14 ピンクの花と、青い花
「桃……?」
目を開けると、すぐそこに桃の顔があった。
ほっと胸をなで下ろす。
よかった、無事だったんだな。
オレは桃に笑いかけた。
けれど桃はぎこちない笑みを浮かべるだけだ。
ふいに湧き上がる違和感。
なんだ?
オレは身を起こした。
「桃、どうした……?」
「あの……あたし……」
「まったく、あなたたちは……」
すぐ傍で藤の声が聞こえた。
顔を上げると、桃の後ろに藤が複雑そうな顔をして立っている。
オレは身を硬くする。
けれど藤は動く素振りを見せない。
周囲に目を向けると、少し離れた場所にトリプルGのメンバー。
オレの後ろには孝太。
「一体、どうなってるんだ……?」
「その子の花をよく見てみろよ」
孝太に言われるままに、オレは桃の胸元を見た。
そこには可愛らしいピンク色の花があるはずだった。
それなのに。
月光と街灯の弱い光に照らされてそこにあるのは、青い花。
「まさか……」
「そのまさかだ」
「青……薔薇?」
「そうだ。花守人の最後の一人は彼女だったんだ」
桃が青薔薇だった?
いや、オレの知っている桃はピンク色の果実だった。
この子の花が青に戻った今、桃はどこに行ったんだ?
さっきから感じていた違和感の原因がわかった。
この子は体の持ち主で、青薔薇の持ち主。
――つまり桃じゃない。
「桃はどこだ!?」
「……今はその体の中で眠っています。あなたを助けるために、肉体を持ち主に返したのですよ」
「どういう……ことだ?」
「あの……あたし、あなたを助けてほしいって頼まれて……。よくわからないけれど、そのままだと死んでしまうって聞いて、言われる通りにしたんだけど……」
少女が自分の腕を抱えるようにして言う。
その手首に青色の数珠がはめられていることに気付く。
「青薔薇には治癒能力がある。白木蓮の能力が守備力に特化されているのと同じようなもんだな」
白木蓮の能力が守備力に特化されているなんて、初めて聞いた。
咲先輩が普通の弓矢を使っている理由はそれだったのか。
そしてオレは青薔薇の能力で怪我を治してもらったおかげで命拾いした。そういうことか。
「桃が、あなたを助けるためにはこれしかないと言って、自ら肉体を譲ったのです。桃の意識が表層に出ている時、青薔薇本来の能力は発揮されないのでしょう。そこにあるのは桃色の薔薇なのですから」
藤が寂しそうに目を伏せる。
「オレを助けるために?」
「そうです。あなた方は互いに、相手を助けるためなら自らの危険を厭わない。それが、相手を始め周囲の者をどれほど苦しめるのかわかっているのですか?」
「考える時間なんてなかった。体が勝手に動いてたんだ」
オレが花守人だとか、桃が果実だとか、そんなことを考えている余裕はなかった。
沈黙が下りる。
オレは少女の胸に咲く青薔薇を見つめていた。
桃がオレを助けてくれた。
その事実がまたオレの気持ちを揺さぶる。
オレたちは敵同士なのに。
それなのになんでこんなことをしてるんだ。
オレにはわからなかった。
ただ、胸が苦しかった。
「これで、チャラだな」
ふいに孝太が告げる。
「わかっています。桃、戻ってきてください」
藤が少女に呼びかける。
訝しそうな顔をしていた少女が数度瞬きをするうちに、少女の薔薇の色が青からピンクへと変わった
「桃?」
「須賀くん……」
恐る恐る呼びかけた声に応えたのは、確かに桃だった。
「どうして……」
「どうしてもこうしてもないよ。あたしのために死ぬなんて、そんな馬鹿なことしないで」
「馬鹿なことなんかじゃない。そうしないと、今ごろ桃は死んでたかもしれないじゃないか」
桃はこの場に留まっていたのだ。
オレを助けるために。
桃にとって危険な、この場所に。
それが哀しかった。
それを哀しいと思うオレは、桃の過去を知っても、果実たちの話を聞いたあとでも、まだ桃のことが好きなんだと、そう思った。
でも、状況は変わっていない。
いや、むしろ悪化している。
今のこの停戦状態は、まるで嵐の前の静けさそのものじゃないか。
オレは改めて周囲を見渡した。
みんな、覚悟を胸にこの場にいる。
オレは、ごくりと唾を呑みこんだ。




