7 表現の仕方
オレは慌てて目を開けた。なんだっ!?
「はいそこまで。薫、悩める青少年をからかうんじゃねえよ」
頭上を見るように顎を上げると、赤眼鏡が両手を打ち合わせた状態で立っていた。
きゅ、救世主だっ……。
「赤眼鏡っ!」
「豪!」
「おおよしよし。気の毒に。ほら見ろ、こいつ涙目になってんじゃねえか」
どすどすとうちにあがりこんできた赤眼鏡が、オレに労わりの目を向ける。
「そんな馬鹿な! きっとその気になっていたはずよ」
咲先輩が赤眼鏡に気をとられているうちになんとか脱出を果たし、上半身を起こしていたオレは、ぶんぶんと頭を横に振った。
「だからおまえじゃ無理だっての。あの果者の子を見ればわかるだろ? こいつの好みは、小さくて可愛らしい女の子なんだって。薫みたいに身長も態度もデカくて強引で団子食ってばっかりの女はタイプじゃねえんだっつの」
「ちょっと豪、今あなた聞き捨てならないことを言ったわね?」
「あれ? そうだっけか?」
赤眼鏡が忘れたふりをする。咲先輩が立ち上がり、赤眼鏡に詰め寄っている。
な、なんなんだ一体……。
オレはどっと疲れて、ため息を吐いた。
手の中のキリンが無事なのを確認して、ほっとする。
「言ったわよ。なあに、あなた、いつもわたしのことをそんな風に思っていたの?」
「まさか。更に我が儘で人使いが荒くて手がつけられない、ってのを付け足さねえと」
「豪!?」
「だから俺で我慢しとけっていつも言ってるだろ、薫。俺はおまえのそんなところも愛してるぜ」
は? 今、なんて言った?
「豪……」
赤眼鏡が咲先輩の腰に手をまわして抱き寄せる。
「馬鹿だな、おまえ。俺に対するあてつけのつもりかよ」
「だって豪が、よその女の胸ばっかり見てるんだもの」
「仕方ねえだろ、そもそもおまえの命令じゃねえか」
「わかってるわよ。わかってるけど……」
「よし、今夜はおまえの機嫌が直るまで付き合ってやるよ」
「豪」
「薫」
……なんなんだ、この空気。
オレは唖然として二人の様子を眺めていた。
この二人、つきあってたのか。
ただの主従関係かと思ってた。
ってか何か? 今の話からするに、咲先輩がうちにやってきたのは赤眼鏡へのあてつけだったってことか? オレはただ単に巻き込まれただけ?
――ていうか、いちゃつくなら、よそでやってくれよ!
痴話喧嘩は犬も食わないって言うだろ。
二人は密着して見つめ合っている。
熱い。なんか熱いな、おい。
咲先輩の顔と、赤眼鏡の顔が近づく。
近づいて、近づいて……っておい! 赤眼鏡の足が咲先輩の膝の間に割り込んでいる。
「スト―――ップ!!」
遠慮する気配が全く感じられないので、オレは慌てて止めに入った。
「無粋なことすんじゃねえよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「見物料はまけておいてあげるわよ」
「いやむしろ迷惑料よこせ」
「がめついわね」
「恥じらいをもてって話しだろ」
「恥じらいなさいですって、豪」
「あんたもだよ咲先輩」
「あらびっくり」
咲先輩が、ちっともびっくりしてない顔で言う。
「オレの謙虚さを見習えよ」
「おまえはそろそろやる気を出したほうがいいんじゃねえの」
「やる気ってなんのやる気だよ」
「あの子、どうすんだよ?」
「あの子ってどの……って……」
小原さんか。
オレは口を開いたまま固まった。
いつの間にか二人に乗せられていた。
まさかここで小原さんのことを持ち出されるとは。赤眼鏡のやつは、救世主でもなんでもなかった。
既に二人は体を離して、いつもの様子に戻っている。
さっきまでいちゃついていたのが嘘のようだ。
芝居だったのか?
オレには判別不可能だった。
ただ、どちらにせよ嵌められたんだということはわかった。
「まあ、おまえが何もしなくたって、俺たちには関係ねえしな。あの子も無事果ノ底に還してやるぜ。ただ、別れの挨拶をするくらいの余裕は与えてやろうと思っただけだ。じゃあな。行こうぜ、薫」
「ええ、そうね。それじゃあ、お邪魔しました。そしてお団子をごちそうさま。心配しないで。あなたの分は残しておいてあげたわよ。それでは、ご免あそばせ。おほほほほ」
咲先輩が高笑いをしながら部屋を出てゆく。
去り際に青い眼鏡を首にかけるのは忘れなかった。
更に笹団子を一つ、手に取るのも忘れない。
食い意地張りすぎだろ、おい。
騒がしかった咲先輩は、いともあっさりと帰って行った。
あとには静寂だけが残る。
「なんなんだよ……」
静まり返った部屋に、オレの声がいやに大きく響く。
なんなんだよ、一体。
心の中で、繰り返す。
窓に近寄って外に目を向けると、街灯の下をずんずんと進んでゆく咲先輩と、その数歩後ろをゆっくりとついてゆく赤眼鏡の姿が見えた。
なんて先輩だ……。
オレはため息を吐く。
本当に傍迷惑な人たちだ。
でも、オレを心配して来てくれたことは間違いないだろう。
まだ短いつき合いだけれど、そのくらいのことはわかるようになった。
ただ、表現の仕方が問題なんだよ、あの人たちは……。
去ってゆく二人の背中を見送る。
そして、ふと感じた違和感に首を傾げる。
何かが気になる。
そして二人の姿が見えなくなってからようやく原因に気がついた。
ずっと降り続いていた雨が、上がっているのだ。
二人は傘をさしていなかった。
オレは顔を上げた。
夜空では、雲間から月の姿がのぞいていた。




