16 終わりへの闘い
薔薇の花びらが舞う。
オレは顔を守りながら、後退していた。
柔らかそうに見えるピンク色の花びらは、実は鋭い刃物のようによく切れる。
深い傷は負わないものの、オレの服は既にボロボロで、体中に切り傷がついていた。
孝太はいつの間にか姿を消していた。
どこかから見ているのだろうけれど、居所はわからなかった。
悟郎さんは蘭と。
咲先輩と赤眼鏡は藤と戦闘中だった。
「こっちを見てよ」
はっと視線を戻すと、目の前にボール大の花びらの塊が迫っていた。
慌てて横に飛び退く。
避けながら、オレはまだ考えていた。
オレが桃に勝つということは、桃を果ノ底に還すことだ。
桃が勝つということは、オレが果者になるか、死ぬということだ。
じゃあ、もしオレが果者になることを容認したら?
――そしたらきっと、まっさきに咲先輩たちに狙われて、すぐに人間に戻されるだろう。
オレたちには戦うという選択肢しか残されていないんだ。
オレは桃の姿を真正面に捉えた。
桃は少し哀しそうに、それでもオレの視線をしっかりと受け止める。
二人の間に薔薇の花びらが舞う。
オレはそれを避けながら、攻撃のタイミングを見計らっていた。
戦闘は長引いていた。
慢性化しつつある戦闘が互いの体力の続く限りいつまででも続くのか。
そんなことを思っていた矢先。
一発の銃声が響いた。
え……?
これまでにも何度も銃声は聞こえていたけれど、全ての音が途切れた、その瞬間だった。
そのせいでいやに大きくはっきりと聞こえた。
オレは思わずそちらに目を向けた。
蘭の白いつば広帽が、ゆっくりと地面に落ちるところだった。
その頭頂部から、すうっとレモン色の薄い光が散って消える。
蘭の周囲に、キラキラと光る果実の欠片が舞っている。
そしてその正面には、左腕をだらりとたらし、片膝をついた状態の悟郎さんの姿がある。
右手で銃を構えた体勢のまま、果実の欠片が散る様子をじっと見ている。
その銃口は、確かに蘭に向いていた。
しかしその拳銃はすぐに消える。
悟郎さんの左腕の様子がおかしかった。
鎖骨あたりを骨折しているのかもしれない。
それでも、悟郎さんは眉一つしかめず、ただ綾子さんの姿を見つめている。
やったのか……。
ふいに、蘭の体がぐらりと揺れた。
すかさず駆け寄った悟郎さんがその胸に彼女を受け止める。
綾子さんが、悟郎さんのところに戻ってきたんだ。
それは桃の仲間が果ノ底に還されたということで、諸手を上げて喜べるわけじゃない。
それでもオレは、悟郎さんのもとに綾子さんが戻ってきたことが嬉しかった。
許さないと言っていたあの悟郎さんの横顔が、ずっと忘れられずにいたから。
今の悟郎さんの横顔からは、あの張り詰めた感じが消えているから。
だから、これでよかったんだ。
少なくとも、悟郎さんや花守人にとっては。
「蘭……」
蘭の様子を見ていた桃が、そっと目を伏せる。
オレは桃の気持ちを思うと、声をかけることができなかった。
「豪っ!」
咲先輩の短い声が響いた。
悟郎さんのいる場所とは反対の方向からだ。
オレは、はっとそちらに目を向ける。
見ると、赤眼鏡がわき腹を押さえていた。
大鎌は見えない。
物質化を解除している?
そして赤眼鏡の背後には、咲先輩の姿がある。
赤眼鏡が自分の身を盾に、咲先輩を守ったようだ。
赤眼鏡の正面には、藤が眉根を寄せて立っていて、その腕には、矢が突き刺さっていた。
互いに、傷を負っている。
「藤っ!」
桃が一瞬にして藤のもとに飛んでゆく。
蘭が還された今、帽子団は藤と桃の二人しかいない。
「よくもやってくれたわね」
咲先輩の低い声が響く。
オレは咲先輩のそんな声をこれまでに聞いたことがなかった。
「咲先輩……」
「マコちゃん、一刻も早く桃を果ノ底に還して。すぐに治療をしないと、豪が危ない」
「いや、俺は意外と平気だぜ?」
赤眼鏡が脂汗を浮かべながら言う。
いや、全然大丈夫そうじゃないから、あんた。
「でも藤が……」
咲先輩だけでは、果実を還すことができない。
「こっちはいいから。だから早く」
いいわけがない。
藤のスピードが尋常じゃないのは、オレだって知っている。
「いいのよ。こっちにはいざとなったら最強の盾があるから。目には見えないけどね」
結界か。
防御力に特化された能力。
オレは黙って頷くと、地を蹴った。
藤に寄り添うように立っている桃を目がけて、跳躍する。
空中で刀を物質化して、斬りかかる。
と同時に咲先輩が藤を威嚇射撃している。
桃がそれをかわすのは予測済みだ。
オレの刀は既に姿を消している。
でも、オレの誘いに、桃は素直に乗ってきた。
桃色の花びらの逆襲を受け、俺は腕を盾に目を守りながら横に飛び退く。
これが最後だ。きっと。
桃と目が合う。
桃が、微かに頷いたように見えた。
けれどその顔は、花吹雪に掻き消されてすぐに見えなくなった。




