15 決意
「殺しはしないわよ。死なない程度に弱らせて動きを止めた上で豪か悟郎ちゃんに仕留めてもらうつもりだったわ。殺してしまったら、わたしが人殺しになってしまうじゃないの。マコちゃんのせいで狙いが外れたのよ。あなたは人を守って死ねて本望でも、こっちは大迷惑だわ」
咲先輩がオレに向かって言い放つ。
「そんな言い方があるかよ」
「マコちゃんの行動は、花守人としてあるまじきものよ。この一件が片付いたら、相応の処分を受けてもらいます。次期花守頭のわたしの判断なんだから、拒否権はないわよ」
「そんなっ……」
「ま、そういうわけだ。なんにせよ死なずにすんでよかったじゃないか。そのせいで、その子が青薔薇だってバレたわけだけどな」
孝太がどこか冷めた声で言う。
「また、オレの所為……そうなのか?」
「違うよ須賀くん。これはあたしが決めた事だから」
「でもっ……。本当なら青薔薇だってことは隠しておくつもりだったんだろ?」
さっき桃が話していた内容を思い出す。
穴を塞がれる心配がなくなったのだと言っていた。
だからこの地を離れられるのだと。
穴を塞ぐためには五人の花守人が揃う必要がある。
つまり花守人の一人である青薔薇を連れてこの地を離れてしまえば、穴は塞げないのだ。
そして桃が表層に出ている限り、そこにあるのはただのピンクの薔薇で、それがもとは青薔薇だなんて誰にもわからない。
「須賀くんが助けてくれなかったら、あたし、もうとっくに果ノ底に還されてる。だから気にしないで。仕方のないことなのよ。だって、あたし果実だもの。藤も蘭も、果実だもの」
桃が苦笑を浮かべる。
藤に差し伸べられた手に自分の手を乗せて、ゆっくりと立ち上がる。
オレも、つられるように腰を上げた。
「桃……」
「さあ、須賀くん。あなたはあたしの秘密を知っちゃった。知った以上は、なんとしてもあたしをこの体から引き剥がす必要がある。そうだよね?」
「オレはそんなこと……」
「須賀くん、あなたがここであたしを見逃せば、果実のせいで命を落とす人が沢山出てくるよ。あたしたちはそれがわかっていて、穴を開けたままでいるの。あたしたちは果実で、果ノ底にとらわれている果実たちを一人でも多く解放したい。たとえ人間が犠牲になってもね。それを承知でやってるの」
桃本人の口から聞く言葉は、オレの心に突き刺さった。
オレにとっては普通の女の子だった桃も、考えは他の果実と変わらない。
そういうことなのか。
でも、それを否定したい自分がいる。
「現実を見つめて。そしてよく考えて。あたしと須賀くんって、ただのクラスメイトだよね? 出会ってまだ数ヶ月。別に恋人同士でもなんでもないよ。そんなあたしのために、どうしてそれほど躊躇するの?」
「それは……」
数ヶ月だけれど隣の席で授業を受けて、時々他愛ない会話をして、誕生日を祝いあって。
ずっと好きだった。
天真爛漫で少し子どもっぽくも感じられるところも、センスが微妙にズレているところも。
優しいところも。
怒ると目が少しつりあがるところも。
好きなんだ。
理由はそれで充分じゃないか。
「さあ、勝負をしよう。あたしは本気でやるよ。あたしたちはここで退くわけにはいかない。もう貸し借りはなしだよ。もしまた須賀くんが死にかけても、今度は助けない。花守人が揃わなければ、穴は塞げないんだから。次の花守人が決まるまでの間はね。だから、戦うよ。あたしは果者で、あなたは花守人だから」
桃の瞳がまっすぐにオレを射抜く。
「そういうことだ」
孝太がオレの肩をぽんと叩く。
オレはまだ躊躇していた。
けれど桃のその瞳に迷いは見えない。
本気で戦うつもりなのだ。
そしてオレにも同様の覚悟を求めている。
「さあて、話し合いは終わったのか? 俺たちはいつでもいいぜ。むしろまだ話は終わらないのかと苛々してるヤツが一人いるくらいだ」
赤眼鏡が欠伸をしながら言う。
「ずっと手を出さずに待ってあげるなんて、わたしたちって随分と優しい先輩よねぇ。あんたもね、藤」
咲先輩がびしりと藤を指す。
「私も覚悟を決めましたから。今この時に花守人が五人揃ったのも、きっと運命なのでしょう。貴方とも随分と長いつきあいになりましたね、大庭の桜」
藤が孝太に目を向ける。
「まったくだ。早くおれの仕事を減らしてくれよ。悟郎も早く彼女に戻ってきてほしいだろ?」
孝太が拳銃を手にしたままの悟郎さんに問いかける。
「当たり前です。今日こそ綾子さんを取り戻す。ここまでだよ、蘭」
「本当に、彼ってばしつこいったらないんだから。いいわよ。存分に楽しみましょう。桃、あなたもね」
悟郎さんの言葉に、蘭が呆れたように、でもどことなく嬉しそうな表情を浮かべる。
そして桃に声をかける。
「うん。思い切りやろう。それで、勝敗を決める。引き分けはないよ。いいね、須賀くん」
「どうしてもか?」
「どうしても」
「本気で?」
「本気で。ここで須賀くんが手を抜いても、まったくの無意味だよ。あなたがやらなければ、他の誰かがやるだけだから」
確かにそうなんだろう。
オレが使えなかったら、赤眼鏡か悟郎さんが手を下すはずだ。
オレは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
「……わかった」
桃の真剣な瞳をまっすぐに見つめて、頷く。
オレの手で桃を果ノ底に還す。
その決意を固める。
それが今選択できる、最善の選択だから。
たとえそれが、自分の気持ちに反しているとしても。
だからオレは、戦うことを了承してしまったんだ。
その先には二人が並んで笑える未来などないというのに――。




