1 梅雨入りと空席
梅雨入りしました。
数日前のニュースで、確かそんなことを言っていた。
その言葉の通り、雨降りの日が続いている。
窓の外が薄暗い。
静かに、延々と、いつやむかもしれない雨は今日も朝からオレたちの世界を水浸しにしている。
グラウンドにはあちらこちらに水溜りができていた。
曇天がオレの上に覆いかぶさってくるようで、息苦しい。
オレは隣の机に目を向けた。誰も座っていない。
あの日、雑木林での一件以来、小原さんは学校を休み続けている。
隣の席は、空席のままだ。
それはつまり、オレのせいで学校に来られなくなった。
――そういうことだろう。
小原さんが果者だということを暴かなければ、彼女は今もこれまでと同じ様に登校していたはずだ。
オレも小原さんと普通に話をしたりしていたはずだ。
小原さん不在のまま月が変わり、衣替えも済んだ。
重苦しいジャケットを脱いで、身軽になったはずなのに、なんでこんなにも息苦しいんだ。
薄暗い教室の中で、誰も座っていないその机がいやに寂しそうに見えた。
「よ。どうしたんだよ」
思い沈んでいると、そんなオレの心境を知ってか知らずか、軽い調子で声をかけられた。
顔を上げると、孝太がズボンのポケットに両手をつっこんで立っている。
「別に」
「ただでさえ天気が悪くてみんなのテンションが下がり気味なのに、更に教室の空気を重くするような空気を漂わせんなよ。こんな天気だからこそ明るくやろうぜ」
孝太の陽気な雰囲気がオレを苛立たせる。
「あのさ、孝太。おまえは何も感じないわけ?」
「何を?」
「だから……」
オレは言い澱んで、小原さんの机に目を向けた。
「だから?」
どかっとその席に孝太が腰を下ろした。
遠慮も躊躇もない、そんな動きだった。
「そこが誰の席か、わかってんだろ?」
自分の声が低くなっているのがわかった。
「あったりまえじゃん。風邪で休んでる小原さんの席だろ?」
学校には家族から連絡があったらしい。
でも、それを信じるにはあまりにもタイミングがよすぎた。
「だったら……」
「小原さんの風邪の具合はどうだろうな。おれもそれは心配だけどさ。だからっておれたちが沈んでてもどうにもなんないだろ? なんだったらみんなでお見舞いにでも行くか?」
「そういうことじゃ、ないだろう」
風邪なんかじゃないはずだ。
小原さんは自分が果者だと知られたから、学校に来ないんだ。
これまでどおりではいられない。
彼女は言っていた。
それはこういうことじゃないのか?
「おまえも、小原さんが果者だって知らなかったんだろ?」
「疑ってたけどな」
「自分が果者だと知られた。学校には敵だらけだ。そんな状態で、来られるわけがないだろう」
「だからって、おれにはどうにもできねえし。ぶっちゃけ、目の前で人が襲われていても、それが花守人でなければおれは介入しない。やることといえば、せいぜいおまえらに知らせる程度だ。だから同じ教室にいたって、どうってことないさ。問題はおまえらだろ」
「でも、おまえはオレたちに果実を還させたいんだろ?」
「そりゃあ、それがあるべき姿だからな。花守人は果実を還す。そういうことになってるんだから、やってもらわないと困る」
「それを望むのなら、おまえだって同罪だ」
「かもな」
投げやりに言って、孝太が腰を上げた。
「おい」
「ま、悩みたいんなら好きなだけ悩めばいいさ。それで事態が好転するとは思えないけどな。でも教室で鬱陶しい顔だけはすんなよ、気が滅入るから。じゃあな」
ひらひらと手を振って、孝太が立ち去る。
すぐにクラスメイトから声をかけられ、笑顔でそれに応えている。
クラスのムードメーカー。
自分の花をもたない代わりに桜を纏う監視者。
花守人の守護者。
わかったようで、まだ何もわからない。
このクラスの開花状況はまだほんの四分の一ほど。
けれどみな今にも咲きそうな蕾をそれぞれの胸にもっているのがわかる。
その中でただ一人、花をもたない孝太はクラスメイトに囲まれて笑っている。
あいつは、心の中で一体何を考えているんだろう。
オレは孝太の空っぽの胸を見ながら、そんなことを思った。




