12 藤と監視者
風がそよと吹いた。
一瞬だった。
目を離したつもりはない。
何が起こったのかわからないうちに藤の姿が消えた。
次の瞬間、背後に風を感じ、反射的に横に跳び退る。
見るとさっきまでオレが立っていた場所に藤が杖をつきたてるところだった。
ひやりとしながらも、体勢を立て直す。
藤の動きは見えない。
こっちはほとんど勘で動くしかない。
藤がオレの動きを捉える。
つきたてた杖をそのままこちらに向けて薙ぐ。避けきれない。
オレは咄嗟に刀でそれを受け止めた。
けれどすぐに刀は光に戻ってしまう。
出現した武器は人を傷つけない。
けれど、果者や物質には干渉する。
藤がぐいと杖を押す。
刀の存在が掻き消える寸前、オレは半身になっていた。
ぎりぎりで杖をかわす。
制服のジャケットが杖の鋭い勢いに切り裂かれた。
間一髪だった。
距離を取ろうと後ろに跳ぶ。
着地した場所が窪んでいて、足をとられた。体が傾く。
オレは地面に片手を付いて、体を支えた。
藤はどこだっ!?
見失った藤を探そうとしたその時、首筋にぴたりと冷たい感触があった。
「ここまでですね」
振り向けない。けれどすぐそこに藤が立っているのがわかる。
首に添えられているのは、杖に他ならない。
くそっ! 終わりかよ。
ギリッと悔しさに噛み締めた奥歯が鳴る。
「須賀くんっ……」
小原さんの声が微かに聞こえた
オレは一つ息を吐く。
負けた。駄目だった。ここまで、だ。
小原さんがこちらを見ていた。
目が合う。オレはようやく覚悟を決めた。
小原さんの前で、これ以上格好悪い姿は見せたくなかった。
「好きにしろ」
オレは目を閉じた。
そよと風が吹く。
静かだった。聞こえるのは風にそよぐ枝葉の音だけ。
その時。
「そこまでにしてもらおうか」
突然投げこまれた声に静寂が破られる。
「おや?」
藤の口から声が漏れる。
今の声は、孝太か?
オレはちらりと声の聞こえたほうに視線を向ける。
藤のすぐ横に、孝太が立っていた。
「おや。監視者のおでましですか」
「こんな場所まで出張ってきたおまえらのほうが悪い。ここはオレの膝元だ」
「違いないですね。わかりました。今日は退きましょう」
首から硬い感触が離れたかと思ったら、藤の姿が消えた。
慌てて小原さんに視線を向けると、その場所だけ風が渦巻いていた。
まるで竜巻のようなそれが小原さんの姿を隠す。
「小原さんっ!」
名前を呼ぶけれど返事はない。
巻き上げられた枝葉の中に小原さんの姿を探すけれど見つからない。
風がやむころには、二人の姿はすっかり消え去っていた。
オレは誰もいなくなったその場所を、ただ呆然と眺めていた。
小原さんが果者だった。
その事実が重くのしかかっていた。




