4 手合わせ
オレはごくりと唾をのんだ。
赤眼鏡の顔が、いつになく真剣に見える。眼鏡の奥の目が、鋭くオレを見据えている。
ちょっ……そんなマジでやんのかよ!?
内心焦りながらも、オレはできるだけ動揺を表情に出さないようにして赤眼鏡の様子を観察する。
まだ武器は出していない。
ええと……ところで、人を傷つけない武器での手合わせって、一体どうやって勝ち負けや試合の終了を判断するんだ?
わからないことだらけだけれど、今更訊ける雰囲気でもない。
オレは右手を数珠に添えた。熱はまだ生まれない。
赤眼鏡が武器を出すのに、どれだけの時間がかかるのかわからない。
かといって今からオレの武器を出していたら、赤眼鏡と戦う前に消滅してしまう。
くそ、どう考えてもオレが不利すぎるだろう。
やばい。あれこれ考えてたら、ちっとも集中できない。
無心、無心。心の中で念じる。
赤眼鏡はまだ動かない。
ほんのりと温かくなってきた。
もう少し、もう少し……こい! ……きた‼
オレは拳を握った。
ここから先は、数秒。拳を開くタイミングを見計らう。
と、赤眼鏡が地を蹴った。
えっ!? 武器は!? なんで武器を持ってないんだよ!
焦りが隙になった。
次の瞬間、赤眼鏡の手には長い棒が握られていた。
早い!!
その先には、ゆるやかに弧を描く刃。
大鎌!? 死神が持っているようなやつだ。
慌てて手の平を開く。けれど、赤眼鏡のスピードには敵わなかった。
物質化する前に、赤眼鏡が距離を詰めていた。
「悪いな」
赤眼鏡の振り上げた鎌が、オレ目がけて振り下ろされる。
オレは動かず、目も閉じず、深く一歩を踏み出していた。
まるで頭と体を切り離さんばかりの勢いで、刃がオレの体を通過する。
痛くはない。ただ風が微かに動いた。
なるほど、斬られるとこんな風に感じるのか。
赤眼鏡が驚いたように目を丸くしている。
オレがそのまま斬られるとは思っていなかったんだろう。
「引き分けだな」
オレは笑いながら告げた。
赤眼鏡が自分の腹を見る。
ついさっきまで赤眼鏡の腹に突き刺さっていたはずのオレの刀は、既にただの光の粒子となって形をなくし始めていた。
「そこまでっ!」
お庭衆の終了の声に、オレはほっとして詰めていた息を吐く。
「そういうことか……」
既に武器を消した赤眼鏡が、呟く。
「傷つけられないんだったら、逃げる必要はないもんな。受ける覚悟があれば、こっちにだってチャンスはある。一歩踏み込めば、オレの間合いだ」
「そりゃあそうかもしれねえけどさ。実際目に見えるモンが自分に迫って来るんだぜ。普通は反射的に避けたくなるもんだろうが」
「ここで避けたら、いつまでもこの手合わせとやらが続くんだろ? オレ、こんなことするために来たわけじゃないしさ。かったるいことはさっさと終わらせたかったし」
がはは、と赤眼鏡が笑った。
「おまえ本当にやる気ねえのな」
「オレにはこんなことのためにやる気を出す必要性が感じられない」
「そりゃあ、そうか。おまえにはなんのしがらみもねえもんな」
わしゃわしゃとオレの髪を赤眼鏡が撫でる。
「やめろよ」
オレは身をよじったけれど、赤眼鏡はオレの髪をぐしゃぐしゃにしながら笑い続けている。
ちらりと廊下に視線を向けると、既にそこは空席だった。
用は済んだってことか?
紅色の着物を着た咲先輩が、こちらに向かって歩いてくる。
赤眼鏡もそれに気づいて、ようやくオレの頭から手をどけた。
「お疲れさん」
「豪ー。本当に疲れたわよー! 労って! もっと労いなさい」
「はいはい。お疲れお疲れ」
赤眼鏡は咲先輩の頭をぽんぽんと叩く。
その手つきが普段の赤眼鏡からは想像できないくらいに優しくて、オレは思わずドキリとする。
「団子よ。団子を用意して頂戴」
「はいはい」
赤眼鏡は携帯を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。
「それにしてもあのくそじじぃ……」
憎々しげに言い捨てるその顔は、既にいつもの咲先輩だった。
「薫、聞きつけられたら厄介だぜ。気をつけろよ」
二言三言話して電話を切った赤眼鏡が咲先輩をたしなめる。
「あらごめんなさいまし。マコちゃんもお疲れ様。面倒をかけてしまって悪かったわね。さっきの手合わせ、お見事だったわ。あのじじぃたちも納得したでしょう。あなたのおかげよ、ありがとう」
「どうも。ってかマコちゃんはやめろって」
「もういいじゃない。諦めなさいよ。さあ、行きましょう」
「どこに?」
「離れよ。早くここから離れたい気分なの」
咲先輩はすたすたと中庭から出てゆく。
オレと赤眼鏡は目を見合わせると、同時にため息をついてから咲先輩のあとを追った。




