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とりぷるじー(GgG)  作者: さく
第4章
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8 桃

 オレは家を出た。

 手の中にはガラスのキリン。なんとなく持ってきてしまったそれをそっと握り直して、オレは小原さんの家を目指して走る。

 住所は、小原さんと同じ中学出身の奴に訊いた。


 いつしか空はすっかり晴れて、満月には少し足りない月の光があたりを照らしている。


 オレは小原さんに会って、どうするつもりなんだろう。

 いや、そもそも会えるかどうかもわからない。

 もう十時を過ぎているし、普通に考えれば会えない。

 

 そもそも、もうその家には住んでいないかもしれない。


 でも、もし会えたら――そしたらなんて言えばいい?


 まず謝る。謝りたい。

 彼女のこれまでの生活を壊してしまったことを。


 それから? それからどうする? 彼女は果者で、果実は果ノ底に還さなければならない。


 オレは花守人で、果実を還すのが仕事だ。

 そんなオレにできることって、なんだ? 


 オレは死んでゆく両親と姉に謝ることができなかった。

 謝罪も、礼も、伝えることができなかった。


 ……随分とあとになって、そのことに気づいた。


 だから今度は。今度こそは。

 彼女がこの世界から消えてしまう前に会いたかった。謝りたかった。


 でもそれはオレの都合で、オレが謝罪しても事態が好転することはない。


 彼女はきっとオレを恨んでるんだろう。


 オレを果者にしようと、そう思っているだろうか。

 それとも、いっそ殺して散花界に送ってやろうと思っているのだろうか。 


 それでも、このまま会わずに別れるなんて嫌だった。


 まさか、咲先輩たちがもう到着しているなんてことはないだろうな……。


 気が焦る。

 こんなことなら、咲先輩たちがいつ動くのかを訊いておくんだった。


 確か、次の角を曲がって二軒目が小原さんの家だ。


 オレはスピードを上げた。

 周囲に人影はない。住宅街は静まり返っている。


 角を曲がる。


 不意に月光が翳った。


 はっと空を見上げる。

 走っているうちにずれていた眼鏡を押し上げる。

 そこには、いつか街で見かけた女の子が浮いていた。


「こっ……」

「何をしに来たの?」


 黒いドレス。膨らんだスカートに、厚底の靴。

 顎のラインで切り揃えられた黒髪の頭頂部は桃色に染まり、それを隠すには小さすぎるミニシルクハットが今にも落ちそうな絶妙の角度で頭に乗っている。


「小原さん……」


 オレは驚きながらも、なんとか声を絞り出した。

 そして果実と遭遇するその前後に視界の隅を横切っていた黒い影は、空に浮く彼女だったのだと気づく。


「うちに何の用?」


 オレは手の中にあるガラスのキリンの感触を確かめる。


「あの、オレ……悪かった! こんなことになって、ごめん」


 勢いをつけて頭を下げる。

 返事はない。


 オレはそのまま動かなかった。ただ、じっとしていた。

 もしも今殺されても、仕方がないと思った。


 どれだけ時間が経っただろう。

 空からため息が降ってきた。


 すとんと軽い着地音がして、オレの視界の端に黒い靴が映る。


「なんでこんなことするの?」

「謝りたいって、そう思ったんだ」

「あたし、果者なのに?」


「もしオレが小原さんの秘密を暴かなければ、君は今日も昨日も学校に行っていたはずだ。そうだよな?」

「自業自得よ。須賀くんはそう思わないの?」

「オレは……そんな風には思えない。どう考えたってオレの所為だってことは明白だ」


 オレは小原さんの靴先を見ていた。

 くすりと小原さんの笑い声が聞こえた。


「変なの。須賀くんが責任を感じる必要はないのに。神谷くん――あの桜はね、あたしの正体にうっすらと気づいてたんだよ。その上で泳がされてる事も知ってた。須賀くんが何もしなくても、いつかこうなった。それが少し早まっただけだよ」


「小原さん……」

(もも)って呼んで。あたしの名前、桃っていうの。もうそろそろ、小原雪を演じるのはおしまいだから」

「え……」


 オレは突然の頼みに、思わず顔を上げた。


「桃」

「もも……?」

「そう。それがあたしの名前」


 そう言って小原さんは――桃は笑った。

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