3 引き出された菊
で、あれは誰だ?
オレは両腕をがっちりと袴姿の連中に掴まれたまま、先ほど見えた母屋の中庭に連れて行かれた。
そこで待ち構えていたのは、着物を着込んだ男女が三人ばかり。廊下に座が設えてあるようで、高い場所からこちらを見下ろしている。
真ん中に白髪の老人。その右手に四十前後に見える男性。
老人の左手には紅色の着物を着て、プラチナブロンドの髪を結い上げている美少女が鎮座している。
「あの……」
「頭を下げよ」
オレの声を遮ってお庭衆が命令する。
ムカつきながらも、言われるままに頭を下げる。赤眼鏡はこういう状況に慣れているのか、既に平伏している。
オレもそれを真似てみた。
「薫よ、これがそうか」
老人のしわがれた声が聞こえる。
「はい、おじいさま」
静かに答えるその姿は、いつもの咲先輩とは全くの別人だ。
いつもかけている眼鏡をかけていないとか、着物だとかそういう理由だけではない。声が違うのだ。
「菊か」
「はい。桜様のご指示通りに」
「花は選ぶことのできぬもの。道端に咲いた花でも仕方あるまいな。して、青薔薇はまだ見つからぬのか」
「申し訳ございません」
「早急に見つけ出せ。そして果ノ底の穴を塞ぐのだ」
「承知致しております」
うむ、と老人の声が応える。
「それでは、手合わせを見せてもらおうか」
初めて聞くその声は、恐らく老人の右手に座っている男性のものだろう。
「ご隠居様、花守頭様。こいつはまだろくに武器が出せません。その実力を確かめるのであれば、もうしばらく時間をやってください」
赤眼鏡だった。
手合わせっていうのはやっぱりオレと赤眼鏡にやれっていうことなのか。
素人のオレ相手にまさかとは思ったけど。
「ならぬ。今ここでできる最大限のことを見せてもらえればそれでよい。できるな、豪」
「ですが」
「ただの手合わせです。おやりなさい」
咲先輩の凛とした声が降ってきた。
それを聞いた赤眼鏡は、息を吐いてから渋々という感じで頭を下げた。
「わかりました」
「赤眼鏡……」
「ただの手合わせ――だそうだ」
「いや、だってオレまだ……」
「できることをやってくれりゃあいいさ」
「そんなこと言ったって……」
相手は赤眼鏡だ。
一度しか刀を出現させたことのないオレに、どうしろと。
しかも大衆の面前だ。なんでもう少し待ってくれなかったのか。
そもそもオレはなんで素直にここに来てしまったんだ。やっぱやめとけばよかった。今日が休みでなければ、学校で話ができたものを!
なんて考えても、後悔先に立たず。
幾つもの目がこちらを見ている。早くしろと急かさんばかりに。
赤眼鏡が立ち上がり、オレの肩をぽんと叩いた。
「この武器じゃあ、人は傷つけられねえよ。悟郎が果者を撃ち抜くのを見たんだろ? 果実を傷つけることしかできねえから安心しろ。それにあいつらも本家の人間として、一応おまえの実力を確認しとかないとなんないんだろ。花守頭って役割も色々と大変みたいだぜ」
耳もとでそう言うと、赤眼鏡が中庭の中心に歩いてゆく。
ここの中庭はサッカーコート一面分くらいある。
ただし中央には池があって、その周辺には石とか木とかがオレにはわからないような絶妙な配置で置いてあるから、それを壊したらまずいんだろうな、と思う。
ということは、手合わせに使えるのは、障害物のないこの場所……テニスコート分くらいのスペースで、ってことになる。
逃げ回るには、ちょっと狭いんじゃないか?
オレはちらりと咲先輩に目を向ける。
先輩はまっすぐにオレを見ていた。微笑んでみせたり、頷いてくれたりといったことは全くしてくれない。
こういう場合、オレを励ましてくれるもんじゃないのか?
「早く」
とうとうお庭衆が声に出してオレを急かす。
仕方なく、立ち上がった。赤眼鏡の正面まで歩いて行く。
間合いはどうすればいいんだ? そもそも赤眼鏡の武器ってなんなんだ?
赤眼鏡までの距離は五メートルくらい。これが遠いのか近いのかもわからない。
「始めっ!」
合図の声が響いた。




