてたの。あたしにはそんな風に想う権利なんてないのに、馬鹿だよね」
「桃……」
こんな時に言うなんて、ずるいじゃないか。
「須賀くん、好きだったよ」
桃がオレの手をぎゅっと握る。
「オレもだよ。好きだ」
最後に、桃が笑ったように見えた。
オレは桃の体を抱きしめる。
散った欠片は、やがて空気に溶けた。
「桃……」
オレの声は、風にさらわれてしまう。
桃。
心の中で呼びかける。
桃。
もしオレが君のことを知りたいと、そう思わなければ、もっと長く一緒にいられたのかな。
桃。
もし、知らないままだったら、一緒にデートとかできたのかな。
桃。
オレたち、同じ気持ちだったんだぞ。
桃。桃。桃――。
オレたちが一緒に過ごした時間は、あまりにも短すぎた。
そう思わないか?
そして終止符を打ったのは、オレ自身なんだ。
オレは自分の馬鹿らしさに笑いたくなったけれど、口を歪ませただけで終わった。
こぼれだした涙が頬を伝う。
桃。
オレ、これでよかったのか?
目の前には、きょとんとして目を瞬いている少女。
不思議そうな顔をした少女がオレの手をそっと放す。
そしてオレの手の中には、ガラスのキリンが収まっていた。
オレが桃にあげた、キリンだった。
※※※
「終わったわね」
咲先輩が周囲を見渡して言った。
終わった……。
「ごっ、ごめんなさい!」
オレの上に乗っていた少女が、慌てて飛び退く。
「え? ああ、いや……」
桃と同じ姿をしてるのに、この子は桃じゃない。
他の人から見れば、何も変わっていないように見えるんだろうけど。
喉の痛みに耐えながら、オレはなんとか立ち上がる。
怪我も、喉の痛みにも、いくらでも耐えられる。
この痛みは、桃がオレに残した数少ないものだから。
オレは両手を見た。
左手にはガラスのキリン。
桃がオレにくれた、ただ一つの形あるもの。
そしてもう片方のからっぽの手は、小刻みに震えていた。
桃を傷つけた時の感触が、まだ残っている。
桃。
オレは失ったものの大きさを感じながら、空を見上げた。
随分と傾いた月が、静かに輝いていた。




