7 黒い影と果実
休憩中、オレは一人で廊下を歩いていた。
トイレに行った帰りだった。
オレは積極的に交友関係を広げようとしない代わりに、周囲に近寄り難い雰囲気を醸し出したりもしない。
話しかけられれば応えるし、用があれば僕から声をかることもある。
嫌われているわけではない(と思いたい)けれど、誰かがクラスメイトの名前を順に挙げたとき、最後からニ、三番目くらいに思い出してもらえるくらいのポジションがいい。
ずっとそう思ってきた。
昔、ひどく目立ってしまったことがある。
それはもちろんオレの本意ではなく、オレをそんな状況に追い込んだのは他人の同情だった。
オレにはそれが耐えられなかった。嫌悪していた。
もう、人目につくのは懲り懲りだし、そのせいでオレの過去まで暴かれるのもごめんだった。
そんなことになるくらいなら、オレは一人でずっと目立たず静かに過ごしたかった。
――だからこれはオレが望んだ結果だ。
嫌われるのは困る。
悪評がたつと困るからだ。
でも、そういえばさ、と気軽に誰かの口の端にのぼるのも困るのだ。
どんな形であれ興味をもたれるということは、誰かがオレの過去に近づく可能性を高めることだから。
オレはなんとはなしに窓の外を眺めながら歩いていた。
と、ふいにオレの視界を黒い物が横切った。
なんだ? 今の。
オレは窓を開けて、身を乗り出すけれど、そこには何もない。
首をひねって上を見ても、青空が広がっているだけだ。
鴉か何かか? と考えて、そういえば前にもこんなことがあったことを思い出す。
ゴスロリの女の子を見たあとだ。
果実を還して、元の道に戻ろうとした、あの時。
そういえば小原さんに確認するのを忘れていた。
朝はキリンを渡すのでいっぱいいっぱいだった。
教室に戻ったら訊いてみよう。
顔をひっこめようとしたその時、今度は黒くない何かが動くのが見えた。
下だ。地面の上。
オレは目を細めて、それが何かを確認しようとした。
転がってる? もしかして、果実か?
オレはぞっとして転がる物体を目で追った。
サッカーボール大の球体が体育館の方に転がってゆく。
まさか学校の中でみかけるとは思っていなかった。
見てしまった以上、このままにしておくわけにはいかない。
いくら協力しないと宣言してあっても。
それでもし、知っている誰かが失踪した、なんてことになったらと考えると、恐ろしい。
ある日突然、果実に体を乗っ取られ、悟郎さんの傍から消えてしまった綾子さんのように。
トリプルGの連中はまだ気付いていないみたいだ。
咲先輩たちが見つけていたら、たぶん速攻で果ノ底に還していると思うから。
オレは舌打ちをして、廊下を走り出した。
休憩終了のチャイムが鳴る。
これまでできるだけ目立たないように、真面目に出席してきたけれどやむを得ない。
サボらせてもらおう。
オレは教室の横を通過して、階段を駆け下りる。
これから授業に向かう先生とすれ違う時だけは、体調が悪いので保健室に行くという風を装ってみる。
――悪かったな、小心者で。
ところで、果実はどこに行った?
ようやく一階にたどり着いて、辺りを見渡す。
大庭高校の造りはありふれたもので、コの字型の校舎と、特別棟。体育館が二つと、図書館。グランド、テニスコート、そしてプールがある。
果実はプール横の第二体育館に向かって転がっていた。
プール際にフェンスがあって、それを越えたら校外に出る。
その先には雑木林が広がっているだけだ。
幸いにもこの季節はまだプールが使われていないし、目立つことはなさそうだ。
オレは先生の目に気をつけながらプールへ向かう。
さすがにこんな方向に向かっていたら、保健室に行くなんて言い訳は通用しないだろう。
体育館の陰に、果実を発見した。
たぶん、さっき見かけたやつだ。
オレは走りながら数珠に手を添える。
果実は暢気にころころと転がっているだけだ。
オレに気付いていないのか、あれでも急いで逃げているつもりなのか。
やれる。
オレは地を蹴った。




