11 散花界
「目が覚めたか?」
さらさらという微かな音と共に、声が聞こえた。
孝太? でもなんで?
ゆっくりと目を開くと、そこには色が溢れていた。
風に舞う鮮やかな色。
「花びら……?」
喉から擦れた声が出た。
耳に届く音は、花びらの散る音らしい。
ここ、どこだ?
オレ、一体どうして……。
ゆっくりと身を起こす。
すぐ傍に誰かが立っていた。
声を聞いて孝太かと思った。
でも雰囲気が違う。
大庭高校の制服ではなくて、着物を着流している。
その足には下駄。
それに……髪が長い。
どういうことだ?
「孝太……?」
「おまえ、馬鹿だなぁ」
呆れたように言ってこちらを見たその顔は、孝太とよく似ているけれど、どこかが違った。
「え?」
「馬鹿だなぁ。いくらおれがついてたって、死ぬ時は死ぬんだぞ。それなのにまたこんな場所に踏み込みやがってさ。馬鹿だよなぁ」
馬鹿を連呼するそいつの口調は、孝太のものだ。
「おまえ孝太……だよな?」
「? ああ。おれ、こっちの世界用の姿に戻ってたんだったな。このままだと高校生に見えないだろ? だから向こうではちょっと若い姿にしてるんだ」
「そんな……そんなことできるのか?」
「できるさ。もともとおれには肉体がないからな。おまえたちが武器を物質化するのと同じような要領で、オレは好きな姿になれる」
そう言われても……。
見慣れない孝太の姿に、調子が狂う。
いやそれ以前に、さっき孝太はなんて言った?
「こっちの世界って……ここはどこだ?」
嫌な予感がした。
孝太の言う、向こうというのが花ノ界だとしたら、ここは……この情景は、まさに……。
「何を今更。散花界に決まってるだろ」
「じゃあ、オレ、死んだのか……」
死ぬ、という言葉と連動して、自分の身に何があったのかを思い出した。
オレ、咲先輩が放った矢に当たったんだった。
あんなに重かった体が、今は軽い。
それに痛みもない。赤眼鏡に痛めつけられたはずの左腕も、なんともない。
オレはしばらく自分の両手をまじまじと見て、それからそっと自分の胸に目を向ける。
クリサンセマム・ムルチコーレは、まだそこにあった。おかしいな。
眼鏡をずり上げようとして、そこに眼鏡がないことに気付く。
眼鏡がないのに、花が見える?
一体どうなってるんだ?
「花の見えない花ノ界とは違って、こっちは花が見えるのが普通だからな。おまえはまだ死んでない。おれがここで引き止めたからだ。肉体が死ななければ、おまえは生き返れる」
「生き返るって……でも……」
オレの体はぼろぼろだった。
それは意識を失う直前のことを思い出せば、嫌になるくらいよくわかる。
あれは……あのオレの体は、もう使い物にならない。
オレはため息を吐いた。
それから、大事なことを訊き忘れていたことに気づく。
「桃は? あいつは大丈夫か?」
「大丈夫って、どういう意味で? それをおれに訊くのか?」
「あ……」
孝太は……桜は、花ノ界と果ノ底を監視する者。
あるべき場所にあるべきモノがあるように導く者。
そんな孝太にとっては、桃が花ノ界に存在していることこそが問題なのだ。
オレは口をつぐんだ。
孝太が大きく息を吸い込んだかと思うと、長く吐きだす。
「おまえは本当に馬鹿だなぁ。あの子は、果実なんだぞ。花守人が果実を守ってどうするんだよ。あまつさえその所為で命まで落として。ありえない大馬鹿者だろう」
「さっきから馬鹿馬鹿ってうるさいな。咄嗟に反応しちゃったんだよ」
「だから馬鹿だって言うんだ」
孝太が数歩、前に進む。
足下に積もっていた花びらが、ぶわあっと舞い上がった。
降り散る花びらとあいまって、孝太の姿を隠す。
「……っ」
孝太、と名を呼ぼうとして、昔、同じ様なことがあったことを思い出す。
あれはいつだった?
幾つもの色が溢れる場所で、オレは確かに誰かと一緒にいた。
あれは誰だった?
あれはこの場所じゃなかったのか?
あれは……あれは、孝太だったのか?
そうだ、さっき孝太が言っていたじゃないか。『またこんな場所に踏み込みやがって』と。
オレは以前にもここに来た事があるんだ。
そして、孝太に会っている。
でも、一体いつ……。
オレは見えなくなった孝太の背中を求めて、一歩、更に一歩を踏み出す。
歩きながら、記憶の中を探った。




