4 雨
ポーン、とチャイムの音が響く。続いてドアをノックする音が聞こえた。
オレは顔を上げたものの、すぐに顔を膝にうずめた。
いつまでも小原さんの来ない教室に行くことに躊躇を覚えたオレは、結局学校を休んだ。
これまではもしかしたら小原さんが登校してくるんじゃないかと期待していた。
でも、その期待は裏切られ続けた。
これ以上期待することができなくなった。
空席がオレを責める。
おまえのせいだと。
オレはとうとうそれに耐えられなくなった。
学校を休んで、今日で一週間になる。
だって、諸悪の根源がのうのうと出席しているなんておかしいじゃないか。
彼女はもう学校に来られないのに。
更にノックの音。静かに、二回ずつ。
ドアの向こうにいるのが誰か、オレは知っていた。
「須賀くん。いるんだろう?」
悟郎さんの声が遠慮がちに聞こえる。
オレは返事ができず、息を潜める。
「今日も、青薔薇は見つからなかった。帽子団も僕たちの前には現れないよ。小原雪は自宅にいるらしいけれど、彼女も家から出てこない。状況は何も進展していない」
オレが聞いていることに気づいているんだろう。
淡々とその日一日のうちにあったことを報告してくれる。
実はオレが休んだ次の日から、こうして足を運んでくれているのだ。
でもオレは一度もドアを開けることができずにいた。
彼女が果者になってしまったという悟郎さんと、どんな顔をしてどんな話をすればいいのかがわからないから。
悟郎さんに、果者など容赦なく斬ってしまえと言われたら、なんと返せばいいのか、その答えが見つからないから。
オレはまだ、キリンを贈った彼女のことが好きだから。
報告を終えると、悟郎さんはそのまま立ち去る。
遠ざかる靴音と、降り続く雨の音。
雨はまだやまない。
―――
『可哀想に』
と、数え切れないほど言われた。
勉強でもスポーツでも、何かを頑張れば『すごいわね。偉いわね(あんなことがあったのに)』と言われる。
何か失敗すれば『仕方がないわよ(あんたことがあったんですもの)』と言われる。
たとえ直接言われなくても、目がそう語っている。
そうだよ。あんなことがあったんだよ。みんなが死んだのはオレのせいだよ。
オレを助けて死んだ父さんも母さんも姉さんも、可哀想だよ。
ああそうだとも。可哀想なのはオレなんかじゃない。死んだ家族のほうだ。オレのせいだよ。わかってんだよ!
どうしても自分が責められているとしか思えなかった。
オレを引き取ってくれた祖母は、何も言わなかった。
もともと口数の少ない人ではあった。
それでも、オレに無関心なんじゃないかと何度も思った。
オレが何をしても『ああそう』以上のことは言わなかった。
テストで満点を取ったときも、鬱屈した気持ちを晴らすために喧嘩をした時も。
それは保護者としては問題だったかもしれない。
それでもオレは、祖母のそんな態度をありがたいと思った。
外では何をしても過剰に反応される。
けれど家の中では、何をしても淡々と受け止められる。
やがてオレは自分なりに世の中と折り合いをつけて過ごすことを覚える。
目立たなければ、人の口の端にのぼることもない。
話題にならなければ、過去に気付かれる可能性も低くなる。
高校進学を機に家を出ると言った時も、祖母は『ああそう』と言っただけだった。
そうしてオレはオレのことを知る人のいない高校を進学先に選び、知らない土地で一人暮らしを始めた。
そういえば、入学してから一度も祖母の家に顔を出していない。
連絡もしていない。
祖母からの連絡もない。
元気にしているだろうか。
ふと、そんなことを思った。
祖母はきっと、オレがふらりと顔を出してもいつもと変わらず接するんだろう。
祖母は、自分の娘を殺したオレのことを、どう思っているのだろう。
何を思いながら、オレを育ててくれたんだろう。
ああ、そういえば、落ち着いたらバイトをしようと思ってたんだっけ。
それがはるか昔のことのように思えた。
何やってんだろうな、オレ。
奇跡的に生き残ったっていうのに、こんな場所で一人、膝を抱えている。
何をすればいいのか、わからなくなっていた。




