6 ふたりだけの部屋
風呂から出てくると、部屋には灯りが煌々と点けられ、その下では咲先輩が団子を食っていた。
串団子ではない。あれは笹か? どうやら笹団子らしい。
「結局自分が食ってんじゃないか」
「あら、食べるわよ、ってきちんと言ったじゃない。ドアを開けてくれたら食べない、なんて一言も言ってないわよ」
そうだったか?
そう言われてみれば、そんな気もするけど……。
「それ、悟郎さんがオレのために持ってきてくれた団子だろ」
「でも、この団子はドアの前で寂しそうに佇んでいたのよ。わたしが来なければ、人知れずかたくなって食べられなくなるところだったじゃないの」
団子が寂しそうに佇むかどうかはともかく、そのまま何日も放っておけば食べられなくなっていただろうことは間違いない。
オレは反論を諦めた。
「で、なんの用だよ。用がないなら、団子を食ったらとっとと帰ってくれよ」
「あら、お言葉ねぇ。わたしが来てあげたおかげで、シャワーを浴びてさっぱりできたんじゃないの。おまけに換気もしてあげたわよ。雨が降っているから、大々的に出来ないのが残念ね」
とりあえず換気扇が回っていることは間違いない。
空気が少し冷たいから、オレが風呂に入っている間に玄関のドアを開け放していたのかもしれない。
今は閉められているけれど。
「そんなことはどうでもいいだろ。用件を言えよ」
「用件。用件ねぇ……」
咲先輩はそう言いながら、部屋の中をぐるりと見渡している。
まさか、本当に用はないのか?
オレはタオルを首にかけたまま、咲先輩の様子を窺う。
「そう。用件は……ひとつだけなんだけどね」
咲先輩がおもむろに立ち上がる。
すっとテレビに近づく咲先輩を目で追って、しまった、と焦る。
そこには家族の写真も、ガラスのキリンも置きっぱなしだった。
いや、そんなもの、オレがシャワーを浴びている間に、咲先輩はとっくに気づいていたんだろう。
今更隠す意味はない。
「不細工なキリンね」
正直な感想をありがとう。
そのキリンがどういうものか知ってか知らずか、咲先輩がキリンを手にとる。
オレは無言のまま、その様子を見ていた。
「マコちゃんのこの殺風景な部屋には似合わないわ」
「あんたには関係ないだろ」
「時間がね、かかってるなって思うのよ。居場所のわかっている果者に対して、いつまでも手を下さずにいることはできないわ。これまでは果者との全面対決を予測して、先にブルーローズを探し出して万全の状態で戦いを挑みたいというのを言い訳に時間を稼いできたけれど、うちの家も色々とうるさくてね。いよいよ攻撃をしかけることになったわ」
時間を稼いできた。
――それはつまり、意図してそのときを引き延ばしていた、ってことか?
「あなたにも手伝ってもらいたいのは山々だけれど……あなたが来なくてもわたしたちはやるわよ」
咲先輩の声には、微塵の揺らぎもなかった。
「別にオレには……」
「この間、わたしは傍観に徹したけれど、今度は本気でやらせてもらうわ。わたし、これでも次期花守頭なの。残念ながら結構強いのよね。わかるかしら? つまり、こんなガラスのキリンなんか、一瞬で壊せるのよ」
小原さんを果ノ底に還す。それを伝えに来たのか!?
咲先輩が手の平に乗せたガラスのキリンをゆっくりと握ろうとする。
「やめろっ!」
オレは咄嗟に、咲先輩の手首を掴んだ。
咲先輩はくすりと笑うと、手首を掴まれたまま、手の平をゆっくりと傾けた。
キリンがコロリと転がる。
落ちるっ!!
オレはそれを受け止めようと、反対の手を伸ばした。
無事、空中でキャッチできたことにほっとする。
「痛いわね」
「え?」
オレは中腰の体勢のまま顔を上げた。
咲先輩が手首をさすりながらオレを見下ろしている。
「ほら。掴まれたところが赤くなってる」
「えっと……」
「どう責任をとってくれるつもりなのかしら?」
「責任ってそんな……」
他人の家に勝手にあがりこんだ上に他人の物を無断で壊しそうになった責任はどうするつもりなんだ。
咲先輩が、キリンをキャッチしたオレの手首を掴む。
さっきと立場が逆だ。
「このキリン、そんなに大事なの? わたしよりも?」
いや、わたしよりもとか言われても。
オレ、あんたのことなんとも思ってないし。
「わたしを傷つけてまで守りたかったの?」
どん、と押されて、オレは床の上に仰向けに倒れる。
ひっくり返りながら、オレはキリンが壊れないように緩く握った。
「ちょっ、何すんだよ。何言ってんのか、意味わかんないし」
咲先輩の長い髪が、オレの頬に触れる。
いつの間にか、咲先輩がオレに覆いかぶさっていた。
オレは思わず息を呑む。
ど、ど、どういうことだこれ!? 何が起ころうとしてるんだ!?
「どうして豪を連れてこなかったのか、わかる?」
「わ、わ……」
わかるわけないだろうがっ!
「うふ。楽しい事ができないからに決まってるじゃないの」
た、楽しい事ってまさか、まさか……っ。
いや、オレはそんなつもりさらさらない。
断じて誓って間違ってもそんなつもりはない。
ないからちょっと、この人誰かどうにかしてくれっ。
そう思いながらも、目は咲先輩の唇に釘付けになる。
ごくり、と唾をのみこむ。
近い、近いって!!
あまりのアングルに耐え切れず、オレは目を閉じた。
勘弁してくれっ……。
「優しくしてあげるから」
耳もとで囁く声に、ぞくりとする。
花のような香りが漂う。
う、まずい……。
突然、パアンと大きな音が響いた。




